デイビー=ダビットソン⑫
午前中、虚偽の報告をしてサボっていた女性隊員達を連れ帰り、僕は午後からの演習で彼女達を最前線の最も危険な場所に投入した。
「この鬼~!」「鬼畜隊長!」「隊長のためにやったのに~!」
などという声が聞こえるが気にしない。
男女平等、実力主義をモットーにする我が部隊に置いて虚偽の報告によるサボりなど認められない。
なので、彼女達には厳しい罰を込めて最前線に行き敵を撃破してもらう。
「ところで、ミーファちゃん。君もこの件にかかわっているよね?」
「何のことですか? 私は知りませんよ。」
僕の質問にシレッと答えるミーファちゃんだが、彼女がこの件に関わっていないなどあり得ない。
そもそも、彼女達が虚偽の報告をしてもミーファちゃんならばそれを見破ることができるのだ。にもかかわらず、彼女達は見事にミーファちゃんの監視の目を掻い潜り午前中の演習をサボっている。
そのことから、彼女の関与は明らかだ。
ミーファちゃんはリンディさんがかかわると「上司である僕に刃を突きつけてきた」という前科もある、今回もリンディさんの為を思ってやったことなのだろうが、上司として今回のことは見過ごすわけにはいかない。
だが、彼女は口が堅い。
なかなか白状しないし、女性隊員達もミーファちゃんを庇って白状しない。
女性陣の鉄壁の連携によって主犯であるミーファちゃんは守られ、女性隊員達もミーファちゃんが「女性には重い時とそうでない時があるのですよ。それに、部屋に籠っているとストレスにもなりますし、彼女達の行動は同じ女性として理解できるので、どうぞご理解ください。」と頭を下げられてしまったので罰することは困難になった。
(ここで、罰すると女性に対して理解がないってことになるし・・・ でも、虚偽の報告っぽいから許すのもなんだか男女差別な気がして気が引ける・・・)
という、悩んだ末に行きついたのが演習での最前線の投入だ。
午前中、休んでいた彼女達は体力が有り余っているのか他の隊の隊員達をものともせずに突き進む。
寧ろ、周りにいる仲間の隊員達が午前中の疲労のせいで彼女達に追いついていない。
そのせいで部隊の連携が取れなくなる可能性があるので、崩壊しない様に指示を出さなければならないので指揮官は大変だ。
「もういっそ、指揮官を代わって欲しい・・・」
「何弱音を吐いてるんですか。もう小部隊の隊長じゃないんですから指揮官の仕事にも慣れてください」
僕が指揮官の使命を投げ捨てて前線に行こうとするのをミーファちゃんが止める。
お小言付なので結構心に響く。
確かに、40人程度の少数部隊ではなく200人もの部隊を指揮する隊長になったのだ。
自分の力だけでどうにかできた小隊とは違う。
200人の部隊となると僕一人が強いだけではどうにもならない。
部隊全員の能力と連携がものを言う。
五つもの小部隊の指揮を行うのは突撃専門の脳筋の僕には合っていないのだろう。
そのため、僕のそばには副官のミーシャちゃんが広い視野を持ち戦況全体を見て僕に状況を教えてくれるのでそれを聞きながら部隊を動かす。
それ以外にもミゲルさんとガレット君が密かに動いてくれているので何と形になっている。
「ふぅ・・・ 演習終了。なんとか全勝で来たね。」
僕達、『緑の騎士団』は他の部隊よりも少ないというハンデを背負いながらも何とか演習の総当たりで全勝することができた。
「よっしゃ!今日は宴だ!!」
我が騎士団を率いて戦った副団長のレージさんも面目が保てたので大はしゃぎだ。
こうして、夕食会を豪華な宴に変更して宴を行った『緑の騎士団』第三隊だったが、宴が終わった瞬間。
「強行軍で王都に帰ります。各員準備!」
というミーファちゃんの一言で夜中から強行軍で王都に帰ることになった。
理由は単純。
行きは予定に合わせての行動だったため他の部隊と足並みを合わせなければならなかったが、帰りは王都に帰りさえすれば休暇が待っているのだ。
しかも、遠征後に得られる休暇3日間にプラスして通常行軍3日間という期間から残った日にち分を差し引いた期間が休暇になる。
つまり、他の部隊が三日かけて帰るところを一日で帰ることができれば二日間休みをプラスできるのだ。
他の部隊は訓練の疲れのせいで普通に行軍をするのだが、我が部隊はそんなことはしない。
寧ろ、この行軍のために体力を温存して一日でも早く、長期の休暇を取ろうとする者までいる。
