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不幸少女と幸運少年

不幸少女と幸運少年 〜神々たる光の下に生きる者〜

作者: 三原煉

「神は何時如何なる時も我らを見守っています。

 罪を犯した時は神に懺悔しましょう。神は本当のあなたを知っています。

 本当はあなたが心優しき者だと言うことを。

 さぁ、一緒に神に祈りましょう」


――本当にそうだろうか?

  神は人に幾つもの試練を与える。

  だが、救いの手を差し伸べる事はほとんどない。


――だから、私達(・・)がいるのだ。


――人を救う事が僕たちの存在意義か……。



 日曜日、恒例の朝のミサが終わり、教会の奥にあるキッチンへと一人の男性が入ってきた。先程まで大勢の前で説法をしていた牧師だ。

 キッチンにある食卓にはもう食事の用意がしてあり、一人の少女が牧師を待ち構えていた。

年は12,3歳ぐらいであろう。だが、年齢に見あわない様な井出立ち

「先に食べていてよかったのに」

「前にも言ったが、朝は極力一緒に食べる。

 そうしないと、話をする機会がないだろ」

「姉さんらしいね」

 牧師はキッチンの端にある冷蔵庫から牛乳を出し、少女の向かいにある椅子に座った。

「由宇。牛乳を飲んでも、もう背は伸びないぞ」

 コーヒーの入ったマグカップを口につけながら、少女は言った。由宇と呼ばれた牧師は図星なのか、少し動きが止まった。それにより、牛乳を注ぎ過ぎでこぼしそうになった。

「おっと……由貴姉さん。グサッとくる様な事を言わないでよ。結構胸に突き刺さるんだから」

「それは由宇が身長にコンプレックスを抱いているからだろう」

 由貴と呼ばれた少女は平然とコーヒーを口に運んだ。

 由宇の身長は165辺り。平均よりは少し低めかも知れないが、それなりに高い。

だが、当の本人はもう少し高くなりたいようだ。

 静かな朝食。互いに話す事がないのか、それとも、話すタイミングを窺っているのか。

 由宇が小さく溜め息をついた。

「この生活ももう(・・)五年か……」

たった(・・・)五年だろ」

 由宇は正面で食事をしている由貴を見た。

「……姉さん。姉さんはこんな生活が嫌だとは思わないの?

 昼間はあの時の身体に戻って、夜は成長が止まった時の身体になる。

 僕は姉さんと逆で昼間、この姿で夜はあの時の姿に戻るから、まだいいけど……」

「千年」

 コトッとマグカップの置く音と共に由貴が言った。

「私達の寿命は約千年と言われている。だが、力を使うことによって、

 寿命が長くなったり、短くなったりする。これは聖から聞いて、知っているだろう」

「それぐらい知っているよ。理解もしている。だけど……

 だけど、姉さんが可哀想で……」

「私は平気だ。お前がいるから、昼間はぐっすり寝ていられる。

 お前がいれば、私はこのままでも大丈夫だ」

「でも……」

 由宇は口を閉じた。由貴が優しく微笑んだ顔で由宇を見ていたからだ。

「……姉さんはずるいよ……」

「何か言ったか?」

「何でもないよ。

 それより姉さん、もう寝たら?

 夜、起きている分、昼間寝ないと」

「まだ大丈夫だ。それにここの片付けが残っている」

 由貴は椅子から立ち上がり、自分の使った食器を洗い場の方へ持って行こうとした。

だが、由宇が由貴よりも先に由貴の使った食器を持った。

「片付けぐらい僕がやるよ。

 姉さんはゆっくりしていていいよ」

「そうか……それじゃ、その言葉に甘えようかな」

 由貴はキッチンのドアの方に向かった。ドアに手が届く一歩手前で由貴は足を止め、

由宇の方を見た。

「由宇」

「何、姉さん?」

 由宇は由貴の方を見た。

「あまり深く考え込むな……。

 未来の事や過去の事を考えていても、いい事なんてない。

 現在(いま)だけを見ていればいいんだ」

「……うん」



――深く考え込むな、か……。

  そんなの無理だ。

  人は皆、考えて、動き、人生を歩む。

  運命の悪戯で道を外す事があっても、それは自分が考えて決めた道。

  だけど、僕たちの道は僕たちが決めた道とは違う。


 教会の外にある物干し竿に洗濯物を干しながら、由宇は考えていた。

未来の事を……。


――過去はもう変える事ができない。

  なら、未来を変えればいい。

  だけど、どうやって?

