7章 マンドへ
鈍い光を反射する金属具を抱え、俺たちは光の館の老人の元へと向かった。古びた建物の戸を叩く。ほどなくして老人が出で来た。
「ほう。あれだけの魔物を退治してきたのか。なかなかの者達じゃ。」
金属具を受け取った後、老人がつぶやいた。品定めをするような目つきで、こちらを見ている。
「よかろう。そなたらに光の加護を授けよう。さあ、中に入りなさい。」
そう言われ、俺たちは光の館へと入っていった。
「ところで、“光の加護”って一体何なんだ?」
おそらく誰もが思っているであろう質問を、レインが言った。光の加護が一体どんな物であるのか、俺たちは知らない。正確に言うと、伝説などで聞いた事があるくらいで、本質的な事は知らないのだ。俺が聞いた伝説では、光の加護とは世界が闇に飲まれようとしたときに勇者を導き、世界に光を取り戻す力だそうだ。
「ふぉっふぉっふぉ、ならば教えよう。“光の加護”とは、授けられた者が闇に落ちるのを防ぐ力なのじゃ。」
「つまり、勇者が“負ける”可能性を減らす力なのですね?」
「まあ、そんな所じゃな。」
たとえそれだけでも、無いよりはある方がマシだ。元々、世界の異変を止めるなんて、雲をつかむような話なのだ。だが、その中につかめるひとかけらの氷ができただけでもありがたい話なのだ。
「よし、では始めるぞ。そこに立っておれ。」
示されたのは、大きな魔法陣の中心だった。5人がそこに立つと、老人が呪文を唱え始めた。金属具が奇妙な形に変形したかと思うと、魔法陣が輝きだした。やがてその光は大きくなり、俺たち5人を包み込んだ。
こうして、光の加護を授けられた俺たちは、光の館を後にした。
戻ったときに真っ先に見た光景は、魔物の群れが北の方へ飛び去っていくところだった。もっとも城に近い街ファオスから火の手が上がっていた。己の見た光景が信じられなかった。だが、ぐずぐずしている暇はない。今は被害を最小限に抑えなくては。
被害は、思ったよりも少なかった。そのため、ものの数分で事は収まった。しかし、嫌な予感がする。あれだけの大群に襲われたのに、なぜこんなにも被害が小さいのか。考えても、答えは出てこない。とそこへ、目に涙をあふれんばかりにためた、キララが駆け寄ってきた。
「お願いです、ジン将軍っ、魔物に連れ去られたマリンをたすけてくださいっ!」
その言葉に、誰もが驚愕した。口を開いたのはアカネだった。
「まさか、さっきの魔物の大群は、その子一人を連れ去るためだけに?」
たったそれだけのために、魔物は街を襲ったのだ。だが、マリンを連れ去る目的がなんなのか分からない。
「おそらくマンドの企みだろうが、助けに行くったって、マンドは大きな国だ。どこに行けばいいのかさえ分からないのに・・・。」
レインの言葉ももっともだ。マンドはレージ大国と大陸を二分するほどの大きな国。何の手がかりもなく行ったところで、助けられる可能性は低い。それどころか、見つけることさえ困難だろう。
「うわあああっ、なんだこれ、頭がいてえっ!!」
俺たちの心配をよそに、突然ユウカが苦しみだした。頭を押さえ、うずくまっている。すぐにウェールが様子を診る。が、急にその表情が引きつった。
「どうした?!」
あまり良くない状態だと分かったが、それでも声をかけた。
「シチュエイト・シンクロだ。半身が何かとてつもないダメージを受けているようだ。」
「シチュエイト・シンクロ?それは一体?」
聞き慣れない言葉に、俺は質問を返した。ウェールは軽くうなずくと、こう説明した。
「シチュエイト・シンクロとは、何らかの影響で強く結びついた者同士が感情や感覚、意思などを一時的に共有してしまう事だ。大抵、強く結びついている半身のうち、どちらかの感情の高ぶりや激しい痛みなどのの感覚を共有してしまう事が多い。」
つまり今の場合、ユウカはひどい頭痛に襲われている人と、同じ感覚だということだ。
「どうすれば直る?」
「つながりを断ち切るか、半身の状態を元に戻すかのどちらかだけだ。」
返ってきた答えは、絶望的な物だった。
「それって、直す方法がないってことじゃねーか!」
ユウカとつながっている人物が誰なのか、ましてやそのつながりがなんなのかなんて、分かりはしない。レインの言葉に、俺は奥歯を強くかんだ。
「黒いヴァイオリン・・・。金の縁取りの付いた、緑地に青い麒麟の模様・・・。」
先ほどの体勢のまま、ユウカが絞り出すような声でつぶやいた。いや、つぶやいたというより、うなされているような話し方だった。
「もしかしてユウカ、半身が見ている光景を教えてくれてるの?」
アカネが、心配そうに言った。それが正しければ、半身の居場所の手がかりになる。
「金の縁取りの付いた、緑地に青い麒麟の模様?それ、マンド城に飾られている紋章のことか?だとすれば、半身は城にいるって事になるぞ?」
つい最近までマンドにいたレインが言う。続けて、キララが口を開く。
「そこに、マリンもいると思う。」
確信のある声音で、はっきりとそう告げる。何を根拠に言っているのか分からない。でも。「マンドに、行こう。」
俺は言った。そして俺たちは、イーグレットの飛空艇が止まっているところに向かった。
風を切って、飛空艇が飛んでいく。今回は甲板ではなく、中の客室へ乗っている。
「ホントにこのでかい船でいくのか?城に着くまでに向こうに見つかっちまうんじゃ・・・。」
