川だ
ぎちり
何かが軋む音が異様なまでに静まり返った森の闇に響く。
「あは、あはは、あははははははははははっ」
無機質な笑いを辺りに振りまくのは黒目黒髪黒尽くめの髪の長い女。
肌は産まれてこの方日の光を浴びた事が無いかの様に美しくも不気味で儚げな銀竜草の如き不健康な青白さをたたえている。
そしてその青白い肌に一層映えるはどす黒い赤。
飛び散ったそれを身体中に浴びながら女は狂った様に嗤い続ける。
否、その女はもう既に狂い、壊れているのであった。
◆◇◆◇◆
「おっ、川だ」
ウィンは数時間ほど暗い森の中を彷徨った挙句に見つけた獣道を辿って川を見つけた。
はっきり言って運が良かったとしか言いようがない。
水が無ければ死活問題だ。
しかし、初めてやってきた場所でしかも方角も何も分からないのに川の位置なんてわかるはずもなく、見つけた獣道だって川に繋がっているかどうかなどわかる訳がない。
そもそも獣道だってあちらこちらに張り巡らされているので川に当たらず歩き回っただけ、という事になる可能性もある。
ウィンは水が見つかればいいな、程度の気持ちで歩き回っていたがこれは嬉しい発見だった。
なにせ下流に行けば自然と森を抜ける事ができる。
アリス達も恐らくは川伝いにやって来るだろう。
これで何とかなるなとホッとしながらも、とりあえず水を汲もうとウィンが川に近付いたその時。
__不意に何かが風を切る音が聞こえた。
「っ!!」
それに気付いたウィンが慌てて身を躱すとカカカッと連続した軽い音をたてて数本の矢がウィンのいた場所の後ろの岩に突き立つ。
殺気。
川の対岸からピリピリとした殺気が溢れ出ている。
「……おい、何の用だ」
ウィンが軽く威嚇しながら声を掛ける。
「……それはこちらの台詞だ。こんな所に何の用だ、人間」
少しの間を置き、対岸からにしてはやたらとはっきりとした声が聴こえた。
恐らくは魔法の類でも使ったんだろう。
「…何の用も無い、迷っただけだ。と言ったら?」
暫くの沈黙の後、声が答える。
「……人間は信じられない。ついて来てもらおうか」
案の定、予想通りの声が帰ってくる。
……最悪だ、エルフの領域に入っちまった。
あまりに予想通りな応えにウィンは天を仰いで嘆息した。
逃げる、と言う手段は無い。
どんな種族よりも森に精通するエルフから森の中で逃げ切るとかそれこそエルフでもなければ不可能だ。
しかもウィンは迷っているのでどうしたって川沿いに逃げるしかない。
元来、エルフは魔法や弓矢などの長距離攻撃に長ける。
背を向ければいくらウィンでも飛んで来る魔法や矢を避けることは難しい。
真っ直ぐと言っていい川沿いに走った所でたちまちその正確過ぎる矢の餌食となって終わりである。
即座にウィンは言う事を聞く他ないと判断して腰に佩いていた剣を鞘ごと外して横向きに地面に置き、数歩下がって両手を挙げる。
慣れた動作だった。
そしてこちらは攻撃しないという意思表示を受け、弓を構えながらもエルフ達が姿を表した。
◆◇◆◇◆
一方、食事をとっていた勇者たち。
「?……ウィンの周りに魔力が……ってエルフ!!?」
ナタリーが唐突なアリスの大声に驚いて食器を取り落としかけ、慌てて持ち直す。
「え、エルフがどうかしたのか?」
「エルフに捕まると面倒なのよ……色々とね」
「面倒?」
主従揃って首を傾げる二人にアリスが説明をする。
「まずエルフって一部例外を除き、全体的に凄く排他的な種族なの。森に入れないし出ない。まあ浅い所なら多少は入れないと困るし見過ごしてくれるんだけどある程度より深い所に入り込むと捕まって尋問受けるのよね」
「その尋問ってどんな事聞かれるの?」
「例えばどうしてここに来たとか何が目的だとか……似たようなことばっかり延々と聞かれるのよ。基本的に人間信じてないから」
「……思ったのだがアリスはどうしてそんな事を知っているのだ?」
「……あのバカのせいで一度捕まったからに決まってるじゃない」
「「ああ…」」
成る程、なら仕方が無い。とばかりに理解の表情を浮かべるナタリーとチェル。
最早、二人の中でウィンは『強いけどどこか残念な人』という位置で落ち着いていた。
「…で、どうするのだ?普通に迎えに行ったら私たちも捕まるのだろう?」
「ええと、今回は多分大丈夫よ」
「大丈夫?」
「ナタリーちゃんは光の精霊の加護をうけた勇者でしょう?エルフって精霊の加護に凄く敏感なんだけど加護持ちなら多少は気を許してくれるのよ。きっと仲間だって言えば解放してくれるわ」
実際に前は精霊の加護持ちの人に助けてもらったしね、とアリスは笑ったのであった。
銀竜草
とは、別名幽霊茸とも呼ばれる葉緑体を持たない植物です。
よって茎から花まで全てが透ける様な白銀で暗い森の中では見る人により少し不気味な印象を与えます。
死体の上に咲く……などとも言われていますが、腐生植物なので菌が無いと生きていけないというだけであり腐葉土の上などに生えます。
不気味な青白さを表現したいと思った時にふとこの花が浮かんだので。
自分は実物をみた事がありませんが儚げな所とか不気味さも含めてこの花は結構好きです。
気になった人はGoogleなどで画像検索をかけてみてください。




