表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
14/41

デイビー=ダビットソン⑭

夜分遅くに、突然やってきたマヴィウス家の現当主であるアールヴさんは唐突に彼の娘であるアリスティーゼ嬢との婚約話を持ちだしてきた。

突然の事態に僕は何を言われたのか理解できず、とりあえず聞き返すことにした。


「私は今日、娘のアリスティーゼとの縁談を持ってきたのですよ。」


「誰にですか?」


「もちろん。デイビー卿にですよ。」


僕が聞き返した言葉にアールヴさんが答えを返してくる。

解せぬ。

なぜ、三大公爵家に数えられるマヴィウス家が貴族に生り立ての俺に縁談を持ち込んでくるのだろうか。


「ええっと。なんで僕なんかに? 正直なお話を申しますと財力も権力もありませんよ?」


情報によるとなかなかの野心家の様なので、その辺を理由に断ろうと話を持って行く。


「それには及びませんよ。我々はあなたの武力と知性に・・・ いや、正確にはそれらが持つ将来性に期待して話を持ってきているのです。」


なるほど、今の僕には足りない物がたくさんあるが、将来的にはそれらを補うだけの武勲を上げられると踏んでの事なのか。

まぁ確かに分からなくもないけど。

それってこれから戦争が起きることを予見しているってこと?


我が国が戦争をする理由はあまりない。

その理由は我が国が満ち足りているからだ。

広大な平原を利用した農業、鉱山からは大量の高純度の鉱石が出るため工業も盛んだ。

河川も広がっているので飲み水にも困らない。

外交も頑張ってるから友好国も多いので商業も盛んに行われている。

それに伴い街道の整備も進んでいる。

すでに大きな都市間の街道は整備され、あとは小さな都市や町、村までの街道整備を済ませるだけだ。


(もっともそんなことをしている暇があるかどうかだけどね。)


我が国は半年ほど前に戦争をしていた。

僕が武功を立てて貴族になることになった戦いだ。

この戦いの爪痕は今も残っており、今はその復興作業を行っている。


そう、我が国には戦争をする理由はなくとも隣国にはあるのだ。

豊かな資源を持つ我が国の周りには友好国だけがあるわけではない。

そのため、隣国が戦争を仕掛けてくることはある。


だが、我が国の軍事力は強大だ。

それが抑止力となり、戦争なんて今では滅多に起きない。

それに、戦争は半年前にあったばかりだ。


あの戦いでは『青の騎士団』がでなかった。

そのせいで苦戦はしたが、周囲の国々は『青の騎士団』抜きで勝利したことにおののき恐怖した。

故に、現状で我が国を攻めてくる隣国は存在しないはずだ。

そんな現状で、僕により大きな武勲を立てることを期待している。


(この人は信用ならない。)


そんな思いが芽生えてしまうのは仕方がないことだろう。

野心家という事前情報と合わせると何かしらの謀略でも巡らせているのだろうか。


「どうです? 私の娘は? 贔屓目に見ても見目麗しく、教養も品もあると思うのですが。」


僕が胡散臭い物を見る視線を送っていたためだろうか。

アールヴさんは話を娘であるアリスティーゼさんの方に視線を誘導する。

もっとも、誘導する時にもにこやかな笑みを浮かべたままなので本当に悪いたくらみを企てているのかは判断できない。

なので、僕はその誘導に素直に乗って彼女を見てしまう。


確かに、彼女は美しい。

前王太子の婚約者候補としてリンディさんが対抗馬として出た理由がわかる。

おそらくは、彼女の美しさに対抗できる人物がリンディさん以外にいなかったのだ。

前王太子は女好きという話だったし、対抗馬にリンディさんが出たことや目の前の美女を見る限りでは相当な面食いなのだろう。


正直言って僕はリンディさんのことが好きだし、婚姻についても考えている。

しかし、目の前の美女がリンディさんに見劣りするようには見えない。

おそらくは、前王太子も同じなのではないだろうか。

そして、2人の勝敗を分けたのは純粋な好みの問題だと推測できる。


僕は詩的な人物ではないし、そういった知性や知識の方面には疎いのでどう例えればいいのかわからないが、彼女達を花に例えれば美しいという共通点を持つ品種の違う花か同じ花であっても色が違う程度の差しかない。

