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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
10/41

デイビー=ダビットソン⑩

突如として決まった演習の参加について隊員たち全員に報告を行う。

別に演習への参加は僕と副官達の総意があれば問題なく、部下の彼らに決定権はないのだが事前に報告を行う。

隊員達は参加しないと思っていたのか驚いてはいたが特に異論はないようだった。

その後で、遠征への参加を団長に報告に行くと大喜びだった。


「『青の騎士団』は参加しないが『赤の騎士団』は参加するみたいだ。奴らに実力の違いを見せつけてやれよ!」


三つの騎士団は別に仲が悪いわけじゃないのだが、うちの団長は何かと競いたがる。

まぁ実力が高ければさらに上の実績を期待されて人材や活動資金を多めに貰うことができるからだろう。

活動資金が多ければ備品だけでなく馬も増やすことができるので騎士団としてはありがたいのだ。


そんな理由からもつつがなく意見は通り、僕達の部隊は遠征に向かった。

遠征には『赤の騎士団』からもいくつかの隊が向かうので王都から一緒に行軍を開始する。

今回の遠征では『緑の騎士団』からは2隊、『赤の騎士団』からは3隊が向かい、『青の騎士団』はでないそうだ。


「青は今回の遠征にも出ないのか。」


以前の戦いにも参加せず、遠征にも出ないのでは『青の騎士団』の存在意義がないのではなかろうか。


「出ないんじゃなくて出られないんですよ。我が儘ばかりいう貴族の子弟どものせいでろくな訓練を積んでませんからね。出したら国の恥を晒すのがせいぜいですよ。」


ミゲルさんは余程、『青の騎士団』が嫌いなのか。

そう言って非難した。

青の騎士団とはそこまで悪い騎士団なのだろうか。

訓練を見たことがない僕はどう答えて良いのかわからない。


「隊長は嫌がらせまで受けてるんですからもっと嫌ってもいいと思いますよ?」


そんな僕の態度にガレット君はそういうが、『青の騎士団』はこの国の男の憧れである大騎士アークナイトがまとめあげる部隊だ。

非難するのは躊躇われる。


「隊長は子供みたいに青の騎士団に憧れてますけど。式典なんかに出るだけで、実働はこっちか赤の騎士団しかしないじゃないですか。」


「それはここ数年の話だろう? もう少し前までは『青の騎士団』もしっかりと活動してたんだけどね。どうしたんだろう?」


ミゲルさんの言葉に僕は異を唱える。

確かに、ここ数年は活動していないが『青の騎士団』は数々の戦場で功績を遺している。

子供時代に僕が憧れた騎士団なのだ。

なんだか、子供時代の憧れが夢現だったような気がしてしょんぼりとしてしまう。


「それよりも、今回の遠征先での演習は厳しいものになるでしょうね。皆に気合を入れさせなければ。」


ミーファちゃんは『青の騎士団』についての談義をバッサリと切ると各分隊の隊長に指示を飛ばす。


「何かあるのか?」


ミーファちゃんのそんな様子にミゲルさんが疑問を投げかける。


「『赤の騎士団』の部隊は私達に対抗して部隊でも有名な所だけで来たみたいなのよ。」


そう言って彼女は警戒を強める。

騎士団の中でも平民が所属する『赤の騎士団』は三つある騎士団の中で最も人数が多く入りやすい。

そのために一番実力がない騎士団だといわれているが、人数が多い故に競争が激しく上位の部隊は『青の騎士団』以上の実力を持つとされている。


ちなみに、王都にいる騎士団の数は貴族の多い『青の騎士団』と僕達『緑の騎士団』の人数は約1000人だが、赤の騎士団の人数は3000人を超える。

それ以外にも騎士団の人間はいるのだが、国家の安全を守るために地方に散っていて有事の際にのみ招集がかかり一つのところに集まるのだ。

赤の騎士団は支部の数も青や緑より多く、総数は万を超える。ので部隊数も50を超えるのだ。

今回はその中でも特にすごいトップスリーが遠征に参加しているようだ。


「別に一緒に演習するだけなんだからそんなに気にすることないんじゃないかな?」


「いえ、舐められると厄介です。遠征先までの行軍速度で勝負して実力のほどを見せつけましょう!」


隊長の僕と違いミーファちゃんはやる気満々だ。

ミゲルさんとガレット君は『青の騎士団』からの移籍組なのにかかわらず、「仕方ないな」とやる気を見せている。

皆、意外と負けず嫌いなんだよね。


しかし、僕達が行軍速度を速めることはない。

僕がさせなかったということもあるが、三人の副官が提示した行軍速度を同じ騎士団のもう一つの隊の隊長であるブルーノさんと今回の演習でのまとめ役である副団長のレージさんが却下したのだ。


