4章 笛の力と魔物
ビル大陸に位置する、レージ大国に着いたジン達。しかし、突如として魔物の大群が襲ってきて…?
4章 笛の力と魔物
海の上にいる俺たちにも、朝はやってきた。ベッドから出て、朝日を浴びる。
「なんか頭いてえ。吐きそうだ。」
頭をおさえながら、ユウカが言った。
「どうした。あれだけで二日酔いか?」
俺はそっけなく言った。超がつくほど酒に弱いのだからしかたない。俺は酔い止めの薬をユウカに飲ませた。ウェールは黙ったまま、外を眺めていた。
やがて、ビル大陸に着いた。そして、レージ大国を治める、レージ城へ入った。
「ようこそ、レージ大国へ!」
温厚な顔で髭をたくわえたレージ王が迎えた。その傍らには笑みを絶やさない王妃もいた。
「そんなことより、ユウカをわざわざ連れてきたってことは、何か用があるんだろう。」
俺は口早にそう言った。用も無いのにここまで歓迎されるのは変だ。俺はレージ王の真意が知りたかった。
「なかなか鋭いですな。実は、私達はユウカ様にお願いがあるのです。」
レージ王は玉座から降りながら答えた。そして、困ったような顔をした。
「今レージ国はマンド国と交戦状態なのです。ユウカ様の特殊なお力で助太刀をお願いしたいのです。」
王は、深刻な顔つきだった。レージ国は劣勢のようだ。ユウカは王にふいっと背を向けた。「できないな、そんなこと。おれにはできない。」
ユウカは暗い声でそう言った。
「力を使えないのか?それとも戦争をしたくないのか?」
俺は、心に浮かんだ疑問をそのまま聞いた。
「両方だ。・・・今のおれにはな。」
驚きで、小声で付け足した言葉を聞き逃すところだった。今は力が使えない?もともと使えるのになぜ使えないんだ?
「・・・一度、笛の力で人を殺めた事がある。いや、周りの生き物全て、というほうが正しいな。みんな殺した。」
ユウカの声はとても重々しかった。両手の拳を握りしめている。
「笛に念を込めれば発動する。だから、その時の感情に左右されやすい。・・・・・いくらガキで感情が激しかったからといって、許される事ではない。」
ユウカは唇をかんでいる。体がわなわなと震えている。相当悔いているようだ。
「死の谷の真実はそれさ。」
ユウカは笑みを浮かべていた。だがそれは、何かをあざ笑うかのような悪魔の笑みだった。 死の谷は、スム大陸の南西の地にあり、草木すら生えぬことからそう呼ばれている。調査の結果、分かったのは魔法が使われたことくらいで、あとは悪党と動植物の死体があるだけである。ユウカはそんなことをしたのか?
「もう、そんなことはしたくない。だから、力は封印した。」
どこか遠くを見るような目つきでユウカは言った。とても静かな声だった。いまだに後悔しているようだ。もっとも、何百という命を奪って、後悔しないほうがおかしいが。
そんなことを考えていると、突然、すさまじい轟音とともに城が揺れた。王の間に、兵士が駆け込んできた。
「陛下!魔物がこの城を襲っています!」
ごうごうという音とともに、城がまた揺れた。外には数え切れないほどの魔物が城を襲っていた。魔物とは、自然に満ちた魔力により発生する、人ならざるもの。だが、普段はひっそりと暮らしていて、人を襲うことはいままで一度も無かった。それなのに、なぜこんなにたくさんの魔物が城を襲うのか。
だが、ぐずぐずしていては人々が危ない。そう直感した俺は、真っ先に外へ飛び出した。少し遅れて、ユウカとウェールも出てくる。腰に納めた二つの刀を抜き、魔物へ突進。魔力を帯びた刀が、人ならざるものを次々と両断する。ウェールの放った魔法が第二波を迎撃。そして、ユウカの放った炎が魔物を包み込み、城を襲っていた軍勢は消え失せた。
「貴様ら、よくも私の部下たちを・・・」
ふいに、低いうなるような声が響いた。声の主は人間にこうもりの羽をつけたような姿を現した。と同時に、あたりが闇夜に包まれた。
「お前がリーダーってわけか!」
俺はそう言い放つと、魔の軍勢の頭領に刀を振りかざした。だが、その一撃は空を切っただけだった。次々と攻撃するが、全て相手にかわされた。俺は、腹部に敵の攻撃をまともにうけ、壁にたたきつけられた。魔物が次に狙ったのはユウカだった。それに気づいたウェールは、両者の間に体をいれ、攻撃をはじく。魔物は驚いたように間合いを広げた。
