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5章 石化を解く

ふいに聞こえてきた重低音に、思わず空を見上げた。陽光を遮る巨大な影が、自分の頭上を通り過ぎた。飛空挺だ。バイザーが有する、天かける船。それが、レージの街に降り立った。


「あれはまさか・・・イーグレット!?」

「ユウカ、もう体はいいのか?」


宿から出てきたユウカに、俺は聞いた。だが、ユウカは答えずに飛空挺の降りたほうへ走っていった。慌ててその後を追うと、レインとウェールも走ってきた。


「どうしたんだ?船が飛んできたとたんに跳ね起きやがって。」

「あれは飛空挺だ。バイザーの技術によってつくられた、空を飛ぶ船だ。」


走りながら、俺は二人に説明した。そのうちに、飛空挺の降りた場所に着いた。


「姐貴!」


飛空挺の乗員を仕切っているらしい女性に、ユウカが駆け寄る。そして、走ってきた勢いでそのたくましい体に飛びついた。


「あんた、ユウカ?ユウカなのかい?こんなに大きくなっちゃって。驚いたよ。」


わずかによろめきながら、黒髪の女性は喜びと驚きの混じった声で言った。まるで、実の子供のようにユウカを抱きしめている。


「お頭、どうかしたんすか?」


飛空挺の乗組員の一人がこちらに来た。ユウカの姿を見たとたん、目が驚愕の色を映した。


「・・・知り合いか?」


今の状況が理解できず、俺はユウカに尋ねた。体を解放されたユウカがこちらを向き、彼らを紹介した。


「ああ!おれの育ての親、イーグレット姐貴だ。」


ユウカはくるりと向きを変えると、


「姐貴、ジンとウェールとレインだ。一緒に旅をする仲間だ。」


イーグレットと呼ばれた女性に俺たちを紹介した。そういえば、と俺は思った。ウェールとともに現れた時点で気づくべきだったのだろうが、ユウカはなぜ両親と暮らしていなかったのだろうか。ウェールがいたとはいえ、成人に達していない少女が親元を離れているなど、不自然だ。


「育ての親ぁ?んじゃ血の繋がりはねーのか?」


俺も感じていた疑問を、レインが口に出した。それに答えたのはユウカでもイーグレットでもなく、ウェールだった。


「ユウカは幼い頃、盗賊団に誘拐されたと言っていた。のちに、イーグレットに拾われたらしい。・・・ちなみに、彼女が羽織っている黒いマントは実の母親の形見だそうだ。」


お前詳しいな、とレインがつぶやくと、ウェールは苦笑して、それ以上は言おうとしなかった。俺はユウカの事、全然知らなかったんだな、などと思っていると、ユウカが話を切り出していた。


「姐貴、おれたちバイザーに行きたいんだけど、飛空挺に乗せてもらえないか?」

「かわいいユウカのためなら、地の果てでも連れて行ってやるよ。それに、私達もバイザーに行こうと思ってたからね。」


胸を張って答えるイーグレットが、笑みを浮かべた。少なくとも海を越える必要がある今、飛空挺に乗せてもらえるのはありがたい。


「ありがとうございます。」


俺は女船長に礼を言うと、飛空挺“イーグレット”に乗せてもらった。







 眼前を雲が流れ、風が髪の毛をなでてゆく。足から伝わる振動が心地よい。もう1年も経っているのか・・・最後に飛空挺に乗ってからは。まさかこんな形で飛空挺(ふね)にのるとはな。ここは飛空挺の甲板。幼い頃からこの船に乗っているユウカや、初めて飛空挺に乗るウェールやレインも甲板にいた。別に外気に触れる甲板にいる必要は無いのだが、それぞれ思いは違えど甲板に乗りたいと言ったのだ。


