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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
15/41

デイビー=ダビットソン⑮

「それでは、たま会いましょう」


「ええ、それでは」


僕はセオドリックさんと共にアールヴさんとアリスティーゼ嬢を見送る。

セオドリックさんがなぜ現れたのかはよくわかっていないが、僕の名前を呼んでいたので何か用事でもあるのだろう。

すぐにでも、話を聞こうとしたがアールヴさんがこれから帰るという話をすると「では後で」ということになった。


「それで、いったいどうしたんですか?」


アールヴさん達の馬車が門を超えたところでセオドリックさんに向き直り話を切り出す。


「ああ、バルトラからマヴィルス家の奴らが来たと言う伝言を聞いてな。お前が何かの企みに巻き込まれるかもしれないと思ってやってきたのだが・・・ どうやら、杞憂だったらしいな。」


と、セオドリックさんはバルトラさんの方を見て答える。

バルトラさんは申し訳なさそうに頭を下げている。

そういえば、会談の前に何かメモの様な物を書いて侍女に渡していたが、あれはセオドリックさん宛ての手紙だったのか。


「それにしても、あのアールヴの奴は何の話を持ってきたんだ?」


僕が1人で納得しているとセオドリックさんはアールヴさんが何をしに来たのか尋ねてきた。

よっぽどアールヴさんのことが嫌いなのか。

セオドリックさんは眉間に皺を寄せている。


「アリスティーゼさんとの縁談を持ってきたんですよ。」


「は?」


僕があっけらかんと答えるとセオドリックさんは口を開けて目を見開きこちらを見てくる。

それを見てバルトラさんが「本当のことでございます。しかし、旦那様は見事に話をお断りしましたので、ご安心ください。」とセオドリックさんに語る。


「そうか。それはよかった。」


そう言っているセオドリックさんの顔は真っ青だ。

どうしたんだろう。

何か恐ろしい事でも想像したのだろうか。


「一応。詳しい話が聞きたいのだが構わないか? ああ、バルトラ。すまないが部屋の用意をしてくれ。今日はもう休んでいくよ。」


そう言ってセオドリックさんは僕と共に応接間に向かうがバルトラさんが申し訳なさそうに引き留めてきた。


「申し訳ございません。客間の方は全て騎士団の方々が使用中でして・・・」


バルトラさんがそう弁明する。


「ああ、そう言えばそうだったな。」


と、今日の出来事を思い出してセオドリックさんが呟いた。


「なら、僕の部屋で寝たらどうです? 僕は応接間のソファの上でも問題ありませんから。」


「いや、そこまで気を使わなくとも俺がソファで寝るぞ。」


僕の提案をセオドリックさんがやんわりと否定してソファで寝るからと毛布を要求してきた。


「申し訳ありません。騎士団の皆様に出した毛布が全てでして・・・」


バルトラさんは本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

まぁ、これは経済面で潤っていないなりたての貴族では仕方がないことだろう。

この屋敷の購入でかなり苦労しているしね。


「そうか。といっても今から帰るのもな・・・」


セオドリックさんはめんどくさそうに天井を見上げる。

遠征に行っていて帰ってきたばかりの僕達と違い、明日も仕事があるのだろう。

おまけに、モルダン家はここから少し距離がある。

僕とマヴィルス家の対談は途中で抜けるなどといった事態があったにもかかわらず、彼が最後まで姿を現さなかったのは往復にそれだけ時間がかかったということだ。


これから対談の内容を聞いて、深夜に帰っては明日は睡眠不足になりかねない。

せめて少しでも長く睡眠時間を取りたいのだろう。


「だから、僕のベッドで寝ればいいじゃないですか。昨日まで使ってなかったからとてもきれいですよ。僕は明日は仕事が休みですし、マントがあるので寒さもしのげます。」


