エスコート
季節は冬。めっきり寒くなり、コートを着込んでいかないと外に出るのも辛いほどだ。ほう、とついた息が白く延び、朝の澄んだ冷たい空気に溶けていく。
待ち合わせの銅像、を見渡すことのできる少し離れたところから見守る。今日は決して見つかってはならないのだ。すでにその銅像の前には少女が立っている。彼女は鈴木彩香。小柄で愛らしい少女だ。彼女ともう一人、待っている相手でもある筒井俊彦とは大の仲良しでもある。三人でさっちん、つっちー、しょうと呼び合う仲だ。しょうは俺だ。それなのに、俺だけがこうして離れたところにいるのは、ちょっとしたわけがある。
待ち合わせの日より一週間前。授業が終わった後俺は、さっちんに呼び出されていた。なぜか時間差をつけて向かわされた校舎裏には、緊張した面持ちの彼女が立っていた。そこで、彼女に思いもよらない告白をされた。
「実は……私、つっちーのことが好きなんだ」
そう言った彼女の顔が、まさしく恋する乙女。その顔を見て衝撃を受けた俺は、少しの間何もしゃべることができなかった。固まっている俺をよそに、彼女の独白は続く。
「彼の優しいところとか、ふとした時に見せる男らしさとか、もう意識し始めちゃったらもうダメなの。好きって気持ちが止まらなくて。それで、しょうには言っておかないとって思ったの。……来週の日曜日にね、彼を遊びに誘って、そこで告白しようと思うの。」
ここでまた衝撃的な発言が飛び出したものだ。立ち直りかけていた思考は再びフリーズした。
俺の反応のない様子を勘違いしたのか、鈴木は落ち込んだ様子で続けた。
「急に言われても困るよね。ごめんね。でもどうしても言っておきたかったんだ。今のままの関係ではいられなくなっちゃうかもしれないし。」
「え、あ、うん。そ、そうなんだ…。突然でびっくりしただけ…。えっと聞くけど、それは本気?」
「本気だよ」
決意に満ちた彼女の顔。あぁ、本当に好きなんだって理解してしまって。それで俺は
「そっか。応援するよ。がんばって」
「ありがとう!……それでね、言いづらいんだけど、お願いがあるの」
「何?」
「その…ね。来週のことなんだけど、隠れて一緒に来てほしいの」
彼女曰く。今までの関係から脱却したいわけなんだけど、彼の鈍感さは折り紙つきだから、生半可なアプローチではだめらしい。今までの経験からそうだと言われたのだけど、俺から見ても鈴木が筒井を好きだという素振りは見えなかったのだが。彼女からするとがんばっていたらしい。
とにかく、今のままではだめなので、もっとわかりやすくアプローチする必要がある。そこで、自分一人では難しいから一緒に来て裏から支援して欲しいらしい。どこの小説の話だよと思ったが、応援するといった手前、断ることもできない。仕方なく了承し、作戦を話し合った。
というのが今回の話の顛末だ。あの後から一週間話し合って、一応プランは立っている。あとは、完璧にこなすだけ、らしい。俺としてはうまくいく気がしないんだがなぁ。あの可愛いさっちんが長い間そばにいてもその可愛さに気付かないような男だ。はっきり言葉にしないと伝わらない気がするぞあの唐変木には。
約束の時間になり、奴が現れた。今回のターゲット、つっちーこと筒井俊彦だ。時間ぴったりの登場か。これで遅れたら怒ってやったのに、と関係ないな。
予定通りつっちーはさっちんと接触。のんきに挨拶などをしている。
「おはよう。二人きりなんて珍しいな。今日はよろしくな」
「お、おはよう…うん、楽しもうね」