「貴様、ウェールか?祖国から逃げ、あげくに敵国の加勢か。この裏切り者め!」
「黙れ、レイン。」
レインと呼ばれた魔物の言葉の後に、ウェールが冷たい声で答えた。小さな声であったが、相手を威圧するすごみがあった。そのまま、ウェールとレインはにらみ合った。
「そいつはお前の知っているやつなのか?」
両者の間に、ユウカが割って入った。少しの間のあと、ウェールが答えた。
「私がマンドにいた頃の親友・・・だった。」
“だった”というのはおそらく、もともと人間であったということなのだろう。ウェールは寂しそうな表情をしていた。
「親友だと?マンドから逃げ、戦いから背を向けた貴様が?笑わせるな。」
耳まで裂けた口の端をつり上げ、魔物が嗤う。
「ウェール、私のもとへ来ないか?そうすれば、この素晴らしい力が手に入るぞ。」
ウェールは答えなかった。ただ、変わり果てた親友を睨み続ける。
と、ウェールにかばわれていたユウカが、体勢を立て直した俺にそっと耳打ちした。
「ジン、しばらくの間、あいつの気を引きつけてくれないか?」
「何か策があるのか?」
唐突な問いに、俺は思わず聞き返した。すると、ユウカはこくりとうなずいた。
「ああ。レインとやらを助けることができる。」
「そうか。」
俺は返事をすると、未だにらみ合っている両者の間に割って入った。そして、魔物に刀を振る。かわされても、気にしない。何かをやろうとしているユウカから気が逸れれば十分だ。それを察したのか、ウェールも加勢した。攻撃は全て見切られていたが、二人がかりでは魔物もよけるので精一杯のようだった。
ふいに、背後に大きな魔力を感じた。振り返る間もなくそれがまばゆい光を発した。
「おのれ!!」
魔物が光を発する者に攻撃しようとする。だが、俺とウェールに阻まれた。一瞬の静寂の後、心地よい笛の音が響いた。ユウカに奏でられたその音は、聞く者を包み込んでいた。それと同時に魔物が苦辛の声を上げた。みるみるうちに光が魔物を包み、やがて全てを覆ってしまうと目を開けていられないほど輝いた。
光が収まり、辺りが本来の明るさを取り戻した。恐る恐る目を開けると、そこに魔物の姿はなく、かわりに一人の男が倒れていた。
「レイン!」
ウェールが男の名を呼び、肩に担いだ。
「良かった。戻ったんだな・・・。」
振り返ると、弱々しい声で話すユウカがいた。そのまま、糸が切れた操り人形のように、前のめりに倒れた。慌ててユウカを支え、レインを担いだウェールとともに、二人を休ませる事にした。
寝台に寝かされたユウカとレインのそばで、俺とウェールは休息をとっていた。戦争相手国である、マンドの兵士を休ませることには反対する者もいた。だが、敵である以前に人間だ、とレージの大臣を説得し、宿で休ませてもらった。
「やれやれ、次から次へと色んな事が起こるな。」
ため息混じりに、俺はそう言った。誰に言うでもなく、心に思った事を口にした。この休息の時間が、とても久しぶりに感じた。もっとも、短い時間で休めるように訓練されたので、特に疲れはなかった。
「すまなかった。お前を巻き込んでしまって・・・」
ウェールがこちらを見つめていた。顔には苦悩の色が浮かんでいる。
「気にするな。旅は道連れっていうだろ?」
俺が肩をすくめてみせると、ウェールは苦笑した。別に気にしている訳ではなかった。それに、旅に出る前から覚悟していたのだ、何かに巻き込まれることくらい。
「私は、もともとマンド国の騎士だった。」
唐突に、ウェールは話し出した。俺は、黙ってその話を聞いた。
「・・・数年前からマンドは侵略を始めた。私は反対した。『私が騎士になったのは、殺戮のためではない。』と。」
あいかわらず弱々しい声音で、淡々とウェールは話す。
「・・・そして、私はマンドの軍を抜け、大陸の異なるバイザーへ逃げた。レインに裏切り者と言われても仕方がない。」
それで話は途切れた。短くない静寂が流れた。思い浮かんだのは、自分の祖国、バイザーだった。自分の国も、おかしくなっていたのだろうか。
静寂を破ったのは、男のうめき声だった。
「うぅ、頭が痛ぇ。一体何が起きたんだ・・・?」
今まで寝台で横になっていた銀髪の男、レインは半身を起こし、部屋を見回した。やがてこちらの姿を認めると、声を上げた。