不安な声を上げたのはレインだ。最近までマンドにいた彼からすれば、もっと慎重に行きたいところだろう。だがそんな不安をよそに、イーグレットはニッと笑った。
「私らは元盗賊団なんだよ?見つからずに船を飛ばすなんて朝飯前さ!やろうども、持ち場につきな!バニシングモードに入るよ!」
「イェッサー!」
団員達が応えると、てきぱきと自分の仕事に取りかかり、飛空艇の周りに魔法の膜が出現した。透明魔法の一種だ。実際には透明になっているわけではなく、相手から知覚されなくなる魔法だ。つまり、相手はこちらの姿を見ることができなくなるということだ。確かにこれならすぐには気付かれないだろう。問題は、その後だ。どうやって城に入るか、仮に入ったとしてもどうやって助け出すのか。作戦は無いに等しかった。だが・・・
「いや、いやぁっ!!そんなこと、できないっ!したくないっ!!」
ユウカの悲痛な叫びだけが、時折静寂を破る。ベッドで休んではいたが、気休めにもなっていない。俺は奥歯を強くかんだ。俺たちには時間がない。ユウカをこのまま苦しめるわけにはいかないのだ。
マンドの大地が視界に入った。と、急にキララが客室前方の窓に走り寄る。
「待って。魔力が渦巻いてる・・・船長さん、舵をあの村に向けて!そこにマリンがいる!」
キララが指さしたのは、城より東にある小さな村だった。
「何あの村・・・気持ち悪い・・・・・・。」
アカネがいうのももっともだった。そこだけ、妙に魔力が強い。人が集まっているわけではない村のはずなのに。
「着陸態勢に入る!しっかりつかまりな!」
激しい轟音と振動の後、飛空艇はその村の近くに降り立った。
村は、奇妙なほどの静けさだった。村の人からは、生気が感じられない。
「おい、しっかりしろ!なにがあった?」
肩を揺さぶり、話しかけるが、応答はない。ただ焦点の合わぬ目であらぬ方を見ている。まるで魂のない人形のようだ。他の人も、同じような状態だった。
「やれやれ、勝手に入られては困るのですがね。」
不意に、声が降ってきた。見ると、建物の上に緑を基調とした軍服を着た男が立っていた。「!お前はジルバルド近衛兵長!?なぜここに?」
「おや、これはこれはレイン将軍、あなたでしたか。ところで、そちらにいるのは反逆者のウェールですか?」
ジルバルドと呼ばれた男は、マンドの軍服を着ていた。にこやかな笑みを浮かべてはいるが、こちらに向けられた敵意は隠しきれていない。俺は刀に手をやった。
「挨拶はどうでもいい。何でお前がここにいる?」
レインがかみついたにもかかわらず、男は笑みを崩していない。
「いえ、陛下がおもちゃをくださったのですよ。今、それで遊んでいる所なんです。」
「何・・・?」
現れたのは、茶色の髪と緑の瞳をした・・・マリンだった。うつろな目をし、手には黒いヴァイオリンを持っている。そのヴァイオリンはバイザーの城にあった笛と同様、禍々しい魔力を放っていた。
「さあ、遊びましょうか。」
男が言うと、マリンが演奏を始めた。聞いている者の不安をあおるようなメロディー。それは耳からではなく、頭に直接響いてくる。
「うわあああっ!」「きゃあああっ!」
誰もが悲鳴を上げ、地にひざをついた。頭にがんがんと響くその音に、心が、魂までもが、悲鳴を上げているようだった。激しい苦痛に、俺は気が遠くなっていった・・・・・・。
誰かの足音。あえぐ呼吸。そして、温かく優しいメロディー・・・。
そこで俺は我に返った。いつの間にか、体が軽くなっている。倒れていた仲間が、一人、また一人と立ち上がる。あいかわらずヴァイオリンの音色は聞こえてくる。だが、それとは異なる、笛の音も聞こえた。後方でユウカが演奏していたのだ。二つの全くかみ合わぬ音色が、争っているような感じだった。
「おのれ!」
ジルバルドは魔物を呼び寄せた。だが、所詮そんなのは俺たちの敵ではなかった。
「援護を頼む!」
俺はそう言うと、まっすぐにマリンの所へ飛んだ。マリンの持っている弓を、ヴァイオリンの弓だけをはじいた。持ち主を失った弓が、宙を舞う。そんな中でもマリンは爪で弦を弾こうとする。
「御免!」
間合いを詰め、鳩尾に拳を入れる。マリンの手からヴァイオリンが落ちる。と同時に笛の音がやみ、ユウカがひざをつく。倒れる前に、その体をウェールが支える。
「ありがとう、ユウカ。」
「ジン、こっちは大丈夫だぜ!」
レインの言葉の後、俺はヴァイオリンに刀を突き刺す。あの時と同じように、体に激痛が走る。闇の声が、俺にささやき、誘惑する。だが、もう心は決まっている。迷い無き思いが、闇の魔法を貫いた。
「後はお前だけだ、ジルバルド!覚悟しな!」
「ぐっ!!」
レインが男に斬りかかる。しかし、男の出した黒い霧に阻まれた。ジルバルドはそのまま逃げようとする。と、急にその動きが止まった。
「・・・さない。絶対に逃がさない!!」
振り返ると、さっきまで倒れていたはずのマリンが、起き上がっていた。それも、とんでもないほど強大な魔力を放って。魔力に捕らわれているジルバルドだけでなく、見ている俺たちも立ち尽くすことしかできなかった。突如マンドの上空に亀裂が入ったかと思うと、目を覆っていても眩しいくらいの光の柱がマンド中に発生した。光が収まる頃には、全ての魔物が亀裂に吸い込まれ、やがて閉じてしまった。
「ありがと、お姉ちゃん・・・。」そこで、マリンはぱったりと倒れてしまった。
俺たちは傷ついた体で、城へ向かった。