「お前らは良くても俺達は無理。」


ブルーノさんの言葉を前にして三人の副官は不服そうな顔をしながらも了承した。

さすがに、同じ騎士団の人達に迷惑をかけるわけにもいかないのだ。


「お前の隊の副官達はやる気十分のようだな。団長が期待しているからな。よろしく頼むぞ。」


レージさんは皆に聞こえない様に僕にそう言ってくるが、正直何を頑張るのかよくわからない。


「まぁ、ほどほどに頑張ります。」


とりあえず、無難な答えを返し、その場を濁して行軍を進める。

行軍は2日半に渡り行われようやく目的の地に到着。

ここで、領地を守る領邦軍や兵団の人達と合同で演習を行うのだ。


領邦軍とは領地を守るために領地を与えられた貴族が作った軍で王国の兵士でなく、貴族が独自に動かすことのできる軍隊だ。

そして、兵団とは王国が遠方の地を守るために配置している王国の所有する軍隊で騎士団とはまた違う括りとなっている。

簡単に分けるならば、兵団は国を守るための軍隊で、騎士団は敵を殲滅するための部隊だ。

唯一の例外は王族を守るための近衛騎士団ぐらいだろう。

彼らは王族を守る為だけに存在する守備の騎士団だ。


戦争時には兵団も戦うが、我が国は主戦防衛が主で攻めることはしない。

そのアピールのためにも騎士団と兵団を分け、その存在の違いを隣国に説明している。

守備専門の近衛騎士団が近衛兵団じゃない理由は『騎士団が兵団よりも少数で精鋭部隊であり、その方がカッコイイ』というイメージ的な問題であり、大した意味はない。


だが、つい先日戦いがあったように我が国は隣国から攻められることが多い。

理由は主に農地に適した平坦な場所が多く、鉱山資源も豊富で大きな川がいくつもあるので漁業も行えるという豊かさのせいだろう。

唯一の欠点は海に面していないことぐらいだが、友好国が海に面しており陸路や河川を使った水路での物流も盛んなので困ることはない。


そんな我が国の情勢を考えながら訓練に参加していると周囲から声をかけられる。


「あなたがあのバーサークブラッドベアーですか。」

「本当に熊のように大きいですね。」

「1人で1000の敵を殲滅したって聞いたんですけど本当ですか?」


その内容はあまり好感の持てるものじゃなかったが、先の戦いで武功を上げた猛者を見ようと集まっているので無碍にはできない。

僕はただ凶暴で強いだけの猛者で、英雄とは程遠いカッコイイ存在じゃなく、野蛮だがその実力を認められて爵位を手にしたのだ。

周りから見れば平民から貴族にのし上がった『すごい人』という印象があるのだ。

とりあえず、1人で千の敵を殲滅していないので訂正は忘れない。


「隊長は英雄なんですからもっと胸張っていいんですよ。」


僕が恐縮しながらもみんなの質問に答えているとミーファちゃんからそんな言葉が飛び出した。

英雄だなんて言われたら照れてしまうじゃないか。

そこまですごい人ではないよ。


「演習は明日からが本番だから今日は軽くにしとこうね。」


隊の皆にそういってから今日の訓練は終了した。


「行軍して今日の昼に着いたばかりなのによく訓練で来たな。」


夕飯時に食事をしているとブルーノさんがやってきた。

そういえば到着した後の訓練には参加していなかった。

僕達は合同訓練は明日からだが、その前に行軍速度を他の隊に合わせてゆっくりしていたんだ。

というアピールも兼ねてここの兵団の訓練に参加した。

対抗して『赤の騎士団』の隊も一つだけ参加していた。

訓練内容は軽めだったので特に勝敗はついていない。

副官達が「明日以降で差をつけるぞ!」と隊員達に活を入れていた。

新人隊員以外は「おお!」と返事を返していたが、新人達は初めての行軍に疲れたのだろう。

アレックス君含めて全員がグロッキー状態だ。


「新人達には少しきつ過ぎたので明日の訓練は少し軽めにしましょうか。」


「そうしてくれると助かる。合同訓練は5日間もあるんだ。最後の日には実戦形式の演習もあるしな。初日で潰すのは危険すぎる。」


僕は明日からの訓練日程をブルーノさんと話し合い。

6分目ぐらいまで食事をしてから街に繰り出して、郷土料理を探してお店を梯子する。

リンディさんへのお土産を買わなければならないので、初日から良いお土産を送るための調査をしなければならないのだ。


一旦、この日は調査を終えて帰り、翌日の朝早くから訓練漬けで夕方にまた調査を行う予定だ。


「訓練内容は事前に話した通りだ。」


「この内容をこなせばいいんですね?」


「そうだ。」


朝早くから訓練場に集合した僕達は訓練内容に目を通す。

やることは単純でメニューに従って訓練を行う。

ただそれだけなのだ。


「訓練量が少ない気がするのですが・・・ これでは、予定時間よりも早く終わってしまいます。」


ミーファちゃんが会議の進行を行うレージさんに質問を投げかける。


「問題ない。初日は昨日までの行軍で疲れているだろうから軽めにする。これはお前たちの隊長にもブルーノ経由で了解をとっている。訓練が早く終わればその分は遊んでいいぞ。終わればな。」


