5言目 振り出しへ
「いくわよ」
麗香の声が、一瞬事務所を沈黙させる。
僕は指示通り机にノートを広げ、単語の書き取り用意をする。直子さんは、待ってましたというように、身を乗り出した。
「マキ、マキ……。うーん、手短に、薪でいいかしら」
「え?」
「薪。燃やすやつね」
「あ、ああ」
言われてから、理解するのに数秒かかる。てか、手短ってなんだ、手短って。
「マキ……と言えば、巻物かしら」
「絵巻物とかそういうやつか?」
「そう」
確認をとり、ノートに書き付ける。
「それと、駅前に出来た海苔巻きね」
「ややこしい説明を加えるな!」
文句を垂れつつノートに取る。
「糸巻き……」
「がどうした?」
「メモりなさいよ」
「は、はあ」
「取り巻き」
「……」(メモメモ)
「腹巻き」
「?」(メモメモ)
「太巻き」
(メモメモ)
「細巻き」
(……)
「カッパ巻、とか言ったら覚えてろ」
「カッパ、え! ダ、ダメなの!?」
「取り巻きのとこから、お前ふざけてるだろ!」
「……ヒュー」
「口笛吹いて、誤魔化すな!」
「盲点だけど、魔鬼もあるわね」
「話を聞け!」
「あの……」
「ほら、直子さんも困ってるじゃないか!!」
「いえ、そういう訳では。むしろ、逆なんです」
「「逆??」」
二人の声が重なる。
「はい……」
直子さんは落ち着いて断言した。
「それに該当する人ばかりでした。あのパーティーに来たのは」
「「……」」
僕らは揃って意味分からんって顔をする。
「えっと、つまりですね、パーティーには、薪割り職人と、古典美術品のコレクター、駅前の海苔巻き屋店長、紡績企業の御曹司に、中学の私のファン、夏でも腹巻きをする寒がり屋、寿司屋の三兄弟、そして、自称魔術師が、来てたんです」
ハロウィンパーティーか? まだ4月だぞ?
それとも、4月病か? 春の空気が原因の変態化?
まさにそういう状況のようだが、やはりいまいち分からない。
「もう少し事情を聞いてからの方が良さそうね」
麗香はそう言うと、まともな探偵らしいことを、ようやく始めるのであった。