デイビー=ダビットソン⑲
リードザッハ家へ無事に帰宅した僕達。
「それでは、僕はこれで失礼します。」
馬車から降り、リンディさんの手を引いて馬車から彼女を降ろした後、僕は彼女を迎えに来ていた執事と彼女に別れを告げてその場を去ろうとした。
公園でのデートでの恥ずかしさもあったが、今回のデートの内容は形容し難いものだった。
予約していた店で起こった事故は不運と言うしかないので、落ち度はないだろう。
しかし、その他の店を回った結果に関しては事前のリサーチが甘かったために入ることができなかっただけでなく、時間を無駄にしてしまった。
込んでいる時間や最近の人気ぶりから予測できなかった僕の力不足だ。
店が全て駄目だった後の対応も見れたものではない。
どうすればいいのかわからなくなった僕は呆然としてしまい、考えることを放棄していたように思う。
結局、最後にはリンディさんのお世話になってしまった。
公園でのデートも不意を突かれた攻撃?というかアプローチになす術がなかった。
今も術中に嵌っているのか。
あの時のことを思い出すだけで顔が赤くなる。
今日は早く帰って寝てしまいたい。
リンディさんには悪い気もするけれど、今日はもうそんな気分だったので帰ろうとリンディさんと執事の人に背を向ける。
「お待ちください。デイビー様。旦那様がサロンでお待ちです。」
帰ろうとした僕に執事の人がそう言って声をかけてきた。
僕が執事の振り向くのと同時に「まぁ、お父さまが?」とリンディさんも内容が気になるのか執事の人に尋ねている。
「申し訳ありません。わたくしは何も聞いておりません。」
そう言うと執事の人は僕とリンディさんを屋敷の中へと促す。
僕はリンディさんと共にその後についていく。
「申し訳ありませんがリンディお嬢様は自室にお戻りください。旦那様はデイビー様とお話があるとのことです。」
少し歩くと二階に上がる階段の前で執事の人が振り返ってリンディさんにそう告げた。
リンディさんの後ろにはいつの間にかメイドが2人ついており、執事の人が目配せをすると2人は頷いてリンディさんの傍に立ち二階へと促す。
「そう。では、デイビー様。今日は楽しかったですわ。また誘ってくださいね。」
リンディさんは僕の方に振り向くとそう言って礼をするとにこやかな笑顔を残して二階へと上がって行った。
さすがは貴族の令嬢。執事の人の言動から何かを感じ取ったのだろう。
ダグラスさんが僕を呼び出した件については何一つ触れずに去って行った。
それを目で確認した後で僕は執事の人に促されてサロンへと向かった。
サロンに向かうまでの道中、いったいどんな話が待ち受けているのか僕は胃がキリキリと痛むのを我慢しながらついて行った。
まさかとは思うけど、デートの様子を見ていて、これから駄目だしされるとかじゃないよね?
コンコン。
「旦那様。デイビー様がお見えになりました。」
「入りたまえ。」
執事の人がノックをして、声をかけるとすぐに返事が返ってきた。
それを聞いてから執事の人は扉を開けて僕を室内へと促した。
僕は開け放たれた扉から足を踏み入れて室内へと入る。
するとどうだろうか。
こちらを射抜くような視線で8つの目が同時にこちらに向けられた。
その視線の主の1人はこの家の当主であるダグラスさんだが、他の3人もまたそうそうたるメンバーの様だ。
まずダグラスさんと同い年か少し老けて見える我が叔父たるモルダン公爵。
その横には立派なひげを蓄えた四大貴族家当主の中で最年長のタルトリア公爵。
こうなってくると最後の1人は初めて見るけどなんとなく予想がつく。
屈強な身体つきに、顎髭を生やしたダンディな人はきっとパティルド公爵に違いない。
あれ?
でもそうなると、四大貴族の当主陣が一堂に会していることになるぞ?
僕がいるのはものすごく場違いじゃなかろうか?
