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モンスター図書館

作者:

日が落ち、昼とも夜ともつかない時間帯…黄昏時、逢魔が時などと呼ばれるころが来る。

それも過ぎれば夜の帳が下り、やがては草木も眠る丑三つ時…


「っていう時間帯にあんたら行動するんじゃないの?ふつう」


時は午後2時。冒頭で述べたような暗さはない、むしろ真逆の麗らかな日差しの下、

市街から大分離れたところにある館で、少女はため息をついた。


「そりゃ吸血鬼さんとかは夜行性だけど、」「私たちは人間と同じ行動時間帯だよ」

少女のつぶやきにそう返したのは幼い姿をした双子。

「…そう。私の愚痴もとい独り言に丁寧に返してくれてありがとう。でも私の両脇に立ってステレオで喋るのはやめてちょうだい。インキュバス、サッキュバス。」

「い」「や」

インキュバス、サッキュバスと呼ばれた二人はくすくすと笑って少女の横からするりといなくなった。


「図書館では走らない!!」

駆けて行った二人へ少女-司書-の注意がとぶ。



ここは一風変わった図書館。

人では無いものたちが集まる知識と娯楽の館



利用客は一般的にモンスターや空想上の生き物、と呼ばれる者たち。しかしそれらの相手を始めとする図書館の業務を行っているのは、ここを出入りするもので唯一の人間である少女である。

少女といっても年齢は女性に近く、彼女は司書としてこの非現実的な図書館を一人で管理している

人間が利用する図書館と大した違いはない。みな各々で娯楽のためであったり、調べもののためにこの図書館を訪れ、書物を借り、期限を守り返す。


今日も、大人しくもそそっかしい一つ目の妹と、優しく冷静な三つ目の兄の兄妹が趣味の雑誌を読み、

口元まで布で覆った寡黙な狼が片隅で純文学に耽り、

人柄は軽薄だが売れっ子作家であるゾンビの青年が新作のための資料集めに自身の周りに本を堆く積み…と常連である様々な種族の者たちがそれぞれの時間を、本と共に過ごしている。



「インキュ、サッキュ。あんたらいい加減にしないと出禁くらわすわよ」

本棚の迷路の奥で夢魔の双子に追いついた司書が、ふたりの首根っこを掴みながら凄む。

「司書の名前を」「教えてくれたら態度を改めるよ」

司書の顔を窺いながら二人はニヤニヤと答える


ただ一点、この図書館が[普通]の図書館とは違うことは、“名を名乗らないこと”

ここでは皆、種族名で呼び合うこととなっている。

名は│しゅである。名を知れば、相手を滅ぼすことも支配することもできると言われている。

様々なものたちが出入りする場で、異なる種族による諍いを避けるために、この図書館の創始者が決めた唯一の人間の図書館と異なる掟だ。



「そんなことをしたら本気で一生出禁よ。兎に角、[静かに][走らない]あなたたちへのこれらの注意は一度二度じゃないのよ。二人は今日から一週間貸出禁止。二人の好きなシリーズの新作、明日入るのに。残念でした。」

「ひどい!」「外道!」

「なんとでも言いなさい。騒いだあなたたちが悪いのだから。せいぜい反省することね。」

芝居がかった動きで顔を見合わせて嘆く二人を司書は冷たく突き放す。


しかしぎゃーぎゃーと喚いていたインキュバスとサッキュバスがぴたりと動きを止めた。

「…司書、優しい僕たちは」「鬼畜な司書にも忠告をしてあげようか」

首根を掴まれたまま、司書の背後に視線を送る二人。

「なによ。注意を逸らそうったってそうは…」

「あらぁ、司書ったらこんなとこにいたのねぇ、探しちゃった。」

司書が言い終わらないうちに司書の頬に毒々しいほどに赤く彩られた長い爪を持つ細い指が這った

「アルケニーさん…」

ギギギ…と音が鳴りそうな程にぎこちなく司書は振り向く。

司書の背後に立つアルケニーと呼ばれた女、額まで広がる8つの紅い眼を持ち、上半身は妖艶な人間の女性、下半身は蜘蛛の蜘蛛女だ。

「いつものカウンターにいないんですもの。誰かに食べられたんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたわぁ」

