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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
20/41

デイビー=ダビットソン⑳

久しぶりの更新。

第10話を少し変更しました。

部隊の兵数の数を変えただけなので内容は特に変わってはいません。

「ええっと、なぜそういう話になるのでしょうか?」


脈絡のない話の転換に真顔で返してしまったけど。仕方がないよね。


「ダグラス卿。例の件についてはまだ公表されておりませんぞ。」


「おや、そうだったか?」


おじさんの言葉にダグラスさんは首を傾げている。

いったい何の話をしているのだろう。


「実はまだ公表されていないのですが、現大騎士げんアークナイトであるヨルダン=フォン・クレスタ伯爵が引退することになりましてね。そこで武道大会を開き、新しい大騎士の選出を行うことが決定しているんですよ。」


「大会の本戦は国王陛下も観戦される関係上、大会は2か月後と言うことが決まっている。今は何かと忙しいからな。もう少しすれば大会について正式に発表があるだろう。」


パティルド公爵が訳の分かっていない僕に非公開情報を教えてくれる。

それに続いてダグラスさんがより正確な日時を教えてくれる。

というか、二か月後って唐突過ぎる気がするのですが・・・。


それまでに、僕に大騎士アークナイトになれるだけの実力を身につけろと?

王国最強にして、武と平和の象徴。

他国に恐怖と畏怖を与え、自国に安寧と平穏を齎す存在。

そのような存在に僕が・・・


・・・なれる気がしない!!


僕は体格には恵まれているが、少しばかり剣が使える程度の兵士でしかない。

緑の騎士団内で『最強の部隊』と呼ばれているが、それは僕が強いからではなく、みんなが強いからだ。

そんな僕に『大騎士アークナイトになれ』だなんて無茶ぶりにもほどがある。

ここは何とかして、御断りを入れなければならない。


「いや~。それにしてもあれだな。大騎士アークナイトの妻になるのなら新参の準男爵家とはいえ、我がリードザッハ公爵家も鼻が高いな。」


「いや、全くうらやましい限りですよ。」


「はっはっは。儂も甥が大騎士アークナイトになれば鼻高々じゃわい。」


「うむ。これで元老院の反対も押し切れるであろう。」


ダグラスさんに続いてパティルド公爵やおじさん、タルトリア公爵が喜々として声を上げる。

その内容を聞く限りでは僕とリンディさんのお付き合いにはまさかの、元老院から反対意見が出ているということになる。

その反対意見を覆すためには僕が大騎士アークナイトになるしかないと?


ど、どどど、どうしよう。

まさかの事態だ。

元老院の反対を押し切るためには大騎士になる以外に手はなさそうだ。

だが、僕に大騎士になれる実力があるとは思えない。


そう思うが、なかなかこの場の雰囲気では言い出すことはできない。

なにせ、四人とも僕が大騎士になることを前提に楽し気に談笑しているのだ。

ここで『自信がないです』なんて言おうものなら、どのような罵詈雑言を浴びるのか想像もできない。

ここは話を振られて下手な明言をする前に、大騎士についての話から話題を逸らそう。


「お待ち下さい。皆さま。話の本筋はマヴィルス公爵家が他国の貴族と内通し、前王大使と共に謀反を起こすというものでした。それと、私が大騎士になることと、どう関係あるのでしょうか?」


ちょうど、話が本筋から離れていたので軌道修正に入る。

僕の言葉を聞いて四人の方々も話がそれていることと、大事なところが抜けていることに気づいたのだろう。


「そうであったな。では、ワシから説明しよう。」


そう言ってダグラスさんが説明を始める。

それを残りの4大貴族の方々は話の邪魔にならないように静かにしながらお茶を楽しんでいた。


「まず、マヴィウス公爵家、当主アールヴ=フォン・マヴィウス。奴の狙いは前王太子を国王に据えることでこの国の実権を握ることだ。そして、そのために娘を王妃候補にしようとしていた。」


だけど、その計画は4大貴族の立てた対立候補。リンディさんの勝利で終わっている。

その後、前王太子は女遊びで性病にかかり国王の怒りに触れて王太子としての立場を失い、現在は王家が主有する地方の領で静養兼謹慎中。

だが、おかげでリンディさんは前王太子とのありもしない噂を受けてしまっている。


「しかし、奴らはまだあきらめていない。新たな王太子となるリチャード様は我々4大貴族が推挙した人員が教育を行い、こちらの陣営に抱き込みつつある。前回のように、マヴィウス家がリチャード様を抱き込むために婚約者をあてがったところで我々のリチャード様への発言権は奪えない。リチャード様はまだ幼いが聡明なお方だ。故に彼らの狙いは前王太子の復権にある。」