そう思うと急に冷や汗が出てきてしまった。
「こんばんは。デイビー=フォン・ダビットソン。御呼びに預かり只今参上つかまつりました。」
僕は一礼して挨拶を行う。
あまりに大物貴族だけがいるので緊張してしまって少し声が上ずってしまったけど、仕方がないと割り切ることにした。
「デイビー君。そうかしこまらずに。まぁ、座りたまえ。」
かしこまる僕をダグラスさんが席に座れと促した。
いや、立場が上なので命令なのかもしれない。
ともかく、僕は促されるままに席に座る。
「おお、デイビー君。久しぶり、元気にしておるかね。」
席に座った僕におじさん・・・ じゃない。モルダン公爵が話しかけてくる。
「ええっとお・・・ お久しぶりです。モルダン公爵様。健康面に問題はありません。私は元気なだけが取り柄の様なものですので。」
僕が言葉を詰まらせたのを見てモルダン公爵は「そう硬くなるな。ワシのことはおじさんで構わんぞ。」と笑っている。
ふぅ、こんな偉大な人に囲まれていても叔父さんを見ていると何となく安堵できる。
「なんじゃ、モルダンの親戚か?若いの。儂はタルトリア公爵じゃ。会うのは二回目かの?」
すると今度はタルトリア公爵から質問が投げかけられた。
「はい。以前に一度、リードザッハ家のパーティで挨拶させていただきました。」
僕はタルトリア公爵に向き直り一礼する。
四大貴族の中でも最年長の当主で、おまけに国王陛下からの信頼も厚い財務大臣。
失礼があってはならない。
「そうかしこまるな。儂はもう隠居間近の老人じゃぞ。」
「御冗談をまだまだ現役でしょうに・・・ それに隠居なんて息子さんや陛下が許さぬでしょう。」
タルトリア公爵の言葉におじさんが突っ込みを入れる。
それを聞いてタルトリア公爵は「世辞はやめい。それにしても、一番の難関は息子じゃわな。」とおじさんに返答すると隠居までの道のりを真剣に悩みだした。
「ふむ。では、面識がないのは私だけかな? 初めまして、アンリ=フォン・パティルドだ。君のことは息子から聞いたよ。」
そう言って最後にパティルド公爵が自己紹介をしてくれる。
というか、やはり四大貴族の当主が揃い踏みなのか。
勘弁してほしい。
というか、パティルド公爵家の当主は仕事の関係上、国外か国境付近にいることが多いと聞いていたけど。
今ここにいるということはそれほどに僕が呼び出されたことは重要な事なのだろうか。
「初めまして、デイビー=フォン・ダビットソンです。アンディ君から仕事が忙しいとお伺いしていたのですが・・・ 今回、私が呼ばれたことは四大貴族の当主陣が一堂に会しなければならないほどの事態と言うことなのですか?」
挨拶も済んだところで思い切って話を切り出した。
すると、先程まで和やかな雰囲気を放っていた四人の公爵の顔が険しくなった。
「ふむ。それで、礼の件についての裏は取れておるのだろうな?」
タルトリア公爵が髭を撫でながら周囲を見てから話を促しだした。
「ええ、問題ありません。約定を紙に書いていてくれていれば手に入れることもできたのですが、さすがにそのような証拠を残す様な真似はしていないようです。しかし、今朝届けた情報に間違いはありませんよ。」
タルトリア公爵の言葉にパティルド公爵は自信満々に答えた。
どうやらこの会合はパティルド公爵が手に入れた情報を元に開かれたらしい。
しかし、なぜこれほどの大物達の会合に僕の様な成り上がったばかりの貴族が呼ばれたのだろうか。
「うむ。では、先程の話をここにいるデイビー卿に話しても構いませんな? 彼は奴らの策を穿つカギになることは先程説明したとおりじゃ。」
「問題ないだろう。なにせ、ワシの甥だからな!」
ダグラスさんの言葉に叔父さんが意気揚々と答える。
「まぁ、彼以外にも何人か候補の者を用意するしな。それに、今回の件を真っ先に嗅ぎつけた功績は大きい。構わんだろう。」
「私も構いませんよ。彼の実力は周辺各国で噂になるほどですからね。期待していいでしょう。」
それに続いてタルトリア公爵、パティルド公爵が肯定の意を示すとダグラスさんはこちらに向き直って真剣な視線を向けてくる。
僕はその視線から感じる気迫に怯みながらもしっかりとその眼を見つめ返す。
「実はな。デイビーよ。お主から話を聞いたセオドリックの奴からワシらに相談があってな。例のマヴィルス公爵の企てている計画が何なのか調べてる欲しいとな。儂らもアヤツのことは前々から警戒しておった。前王太子が封じ込められておる田舎の領で動きはあったようだが、あそこは元々国境沿いじゃからな。隣国の動きもあって特に怪しい動きは見つけられんかった。で、結局。国家内部で何かをしている怪しい動きは見つけられなかったのだが・・・」
そこでダグラスさんは話を切って視線をパティルド公爵に向ける。
すると、パティルド公爵は一度頷いてから資料を取出し、僕の前に置いた。
僕はその資料を手に取り中身に眼を通す。
資料に書いてある内容は我が国の某商会が隣国の某貴族と取引した内容が書かれていた。
これでも商人の息子である僕はすぐにこの取引の内容がおかしいことに気づいた。
いや、普通に相場の値段を知っていればだれであってもこの値段がおかしいことは明白だ。
なにせ、仕入れ値の三分の一以下の値段で売っているのだ。
売値の三分の一ではない。
商人が仕入れたであろう価格の三分の一だ。
これで商売が成り立つのならそれは神の軌跡としか言いようがない。
しかし、この資料とマヴィルス家がどう通じるのだろうか?
「元商人の息子である君ならばその資料で普通ならあり得ない値で取引が行われていることは分かるよね?」
僕が首を捻っているとパティルド公爵が質問を投げかけてきた。
僕はそれに「はい」と返事を返しながら頷く。
「その商会は表向きはその貴族を通じて隣国でも商売をするための人脈を作っているらしいんだけど。実際はマヴィルス家がその貴族に賄賂を贈るための仲介役の様なんだ。もっとも表向きはマヴィルス家が事業に手を貸すという形で援助金を商会に払っている様だから、この資料だけでは賄賂の証拠にはならない。
ただ、マヴィルス家縁の者が何度かその貴族と密会を開いていることは間違いないんだ。」
最後の部分だけハッキリとした口調で力強くパティルド公爵は声を大にして告げた。
それはマヴィルス家と隣国の貴族が繋がっているという確信を持っての一言なのだろう。
国の重鎮が、まして貴族の最高位である公爵が隣国の貴族に賄賂を贈っている。
おまけに、その公爵が近々戦争が起きることを予見しているとなれば、国家の転覆を図っている可能性はかなり高い。
「ま、そういうわけでな。こちらもこれに備えねばならん。そこでだデイビーよ。お主、大騎士になってはくれぬか?」
「・・・?」
ダグラスさんの言葉に僕は言葉を失った。
ええっと・・・
どうしてそういう話になるのでしょうか?
ここまでの話にそんなこと一言もありませんでしたよね?