空腹
「腹が減った。」
窓から風が吹き込み、Aの孤独の叫びを連れ去り、わずかな静寂を残す。
地鳴りに近い響きが鳴り、言葉を介さずしてAの空腹をこれでもかと主張する。Aは両手をポケットに突っ込み、財布を取り出す。開けてみると、わずかな小銭が肩を寄せ合って震えている。小銭は言う、
「自分たちじゃ、力になれない。君の力になれない。」
Aは、真顔を崩せない。崩す気もなかった。財布は失望の念とともに閉められ、再び声を上げることはない。Aは沈み込むように床に座り込んだ。部屋には再び静寂が戻った。
「このままじゃいけねえ。」
Aは、再び立ち上がった。自分の力でダメなら他人を信じてみるものだと思ったのだ。そうと決まればと、友達に電話をかける。わずかな間をおいて、電話はコール音を止め、「もしもし」と声を上げる。Aは言う、
「腹が減った。金を貸してほしい。どうにかなりそうなんだ。」
電話は、少し間を置き、告げる。
「そういう話か。それを俺にするのは間違いかもな。どうやらお前は、俺に借りている金の存在を忘れているらしい。お前が再び俺に金を乞うのは、まずお前が、俺に金を返した時なんじゃないのか?」
Aは声を上げなかった。何を言っても墓穴。電話はまだ何かぼそぼそ言っていたが、無視して通話を切った。
深く息をつき、外を見た。山は清々しいほどに青々しく、空と共鳴しているようだった。ちょうど、友に見限られた自分と相反する姿に顔をしかめた。山はAに問う、何故、お前はそれほどまでに不幸なのかと。Aは答える、もちろん、金がないからだと。山は問う、何故、お前は金を持ち合わせていないのかと。Aは言葉に詰まる。言葉を紡ごうとした口は、言うべきことがないことに気づき、慌てて閉じる。山は構わず続ける。私は、様々なものを見てきた。お前よりはるかに富む者も、富まぬ者も。富む者とお前に、そう差が開いているようにも見えぬ。何故お前は富めぬのだ。Aは、呆れた。非常に最もらしいことを言うが、その実、山は何か盲目的だと感じた。そして、気が付いた。山は大きすぎるのだ。大きすぎるがゆえに、個々が見えない。我々人間には、痛いほどよくわかる差が、山には見えない。皆等しく、か弱いのだ。
部屋を見渡す。あたりは物が散乱していて、誰が見てもどうしようもない者の住む部屋だ。昨日食べたカップラーメンのゴミが無造作に置かれている。今日の分は、用意されていない。
「腹が減った。」




