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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
2/41

デイビー=ダビットソン②

ゴス!


「ガ・・・!」


手合わせを望んだ新人君はあっけなく地面に倒れた。

数回木刀での攻撃を避けた後に防御の必要もなかったので木刀を捨てて攻撃の後の隙を突いて腹部に一撃入れたのだがこれが思ったよりも効いたらしい。

地面に倒れ伏して起き上がろうとしない。


「大丈夫かい?」


と声をかけると苦しそうな顔でこちらを見ながら「ありがとうございました」とお礼を言われてしまった。

訓練の大変さと礼儀を重んじる彼の人間性と戦士としての誇りに敬意を表したい。

仕方なく彼を演習場の端に移動させると他の新人たちと訓練を再開した。

先程の彼の有様を見て顔を青くしている新人たちだが容赦はしない。

無論、手加減は行うがそれも最低限で、だ。


訓練の大切さと強くならないと痛い目に遭うことを最初のうちに教え込まないと兵士として使えない。

僕は心を鬼にして残りの新人たちを相手にバッタバッタとなぎ倒す。

最初の彼同様に腹部に一撃で皆沈んでいった。

中には吐いている子もいたけれど、腹筋の鍛え方が甘かったのだろう。

自業自得なので謝罪はしないが掃除は手伝う。


「そんなの自分でやらせたらどうだ? お前の時も俺の時も自分でやっただろう。」


とモーベンさんは彼の部下と共に吐しゃ物の処理を行う僕にそう言った。

確かにそうだったかもしれない。

僕は吐いた記憶はないけど、僕と同期の人達は吐いていた記憶がある。

あの時の処理は洗礼を受けてグロッキーな新人にやらされたんだよな。

そのせいか「処理中に吐いている子もいたなぁ~」と昔のことを思い出す。


「これはどういう状況だ!」


そうやって処理に勤しんでいると怒鳴り声が演習場に木霊する。

声の主は『緑の騎士団』副団長のレージさんだ。

規律にうるさいので同じ騎士団とはいえ他の部隊の隊長である僕が彼らと訓練を行ったことを快く思わないかもしれない。


「すみません。交流のために少し訓練に付き合っていました。」


僕は一目散にレージさんの前に出ると事情を説明する。


「なぜそれで新人があのような状態なのだ。」


レージさんはきつい眼差しで僕を見る。

悪いことをしてはいないけどそんなに睨まれると罪悪感を感じてしまう。


「はい。少し腹部を強く強打しすぎまして・・・ 騎士団に入った最初の洗礼がまだだったようなので手加減を少ししかしませんでした。」


と、弱弱しい声で頭を下げて弁明する。

だが、僕の言葉でさらにレージさんは激高した。


「貴様!そんなことをして彼らの親族が騎士団内で虐めが起きていると騒ぎになったらどうするつもりだ!だいたい貴様は~~~!」


と怒鳴られた。

どうやら逆鱗に触れてしまったらしくガミガミと説教をされる。


「まぁまぁ他の部隊ではしていることなのだからいいではないですか。」


と、モーガンさんが口を挿むのだがレージさんはそんなモーガンさんをも怒鳴りつける。


「黙れモーガン!だいたい、これは貴様の管理問題でもあるのだぞ!このことは団長に報告するからな!」


そう言ってレージさんは新人達の介抱にあたる。

僕もモーガンさんもそれに続いて同じように介抱を行う。

僕が介抱したのは一番症状の浅い最初に手合わせを申し出てきた男だ。

背中を擦ったり水を飲ませたりしながら彼を励ました。

彼は手合わせを自分から望んだり、最後まで吐かなかったので褒めるのが楽でよかった。


レージさんは規律に厳しい人だが貴族と厄介ごとを起こすのが嫌なのか彼らに少し甘い。

なので、介抱しながらも「このことは貴族の方々には・・・」と新人に頭を下げている。


「貴族だろうと平民だろうと同じ軍人なら軍の階級が全てのはずでは?」


そんな様子を見てモーガンさんに軍内の規律に関して問いかけるとモーガンさんは困ったような顔でこういった。


「まぁ、そうなんだがな。世間のしがらみからは逃げられないものなのさ。」


その言葉に「はぁ」としか答えられない僕は貴族社会のことを何もわかっていないのだろう。