  分からない。僕は何も知らない。

  知らない事が多すぎる。


――お前は知らなくていいんだ。


――なんで?

  僕は姉さんと同じ、他のみんなと同じ人なのに

  みんなと違う存在みたいだ……。


――それが()

  穢れを知らず、世を知らず、思うが侭に生きる者。


「思うが侭に生きるって言ったって、大切な人が幸せじゃないと僕は……」

「牧師様!」

 いきなり後ろから呼ばれた由宇はビクッとして、後ろを振り向いた。

そこには9歳ぐらいの少年と6歳ぐらいの少女が立っていた。

一喜(かずき)君に(あんず)ちゃん、どうかしたのかい?」

 由宇は持っていた洗濯籠を地面に置き、二人の近くに来た。一喜と呼ばれた少年は由宇の方に両手を出した。そこには今にも死にそうな小鳥がいた。

「この子、助けたいんだ」

「かなり弱っているけど、手当てをしてあげれば、元気になるよ」

「ほんと!」

 先程まで悲しそうな表情をしていた杏と呼ばれた少女の顔がパァッと笑顔になった。

「うん、僕にその子を預けてくれるかな?」

「うん!」

 一喜の手からそっと小鳥を受け取る由宇。

「一喜、杏!」

 遠くの方から一喜と杏を呼ぶ声が聞こえた。声の高さからして女性、二人の母親らしき人物がこちらに手を振っている。

「お母さんが呼んでいる。牧師様、また後で来るね」

「お母さんによろしくって伝えておいて」

「うん、牧師様さようなら」

 二人は由宇に手を振りながら、母親の方へと走っていった。由宇は去っていく二人に小さく手を振った。

 二人の姿が見えなくなった頃、由宇は自分の手に包まれている小鳥を見た。

「可哀想に。まだこんなに小さいのに……」

 由宇は小鳥を優しく撫でた。微かに動くが、ほとんど死体と同じような感じである。

由宇は目を閉じ、集中し始めた。それと同時に由宇の足元からフワッと白い光が出現し始めた。


「小さな若き命の炎よ

 我が命の炎を受け取れ

 消え途絶える炎に力を与えよう


 天国の娘、宵の名の下に

 汝に新しき炎を与え

 汝を死の淵から救おう」


 まるで呪文の様な言葉を紡ぎ終えると、小鳥にかざしていた右手に白い光が集まり、一つの

小さな炎が生まれた。その炎は小鳥の体内へと沁みこんでいき、消えていった。

 しばらくすると、小鳥は閉じていた目を開き、自分の力で立ち上がった。

「もう大丈夫だよ。

 さぁ、飛んでいきな」

 由宇は小鳥にそう言った。小鳥は由宇の言葉を理解したのか、少し由宇の手の上にいたが、

やがて羽を広げて、飛んだ。

 だが、小鳥は何処にも行かず、由宇の肩の上に止まった。

「どうして戻ってくるの……?」

「由宇の傍にいたいんだって」

 ふと、上から声がして、由宇は顔を上げた。そこには教会の二階から顔を出す由貴がいた。

「姉さん……」

「その子は兄弟の中でも一番力が弱くて、いつも虐められていた。

 そして、今日、巣の中から落とされた。

 『ボクにはもう帰る家なんてない。

  だから、助けてくれたあなたの傍にいる』

 と言っている」

「でも、僕の傍にいても、いい事なんて……」

「それはその子が決める事だ。

 私達は他の者の命をどうするかは決める権利はあるが、その者の未来を決める権利はない」

 由宇は自分の肩に止まっている小鳥を見た。

「君はずっと僕と……僕たちと一緒にいてくれるの……?」

 小鳥は返事をするかの用に高い声で鳴いた。

「ありがとう……!」

 由宇は今にも泣きそうな自分を抑え、笑顔で小鳥を見た。

その様子を見ていた由貴もまた笑顔であった。



――僕にしかできない事

  僕はそれの為に生きている


  僕が救えるのはほんの少しだろうけど

  その人達が笑顔で過ごせるのなら

  きっと姉さんも喜ぶだろう……


  だから

  僕は生きる

  

  天国の娘、宵として――


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