「そんなわけないじゃないですか。私は誰にも名前を教えていませんから…」

「そうよねぇ。だってあなたは私が食べると心に決めているんだもの。嗚呼、今日も芳しい香りね、司書」

すっ、と司書の頬に舌を伸ばし、一舐めした後に口づけてアルケニーはうっとりと言う。

「………あの、私、カウンター業務に、戻らない、と」

司書は顔面を引きつらせながら、やっとのことで言葉を発し、夢魔たちを放る勢いでそそくさと貸出カウンターへと向かう。

つれないわねぇと後ろでアルケニーが妖艶に微笑むのを気配で聞きながらカウンターに飛び込むように入り、一息つく。

実のところ名前の掟ができたのはこのアルケニーが代々の司書を食べようと目論むからだ、とも言われている。

そのため、モンスターたちが入れないように所謂結界らしきものがこの図書館のカウンターには張られている。らしい。

実際司書に危害を加えようとするここの利用客は先ほどのアルケニーのみなので、効果のほどは定かではない。


「このカウンターはともかく、あんな恐ろしい人から名前を明かさないってだけで逃げおおせるなんて不思議な話。」

カウンターに突っ伏すように寄りかかりながら司書はごちる。

「人、という表現は違和感を感じますね。彼女のような容姿ですと特に」

「ハァイ、ミイラさん。今日は私の独り言に返事してくれる方がやたら多いわね」

顔を上げた司書の前に立っていたのは、紳士的な振る舞いのミイラである。頭のてっぺんから四肢の先までぐるぐる巻きの包帯の上にかっちりとしたモーニングコートを着、シルクハットまでかぶっている。

「独り言なんだから多少の矛盾は見逃してよ」

「かまいませんが聞き逃して、の方が適切かと。」

「言葉遊びがお好きですこと」

「よく言われます」

ぽんぽんと軽快に言葉を交わす司書とミイラ。

「なんだか随分と久しぶりの平穏な気がするわ…。」

ミイラの持ってきた本の貸し出し、返却手続きをてきぱきとこなしつつ、司書はため息とともにそう吐き出す

「残念ながらその平穏は長くは保たれないと思われますよ」

気の毒そうに返すミイラにその発言の意図を問おうとしたところで、ミイラの予言は現実となる。


「ああ、今日もまじょこさんか。」


表からけたたましい音と、女性の叫び声が聞こえてくる

声の主は恐らく…いやきっと、この図書館の常連の魔女だろう。

その魔女は魔女らしからぬ、おっちょこちょいの天才であり、魔法的な才にはやや欠けていて、言葉を選ばずにに言ってしまえば、落ちこぼれである。


「こんにちは、司書!あら、ミイラさんまで!」

扉を開いて入ってきた黒いワンピースを纏い、黒い三角帽の下から赤い髪を覗かせる魔女は、予想通りの彼女だった。

「こんにちは。今日もお元気そうで何よりです。」

魔女の賑やかな登場にハットを軽く持ち上げながら答えるミイラ。

「こんにちはまじょこさん。その恰好だとどうやら表のもみの木は無事じゃなさそうね」

魔女のワンピースが木の葉に塗れているのを見て司書は軽く苦笑しつつ答える。

「嗚呼、箒のブレーキが利かなくて…、ごめんなさい。でも大丈夫!今日のおばあ様からの宿題は成長の│まじないなの!それさえ覚えれば…!」

「大丈夫よ。もみの木はどうかそのままで。とにかくその宿題の調べものに来たんでしょう?急がないと調べ終わる前に閉館時間が来てしまうわよ」

「いけない!ありがとう!私頑張るわ!!」

「…頑張りすぎないようにねー。あと館内ではお静かに。」

賑々しく立ち去る魔女をひらひらと手を振り見送り、司書は本日何度目かわからぬため息をつく。

「相変わらず嵐のように天真爛漫な方ですね。」

魔女が向かった方向を見ながらミイラもふ、と小さく息をつく。

「それが彼女の長所であり短所よ。」

司書の言う通り、どんなに失敗しても落ちこぼれてもめげないのが彼女の性格である。

同時にまた新しい災厄を招いてもいるが。


「さて、そろそろ私は失礼します。」

「ご利用ありがとうございますー」


ミイラが立ち去り、カウンターにひとりになった司書は何気なく館内を見渡す。


アルケニーは何やらおどろおどろしい表紙の本を片手に司書に熱っぽい視線を送っている。

その反対側では貸出禁止を言い渡された上にアルケニーの前に放り出されたことを根に持っているらしいインキュバスとサッキュバスが恨みがましい視線を送っている。

どちらの視線も振り払い、本棚の整理に向かいながら司書は、やっぱり双子には悪いことをしたかな、と償い代わりに貸出禁止期間の短縮を考える。


閉館時間まであと数時間。

恐らく双子は今日も最後までいるだろう。その時間まで何も騒ぎを起こさなかったら、期間を短くしてあげよう。司書がそう決めた時、奥で派手な音がした。


覗き込めば、どうやら魔女が大量の本を抱えたまま派手に転んだらしく、本が床に散乱している。


「どうしてこう、普通の図書館のような静けさとは縁遠いのかなぁ…」

人間でない、ということを除いても利用客のキャラが濃すぎるのよ。と司書は声に出さずに自問自答する。


そんな風にあきれたように呟くも、司書である少女がこの図書館を嫌いではないことは、彼女の表情ににじみ出てしまっている。


これが彼女の、いや、この図書館の日常なのである

某方とツイッターで盛り上がったものでした。

私の趣味を詰め込みまくった結果!

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