確かに、リチャード様はまだ幼いながらも僕を見ても動じない胆力と周りの声を聴く知性も持っていた。

まだ幼いゆえに好奇心には勝てないようだったけど、それも年齢を重ねれば落ち着きを手にできるだろう。

発言権というのは王への発言行為をさすだけのものではない。

発言した内容が王に及ぼす影響力も意味する。

リチャード様はこれから4大貴族の方々の息のかかった人達に教育を受ける。

だが、それは洗脳ではない。


王として必要な確かな教養と知識を手に入れるためのもので、それ以外の何物でもない。

前王太子には教養も知識も足りなかった。そのことは王立の学園での成績が物語っているし、人の忠告を聞かずに女遊びを繰り返すような人物に忠言は意味をなさない。

もし、前王太子が王になっていたらこの国の政治は間違いなく、王のご機嫌取りを行い傀儡政治を行うことを目的とするマヴィウス家に奪われてしまうだろう。


「そして、その復権の手段として奴らが起こす策が内乱だ。」


「内乱。ですか・・・」


思わず、その言葉に息をのんでしまう。

内乱。言い方を変えれば内戦。

国内で同じ国民同士が殺しあう無意味な戦い。

だが、確かに現状を鑑みれば前王太子が玉座につくには国王を抹殺するのが手っ取り早い。


いくら聡明であろうとリチャード様はまだ12歳の少年だ。

この国の成人認定は15歳。

国王という国家で最も尊く高い地位とその職務をこなすことを考えればできればもう少し年齢を重ねておいてくれたほうが安心感がある。

積み重ねた年月は人に経験を与えてくれるし、そこから学ぶことはたくさんあるのだ。


「その内乱の具体的な作戦はわからんが、隣国の貴族との内通。そして、大騎士候補を探している所からある程度の予想はできる。」


そう言ってダグラスさんは地図を取り出してその上に適当な駒を配置して、これからマヴィウス家が取るであろう作戦について説明を始めた。


「まず、我が国の首都である王領を守るのは駐屯所にいる警備兵や領兵。さらに青、緑、赤の騎士団が平時にはここにいる。最後に王を守護する近衛兵団。」


ダグラスさんは王領のある場所に兵士が剣を持った駒をいくつか配置した後、着色された青、緑、赤、黄色の駒を置く。

着色されていない駒が警備兵や兵団、着色されているのがそれぞれの騎士団と近衛兵を表している。

駒の数は色によってそれぞれだが、おそらく駒一つにつき1000人分なのだろう。

青と緑、黄色の駒はひとつずつしかないが、赤は3つ。着色のない駒は9つある。


「マヴィルス家の所有する領邦は横領の東に隣接して存在している。兵士の数はおよそ10000といったところだろう。」


今度は王領の東に兵士が槍を持った駒を10個並べた。


「まだ隠している兵力やマヴィルス家傘下の貴族達の兵士はいるだろうが、それはこちらも同じだ。なにより短期決戦で勝負をつけなければ、長期戦になれば総数の多い我らの勝利は明白だ。実際に動くのはこれぐらいが限度だろう。」