そう言って僕は昨日までお世話になっていたマントを指さした。


「すまない。今回は甘えさせてもらうよ。」


余程、連日忙しかったのか。

セオドリックさんは疲れた顔をしている。

先程見た時はそうでもなかったが、政敵であるマヴィルス家が帰って気が抜けたのか。

その顔には疲れの色がはっきりと見える。


「構いませんよ。では、手短に先程の話の内容を話しますね。」


そう言って僕はセオドリックさんにアールヴさんと話した内容を簡潔に説明する。

それを聞いてセオドリックさんも僕と同じ意見を持ったのだろう。


「今度は何をしでかす気だ・・・」


と、眉間に皺を寄せて頭を抱える。

そうして、話が終わるとバルトラさんに伝言を頼んでセオドリックさんは部屋へと去って行った。


「さて、僕も寝るかな・・・」


明日はお土産を持ってリードザッハ家に行かなければならない。

僕にとって人生最大のミッションかも知れない事態が待っている。

早く寝なければ・・・


だが、そんな僕の想いとは裏腹に、興奮と緊張で目は冴えてしまって全く眠たくならなかった。


(ど、どうしよう・・・!)


こうして、僕は遠足前の子供の様に眠れない夜を過ごし、翌日寝坊した。

セオドリックさんは朝早く帰ったようでお見送りはできなかった。

そんな僕を見て騎士団の面々はあきれてものも言えないのか。

哀れみの目で僕を一瞥すると帰って行った。


「送り物が食材でなければ明日でもいいのでしょうが・・・」


ミーファちゃんはあきれつつ、どうしようもない物を見る目で見降ろすと、溜息を一つついて去って行った。


「隊長、寝不足だからってリードザッハ家の方々に失礼の無い様にしてくださいね? 下手すると俺達の首が飛びかねないんで。死ぬ時はお一人で逝ってください。」


ミゲルさん。

あんたって人は・・・

そんな、とんでもない発言をして彼は去って行った。

冗談なんだろうけど、笑えないよ・・・。


「それでは隊長。またお会いしましょう。」


アレックス君。

そういえば、お姉さんと一緒に帰らなかったんだね。

なんというかアレだね。

ごめんね。こんなことにつき合わせちゃって・・・


「いえ、初めてのことが多くて楽しかったです。」


アレックス君はそういうとにこやかな笑みを浮かべて去って行った。

いつの間にやってきたのか。

昨日、リンディさんが乗っていた物と同じ馬車がお迎えに来ていた。


「隊長、これ。俺のおすすめの店です。貴族様の通う店とは違いますが、まぁ元平民のい隊長なら問題ないでしょう。」


といって、ガレット君がメモを渡してくれる。

き、君ってやつは・・・

僕は君の様な素晴らしい部下を持てて幸せだよ。

僕は良い部下に恵まれたことに涙しながら喜んだ。


「うまくいったら、また奢って下さいね。」


彼はそう言って去って行った。

最後のセリフがなければ、いい子なんだけどなぁ~・・・

全く現金な子だよ・・・

まぁ、でもありがたいのでメモはしっかりと眼を通しておこう。


「旦那様。そろそろ御仕度をなさいませんと、時間に遅れてしまいすよ?」


僕がメモを読んでいるとバルトラさんがそう言って時間を知らせてくれる。

別に時間を指定しているわけではないがお土産の件もあるし、それにデートの件もある。

正直言って何の話をしていいのかわからないし、デートに誘えるのかどうかも怪しい所だが、もし誘うことに成功した場合。

食事に誘えば十中八九話題には困らない。

はずだ・・・。


「とりあえず、準備するか。」


僕は着替えて身支度を整えると軽く朝食を取ってお土産を馬車に積み込む。


「じゃ、いってくるよ。」


「いってらっしゃいませ。」


バルトラさんや侍女さんに見送られながらリードザッハ家へと旅立つのだった。


(う~ん。いざ、行くとなるとなると緊張してきた。でも、もう馬車に乗っちゃったし・・・。)