正直言ってそんなことはしないで欲しいのだが、この強行軍による休暇の延長が部隊員のモチベーションに繋がっているので真っ向から否定はできない。
僕は頭を抱えながらも荷物を馬車につぎ込んで帰る準備をするのだった。
「出発するぞ!」
準備を確認し終えたミゲルさんの合図で僕の部隊だけ先に帰ることになった。
他の部隊は今日は休んで明日の朝から変える準備をしだすが、僕達は一日でも長い休みを取るために夜中から行軍を開始する。
目標は二日目の朝には王都に到着することだ。
新米の騎士達はゲッソリしているが先輩騎士達が背中を押したり、急かしたりしている。
「あんまり無理はしないで欲しいなぁ~・・・」
そんなことを口ずさみながらも僕も王都に早く着くことを今か今かと待ち望んでいる。
帰ったら使用人用に買ったお土産を配らないといけない。
「あ、そうだ。アレックス君にリンディさんへのお土産持って帰ってもらおう。忘れないうちにちょっとお願いしてくる。」
ミーファちゃんにそう言って僕はアレックス君の所に向かおうとしたのだが、なぜかガッシリと腕を掴まれた。
振り返るとミーファちゃんが眉間に皺を寄せていた。
うん。
どう見ても怒ってるね。
「馬鹿なんですか? なんで、自分で持って行かないんですか! せっかく会うチャンスなのに!」
僕の予想通り、怒りを顕わにしたミーファちゃんが怒涛の勢いでお説教を始めた。
「い、いや・・・ 遠征の件は伝えてないし・・・ いきなりお邪魔したら失礼じゃないかな? かと言ってお土産にはなまものもあるし、早く届けるに越したことはないだろう?」
僕は少し腰を引きながら弁明するがミーファちゃんの怒りはその程度では収まらない。
「何を言ってるんですか! 好いた相手に会いに行くのですからもっと強引でいいんです! もっとアピールしてください! 嫌がられない限りは積極的にいくべきです!!」
寧ろ、弁明したことによりさらに燃えているような気がする。
「い、いや・・・ ほら、もしかしたら嫌がってるかもしれないし・・・ そういうことをアレックス君から聞いてから向かった方が・・・」
「何をネガティブなことを! というか、嫌がられてたら夜会でのダンスもやんわりと断られてますよ!相手はあなたと違って夜会には何度も顔を出している百戦錬磨の公爵令嬢ですよ! そんな方がせっかく踊って下さったのです!もう少し自信を持って下さい!」
「はぁ・・・」
僕はミーファちゃんに終始圧倒されて結局はアレックス君に王都に着いた日の翌日にはお伺いしますと伝言を彼に頼んだ。
アレックス君は「分かりました。姉も父も、遠征のことを知っているので問題ないと思います」とのことだった。
どうやら、その日にはダグラスさんも家にいるらしい。
もしかしたら、せっかくの家族水入らずの休日かもしれない。
「そうかい? なら、三時ごろにお邪魔してお土産渡して帰ることにしようかな。 せっかくの家族水入らずに悪いし・・・」
「何言ってるんですか! 朝から向って下さい! お昼も夕飯も一緒すればいいし昼間はデートに連れ出せばいいじゃないですか!」
おいおい、ミーファちゃん。
君はなんて無茶を言うんだ。
そんなの難易度高すぎだよ。
僕の恋愛経験の無さじゃ、失敗するのが目に見えてるよ。
「失敗を恐れて前に歩けない者が、戦場で戦士になれるわけないでしょう! 戦場で戦い続けて貴族になった人が、失敗しても死なない場所を恐れてどうするんですか!」
おおう、なんという厳しいお言葉・・・
でも、確かにその通りだ。
僕の考えが間違いだった。
失敗して何もやらないよりも、失敗と言う経験を糧に生きる方が人生においては重要だ。
例えリンディさんとの恋に失敗してもまた次の女性との恋愛があるかもしれない。
そのためにも、ここでリンディさんをデートに誘うのは正解かも知れない。
公爵家令嬢とデートしたという経験があれば大概の女性とのデートなんて恐れることはない。
よし頑張ろう!
「でも、お金とデートコースを考える時間がない・・・」
「大丈夫ですよ。我が隊の女性陣と男性陣から人気のお店を聞き出せばいいのです。アレックス君からはその店の中からリンディ様が気に入りそうな店を選んでいただけますし、お金はバルトラさんが何とかしてくれるでしょう!」
おいおい、すごい他人任せじゃないか。
ミーファちゃんはどこかいいお店知らないのかい?
