何故そうなる
レイフの話が終わった後、ナタリーに引っ張られるようにしてコソコソと部屋を出て行ったウィンは、熟睡してしまっているナタリーを背負って割り当てられた部屋に戻って来た。
「(一体全体何処に行ってたのよ。
あんたとナタリーが何も言わずに二人でどっか行っちゃったせいで私が暴走したチェルを止めるのにどれだけ苦労したかわかる?
……ねえ? 分かる? 分かるかしら??)」
「(……いや、……うん。
それは御愁傷様というか、全く考えてなかったわ。いや、マジで。マジで済まんかったからまずはその握り締めてる物騒過ぎる杖を下ろそう、なっ?
はっ、話せば、話せば分かる、話せば分かるからその魔法ぶっ放す準備を先ずは止めろ、止めようぜ、止めてくれ、止めて下さい、止めて下さいお願いします止めろっつってんだろうがよおおおおお!!)」
「(嫌だわ、冗談よ、ぶん殴って簀巻きにするだけの簡単なお仕事だったわ。ウフフフフ)」
と、何時ものごとくロリコンがどうたらこうたらと叫んで暴れまわったチェルシーを止めるのに少々手こずったらしく、背景に真っ黒なオーラと怒り狂うドラゴンをたたえたアリスにウィンは恐れ戦き、それでいて背中でスヤスヤと眠っているナタリーを起こしてしまわない様にそんなやり取りを小声で終えると、ナタリーを部屋に備え付けてあるベッドに横たえる。
と、そこでアリスはウィンが僅かに頬を嬉しそうに緩ませている事に気が付いた。
「何かニヤニヤしてるけど、……はっ、まさかウィンがナタリーを堂々と触ってニヤついちゃう様な変態野郎だったとは!!」
「何故そうなる」
「で、結局なんか嬉しい事でもあったの?」
「ん、ああ。
……そうだな、多分、そうだ。
というか俺ってそんなにニヤニヤしてたか?」
「少し」
「そうか」
「私はもう寝るわよ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そう言ってベッドに潜り込んだアリスを見送り、(性別的な問題で)ウィンの為に用意された別の部屋へ向かうために今までいた部屋のドアを後ろ手に閉める。
ふと、アリスには俺の事はなんでもお見通しなんだろうか、などという考えが浮かび、「アリスには敵わないなぁ」と独りごちるが、しかし、其れでも何だかんだ言って満更でもない心地である自分が居ることに気付き、少しだけ心地良さそうに目を細めた。
◆◇◆◇◆
ざわり、ざわり、森がさざめく。
不穏な気配を孕んだ風が、暗い森を吹き抜ける。
森の精霊達は息を潜め、虫や鳥、動物達すら物音一つたてようとはしない。
遥か虚空、轟々と吹き抜ける風の向こう側に揺らぐ月は細く、不安そうにざわめく木々のてっぺんの方だけを仄かに青白く照らしている。
エルシーは窓辺から、その零れそうな程に大きな黄色い瞳で吸い込まれそうな闇を湛えた森を見つめていた。
こんな月の細く暗い夜には、森の奥から何か恐ろしい者がやって来そうで。
……そう、例えば。
「……お母さん」
優しかった母親は今では見る影も無く、まるで狂ったように笑いながら人を殺す。
いや、きっともう狂っているんだろう。
あのお母さんと同じ黒い髪と瞳をした男の人は、髪と瞳の色が同じ所為だろうか、何と無くお母さんに雰囲気が似ている気がした。
明るく、強く、優しい。
それでいて、何処かふとしたところで僅かに暗い影を見せる様な。
あの人は、お母さんがどうしてああなってしまったのか知っているのだろうか。
ああなってしまうから黒児が忌まれているというのなら、あの人もいつかそうなってしまうのか。
ああなってしまった人を魔王と呼ぶのなら、勇者が倒すのはそういう人ばかりなのだろうか。
疑問が泡のようにとめど無く湧いては消えていく。
思考が形を成していない。
なぜ、どうして、こんな事になったのか。
そんな事ばかり考えてしまう。
「それでも」
エルシーには何も分からない。
お母さんの過去の事も、エルフ達が考えている事も、黒児が忌まれている理由も。
しかし、それでも一つだけ確かに分かることがあった。
自分が止めないといけない。
お母さんは、自分の所為であんな風になっているのだから。
もう、手遅れかもしれないけれど。
それでも、もう怯えていてはいけない、口を噤んでいてはいけないのだ。
戦わなければ、立ち向かわなければいけないのだ。
もう、これ以上、お母さんに人を殺させてしまわない為にも。
大丈夫だと、一人でもちゃんと生きていけるのだと。
伝えなくてはいけない。
もう、戦わなくてもいいのだと、安らかな眠りに身を委ねてしまってもいいのだと。
たった一人、決意を固めたエルシーのことを、糸のように細い三日月だけが見つめていた。




