1話 正義の知らせ
俺こと赤橋優人は、光輝くビル群を一望できる高層マンションの屋上に居る。
今は車のヘッドライトとブレーキランプが大通りを埋め尽くす時間。
下を見れば帰路に付くサラリーマンやOLの姿も見受けられる。
その光景を眺めている俺は、屋上の縁に座り、とある知らせを待っていた。
「ここから6キロ先か……」
その高さに臆する事もなく、おもむろに立ち上がる。
もし暗闇の中、立ち上がった俺の姿を人々が確認することが出来れば、ただのコスプレ野郎だと思うだろう。
今の俺の姿は赤いタイツを着て、赤いブーツを履き、顔には口も塞ぐ赤いフルフェイスヘルメットという変態そのもの。
平凡に過ごしていればまずありえない格好だ。
だけどこれが必要だと思ったから俺はここに立っている。
なんでこんな事をしているのかそれは……
俺の出生は平凡という他ない。
サラリーマンの父に専業主婦の母。
それが幸福なのだと言う人もいるが。
俺は小さい時からそれが不満だった。
だからなのか小さかった俺は、憧れる者に強い執着を持っていた。
それはヒーロー。
彼等は不屈の精神で悪を蹴散らす正義の心を持った異常者。
まさにそれが本来の俺の姿だと思い込んだ。
悪に対抗すべく、日夜訓練に明け暮れ。
でも物心が付けば、その姿になれないことを悟る。
それが普通で平凡な考え……
だが俺は違った! 不屈の精神を勘違いし、悟ったとしても決して体を鍛えることをやめはしなかった。
それが正義なのだと高らかに叫び、小学生の時に虐めの対象となっていた女の子を助け、高校生の不良を相手に戦ってボロボロにされ、中学の時は悪を探して深夜に補導もされた。
中学3年にもなって進路希望票に正義の秘密結社と書き込み教師に提出。
だれも俺を止めることは出来ないと思った。
しかし、進路希望票の事をきっかけに親に本気で泣かれ、周りからも心配され……気がついた。
こんな事は正義ではなく、ただの中二病のようなものだと。
邪気眼や腐女子、オタクか何かを俺は中二病だと思っていたが……強いて言うなら俺のはヒーロー病だったのかもしれない。
その出来事からちゃんとした進路を決め、もとより頭は悪くはないので、平均より上の高校に合格し通うことになった。
だけどそんな俺でも急に心の底からは変われない。
いや変わらなくていいと思う。この正義でありたいと思う心は持ち続けたい。
だからせめてクラスで虐めがあれば全力で阻止もする。
まあ、高校生にもなればそれで省かれる対象になるが、不屈の精神を持っていた俺の前では意味はない。
そうやって高校2年にもなれば、馬鹿にしていた連中の殆どが退学していった。
ざまあみろとは思う。
正義の心は持っているが俺は聖人君子ではない。
そんな俺にも友と呼べる人が居るし、生憎だが可愛い幼馴染もいたりする。
毎日待ち合わせしたかのように幼馴染とは通学路を歩き学校に向かう。
気立てがよく、おっとりとしていて、優しい女の子だ。
彼女の名前は早乙女彩音。
小学校の時に虐められて助けた女の子で、正に俺のヒロイン! なんて思ったり……
だけど別に付き合っているというわけではない。
この高校にだって彼女が先に通う事を決めていたし、運命というわけではない。
むしろ俺が追いかけていたようにも思える。
彼女は昔から容姿が整っていて、黒髪長髪に大和撫子なんて古い言葉を使いたくなってしまうほど儚く綺麗。
だから高校に入ってすぐ彼女の事をよく思わない女子達にいじめに合うが、俺が標的になる事で防いだ。
それが先程の説明で言っていた事になるのだが。
自分の身を削って好いている女の子を助けられたのだから、これ以上の正義がどこにあるだろう。
正に青春!