「私の行くお店はどう言う訳か他の人に人気がないんですよ・・・ なぜでしょうね?」
まぁ、聞かれても僕にはそこがどんなお店なのかわからないんだけどね。
というわけで、僕は強行軍をしながらも隊員達から王都にあるオシャレなお店を聞き出すのだった。
「隊長・・・ こんな時に聞きに来ないでくださいよ・・・」
と、大半の男性隊員達から苦情が来たが、そこは平謝りでなんとかやり過ごす。
逆に女性隊員達は「教えるから午前中のサボりの件での罰は無しでお願いします」と言われた。
演習で最前線に送ったが、それは罰がなくてもそうなっていたかもしれないので罰にはカウントされていない。
帰ってからの休暇明けに何か仕事をさせるつもりだったのだが、どうやら見透かされていたらしい。
どうするべきか悩んでいる僕の背中を押したのはミーファちゃんだった。
「これもリンディ様の為です。」
この一言により、僕は「はい・・・」と言わざるを得なかった。
僕が頷いたことで女性隊員達は大喜びだ。
それを見てミーファちゃんがとてもいい笑顔で微笑んでいる。
ま、まさかこうなることを見越していたのでは・・・!
と、疑いを持ちたくなるような良い笑顔だったが深くは追及しない。
そうすることが、最善だと僕の勘が告げているからだ。
こうして、僕は王都への道をひた走りながらデートコースを考える破目になったのだった。
翌日の昼前、予定よりも少し遅かったが無事に王都に到着した僕達は荷物の片付けを早々に済ませて解散することになるのだが・・・
「お昼ご飯は予めバルトラさんにお願いして用意してもらっているので行きましょうか。」
そう言ってミーファちゃんは隊員達を引き連れて僕の家へと向かった。
ま、待ってくれ!
そんな話は聞いてないぞ?!
と、狼狽える僕にミーファちゃんは冷めた目線で一瞥すると「いいから早くいらっしゃい」と駄々をこねる子供を無理やり引っ張っていく母親のように先頭を歩いていく。
俺は仕方なくその後をトボトボとついていくのだった。
「おかえりなさいませ。」
「「「「おかえりなさいませ。」」」」
屋敷につくと、バルトラさんと使用人一同が出迎えてくれた。
「さぁ、準備はできておりますよ。」
バルトラさんの案内で皆が屋敷の大広間へと通された。
通された広間には豪華な料理が並んでいた。
それだけじゃない。
お酒も大量に用意されている上にいつもより使用人が多い。
「よぉし! これより、遠征の打ち上げを始める! 今夜は好きなだけ飲むぞ! 野郎ども!」
「「「「おお!」」」」
ミゲルさんがお酒の入ったグラスを手に取ると盛大に音頭を取り出した。
部下達もグラスを手に取るとそれを高々と掲げて気勢を上げる。
この家の主人は俺なのだが、なぜか蚊帳の外だ。
「乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
せめて乾杯の音頭は取りたかったが、そこはなぜかガレット君に奪われていった。
ミゲルさんは「ああ!俺が言おうと思ってたのに!」と悔しがっている。
そこは隊長であり、屋敷の主人である僕に譲ってはくれないのだろうか・・・
そんなことを思いながら食事を手に取り口をつける。
するとどうだろうか。
「おいしい・・・」
おかしい。
専属の料理人がいない我が家でどうしてこんなにおいしい料理が・・・!
「どうです? お口に会いますか?」
驚いている僕に声をかけてくる女性の声が聞こえる。
どこかで聞いたことのある声に振り向けばそこにはリンディ嬢が立っていた。
今日の衣装は以前までのドレスと違い動きやすそうなパンツルックのものだ。
おそらくは、軍服で行うであろうパーティーに合わせたものなのだろう。
男装の麗人。
そんな言葉が似合う装いをしている。
「え?! リ、リンディさん?! な、なぜここに・・・?」
「うふふふ。実はセオドリック様から父宛に依頼がありまして、デイビーさんが部下達と訓練後の慰労を兼ねたパーティーをするので人手を貸してほしいと。それで、私も何かお手伝いができればと思いましてこうしてまいりましたの。」
リンディさんの言葉に「そ、それはお手数をおかけしまして申し訳ありません。」と平謝りしながらなぜセオドリックさんの名前が出てくるのかと疑問符を浮かべる。
「いいえ、お気になさらずに。おかげで、こうしてダビットソン家のパーティーにも参加できましたもの。久しぶりにミーファさんともお話したかったですしね。」
「そうですか。それは彼女も喜ぶでしょう。ぜひ、会って行ってやって下さい。きっと喜びますよ。」
僕のこの言葉に彼女は少しだけ不満そうな顔をするが、すぐにそれを引っ込めると「そうしますわ」と言ってミーファちゃんの方を見る。
そのまま歩いて行ってしまいそうな彼女を見て僕は「そうだ」と口にして彼女の視線を引き戻す。
「実は遠征時においしいお土産をたくさん見つけましてね。この前の約束もありますし、明日にでも持って行こうと思うのですが、ご予定は大丈夫ですか?」
僕の言葉に彼女はニッコリと口角を上げて微笑むと「ええ、大丈夫ですわ」と微笑んだ。
「では、明日窺いますのでダグラスさん達にもよろしくお伝えください。」
「ええ、では。失礼しますわ。」
そう言って彼女はミーファちゃんの方に歩いて行った。
「ふぅ。驚いた。リンディさんがいるだなんて・・・ いったいセオドリックさんは何を考えてるんだ?」
「そりゃ、お前とリンディ嬢がお近づきになることをさ。」
「おおう?!」
僕は驚きのあまり奇声を上げて振り返るとそこにはセオドリックさんの姿があった。
「そんなに驚くな。事情を説明しに来ただけだ。バルトラは使用人達への指示で忙しいだろうからな。」
「は、はぁ・・・ それは助かりますけど・・・ なぜ、そんなに不機嫌なんですか?」
セオドリックさんは眉間に皺を寄せて大変不服そうにしていた。
「なんでもない。それよりも、リンディ嬢に手を出すことを決めたそうだな。」
おいおい、手を出すってそんな言い方はないんじゃないだろうか?
