勇者ナタリー・アーロンと女騎士チェルシー・キングストン=バッキンガム
___ブロムシュテット国王都、冒険者ギルド前、広場にて。
城や貴族の屋敷とは比べるべくも無いものの、それでもやはり普通の建築物とは一線を画す巨大さを誇る、いかにもゴロツキがいますよとでも言いたげな少々ゴツい外装の冒険者ギルドの前。
そこに佇むまだ幼い少女と若い女。
少女は全身を純白の装備で固め、腰にはこれまた白い鞘に納められた細身の剣を差している。
陽光を浴びて輝く金の髪は肩より少ししたの所で切りそろえられ、サラサラと風に揺れている。
女の方は、勇者よりも茶色が混じった金髪を後頭部で団子に結わえ、銀色に輝く重そうな鎧を着込み、盾とレイピアを装備したまさしく女騎士といった出で立ちであった。
女騎士が感慨深そうにポツリともらす。
「……ここが__ここがこのブロムシュテット国が誇る最強の冒険者がいる冒険者ギルド……」
「想像以上に大きかったね、まあ目的が済めば良いわけだしちゃちゃっと行っちゃうよチェル」
どうやら勇者は幼いながらにキツくサバサバした性格をしている様だった。
「分かってまいすよ、勇者様。いえ、ナタリー・アーロン様」
「何でよそよそしいの、じゃあ私もあなたの事フルネームで呼ぼうかしら?ねえ、__チェルシー・キングストン=バッキンガム?」
「うっ、分かりましたよ…いやっ、分かった分かった、分かったからその悪い顔をやめてくれよ。君はあくまでも勇者なんだよ?少しは自覚して行動してください…」
「そう、それで良いのよ!!」
どうやら幼い少女の方が勇者の様だ。
彼女は苛立った時などに相手をフルネームで呼ぶ癖があった。
そして女の方は勇者の頼みを断った後の様々な嫌がらせ(おふざけ程度である、ただし時々度が過ぎる)を思い浮かべ、渋々と地の口調へと戻したのであった。
と、そこへ冒険者らしき黒づくめの細身の男が声をかけてきた。
「よう、姉ちゃんがた。今は冒k「何奴っ!!」っおう!?」
チェルと呼ばれていた女騎士がいきなり抜剣し、そのまま流れる様な動作で切りつけ他にもかかわらず男は見事に反応しそれをかわし、なんだなんだと慌てている。
「ちょっ、こんな所で抜剣とか何考えてんだあんた」
言いつつも男は剣を受けなければならなくなる状態を想定してかとりあえずと言いながら短剣を抜いた。
「何ってあなたお嬢様に手を出すのはこのチェルシー・キングストン=バッキンガムの名にかけて許しませんよ」
「何でそうなる、別に手ぇ出そうとしたわけじゃねえよ、第一なんであんなガキ…」
と、男が勇者に目線を向ける、そして目を見開き驚愕のあまりか短剣を取り落としそうになって慌てて掴むも、刃の部分だったようで、いってぇ!と手を離す。
そして落ちたソレを拾い上げると鞘に戻すと、短剣から意識がまた勇者に向ったのか、嘘だろ、何であいつが…などと呟いて考え込んでいる。
「ナタリー、あの男、どうする?」
「あのねチェル。私はあなたの頭をかち割って中身におがくずが詰まっていないか確かめたくなったわ。むしろスライムやオーガの脳みそでも詰まってそうだけど」
「なっ、いくらナタリー様でもそれは酷いですよ〜」
「声掛けられるなり斬りかかるって魔物が何処かにいるらしいわね」
「はい、スミマセンデシタ」
完璧に勇者にペースを握られているチェルであった。
チェルがとりあえず大人しくなると、勇者は男に声を掛けた。
「ねえ、あなたは中々の使い手のようだけど少し質問してもいいかしら?
……この国一番の冒険者の事を知らない?」
「うえっ?あ?ん、……お、おう」
思考の海に沈み込んでいた黒づくめの男__ウィンの意識が勇者に向く、一瞬何を言われたか分からなかったが、変な声を出すも理解して了承した。
「ありがとう、御協力感謝します。…その人の名前はウィルフレッド・ウィルコックスと言うらしいんだけど心当たりは無いかしら?情報に寄るとここのギルドを拠点にしていると聞いたのだけど。」
「はっ?」
しかし勇者が吐き出した次のセリフの中にあった心当たりのある。というかめちゃくちゃ心当たりのあり過ぎる名前に、次の瞬間には再び固まっていた。
は?俺が?何で?
途端に僅かにだが挙動が不審になってしまうウィン。
勇者はその表情の変化を目ざとく見つけ、これはビンゴに違いないと内心ほくそ笑む。
「お、おい…因みにその話どっからの情報だよ」
「どっからって、そこら中ね。一番強い冒険者は誰かって聞けばほぼ全員が口を揃えて彼の名を出したわよ。何でも単独でレベル170相当のブラックドラゴンを倒したらしいって」
「それにこの国トップレベルの冒険者が集まっていると言っても過言じゃない王都のギルドの頂点にいるってことは要するにこの国一番の冒険者じゃない?これ位少し考えれば分かるわよね。もしかしてあなたルーキーなの?それにしてはかなり歳を食っているみたいだけど」
最後が最高に失礼であったが、ウィンは元からその様な事で怒る様な性格でも無いし、その他の衝撃が強すぎてろくに耳に入って来なかったのもあり完全にスルーした。
「ん?あっ、ウィン。こんな所にいたの?探してたんだけど…って勇者っ!!?ウィッ、ウィンは勇者に興味無いんじゃなかったの?」
そこにアリスがやって来てウィンの周りには現在美(少)女達が三人も集まっている。何事だと様子を伺う周りの男達はウィンを見つけるとほぼ例外無く嫉妬や羨望の視線を注ぐも内心大荒れに荒れているウィンにはそれに気が付くだけの余裕が無かった。
「え、いや…、あいつら勇者がギルドに現れたらあの熱狂度合いのまんま勇者に突っ込むんじゃないかと思ってな。
とりあえず爺さんに頼んで裏口から入るようにしたからそうする事を勧めたかったんだがいきなり斬りつけられたんだよ。
……一瞬中の奴らが騒ぎ聞きつけたらどうしようかと思ったが奴ら妄想で盛り上がってるせいで全く気が付かなかったらしいな……全くおめでたい奴らだよ」
「なるほど、そういう事なの」
「……って!!そんな事はどうでもいいがいつの間に俺って国一番の冒険者ってことになってんだ!?」
「今更っ!?」
アリスが信じられないと言うような顔をする。
と言うよりもウィンの言葉を聞いて更に面食らっているのは勇者達の方である。
「なっ、じゃああなたがあの『お節介屋のウィルフレッド』!?」
「さっ、先程の御無礼、何卒お許しください!!…何卒っ!!!」
「そんな不本意過ぎる二つ名なんて返上したいです…」
ウィンはどうでもいい事に突っ込む。
そんなウィンに女騎士は泣きそうになって土下座し始める。
俺について、いったいどんな恐ろしい話が出回っているのやら。
軽く身震いし、聞きたくも無いなと思いつつウィンはいや、その…気にしてないし、などとどもりつつもそのままではあまりに目立ち過ぎるであろう女騎士を立たせる。
……すでに十分に目立っていたが。
驚いたまま固まっている勇者。
くしゃくしゃの顔ですみません、すみませんと繰り返している女騎士。
そして挙動不審のウィン。
「何よこのカオス」
そしてその様子を冷静に見つめていたアリスは先程のウィンと同じ様に、額に手を当て深いため息をつくのであった。