さらっと二人きりなんて言いやがって……すでにあんなデレデレだというのに全く気付いた素振りをみせない。だいたい、二人で遊ぶってのになにも感じていないのだろう。
さて、二人が動き出したので、後を追って俺も動き出す。振り向きざまさっちんがアイコンタクトを送ってくる。もちろんわかってる。仕事はちゃんとこなすよ。
まず最初に訪れたのは、水族館だ。ここの水族館はなかなか大きく、結構な人が集まるここらでは有名なデートスポットだ。多種多様な魚たちがいて、子供から大人まで楽しめるようになっている。特に有名なのがイルカショーだ。よく訓練されたイルカ達に繰り広げられるショーは、この水族館の目玉でもある。
ここでは、最初は普通に館内を回るだけなのだが、イルカショーでしかける。イルカショーやってるスタッフが俺の知り合いなので、そいつに頼んで二人を指名させ、ステージに立たせる。そしてイルカがはねた所為にして水をかけ、ラッキースケベ&水族館によるTシャツによるペアルックにするという作戦だ。この後のデートコースで、カップルぽさを演出するために、ほかの選択肢は用意させない。
さて、とりあえず館内をまわる。暗くなっている館内は雰囲気を出すには丁度良いと思う。ちなみに、暗くしているのは雰囲気を出すためじゃなく、魚たちが客の姿を見てびっくりしないようにしているかららしい。水槽の中から照らすと、外が暗いのでマジックミラーのようになって見えないんだとか。
二人が歩く少し後ろをつけて歩く。時々振り替えるのに合わせて物陰に隠れたりなど、気分は某伝説の傭兵だ。気付かれてしまえば一貫の終わりだ。気を抜くことは許されない。
しかし、良い雰囲気だな。別にこれ、俺が同行する必要ないんじゃないか?なにもしないでもちゃんとデートになっている。正直見てて胃が痛い。手をつなごうかどうかと頑張ってるさっちんがもどかしすぎて見ていて辛い。
ゆっくりと館内をまわって種々の魚たちをのんびりと見て回る。大きい魚が横切ったりすると歓声をあげてガラスに張り付いたりしている子供たち、それを微笑みながら見ている大人たちなど、和やかな時間が流れている。たぶんこの中で俺はひときわ物騒なオーラをまとっているだろう。
館内を見終わると外に出てイルカのショーに向かう。ここからがショータイムだ。まだ時間があるはずなのに結構人が集まっている。おっと。あつらえたように最前席が空いているな。そこに二人が座るのを見届けた後、舞台の裏に向かい、スタッフと話を合わせる。二人の人相を伝え間違えないように釘をさしておく。
「あの二人だ。絶対まちがえるなよ。最初が肝心なんだ」
「わかってるよ。そんなすぐ忘れるほど私が頭悪いと思ってんのか」
「いや、念には念をということだ。わかってるならいい」
「ほら、そろそろ始まるからこっちは忙しいんだ。用が済んだならさっさと行きな」
心配が残るがしかたない。あまり粘って邪魔するわけにもいかないしな。おとなしく席に戻る。しばらく待つと、アナウンスが鳴り、ショーが始まった。
結論から言うと、イルカショーは、噂に違わぬ出来だった。二匹のイルカが息を完璧に揃えて自由に泳ぎ回り、芸をする。一番人気で然るべきというのがよくわかった。思わずこの俺が見入ってしまったほどだ。
そして、客を壇上に呼び、パフォーマンスを手伝わせるという演目が始まった。子供たちが元気良くあげるのにまじってさっちんがおずおずと手を挙げる。
「はい!今日はそこのカップル二人にやってもらおうかと思います!お二人さんは前に来てください!」
手筈通り二人を指定したようだ。……ん?つっちーがなぜかちょっと出るのを渋っているようだ。何言ってんだ?