なんだか無性にトイレに行きたい気分だ。

だが、今の僕に逃げ場はない。

引き返すわけにもいかないし、ここは男らしく堂々としていれば・・・


「旦那様。つきましたよ。」


「え?! もう?!」


ようやく覚悟を決めかけていたのに馬車を運転していた従者の声で現実に帰ってきた。

もう少し時間をかけて欲しかった・・・などという実に女々しいことを考えてしまう。

いや、覚悟は決まっているはずだ。

頑張ろう。


「おはようございます。リンディさんはいますか?」


「はい。お待ちしておりました。ささ、こちらへ。」


馬車を下りて執事の人と挨拶を交わすと、屋敷の中に通された。

急な用事でいないとかいうことはないようだ。

いや、それはそれで悲しいんだけどさ・・・。


僕はお土産を執事の人に渡す。

といっても、渡すのは特産品の食べ物だけで、店で選んできた小物はリンディさんに直接渡そう。


コンコン


「お嬢様。ダビットソン卿がお見えになりました。」


「入ってもらって。」


ノックをして執事の人が扉越しに僕が来たことを伝えると、凛とした声で答えが返ってくる。

リンディさんの声だ。


ガチャリ


執事の人が扉を開けてくれるので一礼してから中に入る。

中に入ると、先程まで座っていたであろうリンディさんが立ち上がり迎えてくれる。

その横には椅子に座りテーブルにお茶を置いて寛いでいるソフィア嬢も一緒だ。

2人でお茶をしていたのだろう。

ただ、僕が来たことでそれが中断されたためだろうか。

ソフィア嬢は少し不機嫌な顔をしている。


「失礼します。どうも、約束通りお土産を届けに来ました。これは食品ではないのですが、向こうで見つけた特産品の花瓶なんですよ。」


僕はそう言って包装された花瓶を机の上に置いた。


「まぁ、ありがとうございます。開けて見てもいいですか?」


リンディさんはお礼を言うと楽しげに笑みを浮かべてテーブルの上に置いた包みを見る。


「ええ、どうぞ。お気に召すと良いのですが・・・」


そう言って返事を返すとリンディさんは包み紙を開けた。

中から出て来たのは薄い水色の陶器でできた花瓶。

ただこの花瓶は、向こうで取れる特殊な土を原料にしているので、光の当たっていない部分が青色に見えるというなかなか変わった逸品だ。

これを買う金額が手持ちにギリギリ合ってよかった。


「まぁ素敵だわ。ありがとうございます。」


気に入ってくれたのか。リンディさんはそう言ってほほ笑んだ。


「いえ、気に入って頂けたようで何よりです。」


なんとか、なってホッとしたからか。

僕の頬も緩んで笑みが零れてしまう。


「粗悪品ね。貴族ならもう少しまともな物を用意できないの?」


だが、そんな僕にソフィア嬢は冷たい言葉を投げかける。

おかげで、僕とリンディさんの笑みは凍りついた。


「こら、ソフィア。なんてことを言うの。」


リンディさんがソフィア嬢に振り返って優しくお叱りをする。


「だって本当の事でしょう? これ平民のために安く買える様に普通の土を混ぜてるじゃない。おかげで色が綺麗に出てないし、ムラも多いしどう見ても粗悪品よ。」


ソフィア嬢はそんなリンディさんのお叱りを恐れることなく、何がいけないのかを説明する。

言われてみれば、確かに全体的に色は疎らだし美しいというには少し抵抗がある。

良い言い方をするならば『味がある』と言う言葉が似合う逸品だ。

まぁ、お金が足りなかったので高級品を買えなかった僕がすべて悪い。

とはいっても、僕がこれを買ったお店はそう言った高級志向の店ではなかったので、これと同じようなものしか置いていなかったのだが・・・


(ただ、どうしよう・・・ この場合は持って帰るのが正しいのだろうか・・・)


