6章 ユウカの涙
地下室の片隅に、バイザー王が倒れていた。俺はそばに駆け寄り、体をゆすぶった。
「陛下、しっかりしてください。陛下!」
何度か声をかけると、バイザー王は体を起こした。
「おお、ジン。無事であったか。して、後ろにおるのは?」
目にうっすらと涙を浮かべ、王は笑った。
「この者たちは私の仲間です。・・・ところで、城に兄上達の姿が見あたりませんが・・・」
俺がそう聞くと、王は弾かれたように立ち上がった。
「そうじゃ、こうしてはおれん!」
王について行くと、牢獄に着いた。そこに、兄上達も捕まっていた。王は次々と鍵を開けていく。どうやら、逆らった人がここに入れられていたようだ。
「すまなかった。私が正気を保てなかったばかりに・・・」
バイザー王は頭を垂れた。操られていたとはいえ、罪の意識は薄らがない。
「おっさん、正気じゃなかったのか。それにしても誰だろうな、こんなことする奴は。」
王をおっさん呼ばわりしたユウカを、周りの人々が睨んだが、当のバイザー王は気にしていないようだった。
「そこにおる魔倉の子は、魔物がマンドから送ってきたのだ。だが私は、その時から操られてしまったようじゃ。」
ふっ、と悲しげな調子で王は言った。
「つまり、マンドに行かねば状況は好転しない、というわけか。」
珍しく口を開いたウェールが結論を述べる。その通りだ、と思った。バイザーが元にもどっただけでは世界に渦巻く異変は戻らない。魔物が凶暴化したわけも、戦乱が起きたわけも、全てマンドにあるのだ。
「マンドに行くつもりなら、先に南西にある光の館に行くといい。そこで光の加護を受ければ、魔物と戦いやすくなるはずだ。」
バイザーの王子の中で、一番年上のロナンがアドバイスをしてくれた。
「光の館?どんなところなんだ?」
レインが光の館について尋ねた。
「光の館とは、世界が闇の異変にさらされたとき、戦士に光の加護を与えてくれる場所です。今ならきっと力を貸してくれるはずです。」
「魔物に打ち勝つ力をくれるってわけだな?」
ゆっくりと、仲間の顔を見回す。誰の目にも決意の光がある。
「行こう、光の館へ。」
「しっかし、光の加護って何だろうなー。いまいちピンとこないんだよなー。」
光の館に向かう道中、レインが言った。時折襲ってくる魔物を相手にしながら進んでいるさなか、日が沈んで休息をとっている時だった。
「そんなの、もらいに行けば分かることだろ。」
料理を作りながら、ユウカが答える。だがその目は、不自然なほどうるんでいた。
「ん?お前、もしかして泣いてるのか?」
大粒の涙を流しているユウカに、怪訝な表情のレインが尋ねる。
「え?お、おれ泣いてる?」
ユウカは言われてから、自分が涙を流している事に気づいたらしく、慌てて袖でぬぐった。それでも、こぼれる涙は止まらない。
「ユウカって、涙もろいの?」
ぼそっ、とアカネがつぶやいた。いや、ユウカが泣いているところは今まで見たことがない。むしろ、涙もろいとはほど遠い性格だと思っていた。
「へえ~、お前でも泣くときあるのか~。意外とかわいいとこあるじゃねーか。」
「う、うるさい、見るな!・・・くそっ、なんで泣いてんだよ。」
ニヤニヤとユウカを見ているレインは、茶色の髪をくしゃっとなでた。一方ユウカは、そっぽを向いて自己嫌悪ととれる言葉を吐き捨てる。
「レイン、あまりユウカをいじめるな。」
ウェールがレインをたしなめた。だが、レインは明るく答える。
「いじめてねーよ。ただ、こいつは何もかも背負っちまって涙も出ねー奴かと思ってたからさ、ちょっと安心したんだ。」
「それ、ほめてるのか知らねーが、悪口に聞こえるぞ。」
