デイビー=ダビットソン①
「デイビー=ダビットソン。 貴君の功績を称え、今ここに貴君に準男爵の地位を授ける。」
「ありがたき幸せ。」
ここは豪華絢爛な王宮、謁見の間。
現在は受勲式の真っ最中。
豪華絢爛な広間には豪華なドレスや衣装を身に纏った貴族のお歴々が左右のに設けられた席に鎮座し、勇壮なる騎士の方々が王へと続く真っ赤なカーペットの左右に並んでいる。
そして、その先にある階段を上った玉座の前に設けられた小さなスペースで今、僕は爵位を承った。
先の戦いでの活躍が認められ軍人としての階級は二階級特進しただけでなく、爵位も平民から一気に騎士爵を飛ばして準男爵にまで駆けあがった。
今日から僕も貴族の仲間入りを果たすのだ。
煌びやかな服を着て、蝶よ花よと育てられた美しいお嬢様達との心躍る時間が待っている。
そう、この時の僕は思っていたのだった・・・。
そう思っていたのも貴族になって一カ月も過ぎれば忘れてしまうものだ。
貴族になったとはいっても別に領地が与えられたわけではない。
お金は大量に貰った筈なのだが「貴族として恥ずかしくない住まいと服装をしろ!」という目上の貴族のお言葉もあって屋敷と貴族様が着るレベルの服を数十着購入させられた。
全てがオーダーメイドなので金がかかる。
おまけに、屋敷を維持するための使用人まで雇わなければならない。
だが、僕の収入は僕自身が軍人としての階級で貰っている物と準男爵として国から支給される物があるのだが正直言って金欠です。
商家の三男として生まれた僕は才能ある兄と違い体が大きいことぐらいしか取り柄がない。
まぁ、そのおかげで若くして武功を上げて貴族になりお屋敷とか手に入れたんだけど・・・
成り上がりの貴族は馬鹿にされるのか夜会には呼ばれない。嫌がらせは受ける。縁談は来ない。
武功を上げて今まさに出世街道を歩いているはずの僕になぜ縁談が来ないのか。
そんなことを不思議に思って実家に帰った時に兄貴に相談してみた時の答えが「家も買ってないし、服も貴族の着る様な物持ってないからじゃないのか?」というものだったので知人の貴族に相談したところ、「まだ用意してないのか!」と怒鳴られて急いで何とか用意して貰ったのだが、家を買い執事やメイドを雇いと大忙しだ。
さすがに執事やメイドを揃えたり屋敷の購入の手続きなどで一月がかかり、それが噂になって広まるまでにもう一月はかかるだろうから貴族になってから3か月が経ってようやく「夜会に出られる!」と思ったのだがやはりお誘いは来なかった。
ここ一カ月の貴族としての礼儀作法や夜会でのダンスの練習はなんだったのかと叫びたくなる。
そんなわけで次は親戚の貴族に紹介してもらった執事のバルトラさんに聴いてみた。
「それはその・・・」
バルトラさんはものすごく言い難そうに顔をしかめて目線を外した。
そんなに問題があるのかと思い僕はさらに詰め寄って問いかける。
「いえ、旦那様はその・・・ どこの貴族の傘下にも入っておられませんからではないでしょうか?」
と、バルトラさんは思いついたかのように答えを述べた。
いや、絶対それが理由じゃないだろう。
もっと他に理由があるけど、とりあえずそれよりもまず話しても安全な所から切り出しただろう!