「隊長。おはようございます。」


僕がどうしようかとオロオロしているとアレックス君がやってきた。


「ああ、おはよう。」


僕はが挨拶を返すとアレックス君は僕の横を抜けてソファに腰かける。


「隊長は座らないんですか?」


「ああ、そ、そうだね。同席してかまいませんか?」


「これは、気が利かなくてすみません。どうぞ。」


アレックス君の疑問に答えると、僕はリンディさんとソフィア嬢にお伺いを立てる。

リンディさんは申し訳なさそうに頭を下げると席に促してくれたのでそこに座る。

ソフィア嬢はこちらに興味がないのか。

もしくは、僕を嫌っているのか。

こちらを見ない。


「ん?この壺は?」


「ダビットソン卿からお姉さまへの贈り物ですって。もう少し気の利いた物はなかったのかしらね?」


アレックス君がテーブルに置いてある壺を見て疑問を投げかけると、ソフィア嬢が間髪入れずに答える。

それを聞いてリンディさんが「あなたは何てこというの。」とソフィア嬢を諌めるが彼女はその言葉が気にくわないのか。


「兄さんも何か言ってやってよ。」


と、兄であるアレックス君に助けを求める。


「ああ、これにしたんですね。さすがは隊長。味のあるいい品ですね。」


が、アレックス君はそんなソフィア嬢の言葉を無視して花瓶を褒める。


「これのどこがいい花瓶なのよ・・・。」


味方がいなくなり、ソフィア嬢は唇を尖らせて文句を言う。


「実用的でいいじゃないか。高価な宝石なんて見飽きてるし、きれいな調度品よりもこういった味わい深い物の方が我が家にはなくていいんじゃないかな。」


そんなソフィア嬢にアレックス君が追撃とばかりに反論する。

確かに、四大貴族に数えられるリードザッハ家にこういった趣向の逸品は贈り物にしろ。購入物にしろ存在しないだろう。

そう言った意味では変わった逸品なのかもしれない。

まぁ僕にはその辺の上流階級の話は分からないけどね。


「それにしたって・・・ なんで青色なの? お姉さまの好きな色は赤系でしょ?」


ソフィア嬢はどうあっても難癖をつけたいのか。

今度は色について否定的な言葉を述べる。

だが、そのおかげで良い事を知った。

リンディさんは赤系の色の方がいいのか。

そういえば、この前の夜会でつけていた装飾品は赤いガーネットだったな。


「もう、あなたって子は何でそんなことを言うのかしら・・・ リム。悪いけど、この花瓶をわたくしの部屋に運んでおいてくれないかしら。」


リンディさんはそんなソフィア嬢を見てあきれつつ、後ろに控える侍女に花瓶を運ぶように指示を出す。

リムと呼ばれた侍女は「かしこまりました」と答えると花瓶を持って部屋を後にした。


「そうですわ。デイビー様。折角、あんないい品を送って下さったんですもの。早速、花瓶に生けるお花を選びたいわ。中庭にご一緒してくださいませんか?」


リンディさんは良い事を思いついたと手を合わせると、にこやかな笑顔でそんな提案をしてきた。


「僕でよければ喜んでお供しましょう。」


間を置くことなく僕は答えを返していた。

だってリンディさんがあんまりにもいい笑顔で微笑むんだもの。

断れるわけがないじゃないか。


僕とリンディさんは立ち上がるとソフィア嬢とアレックス君を置いて2人で中庭に出るために部屋を後にする。

ううむ。

リンディさんと2人きりという状況は嬉しい反面。何か粗相をしでかすのではと言う不安が込み上げてくる。

しかし、あのままだとソフィア嬢にどんな嫌味を言われるか分からないし、なんでか先程からすごく睨まれている。

僕はソフィア嬢の恨みがましい視線を背中で感じつつ部屋を後にした。


(そのうち背中から刺されたらどうしよう・・・)


なんて、不吉な考えが頭を過ぎる。


(いかんいかん。今はそんなことよりも何か話題を出さなくては・・・)


でも、いったい何を話せばいいのだろうか?


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