そこまで来ると、完全な好みによって優劣が決まる。


前王太子の好みはリンディさんだったのだろう。

それほどまでに、彼女は美しい。

寧ろ、僕としては顔の好みだけ言わせてもらえばアリスティーゼさんかも知れない。


まぁ彼女は僕を見て完全に委縮しているけどね。

先程からチラチラとこっちを見てくるけど視線を合わせるのは怖いのか。

少々ビクついている。

それに比べて、リンディさんは初対面の事から笑顔を絶やさずに接してくれるので安心感がある。

そう考えれば、僕は彼女のことが好みなんじゃなくて小動物か何かかと思っているのかもしれない。


「ええっと。大変うれしい申し出なのですが、私にはすでに心に決めた人が・・・」


リンディさんの名前は出さずに適当に誤魔化して逃げようと口を開くとアールヴさんは眉間に皺を寄せて明らかにこちらを睨みつけるかのような視線を向けてくる。


「それはもしや、リードザッハ家のリンディ=フォン・リードザッハ嬢の事でしょうか?」


うっ・・・!

直球できたな・・・

そうなんだけど、この場合それを口にしてしまっていいのだろうか?

僕はそっと視線を外してバルトラさんを見た。

バルトラさんは僕の視線に気づいて首を縦に振る。


言ってしまっても大丈夫と言うことだろうか。

四大貴族とマヴィルス家はイザコザを抱えているようだから正直、名前を出して問題にならないか心配だけど、ここはハッキリとこちらの意志を相手に伝えた方がいいという判断なのだろう。

僕はバルトラさんの頷きをそう判断して「そうです」と返事を返した。


「そうですか・・・ 失礼ですが、リンディ嬢の噂については御存じですか?」


アールヴさんは何とも云えなさそうな微妙な表情をして黙り込んだ後、そう尋ねてきた。

それはまるで、貴族になりたての僕を心配しているかのように優しい眼差しだ。


「・・・ええ、知っています。」


そんな優しい眼差しに見つめられて「本当はこの人いい人なのかな?」という考えが一瞬頭をぎったために答えが遅れて出てしまった。


「そうですか。それは、誰から聞いたのですか?」


今度は情報源を聞きに来る。

何が目的なのだろうか。

さっぱりわからないが、ここは人物名をしっかり出すべきだろう。

バルトラさんの方を見ると彼も頷いているしね。


「同じ部隊にいるミーファちゃんとモルダン公爵家のセオドリックさんです。」


「アルコット家の令嬢と同じ四大貴族の次期当主ですか・・・」


僕の答えを聞いてアールヴさんは口に手を当てて少し考え込む仕草を取る。

それを見ながら、僕はゆっくりと紅茶を手に取って口につける。

紅茶を飲むことで余裕があることと考えを待つ度量を見せつけるのだ。


「こんなことを言うのは失礼ですが、デイビー卿の持つ情報は偏りがある様に見受けられる。先程から明らかに私を警戒している節があるし、彼らに当家について何か良くない話を吹き込まれてはいませんか?」


アールヴさんはとても心配そうにこちらを窺いながらそう尋ねてきた。

確かに、僕の手にした情報源はミーファちゃんとセオドリックさんの2人で、2人ともリンディさんビイキがある点は否めない。

ミーファちゃんは過去のことでリンディさんを尊敬しているし、セオドリックさんも前回の婚約者選びでの失敗で負い目を感じている。

だが、僕は彼らとの関係は長い。


好き嫌いやそう言った感情で物事を曲解したり決めつけたりする人物には思えないのだが・・・

いや、ミーファちゃんはリンディさん絡みだと暴走するから一概にはそうとは言えないか・・・

と、つい先日に剣を突きつけられたことを思い出した。


「こんなことは言いたくないですが、デイビー卿の持つ情報源には偏りがあります。

四大貴族と私の属する三大公爵家は今は対立関係にあります。彼らの話す情報は我々には不利で自分たちには都合のいいものになっていてもおかしくありません。」


確かにアールヴさんの言う通り。

僕の持つ情報は一方的で偏りがあるのかもしれない。


「確かにそうかもしれません。しかし、僕は兄もその情報を鵜呑みにしているわけではなく、自分でしっかりと情報を精査しています。ですから、教えて貰った情報の中から不必要な情報は信じないことにしています。」


