デイビー=ダビットソン⑰
僕はどうすればいいのか分からなくなり、視線を外して頭を抱え込んだ。
「あの、どうかしましたか?」
そして、そんな困り果てている僕を見てリンディさんが心配そうに声をかけてきた。
あの常に笑顔を浮かべているリンディさんにそんな顔をさせてしまったことに後悔の念が堪えない。
おかげで、余計に何を言えばいいのかわからなくなってしまう。
「デイビー様? 御気分でも優れないのですか? 馬車を止めて休みますか?」
「ああ、いえ。大丈夫です!」
僕は即座にリンディさんの申し出を断った。
しかし、「2人きりで何を話せばいいのかわからない」などという恥ずかしい理由で挙動不審な態度をとってしまった。
恥ずかしいな。
なんだか、恥ずかしさのせいで顔が熱い気がする。
赤くなっていたらどうしよう。
「そうですか? 気分が悪いならいつでも言って下さいね。」
僕の心配をよそにリンディさんは心配そうに僕を見てそう言った。
いや、本当に申し訳ない。
ただ単に何を話して良いのかわからずに緊張して、おまけにリンディさんの横顔をながめていたとか、匂いを嗅いでいたとか。
自分の匂いが気になっていたとか・・・。
(本当。何やってるんだろうな・・・)
自分で自分にそう突っ込まずにはいられない。
それほどまでに僕は情けないことをしているのだ。
自重しよう。
こうして、僕は馬車が止まるまで自己嫌悪と反省を行った。
「ついたみたいですわ。」
馬車が止まり、リンディさんがにこやかな笑顔を向けてそう言った。
笑顔がまぶしい。
だが、ここで顔を背けてはいけない。
同じ失敗を繰り返すことになってしまう。
「そうみたいですね。」
僕はそう言ってにこやかな笑顔を返すと馬車を下りる。
そして、リンディさんが降りやすい様に右手を差し出した。
僕が手を差し伸べると思ってなかったのか。
リンディさんが驚いたように息を飲んでから僕の手を取って馬車から降りた。
「ありがとうございます。」
「いえ、別にこの程度のことは・・・」
何気ないその一言が嬉しくて、ニッコリとした微笑みが直視できなくて顔を背けながら返事をしてしまった。
「い、行きましょうか。」
僕は逃げる様に彼女を急かして花屋の中に入っていく。
そんな僕に彼女は何も言わずに付き従うかのように隣にならんで歩いてくれた。
そっと手を取り優しく腕を組む。
(うう・・・ 緊張する・・・)
腕を組まれたことで僕の心臓は今までにないほどに鼓動を早くしている。
こんなこと戦場では一度もなかったし、初陣でもここまで緊張したことはない。
僕は訳も分からないまま、彼女と並んで花屋に入っていくのだった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」
店の中に入ると女性の店員が出迎えてくれた。
「ええっと・・・」
隣にいるリンディさんのことが気になって何をしに来たのか忘れてしまった僕は言葉に戸惑う。
「部屋に飾る花を探しに来たの。できれば白がいいのだけれど。なにかあるかしら?」
「はい。ございますよ。こちらになります。」
リンディさんの言葉を聞いて素早く対応する店員さん。
実に優秀な人間なのだろう。
流れるようなしぐさで先導してくれる。
僕は戸惑いつつもリンディさんに腕を引かれてゆっくりとついていく。
案内された先には白い花を咲かせた花々が咲き誇っている。
僕とリンディさんはそれを眺めながらどの花がいいのか選び始める。
その間も、店員さんの人達は休むことなく動いている。
他の場所にも白い花を置いていたのだろう。
周囲のいらない花をどけて白い花を持ってきてくれている。
おかげで、この場所からほとんど動くことなく花を眺めることができる。
(見事な動きだな。)
店員さんの動作には無駄がないだけじゃない。
店員同士の連携、お客様への気遣い、景観まで気にして動いている。
その洗練された動きの方が僕の眼にはよく映った。
普通の人間ならば気にしないのだろう。
だが、軍人である僕には人の目を避けて行動する店員さんの姿を自然と眼で追ってしまう。
職業病とでもいうのだろうか。
それとも単なる癖なのか。
ともかく、普通の客なら気にしないのであろう。
寧ろ、他の客ならば気づかないレベルの気遣いだろう。
「ねぇ、これなんて良いと思いませんか?」
そうやって店員さんに気を配っていると視線を感じたので振り向いた。
そこにはジッとこちらを見つめるリンディさん。
リンディさんは僕を見た後で店員さんを見る。
そして、もう一度視線を僕に戻してきた。
(ヤバい・・・)
なんだか分からないけど僕の中で何かがやばい気がする。
こっちとあの女性店員さんを交互に見るリンディさんの目が怖い。
別に睨んでいるわけでもないのにものすごい威圧感を感じる。
なぜこんなに威圧感を感じるのか分からないがとりあえず謝らなければなるまい。
なんとなくだが、僕の本能がそう告げている。
「よそ見をしてすみませんでした!」
突如とした僕が頭を下げたために周囲の視線がこちらに集まり、リンディさんも驚いたのか動きが止まった。
「あの・・・ どうぞ。顔を上げてください。」
僕はリンディさんのその声を聴いて顔を上げる。
「気にしておりませんわ。それにデイビー様の趣味もなんとなくわかりましたし、わたくしも髪切った方がいいでしょうか?」
ん?