『軍内では貴族としての階級は一部の例外を除いて意味をなさない。』

というのが軍内のしきたりだ。

そうしないと貴族の新兵が上官の平民に意見することがある。

実戦を知らない新兵如きが百戦錬磨の上司に意見するなどあってはならないのだ。

だが、貴族の中には領土を持つ貴族がいる。

一部の例外というのは、そういった貴族の領土内では軍の階級を除外してその貴族の言葉が上位に来るためだ。


だが、実際には貴族のお言葉は重く、階級がしたでも貴族の言葉は例え聞き流すことになっても一応聞かないといけないらしい。


「へ~。うちには副官のミーファちゃんしか貴族がいないので知りませんでしたよ。」


「まぁ、お前の所はこの騎士団の最高戦力だからな。余計な邪魔が入らない様に工夫してるのさ。」


などとモーガンさんはお世辞を言ってくれる。

だが、その最高戦力部隊の隊長としては鼻高々なので否定はしない。

無事に処理と介抱が終わったので僕は演習場を後にすることにした。


「あ、あのすみません。」


だが、そんな僕の背中に声をかける人物がいた。

振り返ると先程、手合わせを申し出てきた子だった。

何か用があるのかどうかを尋ねると「私を第三部隊の所属に変更してもらえないでしょうか。」と申し出てきた。

これは貴族の知り合いができるチャンスなので僕的には大歓迎なのだが、やはりレージさんが横から口を出してくる。


「無茶を言うんじゃない。君の配属はすでにここに決まっているんだ。」


やはり、すでに決まった配属をすぐに変更することはできないようだった。

だが、彼は必死にレージさんに訴えている。

どうしても第三部隊に所属したいらしい。

僕の部隊はそんなに魅力的なのだろうか。

正直言って他の部隊とあまり変わらない気がするのだが・・・


「わかった。団長に相談してみる。だが、希望が通るとは限らないぞ。」


必死の説得に最後にはレージさんが折れる形で判断は団長に託された。

どの騎士団に所属するかは本人の希望と軍上層部の意向にもよるが、騎士団内の編成は団長、副団長、そして各部隊の隊長の合議によって話し合われるが最終決定は団長に一任される。

騎士学校に通っていた貴族だけあってそのことは知っているようで男はレージさんに「ありがとうございます」と頭を下げていた。


その後、レージさんは団長の下に今回の一件と人事の件を持って僕と共に演習場を後にした。


「デイビー。団長から人事の話が来たら拒否しろよ。」


別れ際、レージさんはそう言って去って行った。

なぜだろう。そんなに僕の部隊に彼を配属したくないのだろうか。


とりあえず、僕は部隊に帰ると今回の件を副官の3人に報告した。

貴族の知り合いを作ることには見事に失敗したので「何しに行ってきたんですか?」とミーファちゃんから厳しい指摘と背筋が凍る視線を浴びせられた。

なんとか、ミーファちゃんを宥めようと弁明の言葉を述べるが「ちゃん付けはやめてください。」という抗議の声と冷徹さを増した視線の前に僕は「はい・・・」としか言えなかった。


「貴族か~。面倒な奴だったら嫌だなぁ~・・・」


副官のミゲルさんがそう言って天井を見上げる。

彼は『青の騎士団』時代に貴族の子弟と一悶着あったらしく、その時にこっちの騎士団に転属してきた経緯もあって貴族の人が苦手らしい。

ミーファちゃんも実家と揉めている関係で貴族の人はあまり好きではないのだろう。ミゲルの言葉に賛同するように頷いている。君も貴族だろうに・・・


「まぁまぁ、2人ともそれを言うと隊長も貴族になったんですよ。」


と3人目の副官であるガレット君がその場を宥めると2人は「そうだった」とでもいう様に頷いた。

どうやら、受勲されて3カ月以上経つのに未だに貴族枠にすら入っていないらしい。


「それで、隊長はその人をうちの部隊に入れるんですか?」


脱線した話をガレット君が元のレールに戻したので僕も話を続ける。


「まぁ、今年入ってきた新人の中ではまぁまぁかな。うちに配属された子達と同格かな。」


「へぇ、それは貴族の割に根性がありますね。」


僕の素直な感想にミゲルさんが頷く。

モーガンさんが『緑の騎士団』の最高戦力という言葉が真実かどうかは分からないが、この部隊に配属される新人は『緑の騎士団』に配属が決まった新人の中で優秀なのを回してもらっている。