1万5千対1万。

現状の盤面を見れば明らかにマヴィルス家が劣勢だ。

しかも、これは王国のごく一部でしかない。

全体を見ればさらに開きがあることからも短期決戦で攻めてくるのは明白だが、王を討ち取るにはまだまだ足りないものが多すぎる。

そもそも、王のいる城を攻めるならばこの3倍の兵力がいるはずだ。

現状の手札ではマヴィルス家は勝つことができない。


「なるほど、だから隣国の貴族と内通を・・・」


僕のようやくマヴィルス家のやろうとしていることが分かり出してきた。

そんな僕を見てダグラスさんは満足げにうなずく。


「その通りだ。隣国が攻め込んで来れば我が国はそれに対抗するために戦力を出さねばならん。例えば相手が万の兵を差し向けてきた場合はこうなる。」


ダグラスさんは地図に視線を移し、隣国のある場所に斧を持った兵士の駒を10個並べる。

それに対抗するために、辺境の地に駒を新しく置いたり、動かしていく。

まず、隣国に接している地方の領邦軍と兵団が5つ配置され、さらに中央から赤と緑の騎士団が接収されて動く。

騎士団の兵士は王都にいる兵士がすべてではないために現地に着いたところで緑の騎士団の駒は2つに赤の騎士団は6つになっている。

1万3千対1万。

予想でしかないが大体このような図式になったとしよう。


そして、この図式になった時点でこの戦場のことは放置でいい。

問題は中央の兵力図だ。

赤と緑の騎士団が抜けたことで1万1千対1万。

数の上ではほぼ互角だ。


「さらに、もし挙兵されれば警備兵と兵団の意識は完全に外側に向く。」


そう言ってダグラスさんは無着色の9つの駒をマヴィウス公爵領との間に移動させる。

そうすれば、王都に残るのは青と黄色の駒のみ。

そこにきて、僕は先ほどの大騎士アークナイトについての話を思い出しだ。


大騎士アークナイトは王国の部の象徴だ。

大騎士になったものは元帥の地位を手に入れ、さらには独自の意思で動かすことのできる『青の騎士団』を手に入れることができる。

もしこの『青の騎士団』の団長。

つまり、大騎士に今度の大会でマヴィウス家の息のかかった者が優勝すれば・・・


「どうやら、理解したようだな。」


僕の顔をダグラスさんは真剣な顔つきで見ていた。

いや、ダグラスさんだけでなく四大貴族の当主陣の視線が僕に集まっていた。

その顔に先ほどまでの和やかな顔つきはなく、皆、真剣な目をしている。

そして、ダグラスさんは盤上にこの舞台の肝心要にして最後の駒である青く着色された槍を持った兵士の駒を王都に置いたのだった。


つまりは、そういうことなのだろう。

隣国の侵攻とそれと同時に行うマヴィウス家の内乱。

この2つの事態を同時に引き起こすことで王都内に王を守る部隊を近衛兵団だけにする。

そして、王国の武の象徴たる『青』を使って、それを撃破する。


それが、マヴィウス家の目的なのだ。

だから、ここにいる方々は僕に大騎士になれと言ったのだ。

敵の作戦上、欠かせない最大にして最高の戦力を防衛するために・・・。

『青の騎士団』をマヴィルス家に渡さないための手段として、僕に大騎士になれと・・・。


こうして、僕は自らの意思で誓うことになるのだった。

子供の頃に憧れていた。

『青の騎士団』への入隊。

武の象徴たる《大騎士》への憧れ。

国の伝統と文化と誇りを守るために、僕は大騎士になることを宣言した。


「デイビー=フォン・ダビットソン。一命をとして大騎士の地位を拝命して見せましょう。」


「おお! やってくれるか!」


「うむ。それでこそ我が甥じゃ!」


「まぁ、他にも何人か候補は用意するが・・・ 本命は君じゃ。期待しておるよ。」


「期待しているよ。」


四大貴族の当主達の期待の言葉を受けて僕はより一層気持ちを強くするのだった。

戦争の事前の回避。

王国の安寧と平和のために僕は戦う・・・!


「優勝したら祝言を上げるからな! 花嫁衣裳を用意せんと! 今から大忙しじゃわい!!」


僕の誓いを他所にしてダグラスさんは突如として結婚の話を持ち出した。


「それはいい。ぜひ私も参加させてください。」


「甥の晴れ舞台じゃからな。ワシも一枚噛まんとな。デイビーのほうの衣装はこちらで用意しよう。」


「フォフォ。気が早い奴らじゃわい。できれば、終始席に座っても問題ない式にして欲しいのう。最近足腰が弱ってきて経っておるのがつらいんじゃよ。」


「え?え・・・?」


あたふたしている僕の前にダグラスさんが「おおそうじゃ。参加に必要な書類に名前を書いてくれ。」そう言って数枚の紙を取り出し、ペンを置く。


「書類に不備がないことは儂が確認済みじゃ。書いたら儂のほうで手続きを済ませておこう。」


おじさんが僕に差し出された書類を見てそう言った。

その言葉を聞き、僕はペンを手に取り書類に名前を書くのだった。




ただ、この時の僕には知る由もなかった。

この書類が、リンディさんとの婚約と結婚を誓うものだったことを・・・

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