ユウカが口をとがらせる。いまだに止まらない涙をぬぐっていたが、キッとレインを睨んだ。
「みんなにぎやかでうち嬉しいな。」
くすり、とアカネが笑う。確かに、こんなににぎやかな人と同じ時を過ごすのは始めてかもしれない。穏やかな時間が、そこにあった。
古びた館。第一印象がそれだ。『光の館』と書かれた看板が無ければ気づかなかっただろう。壁の塗装ははげ、ツタがからまっている。
「ここが、光の館?ただのぼろ屋敷じゃないのか?」
レインの言うことももっともだ。それほどまでに、ひどかった。
「もしかして、誰もいない、とか?」
おどおどとアカネが言った。俺はとりあえず、呼び鈴を鳴らしてみた。少しの間の後、わずかに足音が聞こえた。扉から現れたのは、髭をたくわえた老人だった。
「なんじゃい、いきなり呼びつけおって。用が無いのならさっさと帰れ!」
「ご無礼をお許しください。私達は、マンドにあふれた魔物を倒したいと考えている者です。しかし、そのためには光の加護が必要だと言われ、ここにやってきました。」
俺は恭しく頭を下げた。それを見た老人はふん、と鼻を鳴らした。
「光の加護じゃと?そんなものはここにない。シルドスの谷に住む魔物に、光の加護を授けるための物具が盗まれたのじゃ。光の加護が欲しくば、取ってくればよかろう。」
それだけ言うと、老人はバタンッと扉を閉めた。
「なっ、何なんだよあのじーさん!こーなったら意地でも取りに行ってやらあ!」
なぜか張り切っているレインが、そう宣言した。だが・・・。シルドスの谷には行ってはいけない。俺は、そう直感した。
「でさ、ジン、シルドスの谷ってどこにあって、どうやって行くんだ?」
「おい!場所も分からないのに意気込んでたのかよ!」
レインの言動に、ユウカがすかさずツッコミを入れる。こんな調子で大丈夫なのだろうか、という危機感を覚え、頭を抱えて苦笑してしまった。
「シルドスの谷は、ここからそう離れてはいない。だが、本当に行くのか?」
その問いに、当然だ、という答えが返ってくる。俺は気付かれないようにため息をつき、ついてこい、と言ってシルドスの谷へ向かった。何も起こらない事を祈りながら・・・
薄暗い林を抜け、眩しい日の光に思わず目を細めた。だが、平原に出たわけでもなければ、ごつごつした岩の道に出たわけでもない。眼前に広がるのは、明るい日差しとは対照的などす黒い大地。草木一本生えぬ、不毛の地。その見た目から“死の谷”とも呼ばれる、それがシルドスの谷だ。信じられない光景に、誰もが唖然としていた。そのせいで、闇の気配に気付くのが、一瞬遅れた。爪が、牙が、殺意を持って襲ってくる。すんでのところでそれをかわし、逆にその体に切り込みを入れる。だが相手に致命傷を与えることはできなかった。それどころか、次々とこちらに群がってくる。
「クッ、生ける屍か。」
生ける屍“アンデッド”、それは、未練の強い死者に魔力が宿り、うまれるもの。当然、生前の記憶は失っており、生気を求めて彷徨い続ける。一度死んでいる彼らは、炎で灰にするか聖水などで浄化するかしなければ、何度でも蘇る。つまり、先ほどの切り傷程度では倒す事はできないということだ。
だが、アンデッドと分かれば手強い相手ではない。先陣を切ったのはレイン。剣に炎を宿らせ、斬りつける。同時に広がった業火が屍を灰へと変えていく。俺は二本の刀を抜き、レイン同様炎を宿らせ応戦する。ウェールもアカネも魔法を放ち、彼らを土へと還していく。だが、ユウカだけは、戦闘に参加しなかった。否、参加できなかった。
「何しとるんよユウカ!ボーッとして!」