「あんた、飛空挺に乗っても驚かないのかい?」


振り向くと、この船の女船長が後ろに立っていた。


「ああ。俺はバイザーの人間だからな。それに、飛空挺なら何度も乗っている。」


そう、何度も乗っている、他国を侵略するために。



 答えた後で、俺は他の3人を見た。眼下の景色を見ていて、こちらの声が聞こえていないのを確認すると、俺は声を落としてイーグレットに話しかけた。


「なあ、あんたらは盗賊団なんじゃないのか?一体何やってんだよ。」


こちらが声を潜めているのが分かったらしく、相手も小声で答えた。


「確かに、私らは盗賊団イーグレットだよ。今はさすがに足を洗って、運搬業をしているけどさ。」


イーグレットは笑みを浮かべた。“盗賊団イーグレット”かつてはバイザーを中心に活動していた盗賊だ。数年前に捕まったが、釈放されたと聞いている。


「けど、気づいていたのならなんで今聞くのさ。」


腰に手をあて、こちらを試すかのような目つきで、イーグレットは言った。


「あんたらからは悪意を感じないからな。それに、盗賊って分かっただけで騒ぎそうな奴もいるし。」


ため息混じりに答えながら、ちらりとレインを見る。へえ、とイーグレットが感嘆の声をあげた。どこか、おもしろがっているようにも見えた。


「なつかしいねえ、あの子を拾った時を思い出しちまうよ。」


イーグレットは大きくなった子供を見つめ、つぶやいた。ユウカを知る人物ならば、彼女の事を聞けるだろう。


「あの子、拾った時はすごく暗くてね、口をきかないどころか、ご飯もろくに食べようとしなかったんだよ。」


俺は驚いて、目を見開いた。自分の知るユウカとは真逆の姿があったことが、信じられなかった。


「少しずつ良くなっていったんだけど、自分の名前だけは言おうとしなくてね。育てるうえで名前が無いのは不便だからね、“ユウカ・ナナウェイ”と名付けたのさ。」

「名付けた?じゃあ“ユウカ”ってのは本当の名前じゃないのか。」


いつの間にか話を聞いていたらしいレインとウェールが近づいて来た。疑問を投げかけたのはレインだ。


「私たちも本名は知らないよ。よっぽど言いたくない理由でもあるのかねえ。」


イーグレットは悲しそうにため息をついた。


「?何話してんだ?」


甲板に大人3人が固まって話しているのが気になったのだろう、ユウカも会話に入ってきて、首を傾げている。


「お前の本当の名前、なんていうんだ?」

「え?」


レインのあまりにも単刀直入な問いに、前後の会話を知らないユウカはきょとんとして、目を瞬かせた。


「“ユウカ”は育ての親に付けられた名前だろう。生まれた時に付けられた名前は何だ?」


俺がユウカに助け船を出すと、彼女もなんとなく分かったようだ。


「さぁ・・・?ずっと“ユウカ”って呼ばれてたから、覚えてねーや。」


頭の後ろで手を組み、考えながら答えた。ごまかしともとれる、曖昧な返事だ。


「けど、別に“ユウカ”もおれに付けられた名前だから困らないだろ?」

「あ、ああ。確かに、お前を表す言葉には違いないからな。」


反論しようと口を開きかけたが、ユウカに遮られそれに同意するしかなかった。どうやら本名については触れてほしくないようだ。そうでなければ話題を逸らさないだろう。


「お頭、皆さん、着陸態勢に移りますんで中に入ってください。」


船員に促され、俺たちは中に入った。船頭には、故郷の城が見えていた。








 嫌になるほど静かで無機質な石の城。俺たちはその城の前に立っていた。以前見た時と全く変わらない城に、ユウカが歩み寄る。


「ほんとにできるのか?」


半信半疑のレインがユウカに尋ねる。だが、ユウカはそれには答えず、精神を集中させた。そして、両手を大地につき、石化を解いた。今まで誰にも解く事ができなかった城に、本来のぬくもりが戻ってゆく。それと同時に、息も詰まりそうなほどの邪気と悪意が、城の中に立ちこめる。まずいな、と思った。俺たちは変わり果てたバイザー城に入っていった。





 城内には正気を保っている人など一人もいない。さらに、操られた兵士だけではなく、魔物まで牙をむいて襲ってくる。いくら強者であるとはいえ、こちらは四人。狭い城内で全てを倒すのはたやすいことではない。そのうえ、操られただけの兵士を殺すわけにはいかない。甘い考えだと分かっているが、できれば無駄な殺生はしたくなかった。


「兵を操っている張本人をさがすぞ!」


俺は叫んだ。操っている奴を止めれば、戦況は有利になる。意識を集中させ、強い魔力を感じるほうへ進む。そのうちに、小部屋の一室にたどり着いた。



 扉を開けると、年の頃十七、八の少女がいた。その目は虚ろで、何の光も宿していない。


「こいつも、操られているのか?」


ユウカが怪訝な顔をする。城の者を操っている者もまた、操られている。その事実に困惑しているのだ。だが、操っている奴は少女の“中”にいるのだ。少女も城の者も、そいつに操られているだけの話だ。



「こいつは“魔倉”だ。ため込んだ魔力を解放すれば、城の者も戻るはずだ。」



 “魔倉”とは、他人の魔力を自分の体にため込み、それを使うことができる人間のことを言う。ただし、ため込み過ぎると制御できなくなるため、外から魔力を解放する必要があるのだ。



 俺は魔方陣を少女の前に描く。そして、両手を突き出し、『汝の力、解放せよ!』と叫んだ。大気がびりびりと震えたかと思うと、少女は絶叫し、その場に倒れた。城内に立ちこめていた邪気も、消え失せた。ウェールが少女の様子を診た。