リンディさんの言っている意味がよくわからない。
なぜ、髪を切る話になるのだろうか?
わたくしも?って誰と比べてるんだろうか?
そんな疑問を抱きつつ視線を彷徨わせていると先程見ていた女店員が目に入った。
彼女は何事かとこちらを心配そうに見ている。
ショートカットの髪は少し赤みがかった色をしている。
全体的に整った容姿だが目立たない様に努力しているからだろうか。
着飾った感じはない。
まぁ、花屋の店員が着飾ってどうするんだという話だけどね。
ん?待てよ?ショートカット?
髪を切る?
え、もしかして僕はリンディさんにあの女性が僕の好みだと誤解されている?
いったいなぜ?
(女性とのデート中に他の女性を注視していたからです。)
あああああああ!!!
なんということだ!
これはどう言い訳しても信じてもらえないかもしれない。
だが、ここはキッパリと否定しなければ!
そうしなければせっかくの今まで気づいてきた関係が壊れかねない!!
「違うんですよリンディさん。別に彼女を見ていたわけではありません。」
「いいんですのよ。デイビー様。わたくしわかっておりますから・・・」
僕の決死の言葉は彼女の心に響かなかった。
彼女はそう言うと視線を逸らしてしまう。
どうすればいいのかわからず視線を彷徨わせると先程の女性が目に入る。
くそう。
あの女性には全く非がないのにこんな状況になるとなんだか憎たらしくなってきた。
彼女から視線を逸らす一瞬、彼女の後方に綺麗な白い花が見えた。
おそらくは彼女が先程運んでいたものだろう。
うむ。
小さな花がたくさんついた美しい花だ。
少し主張の大人しい花だが、あれならば買ってきた花瓶に生ければいい感じになるのではなかろうか。
「リンディさん。誤解なんですよ!あっちにある花を見てください。アレなんていいんじゃないかと思って見ていたんですよ!」
本当は花を見ていたわけではないけれど、ちょうどいい。
あの花を見ていたと押し切ろう。
「どれでしょうか?」
僕の言葉を聞いてリンディさんは視線をこちらに戻してきてくれた。
僕は「向こうですよ」と先程の女性がいた方のさらに奥を指さす。
女性の店員さんはいつの間にかいなくなっていた。
おそらくは問題ないと判断して仕事に戻ったのだろう。
「ええっと・・・アレですか?」
リンディさんは僕が差した方向を見ながら目についた花を指さした。
しかし残念。もっと奥の方なんですよね。
この位置からでは見えにくいのだろうか。
リンディさんは女性の中では背の高い方かもしれないけれど。
僕から見れば小さくて華奢な女性だ。
この位置からでは見えないのかもしれない。
「それじゃないんですよ。もう少し近くに行きましょうか。」
そう言って僕はリンディさんに場所の移動を進める。
「そうですわね。案内してくださる?」
リンディさんはそういうと僕の腕を自身の腕を絡めてきた。
おおおお!!
なんということだ!
ただでさえ近くにいたリンディさんがこんなに近くに・・・!
おまけに、腕を組んでいるから彼女の豊満なお胸が・・・!!
だ、駄目だ!
考えるな!
考えると緊張して足が動かなくなる!
僕は必死に腕にくる至福の感覚を忘れて歩く。
大丈夫だろうか。
変な歩き方になっていないかな。
緊張で変な汗出て来た気がする・・・。
しっかりと歩けたかどうかはともかく、目的地に到着した僕は立ち止まり先程見つけた花をリンディさんに見せる。
小さな白い花が密集して咲いている。
花の名前はカルミアと言うらしい。
「合意ですか・・・」
花を見ているとリンディさんが何かをつぶやいたが良く聞き取れなかった。
「ん?何か言いましたか?」
「いいえ、なんでもありませんわ。」
何かをつぶやいた気がして聞いてみたのだが、僕の気のせいだったのか。
リンディさんは何でもないと言って花を眺めている。
僕も花を眺めながらこの花のことを頑張って褒める。
そうすることで「女性店員ではなく、この花を見ていたんですよ!」とリンディさんにアピールするためだ。
「この花良いですわね。これにしますわ。」
どうやら、リンディさんのお気に召したようだ。
僕はホッと一息をついて会計を済ませた。
(あ、ここで花買ったら屋敷に帰らないといけないのかな? どうしよう。昼食は外食にしようと思って皆に言い店がないか聞いておいたのに無駄になってしまう・・・。)
などと僕が考えて一瞬立ち止まった瞬間にリンディさんは「リードザッハ家の本邸に届けておいてください。」と店員さんに頼んでいた。
店員さんも「かしこまりました」と頷いてお花を持って行く。
(あ・・・ 持って行ってくれるんだ。)
さすがは貴族様。
買った物は屋敷に届けさせるんですね。
貴族になりたての僕にはそんな考えは全くなかったが、そんな僕の内心がバレることなく店を後にすることができたので良しとしよう。