だけど……登校と下校を一緒にしていた彼女にも変化は訪れる。
こんな変な俺だ、避けられる事はいつか来るのではないかと思っていた。
そんな彼女がよそよそしくなってきた高2の春……つい先日の出来事。
下校の時、部活をしていない俺と彼女はいつもの様に一緒に帰るはずで……
一向に来ないからと迎えに彼女の教室へと足を運んだ。
その時に見ちまった。
サッカー部のエースでとても有名な先輩と……彼女が唇を交わしている所を……
席に座った彼女と向かい合うように、そいつと顔が重なっていた。
「…………」
正直めちゃくちゃしんどかった。
不屈の精神を持っていた俺だが……流石に泣いた。
幼稚園ぶりに泣いた。
ちなみにどれくらい泣いたかというと……学校から留年してしまうという通知が来るくらいだ。
高校を休んでいる間、俺の心を癒してくれたのは幼少の頃から撮りためてあった戦隊物のDVD。
それをパジャマ姿のまま布団にくるまり眺めていた。
テレビに映る正義のヒーローは決して挫けず、臆せず、泣かない。
どんなに悲しい事があろうと前に進む強さを持っている。
今一度俺は彼らのようになろう……そう思った。
心の何処かで俺がつぶやく、ヒーロー病の再発と……
別に構わない、本来の俺の姿に戻るだけだ。
ただ今回は違う。
よりヒーローになるため準備をする。
すでに体は鍛え上げ、護身術程度だが技術もある。
精神もどん底へ落ちた事でこれ以上下がることはない。
あと必要なのは己を悟られない為の戦闘服だけだ
思いたったが吉日。
俺はパソコンを開き、大手の通販サイトで使えそうな物を探す。
なんだっていい、様になれば問題ない。
「よし! この黒のストライプが入った赤いのでいいだろう」
リーダーの証で昔からレッドの愛称で親しまれ、チームでこそ意味のある色だが、むしろそれがいい。
俺はどんなヒーローの中でも彼等が好きだから。
ウィンドウの中から手頃な物を選択し落札。
これで数日後には届く。
ワクワクしながら悶える思いをこらえ、後ろにあるベッドへとダイブした瞬間。
「すいませんーん、郵便でーす」
玄関のチャイムと一緒に郵便配達の人の声が聞こえ。
反射的に時計を見る。
時間的に昼は過ぎ、母は買い物に出かけていた事を思い出し、荷物を受け取りに玄関へ向かう。
階段を下りながら扉のモザイクガラスに浮かぶシルエットを確認、薄く見える緑と黄色の制服は見慣れた配達員の証。
俺は裸足で汚れないようにつま先立ちをしながら、玄関の扉に手をかけ、二重に閉めてあった鍵を開ける。
扉を開けると爽やかそうな青年の配達員と目が合い、その手には大きなダンボール箱が抱えられていた。
「赤橋憂人さん宛に届いてます。こちらに受取人のハンコかサインをください」
俺宛の荷物? 覚えがない。
両親のどちらかが俺の名義で頼んだのかもしれないと思えば、それ以上不審に思うことはない。
配達員が器用に足で大きな箱を支えて、ペンを取り出そうとしたので、一度受け取り、足元に置く。
大きさに反してはかなりダンボール箱は軽く、中に物が入っているのか怪しいぐらいだった。
受取人にサインをすると、配達員は爽やか挨拶をして出ていった。
見送ったあとに改めて配達元を確認。
「……え?」
一瞬の疑問。
そこには先ほど依頼した出品業者と戦闘服の名前が書かれている。
ありえない、俺が頼んでからまだ10分も経っていない。
急いで外に出て、配達員を追いかけ、何とか話してみたが。
「はあ…………あーこれは三日前に搬送ってなってますけど」
改めて伝票を見てみると確かに書いてある。
「…………」
だがこんな事が起きるのだろうか……3日前に?
あまりにも傷心していた俺がパソコンを知らず知らずに起動させ、販売サイトで同じ業者に同じ衣装を頼んだ……そこまで考えてみたが。
「ありえないだろ……」
配達員は急いでいるようで、悩んでいる俺を放置して行ってしまった。
これ以上一人で考えていてもらちがあかない……それに裸足で寝巻きだ。
それにあの箱も家にあると思うだけで不安になってきた。戻ろう。
放置した箱の中身を確認するべく、一旦玄関へと戻る。
目の前の箱の手がかりはなんだろう……そういえば持った時は非常に軽かった。
もし戦闘服だとしても、もう少し重い気がする。なにせ頼んだ物は上下一色セット……
悩んでいても仕方がない。
爪で封をしてあるガムテープに切り込みを入れ、そこからおもむろに引き剥がす。
中で圧迫されていたのか大量の小さなクション用の発泡スチロールが飛び出してきた。
「うわぁ……片付けるの大変じゃねーか」
散らばる発泡スチロールにはげんなりさせられるも。
箱の中に手を入れて確認……が、何も出てこない。
空……そんな馬鹿な。
そう思ったとき発泡スチロールの中で手に収まる程度の箱の感触があり、引っ張り出す。
「また箱か」
小さいダンボール箱……もしかして俺をコケにしているのか?