ミーファちゃんは「そこは関係ないでしょう」と貴族出身だから「根性がない」という発言に異を唱える。

貴族出身でおまけに女性の彼女にとってその発言は聞き捨てならないらしい。


「でも、レージさんはこちらに入れたくないみたいですよね。なぜでしょうね?」


ガレット君は別れ際にレージさんが僕に言った発言に対して意見を述べる。


「さぁ? 貴族は同じ貴族出身が多い第一隊に入れた方が余計な小競り合いがないからじゃないの?」


と、ミーファちゃんは無難な回答を出す。


「つーか。その坊ちゃんはどこの貴族の出なんだ?」


ミゲルさんの質問にモーガンさんが紹介してくれた順に新人達の顔を思い出してどこの家の子かを思い出す。


「え~っと・・・ 確かリードザッハ公爵家の嫡男だったかな・・・」


「「「はぁ?!」」」


何とか思い出した僕の発言に3人は奇妙な声を上げる。

何がそんなに驚くことなのだろうか。

いや、やはり貴族の中で最上位にいる公爵家の名前が出たのが一番の理由だろう。

王家を除いた階級の中で最上位に位置する公爵家の名前を聞けば誰だって驚くだろう。

僕は親戚がモルダン公爵家なのでほとんど驚かなかったが、やはり衝撃の事実らしい。


「なんで、そんな大貴族の嫡男が『緑の騎士団』所属なんだ? 普通なら『青の騎士団』だろ」


「そうね。リードザッハと言えばいくつもの武門の貴族の頂点に立つ軍部を派閥とする貴族の長の立場。騎士団内で最も権威の高い『青の騎士団』に入るのが普通よね。」


ミゲルさんとミーファちゃんの言う通り確かに3つある騎士団の中で貴族が多く所属する『青の騎士団』は立場が上だ。

その次に貴族もいる『緑の騎士団』があり、平民のみで形成される『赤の騎士団』が一番権威が低い。

だが、市民に愛されるのはやはり同じ平民のみで形成される『赤の騎士団』なので。実力はともかく数でいえば一番多く、王国中に支部を持つ。


「うちの騎士団に所属ってことは嫡男だけど問題があるから廃嫡になるのかな?」


ガレット君はさらっと問題発言を行う。

おいおい、さすがの僕でも誰かに聞かれたら困るそんな発言は控えているのによしてくれ。


「いえ、確かリードザッハ家は3人兄妹だけど上から長女、長男、次女のはずだからそれはないわね。現当主には愛人も妾もいなしはずだからかなり優秀な隠し子でもいない限りそれはないわね。」


と、ミーファがリードザッハ家の家系図について教えてくれる。


「長女の旦那はどうなんだ? 騎士学校卒業で配属ってことは長男はもう18だろ? 姉がそれより上なら普通はもう結婚してるだろう。」


ミゲルさんの発言にミーファちゃんは首を横に振る。


「それが王太子との婚約が破棄されてね。嫁ぎ先が決まってないそうよ。」


その言葉に一同は微妙な顔をした。

我が国の王太子との婚約破棄。

一見、そのリードザッハ家の令嬢に問題がありそうだが事実は違う。

問題があるのは王太子の方だ。


次期国王としての自覚がなく、遊び呆けており、王家の血を引くことを鼻にかけて勉学や訓練を軽んじているために武術、政治、経済、財政、歴史など様々な分野でその不勉強さを露呈している。

国の次期国王として騎士学校を片手の指で数えられる順位で卒業できるほどの才能を見せつけて卒業するのが我が国の国王の聡明さを強調する通過儀礼なのだが、彼は何と卒業できなかったらしい。

表向きは病床に伏したためということになっているし、実際に病床に伏したからなのだが、その理由が問題だった。

彼は女と遊び、その際に性病を移されたらしい。


これを受けて国王は大激怒。

王位継承権を破棄し、辺境の地に理由をつけて左遷したそうだ。

次期王太子には現在12歳の王子が成人後になる予定だ。


ミーファちゃんの話はそこで終わらずさらに先に進む。


「そんな王太子との婚約破棄となったリードザッハ家の令嬢の立場はかなり悪いそうよ。」


と切り出すミーファちゃん。

その言葉は同じ女として思うところがあるのか悲哀に満ちていた。


女ったらしの王太子の婚約だったリードザッハ家の令嬢はあらぬ噂を流されたらしい。

曰く、リードザッハ家の令嬢は結婚前にすでに貫通していて王太子に性病を移されている。

曰く、王太子に遊びを教えたのは幼い頃から許嫁と言われていたリードザッハ家の令嬢のせいだ。

曰く、リードザッハ家の令嬢は婚約者の王太子に文句を言わない生きた人形。

曰く、リードザッハ家の令嬢は王太子と同じように男遊びに忙しい。

などという噂が絶えなかったらしい。


そんな彼女には現在、婚約の申し込みはないそうだ。

リードザッハ家もそんな噂を流された彼女の立場をおもんばかって婚姻話は控えているらしい。


「貴族って大変ですね。」


「ああ、同情しちまうぜ。」


「ええ、相当厄介よ。」


ガレット君とミゲルさんの発言にミーファが頷き、最後には3人揃って可哀想な物でも見る様に僕に視線を向けてきた。

なぜだろう。

何も発言していないのに哀れみの眼を向けられている。

貴族になって大喜びしていた自分が少し恥ずかしく、貴族の称号って返した方がいいのか悩んでしまった。


「まぁ、リードザッハ家の現当主は優秀だという話だし何か理由があるのでしょう。」


ミーファのその発言を最後に会議は終了した。

ガレット君もミゲルさんも「まぁ、リードザッハ家の人間がうちに来ることはないだろう」というていで安心したのか帰って行った。





後日、騎士団長から俺の部隊にリードザッハ家の者が配属されることが言い渡された。

レージさんは抗議の声を上げたが、リードザッハ家の当主から『ダビットソン準男爵殿。息子を一人前に育て下さい』という内容の手紙が届けられたらしく断ることはできないそうだ。


知らなかったのだが、リードザッハ家の当主はこの国の軍部の頂点に立つ5人の元帥の1人らしい。

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