「傘下ということなら僕は叔父のモルダン公爵家の傘下じゃないのですか?」
僕の父親はモルダン公爵家の妾の子だったが父の兄である現モルダン公爵家の当主と仲が良く金銭的な支援を受けて商会を設立し今では安定した地位にいる。
そんな商家の三男坊である僕が若いながらに武勲を上げたとはいっても。爵位を得たのは公爵家の後押しがあったからではないかと勘ぐっている。
「いえ、旦那様は別にモルダン公爵家の傘下ではありませんよ。モルダン公爵家は昔から内政方面を務める家柄なので、そういった方面の方々とは仲良くしております。そんなモルダン家が武勲を上げて準男爵になられた旦那様を傘下に加えれば武門方面を取り仕切っている貴族と敵対する恐れがありますので」
そういってバルトラさんは口を紡いだ。
どうやら貴族の面倒な権力争いの関係上、叔父の傘下には入れないらしい。
執事やメイドなどの人事を斡旋して貰ったのだがそのことについては大丈夫なのだろうか・・・
「私はモルダン公爵家から派遣された執事ですが、他の使用人はモルダン公爵家が恩を売りたい武門の貴族の方々を通して集めた方なので問題ありませんよ。」
バルトラさんはそう答えてニッコリと笑った。
この初老に近い執事さんは体力の衰えを感じて引退を宣言したそうなのだが、モルダン公爵家の当主がその才能を失うのがあまりにも惜しいので公爵家ではなく準男爵になった僕の下に送ってくれた頼もしい人なのだと叔父と従弟から聞いているがこの人懐っこい笑みを見るとそんな風には全く見えない。
いや、思えなかった。
だが、今はこの人の優秀さに頭が上がらない。
それは金銭的にキツイ我が家の家計が回っていることとここ一カ月で味わった貴族としての礼儀作法やダンスのレッスン時に見せる鬼の様な気迫から骨の髄までこの人の恐ろしさを教え込まれたからだ。
寧ろ、今はこの人懐っこい笑顔が怖い。何を考えているのか読めないからだ。
「それでは、どこかの貴族の傘下に入れば夜会に呼ばれるでしょうか?」
という僕の回答にまたもバルトラさんは目を逸らした。
そして、小声で「ええ、その可能性は無きにしも非ずです。」と言った。
それって可能性がないってことだよね?
なぜ? どうして?
問い詰めるとバルトラさんは観念したのか。
「やはりその・・・ 外見が・・・」
と渋々答えた。
チラリとこちらを見てバルトラさんはこちらの反応を見る。
僕が傷ついていないのか確認してるのだろう。
ええ、ご存じのとおり傷ついてますよ。
「だ、大丈夫でございます! 旦那様がお優しことは使用人一同。皆、理解しておりますから!」
そう言ってバルトラさんは僕を励ます。
その言葉を聞いてどこに隠れていたのか、使用人達が躍り出て来て「そうですよ」と褒めて慰めてくれる。
「僕ってそんなに怖いかな・・・」
その一言に使用人たちは「そんなことないですよ」と口を揃えるが、僕は知っている。
ここの使用人はバルトラ以外は僕と一対一で話をしようとしないのだ。
なぜか集団対僕でしか話をしない。
1人の時に話しかけると距離を取るか、近くにいる誰かと一緒になってから会話を始めるなど少々やりにくい。
女性だけならともかく男も同じだ。皆、一体何をそんなに怯えているのだろうか。
僕が一体何をしたというのだ。
「まぁその・・・ 旦那様は外見が少しばかり厳ついですからね。」
「異名も怖いですしね。」
僕の態度に困惑した使用人達からは少しずつ本音が漏れてくる。
そう、僕の外見は怖い。
身長175cmが平均の我が国で、僕の身長は2mを超える。
おまけに軍人として鍛えているので、筋骨隆々の大男だ。
そんな男が軍人として名を上げて貴族になったので変な二つ名までついてしまった。
その名も『狂乱する鮮血熊』≪バーサークブラッドベアー≫
なんでも、『戦場で狂戦士のように暴れ回り、敵の血で自身だけでなく周囲を赤く染めあげた熊のような男』という噂からつけられた名前らしい。
確かに、戦場で敵を屠り敵の大将までの道のりを突き進んだがそれは僕の部隊全員でだ。
僕一人の力ではない。
そんな異名をつけられる覚えはないのだが、その戦いで貴族までのし上がった僕の噂話は伝説して吟遊詩人が語っているらしい。(メイド談)
「おまけに、その噂と見かけのせいで旦那様は力で全てを解決する脳筋扱いですからな。」
と、バルトラが僕の心に止めを刺しに来た。
先程から漏れる過酷な現実で僕はすでに死に体だというのに・・・
「でも、ここ数日の会話で使用人一同。旦那様に慣れてきましたわ。」
「ええ、最初は噂と外見で怖かったですがもう最近はあんまり怖くありませんわ。」
とメイド達が励ましてくれる。
周りの皆もその言葉に頷いている。
一カ月以上一緒にいたのにここ数日でやっとなのか。
まぁ、話しかけても距離を取られるので基本的に話しかけないから仕方がないのかもしれないけどね。
「そうですな。モルダン公爵に事情を話して知り合いの伝手から貴族の方とお会いしますか? 意気投合すれば旦那様念願の夜会にも呼ばれるでしょう。」
と、バルトラは優しく言ってくれるが残念ながらそれは断らせてもらおう。
叔父にはもうすでに色々と世話になっているし、友達のできない子供じゃないんだから知人は個人的に探そうと思う。
それに、僕の部隊にはいないけど同じ騎士団内の別の部隊には貴族の子弟もいる。
そこから地道に当たることにしようと思う。
そう思い立ったが吉日か翌日からそのことを同じ舞台の人達に相談したら「じゃ、他の部隊に会いに行く仕事を回しますね」と快い承諾が返ってきた。
ただ副官の1人であるミーファちゃんが「仕事を疎かにしないでくださいね」と釘を刺してくる。
普段からサボらずに頑張っているはずなのだがなぜ釘を刺されるのか・・・
僕は意外と信用ないのだろうか?
