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2話

寒い、痛い、眩しい。

蒼空が目を覚まし感じたのはそれだった。身体は冷たい風に包まれているかのように寒く、身体の中心……へその辺りからはジンジンとした痛みが伝わってくる。そして、目は開けていないのにも関わらずまぶたの向こう側の光は手で覆い隠したくなるくらい眩しいものだった。


(な、なんだ?!)


意識が戻ったばかりの混乱した頭で状況を把握しようとするも一向に状況が読み取れない。視界を得ようにもまぶたは重く開かず、何かを触ろうとしても手は動かず、そして何かを話そうとしても言葉にならず、ただ泣き声として音が出るだけだった。


(僕は……生きてる、のか?)


記憶の最後にあるのは、自分が死んでしまったという感覚だった。腹部に鋭い痛みが走り、冷たくなっていく身体。声をだそうにも血が喉に詰まって声が出せない。視界もボヤけで何を見ているのかもわからない。遠くから聞こえてくる泣き声と叫び声。そして、冷たくなった身体を優しく包み込むように持ち上げられ、優しく声をかけられた。それが、自分が生きている最後の感覚だった。


(手術……なのか?僕は、助かったのか?)


もしかしたら、という可能性があった。意識を失ったあと、病院に運ばれ一命を取り留めたかも知れないと。しかし、そんな淡い期待は打ち砕かれる。


「元気な泣き声!ほら、お母さん?元気な男の子ですよ!良かったですね!」


大人の、いくばかりか歳をとっているであろう女性の声が蒼空の耳に聞こえてくる。その声には安心感と満足感が含まれており、ひと仕事終えたという感情が感じ取れた。女性の声がしたあと、蒼空は身体が何かに包まれる感覚。柔らかく、先程まで感じていた凍えるような寒さは無くなり心地よい感触と暖かさが身体を包み込んでいく。

寒さがなくなったことで蒼空の心は少しばかり落ち着きを取り戻していたが、その反面自分の置かれた状況がより分からなくなっていた。


(元気な男の子って、僕のことか?……病院に運ばれて手術されたんじゃなかったのか?)


考えるも答えはやってこない。やってきたのは、先程とは違う若い女性の声だった。


「……ふぅ……ふぅ……よかった……元気に生まれてくれた……はじめまして、蒼空ちゃん。」


毛布に包まれた蒼空を抱き寄せ、女性は優しい視線を送りながらそう呟いた。息が絶えだえになりながらもその表情には嬉しさが浮かんでいて、汗が滲んでいるにも関わらず笑顔であった。

蒼空を抱き寄せているその手は微かに震えながらもしっかりと蒼空に回されていて、丁寧に、傷つけないようにとしていた。


「はい、それじゃあ身体をキレイキレイにしましょうね?」


そう口にしながら蒼空を抱き上げぬるま湯に入れ汚れを落としていく女性……看護師。先程まで蒼空を抱えていた女性は名残惜しそうに自らが産んだ子を見つめている。


(暖かい……お湯、なのかな?)


蒼空はぬるま湯で洗われながらそんなことを思う。自分の状況を少しでも理解しようと耳を済ませ、触感を感じようとしていた。

ぬるま湯の中でガーゼにより洗われていく。とても心地がよく、眠気が蒼空を襲う。


(なんで……こんなに眠いんだ?)


眠らまいと堪えようにもあまりに眠気が強すぎて蒼空の意思ではどうにもできなかった。身体を洗われ、再度毛布に包まれる頃には蒼空は眠りに落ちてしまっていた。


「あらあら、お風呂そんなに気持ちよかったのかな?さぁ、ママに会ったあとはパパに会いましょうねー?」


看護師は眠ってしまった蒼空を抱きかかえて分娩室を出ていく。外で待っている子の父親に会いにいくために。




翌日。

乳幼児用のベッドの上で蒼空は目を覚ました。目は開けられず声も出せないが意識だけはしっかりと覚めていた。


(ん……ここは……どこだろう?また目が開けられない。……眠る前のことはなんだったんだろう。)


眠る前も後も自身の置かれている状況を蒼空は理解できないでいた。目が開けられないため自身の姿を見る事も、話せないため聞くこともできない。頼りになるのは触感と聴覚。しかし、目覚めた蒼空に伝わってきていたのは柔らかく全身を包む触感だけだった。


(僕は今横になってるのか?……なんだか身体の感覚がおかしい。目や口もだけど、指先とか感覚あるのに上手く動かせないや)


一度眠ったからか、蒼空は眠る前に比べて少々落ち着きを戻していた。


「あ、蒼空くんお目覚めかな?いま、ママのところに連れていってあげるからねー?」


そう声をかけられたあと抱きかかえられる蒼空。昨日の看護師が蒼空の動きに気がつき母親の元まで連れて行こうとしていた。


「野上さん?お子さんがお目覚めになりましたよー?」


「わぁ!蒼空ちゃん!会いたかったぁー!」


蒼空の耳に入ってきたのは待ってましたという女性の声。眠る前に聞いた優しい声の女性と同じ声ではあったがその時と比べて声に張りがでていた。その女性の声と看護師の言葉を聞いて蒼空はひとつの考えが浮かんだ。


(……僕は、生まれ変わったのか?)


ようやくひとつの答えにたどり着いた蒼空。生まれ変わり。にわかには信じられなかったがそうじゃないと説明がつかない状況であった。

自分が死んでいく感覚。そして今置かれている自分の状況。生まれ変わったと考えた途端全てがひとつの線になったように感じた。


(そっか……僕、たしかに死んじゃったんだな。それで、生まれ変わったんだ。はは、本当に生まれ変わりなんてあるんだな)


心の中に乾いた笑いが出た。死んでしまった情けなさと、生まれ変わりという科学的ではない事象にそうするしかなかった。

そして蒼空は考え始める。


(……僕、なんで死んじゃったんだ?……誰を、守ろうとしたんだ?)


死ぬ原因を思い出そうとする。しかし、頭に(もや)がかかったかのように思い出せない。自分が何をしようとしていたのか。ただ何かを守ろうとして、それができなかったという情けなさと後悔を感じる。心に深く突き刺さってズキズキと頭に浮かび上がる。


(守るってなにを?物?人?僕は、なにができなかったんだ?)


いくら思い出そうとしても浮かんでこない。そればかりか、後悔や虚しさ、情けなさなど負の感情ばかり思い出してくる。

まるでそれは呪いのように、蒼空を悩ませ苦しませていく。

そんな感情のなか蒼空はひとつの目的を思い出す。それは、蒼空が生前……生まれ変わる前の、幼少の頃から思い描いてきた自分の理想。


(そうだ。僕は、ならなきゃいけないんだ。……ちゃんとした、男の子に。お姫様を救う、かっこいい王子様に。)


生まれ変わっても尚持っていたその目的、目標。それはまさに蒼空の生きる意味になっていた。






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