その言葉にレージさんは『緑の騎士団』以外の他の隊を見る。

『青の騎士団』がいないので、この場では『緑の騎士団』の団長代理である副団長のレージさんが一番の権力者だ。

レージさんはまるで「他の隊にはこなせまい」とでも言いたげな黒い笑みを浮かべているが、内容はそこまで厳しくない。

この内容ならうちの新人たちでも余裕でこなせるだろう。


「では、各自解散。訓練を始めてくれ。」


こうして、初日の合同訓練は開始された。

僕達は自分たちの隊に戻ってすでに準備体操を終えた隊員達に訓練内容を説明して開始する。


「他の隊よりも絶対に早く終わらせるぞ!」


「「「「おお!」」」」


ミゲルさんを先頭に皆が奇声を上げて訓練を開始した。

訓練内容がいつもよりも優しいので嬉しいのだろう。

他の隊と合わせるためとはいえ、僕の隊員達の体がなまらない様に追加メニューを考えなくちゃな。


そんなことを考えながら予定されていた訓練メニューをこなし終えると予想通り、他の隊はまだ終わっていないが僕達の隊だけが終わってしまった。

新人達はまだもう少しかかるだろうが、それでも我が部隊が一番に訓練を終えるという名誉は頂いた。

これでレージさんも団長にいい報告ができるだろう。


「へっ。そっちも訓練を終えたようだな。」


そんな僕達に話しかけてくる一行がいた。

声のする方を振り向けば、そこには『赤の騎士団』の面々が仁王立ちしている。

どうやら彼らは訓練が終わったらしい。

相当頑張ったのか足が震えている。


「どうだ?これから追加で訓練を行うんだがお前たちも一緒によ。」


だが、そんな足の震えを気にすることなく訓練のお誘いをしてくれる。

彼らのお仲間はまだ訓練途中だが、終わり次第合流するのだろう。


「ああ、かまわ・・・」


「すみません。我々はすでに訓練メニューを決めていますのでご一緒できません。」


僕が返事を返す前にミーファちゃんが言葉を遮ってしまう。

というか、そんな話は聞いていないのだが・・・

そんな僕の反応に反してすでにガレット君やミゲルさんが隊員達をどこかに移動させている。


「あれ?訓練しないんですか?緑の最高戦力も大したことありませんね。」


足をプルプルさせながら強気な態度を取り続ける彼らのその闘争心には敬意を表したい。

同じ気持ちになったのかそんな彼らにミーファちゃんは「あなた方が私達の訓練に参加されるのならご一緒しますよ?」と提案する。


「いいだろう。どんな訓練だ?」


「訓練と言うほどのこともない。簡単なことですよ。これから山に入って夕飯の時間まで狩りを行います。狩猟の許可は昨夜の内に取ってありますし、取ってきた獲物は換金できますのでお小遣いも稼げます。」


強気な彼にミーファちゃんは「なんという素晴らしい提案を・・・!」と褒めたくなる訓練メニューを提示してくれる。

