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吐き出してしまえば良いよ

それは、二人と過ごすようになってしばらく経ったある日のことだった。

昨夜、続きが気になっていた本が読み終わらなくて、きりの良いところまでと思ったのが運の尽き。結局最後まで読んでしまい、深夜1時まで起きていたのが原因で、いつのように頭が働かない、身体の芯から怠さが抜けきれなかった。いつものようにお弁当食べ、お腹が満たされた後、屋上の日差しが温かくて、つい眠ってしまいそうになっていた。


「ごめんね、気づかなくて」


後悔の念に駆られた声に、首を傾げる。インフルエンザにかかった旭が学校を休み始めて3日程、二人だけの昼食も、その後の談笑も、流れる時間は優雅なもので、寂しい気持ちもあるが、二人で過ごすものたまには良いなと思っている自分に苦笑した。友だちが病気なのに、酷い奴だなと我ながら呆れる。


「あぁ、嫌がらせのこと?仕方ないよ、一般人だからさ」

「まさか、あの子が回避して他の人が犠牲になるなんて…可能性を考えなかった私の責任もあると思うから」


萎れた態度の璃音は、悔しそうに呟いた。目の前にいる大地の先の誰かを見るように。


「どういう意味?」

「こっちの話」


大地が尋ねると、不敵に笑った少女は、大人びた顔つきをしていた。秘密を分け与えてくれる気持ちはないようだ。それが少し残念に思えた。


「・・・あの時、必死だったよね。大地の目を見ただけでわかった。感情が爆発しないように押さえつけて、頑張ってた。でも、必死に訴えてた。誰か気づいて、助けてって。本当は我慢するのも嫌なんだって」


ふと、伏せられた視線に、胸が苦しくなる。『あの時』とは、二人と仲良くなるキッカケ。捨てたはずの苦々しい思いが喉元まで這い上がってきて、気持ち悪かった。


「もう苦しまなくて良いよ。頑張ったね」


璃音の瞳が慈愛満ちたもので、聖母マリアがいたらきっと同じ眼差しを送ってくれるのだろうと思えた。乱れる呼吸に、喘ぐように息を吐く。


「辛かったよね、何の過失もないのに。もし、あったとしても許されることじゃない。何度も何度もやられたら、どんなに自分を奮い立たせても疲れちゃうよね。嫌になっちゃうよね」


青の瞳が、涙で潤む。其れを隠すように、細い両手が顔を隠した。

どうして彼女は、自分の気持ちをこんなにも代弁してくれるのか。

何故、わかるのか。

もしかしたら、彼女も経験している?

いや、そんな馬鹿な。あるはずはない。

だって彼女はお嬢様で、しかも自分とは程遠い、お金持ちの。

しかも旭が傍にいるのだ、虐められる暇なんてない。

それなのに。

どうして、被害者の代わりに泣くことができようか。

気がつけば、ゆっくりと口を開いていた。目線を合わせてしまうと、醜い感情まで露わになってしまう気がして、自分の手元を弄りながら、あの時の気持ちをなぞっていく。


「一般人をいじめる奴らを、そうすることでしか、自分のプライドを保てない奴らなんだって、見下すことでどうにか心を保っていたよ。でも、毎日学校来るのが嫌だった。天気だって晴れの日や雨の日があるのに、学校では必ず何か無くなったり、笑われたり、足を引っ掛けられたり、色々やられたから。このままずっと続くのかと思うと怖くて・・・でも、学校を休む訳にはいかないし、俺だけじゃ無かったから」


遊び半分の其れは、大した実害もなかったし、一般人は少なからず受けている、嫌がらせ。

ただ自分の場合は少しばかり回数が多かった。面白がって、クラス委員の旭に見つからないように、行われるゲームだったからだ。


「先生達もどうしようもないから、ふざけているだけだって話を聞いてもくれなかった」

「…辛かったね」

「まぁ、でも俺が標的になっている間は他の一般人は平和だし、皆そう思っているから助けてくれなかったんだと思う」

「うん」

「その気持ちはわかるよ。俺だって、そっちの立場なら、そうしていたかもしれない。…でも、」


悪意に正面から立ち向かう、そんな勇気はとうの昔に萎んでしまった。元からあったかも怪しい。


「助けてほしかった」


手を差し伸べて欲しかった。

ホンの一瞬、誰も見ていないところでも良かった。

心配してくれる人がいて欲しかったのだ。

巧妙に隠された悪戯を、誰にもバレないようにしていたのは自分だというのに。

心の何処かで、誰か気づいてくれないかと、期待していたのも自分で。

あの時見つかって、恥ずかしくて、惨めで、苦しかったけれど。

でも。

あの時公にならなければ、こうして平穏にお昼を食べる日は来ただろうか。

一般人の自分が、目の前の彼女と友になることはできただろうか

考えれば考えるほど、結果的に良かったんじゃないかと思える。

そこでようやく、自分の心が前向きになっていることに気づく。

だから。


「璃音が謝ることは何も無いよ。もう、終わったことだから」

「…そっか」


笑った方が良いよ、前髪少し切ってみれば、時折背中を押してくれる彼女の言葉達は、確かに大地を変えてくれていて。璃音や旭と仲良くなり、おどおどした態度が無くなっていくほど、からかっていた奴らは嘘のように身を引いていった。

璃音や旭の友だちとも顔見知りになれた。

感謝することはあっても、恨むことは無い。

不思議と、やり返したいと思わないのは、今に満足しているからか。

微笑む大地に、複雑そうな表情を浮かべた璃音は、肩の力を抜いて眩しそうに眼を細めた。



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