他にも何か入っていないかと確かめたが、発泡スチロールが散らばるだけで、何も無かった。
まさかこれだけのためにあの大きい箱で届いたのか?
酷い嫌がらせだ。
だが、念頭にあるこの箱が届いた理由が分からない。
改めて言うが10分だ。
大手の販売サイトで住所登録をして発送ボタンを押してから10分でこいつは届いた。
「…………」
もう一度整理する。
配達員は3日前と言っていた。
それに思い返せば着払いにしていたはずで、どうにもつじつまが合わない。
まるで時間に取り残された感覚に落ちるが、まだ小さな箱の中を確認していない。
先ほどと同じ要領でガムテープを剥がし、今度は慎重に開ける。
「…………ふざけやがって」
中にあったのは何の変哲もない、赤色のシリコン製のリストバンド。
それに対してこの必要なまでに梱包された箱……床に落ちている発泡スチロールを見て、悪態をつきたくもなる。
着ている寝巻きにはポケットがない。
邪魔にならないよう赤いリストバンドを右腕にはめる。
母が帰ってくればどやされることは間違いないので、片付けてしまおうと思った。
その瞬間。
視界の端に文字のような物が点滅する。
何事かと思い目で追いかけるが、捉えることが出来ない。
なんだこれ……
目眩の一種かと思い、目をつぶるがやはり視界の右端で文字が点滅している。
”…Now Loading”
読み込んでいる? 何を?
リストバンドをした時に現れた。
そう考えた瞬間に焦る気持ちでリストバンドに手をかける。
だが外れない。
見えない磁力のような力で固定されているかのようで……
焦りながらも視界の片隅の文字は変化する。
今度は数字で%を刻み始めた。
この数字がマックスに達した場合に何が起こるのか想像が出来ない。
言い知れない恐怖をはがすかのように四肢を使い、リストバンドを外そうとする。
でも外れない。
一刻一刻と数字が早くなる。
100を刻んだ瞬間に目の前の腕や足が赤い炎に包まれ。
「あああああああ!!」
とっさの事で叫ぶが……その炎は熱くはない。
何が起きたのか分からないが気がつけば炎は消えて、目に飛び込んできたのは、白いグローブをした手と赤いブーツを履いた足。
どれも動かせば自分の物で……他に異常はないかと全身を見回せば、腕から胴、足首までもが赤いタイツに包まれ、胸には黒のストライプが目立つ。
「これは……戦闘服!?」
考えを整理しようと癖で頬を触ろうしたら、何か見えない物に阻まれる。
触ってみるがツルツルと凹凸のない、硬い何か……
しかし俺の視界には阻むような物は何も写っていない。
不意に玄関に飾ってある全身を確認できる一枚の鏡が目に入り、確認する。
そこに映るのは紛れもなく、変態の格好をした俺がいて、顔の骨格が確認できないほどの黒いバイザーが印象的な赤いフルフェイスメットを装着している。
そんなフルフェイスは内側からは、その影や形が視認出来ない。
となるとこれは外の様子をモニタリングした映像機器搭載のヘルメットということ……か?
それよりもどうやって着替えたのかという疑問がある。
先程から起こる謎の怪現象のオンパレードにつぶやく。
「……意味分かんねぇ」
そう言った言葉とはうらはらに、胸が高鳴り始めていた。
目の前の非日常という現実に……
それでもこんな事がありえるわけが無いと、俺の中の常識が受けつけない。
いくら科学が発展したからといって、こんなおもちゃが存在するのか?
一瞬で全身で着替えさせられて、外を見られるモニターを搭載したヘルメットまで。
これじゃあまるで本物の……
「ヒーロー」
言葉にすると拒否反応を起こすように常識が警報を鳴らす。
「いやいや、ないだろ!ちょっと俺が最近のおもちゃの高性能ぶりに驚いただけだ!何ドキドキしてんだよ、はは。現実みろっての……」
”どうやらとても混乱しておられるようですね”
声がした。それは機械的な音にも聞こえるが紛れもなく女性の声で。
どこから声がしているのか分からず見渡して、ヘルメットの中に内蔵されたスピーカーだと納得してみる。
「スピーカーか、驚かすなよ」
”いえ、直接脳に語りかけてます”
「……ん?…………いやいや。どこからか見てるんでしょ? はぁ……ドッキリかよ」
なんでそんなドッキリを仕掛けられるのかは置いておいて……
声の主が居るということは、遠く離れた所から隠しカメラで見ているという事。
腹立たしいが、見事にハメられた。してやられた……はは。
”気づいているのでしょう? これがありえない事だと……それに変身した際に起きた現象がそれでは説明出来ません”
受け入れ難い現実を他人まかせにして解決しようと頭が勝手に働いていたのかもしれなかった。
でもその声の主の説明で引き戻される。
「…………」
ぐうの音も出ない。
”個体識別を開始、網膜、指紋、音声を照合……赤橋憂人。血液型AB型。5月20日生まれで間違いありませんね?”