僕の家は依然として金欠なので、お土産を買う為に持ってきた資金が少し心許なかったのだ。

僕の許可を取らずに話を進めたことは気になるが、それ以上にいい仕事をしてくれた。


「それはいい!僕も頑張らなくちゃ!さぁ!君たちも行こう!」


僕は喜び勇んで歩き出しながら彼らを誘う。

だが、彼らはこちらを見ずにあさっての方向を見ながら笑っていた。

よく見ると彼らは笑っているが目が死んでいる。

彼らの後ろにいる人たちは下を向いて何かを話し合っている。

内容の全ては分からないが「今から狩猟は無理」や「こっちが狩られる側じゃん」などと聞こえてくる。

まぁ、確かにこの時間から山に入っても狩猟の成果は低いだろうから賢明な判断と言えなくもない。


「すまない。すでにこちらも訓練メニューを決めているんだ。悪いがまたの機会にするよ。」


彼らは顔を青くしながら断った。

明らかに体調が悪そうだが、大丈夫だろうか。


「そうですか。では、私達もこれで失礼します。」


ミーファちゃんは丁寧にお辞儀をすると、こちらを振り返って先に促した。

僕は「またの機会にね」と声をかけてその場を後にした。


狩猟の成果は上々だった。

あの時間から入ったにも関わらず、獲物を仕留めることができたのは運が良かった。

領主としても、最近は野生動物の被害が相次いでいたので助かるということで少し多めのお金を貰った。


「あの熊は誰が仕留めたんだ?」

「バーサークブラッドベアーじゃないか?」

「同族殺し・・・ いや、純粋に熊殺しか。」

「聞いた話じゃ素手で仕留めたらしいぜ。」

「人間業じゃないな。」


狩猟した得物の中に熊があったためだろうか。

何故か僕は『熊殺し』の噂まで流れている。

今回僕が仕留めたのは猪なんだが・・・

誰か、名乗り出てくれないだろうか。

このままだと『熊殺し』の異名をつけられてしまう。


「良いじゃないですか。全く何もしてない訳じゃないでしょう?」


「いやいや、ミーファちゃん。僕がしたのは熊を見つけた隊員からの報告を受けて、近くの仲間に応援を要請して指示を出して取り囲んで串刺しにしてもらったぐらいだよ。」


「でも、串刺しにする前に熊を抑えつけたのは隊長ですよね?」


「いや、まぁ・・・・ そうだけど・・・」


「素手で熊とやり合うだなんてすごいじゃないですか。」


「おかげで怪我しちゃったよ。はぁ、跡が残ったらどうしよう。ただでさえ顔つきが厳ついのに・・・」


「名誉の負傷ですよ。」


僕は怪我の治療をしつつ副官のミーファちゃんに『熊殺し』についての弁明を行う提案をしたが『箔がつく』と言う理由から却下された。

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