そんなわけで仕事を疎かにしない程度に仲良くなれるように頑張らなければならなくなった僕は早速仕事を貰い他の部隊の演習場に行く。
僕の所属する『緑の騎士団』は大きく分けて5つの部隊に分かれている。
その中でも僕は第三部隊に所属している。
以前はこの部隊をさらに五つに分けた部隊の副官だったが、以前の戦いで武功を上げた僕は所属していた第三部隊の隊長にまで出世した。
今日は貴族に縁のある人たちが多く所属するという第一部隊を見に来た。
貴族やそう言ったコネがないとは入れない『青の騎士団』があるのでうちの騎士団で貴族の子弟が多くいるのはこの第一部隊だ。
他の部隊やうちの隊にもいないことはないのだが、残念ながらコネは作れていない。
我が部隊唯一の貴族の出である副官のミーファちゃんに相談したのだが、「私、実家とは離縁ですから」と言って断られてしまった。
貴族の女性が軍人になるだなんて余程のことがあったのだろう。
その時の彼女の瞳は恐ろしいほどに闇が詰まっていた。
そんなこんなで演習場に到着した俺は持ってきた資料を基に第一部隊の隊長と会話しながら演習場内の貴族の子弟の子を探す。
この三カ月で他の部隊の隊長のモーガンさんとは仲良くやれているので、彼にも相談することにした。
「なるほど、そういうことなら新人の教練に顔を出すか? 今年入ってきたのは全員貴族の子弟だから気に入ったのが居れば持って帰ればいい。」
と、まるで女の子をお持ち帰りするような発言をするモーガンさん。
「ああ、そういえばもうそんな時期でしたね。うちに配属された新人はローグ君が鍛えてますが、今年の新人は根性が足りないとぼやいていました。」
僕は部下の1人がそう言っていたのを思い出す。
「まぁ、お前さんの所はそうだろう。うちの騎士団内で最も訓練が厳しいと有名だぞ。その分、仕事ができるから助かっているがな。」
そう言ってモーガンさんは部隊を褒めてくれる。
僕は「恐縮です。」と頭を下げるが、他の部隊はそんなに訓練が甘いのだろうか。
騎士団に最初に来た時は洗礼として当時の騎士団長にボコボコにされた記憶しかないのだが・・・
いや、寧ろあの洗礼があったから訓練の辛さなど屁でもなかった気がする。
「では行くか。」
話が一区切りしたところでモーガンさんは立ち上がると新人の部下を集めて僕のことを紹介してくれた。
僕のことを聞いた新人たちは小さく「熊だ」とか「バーサークブラッドベアー」とか言ってる。
なんだか傷ついてしまうな。
そんな中で1人だけ前に歩み出て僕に手合わせを願う若者が現れた。
周りの騎士達は止めようとして彼に声をかけている。
どうしようかと困っているとモーガンさんは「これも洗礼だ」と言って僕の背中を叩いた。
どうやら問題ないらしい。
僕が前に出て訓練様の木刀を手にすると「ついでに、新人全員を相手にして下さい」とモーガンさんの副官に頼まれた。
その言葉を聞いて他の新人たちの顔が青くなる。
(まぁ、騎士団に入ったからにはこうなるのは仕方ないよね。)
僕は己にそう言い聞かせると手合わせを開始した。