それだとまるで僕が変態・・・ いや、変質者みたいじゃないですか。
「ど、どうしてそれを?」
反論したかったが、今はそれよりもなぜそのことを知っているのかの方が問題なので先送りにして尋ねる。
「ミーファから聞いた。すでにダグラス卿も知っておいでだ。ダグラス卿からすでにリンディ嬢にも婚約者候補としてお前の名前を上げているしな。」
「え?!もうそんなところまで話が言ってるんですか?!」
僕の驚きとは正反対にセオドリックさんは「何を驚いているんだ?」と首を傾げると溜息を一つついてから話を進める。
「いいか?以前にも話したが、前王太子の件やその後の不手際の件で、リンディ嬢の婚約者を見つけるのはもはや大貴族の当主陣にとっても急務の案件だ。候補であるお前がその気になったのなら伝えない訳にはいかないだろう。ダグラス卿はお前を気に入っているし、リンディ嬢からも拒絶や拒否の言葉は出ていない。ならば、早くこの縁談を決めてしまいたいというのが当主と次期当主である俺達の意見だ。」
「そ、そんなに急いで縁談を決めないといけないんですか?」
「こんなことは言いたくないが、リンディ嬢はすでに貴族の女性としては行き遅れの部類に入るからな。それに、以前にもいったがリンディ嬢への縁談はマヴィウス家が邪魔をしに来る。お前は将来有望だが、今現在は金銭面に不安がある状態だ。そのことをついて妨害もありうる。まぁ、その辺の妨害がない様に俺達も動いて入るが・・・ せめて、婚約だけでも早めに済ませてくれ。」
「そ、そうですか・・・」
なんだか、貴族の恋愛は色々とごたごたがあって思い通りにいかないので少し面倒だ。
俺としては好意を見せつつから始まる恋愛結婚がいいのだが・・・
「デイビー。貴族の結婚は何かといろいろな事情が絡む。絶対に好きな人と結ばれる可能性なんてそうないぞ。それに、これはお前にとってもチャンスだ。リンディ嬢は正直言ってお前にはもったいないぐらいの上玉だ。こんなゴタゴタがなければお前なんかが手を出せる人じゃない。」
セオドリックさんはそう言って僕を焚きつけ焦らせる。
しかし、そんなことを言われても「はい。分かりました。」と二つ返事を返せるほど決意は固まっていない。
そもそも、相手の・・・ リンディさんの意見を聞かずに進めてもいい内容なのだろうか?
「お前な・・・」
そんな僕を見てセオドリックさんはため息交じりに話を進める。
「以前にも言ったが・・・ というか、言わなくても分かるだろうがな。お前とリードザッハ家では家格が違いすぎる。お前がどれだけ望んでも相手が『否』と言えば婚約なんてできないし、『是』と言えばお前の意志など関係なく婚約は成立するんだ。それを彼らはお前の決心が固まるまで待ってくれている状態なんだぞ?今回の宴にも協力を要請すれば快く承諾してくれている。リンディ嬢本人まで来てるところからして本人もこの婚約には乗り気なのだろう。そう考えれば後はお前が男を魅せるだけだぞ。」
そう言って最後にポンと背中を叩くとセオドリックさんはその場を後にした。
一人残された僕はただただ放心することしかできなかった。