勝手に個人情報を照合されている。
その声に放棄しかけていた思考を取り戻し。
「あんたは誰で、何がしたいんだ! いや、違う……それにこの状況の説明もまだで……なんでこの衣装を着てるんだ!」
もっと重要な情報を知りたいとも思うが、俺の頭ではこれぐらいしか言葉に出来ない。
”私はこの実戦用戦闘服のアシストオペレーターを務める完全自立型AI、赤橋優人様がその主という関係です。私がさせたいのではなく赤橋優人様が望んでの事だと認識しております。上記をもちまして状況説明は省かせてもらいます。最後にこの戦闘服は空中に散らばるナノマシンを服とその他の分子を使いつなぎ合わせて作られました”
「…………」
AIって人工知能ってやつだよな……ナノマシンってちっちゃい機械だよな…………うん、分かんねぇ。
そんな単語を並べられ正直俺は疲れ始めていた。理解の限界をとうに通り超えていた。
だからか、できる限り現状を収束させようと頭が働いた結果…
とりあえず散らかった玄関の掃除を始める事にする。
無言で片付けながら、なかなか覚めない夢だと考え、一度自分の部屋に戻る。
そこで床に正座をし、改めて良く考えてみる……
「そのAIさんは名前とかないのかな?」
”固有名詞はデリートされていて今はありません、不都合で無ければ命名していただけると助かります”
何処かで見られているという懸念は大いに忘れてはいない。
でも、そんな事で現実から目をそらしていても、このAIさんとは繰り返しの問答になるだけ。
信頼関係とはまず相手の事を信用してから築けるものだと俺は思っている。
だから今一度優しく言う。
「うーん、名前が無いのか……じゃあとりあえずそれは置いておいて。この戦闘服ってどうやって脱ぐのかな?」
言った瞬間に全身が炎の様な光に包まれ……元の寝巻き姿に戻る俺。
正座をしながら背筋を強ばらせるが、それ以上悲鳴をあげたり狼狽えたりしない。
それでも一体何が起きたか分からないが、この声の主に言わせればナノマシンをどうのこうのして元に戻したと言う気がする。
「よし、じゃあさ……あれ? リストバンドが無い!」
変身する前まであったはずの右手にしていたリストバンドが見当たらない。
この現象の現況だと思ったが……
”認証が済みましたので、体内に収納させていただきました”
折角何とか落ち着こうとしたはずなのに……いや、真に受けるな。
「っ!?」
だがそこで気づく。
おかしい、今の俺は戦闘服を着てないのに声が聞こえている!
顔を触れてもフルフェイスも無い。
なのに耳元から囁きかけるように聞こえた。
そういえば脳内に直接話かけている……と、言っていた気がする。
”まだ疑われているようなので、今一度変身していただきます”
またもや炎に包まれて戦闘服へとはや着替えさせられる。
自分の体は一体全体どうなってるんだ……畜生。
俺は身動きも許されないまま、その声に耳を傾けるしかない。
”では、この戦闘服の性能についてお話します”
「…………」
いくら俺がゴネて拒絶した所で、この夢は覚めない。
一度全てを受け入れよう……でないと否定が出来ない。
”そこの携帯を持って掴んでください”
そこのとは机に置かれている携帯だろう。
今更どこから見ているのかなんて聞かない。
これはアレなのか? 掴んだら超握力で握りつぶすとかいう……真意はどうであれ、それが出来れば信じてやろう。
言われた通りに掴み、軽く握る。
簡単にボロボロとコンプレッサーにかけたように手の中で潰れて……
「っ!!」
携帯が簡単に壊れていく。
信じてやろうなんて軽く思うんじゃなかった。
それでこのざまだ。空いた口が閉じない
携帯が手の中で悲鳴を上げるが、それはまるで非常識が現実を通り越していく音にも聞こえる。
”信じていただけましたでしょうか?”
いやまだだ……こんなのはあれだ、人工筋肉で強化してるんだ。
そういう話を前に聞いたことがある!