しかし、僕はそれをわかった上で言葉と行動を選んでいるつもりだ。

そのことをわかってもらうためにここはハッキリと自分の意見を主張する。


「というと?」


アールヴさんはどんな情報を遮断しているのかを尋ねてきたので僕は一旦、今までに得た情報を彼に伝える。

伝えた情報は端的に言えば

・マヴィルス家の当主が野心家で国を乗っ取ろうとしている。

・リンディさんに変な噂が流れている。

・その噂の原因がマヴィルス家である。

・四大貴族とマヴィルス家は対立している。

の4点だけだ。


「この四つの内の二つは真実なのでしょう。リンディさんの噂話も四大貴族とあなた方の対立も・・・

ですが、他の二つは僕は信じていません。」


そう僕はこの話の内の半分は真実として受け止めているが、半分は信じていない。

マヴィルス家の当主が娘を前王太子の婚約者にしようとしたのは事実かも知れない。

だからと言って、それが必ずしも国家の乗っ取りとイコールにはならない。

もしかしたら、前王太子を改心させるために『娘を使おうとした』と見れなくもない。

リンディさんのよくない噂話を広めたのだって、結局出所は分かっていない。

単に前王太子の件を出してリンディさんを嫌っている人達が心無い噂を出しているだけなのかもしれない。


そう言ったことを考えていない訳ではいないことを僕はアールヴさんにシッカリと説明した。

アールヴさんは黙ったままウンウンと頷いて聞いてくれる。

ふと横を見れば、先程まで怯えていたアリスティーゼ嬢も感心して話を聞いている。

どうやら、僕がしっかりした意見を持つ人間だと理解してくれたんだろう。

先程まで宿っていた野生の獣に対するような警戒心が消えている。

さらにその横を見れば、バルトラさんが感心したようにこちらを見ている。


どうやら、格上の人間にもしっかりとした意見を述べられることに感心した様だ。

こんなことで感心されても仕方がないとも思いつつも、まぁ普段が頼りないので見なかったことにしよう。


「なるほど。デイビー卿の意見は分かりました。ですが、それではなぜあなたは私を警戒しているのですか?」


こちらの意見をしっかりと脳裏に聞き届けたアールヴさんはそう言って口を開いた。

いや、理解したからこそ聞き返してきたのだろう。

持っている情報を精査した結果、敵ではないと判断された自分たちがなぜ警戒されているのか。と言う疑問に行き着いて・・・

ここはハッキリと言ってあげるのが優しさなのだろう。


「信用ならないからですよ。」


そう判断した僕は間髪入れずに答えを出した。

その答えが意外だったのか。

アールヴさんとアリスティーゼ嬢は驚いて目を見開いている。

どうして自分たちが信用できないのか本当に理解できないのか。

2人は黙り込んでしまった。

なので、今度は僕から話を振りことにした。


「アールヴさん。先程、僕の将来性を見込んで婚約話を持ってきたと言ったでしょう?」


「ええ、そうです。」


僕から話を振ったことに驚きつつもアールヴさんは答えを返してくる。


「将来性と言われても僕はただの軍人です。貴族にはなりましたが、土地も持っていません。そんな僕のどこに将来性があるんですか?」


「それは軍人としての力と知識があれば武功を挙げられるからで・・・」


「戦場がないのにですか?」


「・・・!」


アールヴさんの答えに僕がまたも疑問をぶつけるとそこで彼はようやく理解したのだろう。

現状における自分の失言を・・・


そう戦場の無い場所で軍人が武功を上げることはまずない。

先の戦いの結果や周囲の国の反応を見て軍部の上層部はそう判断しているし、末端の兵士である僕や僕の部下達でさえ、そう認識している。


にもかかわらず、彼は僕に『武勲』を期待した。

それは、戦争が起こることを知っているか。

起こそうとしているか。

そのどちらかの条件で話をしていることを相手に知られてしまうことになる。


おまけに僕はマヴィルス家に対するよくない話を四大貴族から聞いているし、その話をさっきアールヴさんに話したばかりだ。


・マヴィルス家の当主が野心家で国を乗っ取ろうとしている。


ただの噂の息を出ない。

マヴィルス家のことをよく知る人たちからすれば、『ありえない』といわれるかもしれない。

難癖に近い情報。

しかし、先程の言動を聞けば『この情報は真実なのでは?』と怪しむには十分だろう。


「ふぅ。どうやら誤解を与えてしまったようですね。今日の所は出直します。」


「お見送りしましょう。バルトラさん。」


「かしこましました。」


こうして、マヴィルス家との対談は終わりを告げたのだった。


バン!


「デイビー!いるか?!」


部屋を出ようとすると、なぜか血相を変えてセオドリックさんが入ってきた。

いったいどうしたのだろうか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