「命に別状は無いようだ。」


短くそう告げた。その言葉に、胸をなで下ろした。レインは自分の銀の髪をぐしゃり、とかいた。


「で、どうするんだ?分かったことなんて、そんなに無いぞ?」

「もう少し、城内を探索しよう。さっきよりは調べやすいはずだ。」


敵となる者が減った分、進みやすいと判断し、俺はそう答えた。


「あなた様は、ジン・ククリュー・フィーン・バイザー王子?」


突如あがった声の主は、先ほどまで倒れていた少女だった。半身を起こし、こちらを見つめている。それを聞いたユウカが驚きの声をあげる。


「本名長っ!てか、お前王子様だったのかよ!王子なのに将軍やってたのか?」


おそらく、この場にいた全員が思っていたであろう疑問を、ユウカが全て言った。なにもフルネームで呼んでくれなくてもよかったのに、と俺は呆れた。


「隠してた訳じゃないんだけどな。言う必要なんて無かっただろ?」


黒髪をかきながら、俺は答えた。城が石になってたんじゃ、王子に意味など無い。だから、言わなかっただけなのだ。


「すみません、うちのせいでこの国が・・・」

「謝らなくていい。それより、陛下や兄上は?」


少女ははっとしたように顔をあげ、よろよろと立ち上がった。


「たぶん、こっちにある地下室だと思います。」


俺は眉を寄せた。城に地下室があるなど、聞いた事がない。少女に案内されるまま、階段を下りていった。


「おれはユウカ。お前、名前は?」


下りる途中、ユウカが自己紹介した。名前を聞くときはまず自分から、というのは分かっているらしい。


「うちの名前はアカネ。よろしくね、ユウカ。」


アカネと名乗った少女は、赤毛の髪に茶色の瞳だった。アカネはユウカに微笑むと、握手をした。


「ついでに言っとくと、俺がレインでこっちがウェールだ。」


レインも名乗った。アカネは俺の名前を知っているからいいだろう。






 地下にあったのは、研究所のような施設だった。アカネ以外の全員が、驚愕した。


「う、嘘だろ?どうしてバイザーにもこんな施設があるんだ?」


普段よりもうわずった声で、レインが言った。


「バイザーに“も”?どういう意味だ?」


俺は思わず聞き返した。レインは一度身震いしてから答えた。


「マンドで俺が魔物にされた施設に酷似しているんだ。」


青紫の瞳に、怯えの色が浮かんでいる。おそらく本当の事なのだろう。だとすれば、バイザーとマンドに、何か関係があるのかもしれない。


「あれは・・・!」


部屋の中央にある横笛を、ユウカが睨みつけていた。どうみても禍々しい笛だった。


「あの笛には、持った者を操る魔法がかけられている。触っちゃだめだよ。」

「そんなこた、言われなくても分かってる!」


アカネが今にも飛びかからんとしているユウカに忠告するが、ユウカは耳をかさなかった。ユウカが笛に向かって炎の魔法を放つ。だが、笛を包み込むはずだった業火は、術者に向かって跳ね返った。ユウカはとっさに身を守る。横笛には反射の魔法もかけられていたのだ。ならば、と俺は思った。刀を笛に突き刺す。切っ先は何の障害も受けずに笛に突き刺さる。思った通りだ。と、何かが刀を通して俺に流れ込む。


「うああぁぁぁっ!」


体中に激痛が走り、思わず声を上げる。


「やめてください!そんなことをしたらジン様が!」


背後でアカネの悲鳴が聞こえた。だが、この笛は壊さなければならないのだ。これは、ユウカを殺戮の道具にするためのものだ。他の人が持っても意味はないが、ユウカが持つと兵器になり得る。だからこそ、破壊する。刀を、ますます強く握った。


――ほう、見上げたものだ。苦しいだろう。我の言うことを聞けば楽になるぞ―



頭の中に、誰ともつかぬ声が響く。操りの魔法の声だとすぐに分かった。その声に、耳をふさぎたくなった。聞いてはだめだ。


――何をしておる。刀をおき、我を手に取れば楽になるというのに―

「黙れ!」


なおも話しかける声。奥歯を強くかみ、手にした刀に力を込める。



 キイィーン。金属音が響き、笛が真っ二つに割れた。と、同時に頭の中に響いていた声がやんだ。気がつくと、息は荒く、髪が汗のためにくっついていた。


「ジン様、ご無事ですか?」


 振り向くと、アカネが心配そうにこちらを見ていた。大丈夫だ、と答えようとしたが、地にひざをついてしまった。慌てて駆け寄るアカネを制して、刀を杖代わりにして立ち上がる。


「ユウカは無事なのか?」


部屋を見回すと、黒いものが煙をあげていた。嫌な予感が脳裏をよぎる。


「心配ご無用。おれは平気だよ。つか、お前バカなのか?」


黒いマントの中から、ユウカがでてきた。マントがすすけているだけで、外傷は無いようだ。あんたも十分バカじゃない、とアカネがたしなめる。


「おどかすなよ。てっきり黒ずみになったのかと思ったぞ。」

「ああ、このマント、魔法を防ぐ優れものだからな。」


ばさっ、とマントをなびかせて、ユウカが話す。魔法の火では燃える事のないマントのようだ。


「おい、さっさとここを出ようぜ?俺寒気がする。」


部屋を探っていたらしいレインが言った。別に寒いわけではないだろうが、腕を組んで震えている。


「陛下と兄上を探してからだ。」


俺がそう言うと、レインはあからさまに嫌な顔をした。もう少し我慢してくれ。おれは身内が心配なんだ。

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