「ほら!早く行こうよ!」
「いや、あんなに子供たちが手あげてたのに俺らが選ばれるのは悪いっていうかなぁ……さすがにな。ほら、君たち行っていいよ」
つっちーに言われた子供たちは壇上の方に走って行ってしまった。あいつ……!いきなりやらかしてくれたな……。
しょぼんとしたさっちんを残してほほえましい目で子どもたちを見つめるつっちー。そうかもしれないが!そうかもしれないがそうじゃないだろ!ここは違うだろ……。
しょっぱなからくじけてしまったが、まだまだ計画はこれからだ。この後、ゆっくり調理していけばいい。
…………そう思っていた時期が俺にもありました。何一つと言っていいほどうまくいかない。
昼ごはん。あらかじめさっちんが作っておいた弁当を近くの市民公園で食べる予定であった。なぜ気づかなかったのか不思議で仕方ないのだが、おそらくデートには手作り弁当という先入観だろう。とにかく、公園は寒く、味わう余裕など当然なかった。もちろん、いい雰囲気などこれっぽっちもない。
午後。あらかじめ取っておいたチケットで映画を見る。見るのは、最近上映し始めたばかりの期待の超大作『涙の後にかかる虹』こってこての恋愛映画だ。さっちんは非常に楽しみにしていた。
いざ始まってみると、なかなかどうして面白い。こてこてのはあまり好きではなかったのだが、引き込まれてしまった。とくに、最後でヒロインと主人公が結ばれるシーンでは不覚にも涙してしまった。
……だが!あの野郎は!映画が終わり、照明がついたときに発覚したが!寝てやがったんだ!しかも後から聞いたら開始から10分ごろのシーンで寝てやがった……。デリカシーなさすぎだろ……。
そうして夕方。すでに日は落ちて空は暗く染まり、電灯があたりを明るく照らしている。学生である俺たちは、もうすでに帰る時間なのだ。結局あの後良い雰囲気に戻ることはなく、そのまま終了。補佐する間もなかった。
帰り道。公園を通るあたりである。とぼとぼと歩くさっちんの姿が痛々しい。立てていたフラグのほとんどをへし折られた格好になる。なにあのフラグクラッシャー。さすがの唐変木。
公園に入り、少し見通しの良い丘の方に向かって歩く。街を一望できるようになっている、展望台のような場所だ。なにかを決心したようにさっちんが顔をあげて歩調を早めて歩いていく。あわててつっちーが後を追っていく。
手すりのところまで行って、そのまま街の方を見ている。明かりがつき、夜景が非常に綺麗に眼下に広がっている。
「どうしたんだよ…急にいって」
「つっちー。今日はありがと。楽しかったよ」
「あぁ、うん。俺も楽しかった・・・・・・」
沈黙が降りる。深呼吸して落ち着けようとしているさっちん。なにを言えばいいのかとそわそわしているつっちー。後ろの木の影に隠れて見ている俺。三つ巴の構造が出来上がった。
最初に動いたのはさっちん。つっちーの方を振り向いて口を開いた。
「つっちー。聞いて。あのね。私、つっちーが好き」
つっちーの時が止まった。再起動まで時間がかかります。
「今まで関係が壊れるのが怖くて言えなかったけど、決心した。君は態度じゃわかってくれないようだから、はっきり言うよ。あなたが好きです。筒井君」
衝撃を受けたように固まるつっちー。やはり全く予想だにしていなかったらしい。俺の予想では、つっちーもさっちんのことが好きだと踏んでいたのだが、さてどうなる。
「あ、え、えっと……その……」
いまだにあたふたしているつっちー。だが、ひとつ深呼吸をして自分を落ち着かせているようだ。
「その、だな。気持ちはうれしいよ。でも、ごめん。俺は、しょうのことが好きなんだ」
再び世界が凍る。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
思わず声をあげてしまった。やばい。バレタ。
つっちーが俺の方を見る。気づかなかったのだろう。告白を聞かれたことで真っ赤だ。だが、もう開き直ってしまっているのか。ずんずんと俺の方に歩いてきた。そして、俺の手を取り言い放つ。
「聞かれちまったら仕方ない。俺はお前が好きだよ。翔子。その男勝りなところとか、だけどたまに女の子らしいギャップが好きなんだ。付き合ってくれ」
やばい。顔が真っ赤になっている気がする。いや、確実になっている。だが。
「ごめん。俺はさっちんが好きなんだ」
三度目。二人が機能停止した。俺も心臓がバクバクいっていて、まともに言葉にできない。
「え、だって、私もしょうも女じゃない?え?」
「うん。でも、それでも好きなんだ」
今度はさっちんが真っ赤になった。可愛い。
「え、俺はどうなるの!?」
「ごめんなさい。私はやっぱりつっちーが好きなの」
「なんという三角関係!」
それから少し話し合った結果。俺、根岸翔子は鈴木彩香が。さっちんは筒井俊彦が。つっちーは俺が。それぞれ好きで、変わることはないということらしい。
今後はそれぞれ積極的にアプローチしてもいいし、互いに邪魔することなく仲良くしようということでまとまった。
普通ではありえない三角関係だが、気持ちを言ってしまったのだ。もう戻れはしない。牽制しつつ、隙を伺いつつなどになるだろうが、なんだかんだ楽しくやるだろう。俺たちの関係はこれからもそうやって続いていく。