1言目 依頼人は悲しみに震えー
「ヘッ、キショイ……」
依頼人の少女は、麗香自室のソファーで、ブルルッと震えた。
僕は乾いたタオルを差し出す。
「これで、しっかりふいてください」
この雨の中、傘も持たずに歩いて来たらしく、下着が透ける勢いで、全身びしょぬれだった。
少女は、急に声をかけられて、驚いた素振りを見せてから、おずおずと両手を前に伸ばした。僕がその手にタオルを渡してやると、少女は無言のまま頭を下げて、受け取った。
事前情報なしでの突然の依頼だ。
そのため、何があったか具体的には分からない。
ただし、ひとつだけ、はっきりしていた。
少女の恐怖は尋常でない。
そうでなければ、嵐の中、傘をささずに歩いたり、タオルを受け取るだけでビクついたりはしない。
そして、その恐怖は、依頼に関連するのだろう……。
まあ、おそらく、親類が死んだか……殺されたか……。
僕は少女の半狂乱の悲しみ様から、そう推し量る。
「じゃあ早速……質問するから、可能な限り答えてね」
麗香が部屋に入って来て、依頼人の正面のソファーに座った。
その声も表情も、本当に優しげだ。
どのくらいかって、分かりやすく言えば、僕に見せるのの裏側だ(笑)。
僕は二人に背を向けて、学習机についた。用意してあったシャーペンを握り、記録ノートを開く。
それを確認すると、麗香は依頼人の方に向き直った。
「じゃ、質問はあたし、山田麗香が。そこの男は助手の和博で、メモをとるだけだから、気にしないでね」
前置きを終えると、麗香は質問を始めた。
「では、一つ目。氏名、年齢、性別は?」
「さ、幸……直子………16歳………女性…………」
依頼人幸直子は、まるで……瀕死の人のような……か細い声を震わした……。
こちらの心まで痛むーそんな声だ。
僕は言われた内容を、ノートに写しとる。
「16歳……。ということは、高校生かしら?」
「はい……一年です………」
また虫のように弱々しい音だ。
僕は聞き漏らさないよう注意して、再び筆を走らせる。
「それでは……次の質問………」
麗香の表情が途端に引き締まる。
「依頼内容を具体的に……」
普段は豪傑とも呼べそうな麗香だが、声の調子が少し変わっていた……。
期待と不安がない交ぜになった……そんな感じだ………。
まあ、しかし、考えてみれば、当然だー。
僕の手にも、汗が湧き出て来た。
これが、初の依頼ーー。
これを意識して、気持ちを高ぶらせないわけがない。
たとえ、不満があっても、初めはいつも興奮するものだ。
そんな中、第一の依頼人となった幸直子は、3秒程のポーズの後ーーー
「母が…………母が……………………
殺されたのですっ!!!!」
荒れ狂う悲しみは、その正体を現し、ついに堰を切って氾濫しだした。
いや、分かりやすく言おう。
それくらい直子さんの語りが、感情的だったため、書記の僕が大変難儀したのだ……。