アカネがユウカを叱咤する。ユウカは答えない。ただ、呆然と立ち尽くすのみ。
「しっかりしろ!ユウカ!」
振り向きながら俺も叫ぶが、ユウカは相変わらず立ち尽くしていた。
「おれは、殺す・・のか?もう一度、こいつらを・・・・・・」
震える声で紡いだユウカの言葉に、レインとアカネが驚愕した。
「もう一度?どういう事なの、ユウカ。」
ユウカは答えず、大きく目を見開き、わずかに震えるだけ。まるで根が生えたように、その場から動かない。
そう言えば・・・ユウカは一度、笛の力で人を、いや、周りの生き物全てを殺めてしまったと言っていた。そして、その結果できたのが、“死の谷”だと。つまり、ここのアンデッド達は、ユウカによって殺された生き物全てだということだ。また、ユウカが自分の力を恐れるようになった、原因でもある。そして、そのことを、レインとアカネは知らない。こんなこと、どうやって説明すればいいのやら・・・。
「ユウカ、気持ちは分かるが、今は目の前の敵に集中しろ!じゃなきゃ、ここでみんなくたばっちまう。」
半ば強引に、ユウカの腕を引いて後ろに下げる。入れ替わりに来たアンデッドの腕を切りつけ、焼き払う。と、突如冷気に襲われ、刀を取り落とした。すぐにウェールの魔法で解放されたが、新たに現れた敵に致命傷を与えられなかった。ゆらゆらと宙を舞い、実体はないが人の形をしている。報われぬ魂が悪霊となった魔物、“スピリット”。実体がないが故に、剣ではダメージを与えられず、魔法もほとんど吸収されてしまう。何よりやっかいなのは、人に取り憑くことができるところだ。
スピリットの動きに注意しながら、アンデッドを倒す。そのうちに、こちらが劣勢になってくる。その上、どの魔物も狙いはただ一人、呆然と突っ立っているユウカだ。4人の隙を突き、ユウカに向かっていく魔物が現れてしまった。アカネが悲鳴を上げる。
「ユウカ!あぶない!!」
そこでユウカは我に返り、ほおをたたいて叱咤する。
「分かってる。ただちょっと混乱してただけだ。」
ユウカの瞳に、強い光が戻ってくる。そして、どこからともなく笛を出すと、旋律を奏で始めた。
それは、流れる小川のような美しい、しかし、どこか悲しげなメロディーだった。ふと気付くと、今まで敵意をむき出しにしていたアンデッド達が、大人しくなっていた。それだけでなく、宙を舞うスピリットも、一度土に還した屍も、ユウカが奏でる音楽に聴き惚れているようだった。やがて、辺りが光に包まれ、暴れていた魔物達が天へと上っていく。
「死者の魂を弔い、慰める曲、“レクイエム”か。」
道理で、悲しげな曲だったわけだ。ユウカは、死者の魂を浄化することを選んだようだ。
「きれい・・・。」
「すげえ、すげえよ!これがユウカの力か!」
どす黒い大地とは対照的な、神秘的な光景だった。やがて、光が収まってくると、ポツンと一つ、鈍い光が大地に落ちていた。近づいてみると、大人の手のひらに収まるくらいの、丸い柱のような金属具が落ちていた。
「これ、ひょっとして、あのおじいさんの言ってた物具とちゃうの?」
アカネが鈍い光を放つ金属具を拾い上げた。
「やった!これをあのじーさんのとこもってけば、光の加護とやらがさずけられるんだな。」
レインの言葉を皮切りに、仲間の顔に安堵の色が浮かぶ。
「ありがとう、ユウカ。お前のおかげだ。」
俺はユウカに振り向き、そう告げた。下を向いていたユウカが、顔を上げる。
「いや、礼を言うのはおれの方だ。みんながいなかったら、おれは自分を見失っていた。ありがとう、みんな。」
顔を上げたユウカが、満面の笑みを浮かべる。その頬に、一筋の涙が流れていった。