「お前は、ウェール!?どうして、お前が・・・」
それ以上は、声になっていなかった。俺たちは、これまでのことを説明した。そこで、ようやくレインも今の状況を理解したようだった。
「そうか・・・。すまなかった、ウェール。軍を抜けたお前が正しかったよ。マンドは、もう・・・」
レインはかつての親友に頭を下げた。ウェールはそんなレインの肩を優しくたたいた。
「おい、銀色の、最初に言うのは謝罪の言葉か?もっとほかに言うべきことがあるだろ。」
女性らしからぬドスのきいた声に、その場にいた者はほぼ同時に声の主を見た。ユウカは言ってからゴホゴホと咳き込んだが、やがて呼吸を落ち着けてから口を開いた。
「ったく、誰のおかげで助かったと思ってるんだよ。」
先ほどよりは弱い声音だった。レインはしばらくきょとんとしていたが、ユウカの言わんとしていることが分かったのか、はにかみ笑いを浮かべた。
「あ、ああ・・・そうだな。ありがとう、えっと、ユウカ。」
「どういたしまして。最初から礼ぐらい言えよ?」
寝台に横になりながら、ユウカも笑みを返した。
「しかし、ガキのくせになかなかやるな。・・・ものすごく体調悪そうだけど。」
「うるさい、ガキって言うな!おれは16だ!誰のせいでこうなったと思ってるんだ!」その言い合い自体がガキっぽいぞ、と俺は心の中でつっこんだ。
「けど、お前を魔物にした奴、何考えてるんだろ?洗脳を解いたら発狂する呪いまでかけやがって・・・。おかげで一度にものすごく大量の魔力を消耗しちまったぜ。」
ユウカの発言に、俺は血の気が引いていくように感じた。二重呪い・・・それは片方の呪いが解かれると、他方の呪いが効果を現すもの。つまり、同時に解かねば手遅れになる可能性のある、恐ろしい呪いだ。ただでさえレインには複数の呪いがかけられていたのに、二重呪いも解かねばならず、膨大な魔力を消費したのだろう。ユウカがぐったりしている訳だ。
「か~~~、国の奴ら、俺のことなんだと思っていやがる!あいつら、絶対人間じゃない!」
レインは悔しそうに地団駄を踏んだ。人間じゃない・・・その言葉が心にひっかかった。
そういえば・・・ 陛下はなぜ、周りの島々を侵略し始めたのだろう・・・。なぜ、最初は反対していた人々もその考えに賛成するようになったのだろう・・・。バイザー王国も、レインのように操られていたのだろうか・・・。
「どした?難しい顔して。」
言われて俺は、青紫の瞳が俺の顔をのぞき込んでいるのに気づいた。よほど考え込んでいたのか、俺を見ている全員の顔に心配の色がうかんでいた。
「大丈夫だ。ただ・・・」
「ただ・・・なんだ?」
あいまいに言葉を濁した俺に、すかさずレインが聞き返してくる。ひとつため息をつくと、さっきまで考えていたことを話した。バイザーが急に侵略を始めた事、城の人々もおかしくなっていったこと・・・
「・・・だから、バイザーとマンドに何か関係があるんじゃないかな、って思ったんだ。」
バイザーもマンドも、おかしくなった。戦争中のマンドへ行くよりも、未だ石化しているバイザーに行くほうが安全だ。そして、ここに城を石化させた、張本人がいる。
「確かに、マンドの警戒網はかたいからな。石化した城に侵入するほうがリスクは少ない。けど、石化を解かなきゃ調べにくいんじゃねーか?」
いまいち状況を理解できていないレインが疑問を口にした。俺はユウカに視線を転じる。「問題ない。石化を解く手立てはある。」
「おれがやるのか?」
案の定、ユウカから不機嫌そうな返事が返ってきた。少しの間の後、ユウカが折れた。
「分かったよ、やればいいんだろ?ジン将軍。・・・けど、もう1日寝込むぞ?」
“将軍”をやたらと強調させて、ユウカは言った。俺はうなずいた。
「ああ。お前の体のほうが大切だ。」
ユウカは布団を掛け直し、寝息を立て始めた。と、レインの体がわなわなと震えていた。「お、お前が、バイザーの翼刃・ジン将軍?俺と勝負むぐっ」
ウェールに口を塞がれ、レインはみなまでいうことができなかった。口を塞がれたまま、抗議の声を上げたが、ウェールは意に介さない。そして、
「空気読め。」
短くそう告げた。まあ、こいつは放っておくとして、ユウカの体調が良くなるまで、準備をすることにした。“バイザーの翼刃”と呼ばれた覚えは無かったが。