その疑いも目の前で覆される。
次はボロボロになった携帯電話が光を放ち元の形へと逆生成する。
そして確かにくしゃくしゃに壊したはずの携帯電話は元に戻っていた。
「…………」
何が不屈の精神だ、狼狽え過ぎだろ。
正義を語る上で一度信じると決めた相手を2度疑うなんて俺じゃない。
「分かった……ある程度信じるけど。本当にお前はAIなのか? 何処かで見ているオペレーターとかじゃなくて」
”はい、私は完全自立アシストAI。実態はありません…………それと、そろそろ名前をいただけますか?”
俺が疑っていた理由はこれだ、所々が人間臭い。
でも信じてみるしかない……きな臭い話だが。
「ははそうか……名前か。このままだと呼びにくいしな…………何がいい?」
”姿がないので少しでも発音が綺麗であれば嬉しいです”
そんな仕草や顔も分からないけど、少し可愛く思えた。
声も電子音に近いが、女性の声で好感が持てる。
製作者が受け入れやすいように作ったのだろう……
「…………紅穿でどうだ」
戦闘服の赤いこのフォルム、それと突き進む俺の意思を加え。
AIに紅穿と名づけた。
濁点をつけてグコウとしてもよかったが、彼女の綺麗な発音にしてほしいと言う要望を入れて、抜いてみた。
”ありがとうございます。紅穿……認証しました”
「よーし。じゃあまずは紅穿……お前の事を教えてくれ」
「ここから6キロ先か……」
”はい、不審な男性が20代後半の会社帰りの女性を狙っています”
俺は今、高層マンションの頂上。その縁に立っている
眼下に広がる人達は決して上を見ない。
それは寒い外気のおかげで彼等は首を温め、足元ばかりを見て歩いているから。
そしてバイザーの内側では紅穿が示した座標までのルートが青い線となり表示される。
「行くか!」
”足元には気をつけてください”
言われなくても分かっている。
だけどどれだけ力を入れれば良いのか検討がつかない。
足に力を入れるたんびにバイザーに表示された数字が行ったり来たりしている。
”数字はセンチとメートル表記となっています。力を入れた時の飛ぶ飛距離だと思ってください”
見れば風速なんかも計算されている……
「ジャンプして向かうにのはいいけど。バレたりはしないか?」
”目視される可能性はあります……それではインビジブルモードを起動しますか?”
この戦闘服のポテンシャルは計り知れないほど高かった。
それは握力が強いだけではなく、様々な能力にも特化しているという事。
この貧弱そうな見た目とはうらはらに、核弾頭をモロにくらっても生きていられるとか。
近距離で発射されたスナイパーライフルをも避ける情報処理能力が身につけられるとか。
ナノマシンを利用してあらゆるものを再生させたり構築させたりも出来るとか。
紅穿がする演算は未来予測にも近いとか。
後はこれを着ていれば絶対に死なないと説明を受けていた。
それに加えて今、不可視迷彩をも備えているという。
「そういう事は事前に教えてくれ」
紅穿が計算した女性が襲われる時間が黄色から赤く表示されたのを見て、俺は空高く飛ぶ……その瞬間。
”では、マニュアルを参照します”
紅穿の音声と共に目の前に様々なウィンドウが乱立。
それはまるで一昔前の成人指定サイト、そのポップアップ広告のように視界を遮る。
「おいおいおい! 前が見えない!!」
俺の言葉が届いて何とかウィンドウが閉じてくれたが、着地点は大きくずれた。
自然と体は暗いビルへと向かう……そして受身も取れずにビルの窓ガラスを割り、中へと飛び込んだ。
この戦闘服が作られた理由は実に簡単な内容だった。
ヒーローに憧れた一人の天才科学者が試作し作り上げた物。
だけど作ったはいいが怪人なんてこの世界には存在しないのは言うまでもない。
それでも間違った不屈の精神で彼は諦めず、いつか現れるであろう怪人と対抗する為に研究に研究を重ね、誰に頼まれるわけでもなく、戦闘服を強化していった。
その際に紅穿も作られた。
だが悲しいことに彼も人の子、その寿命が尽きてしまう。
唯一の希望として、自分の意思を汲んでくれる人物に戦闘服が行くようにと、紅穿に未来演算をさせ、俺の手元に届いたという訳だった。
他に書いてるものがあるので更新は遅れます。
(番宣)もしよろしければそちらもどうぞ。 魔法科学 作者ひのきのぼう