第3話
「むむ、ぅ……」
奨励会での対局があと1週間前と迫ってきている中、僕はAI研究に悪戦苦闘していた
そもそも、どうすればいいのかあんま分からないし
自分から周りに助け求めるのはちょっと嫌だ
このままだと、8連敗して降段点がついてしまう
それだけは絶対に避けたい、なんとしても1勝はしなければならない……
ピンポーン
誰かがインターホンを押してきた
誰だろう?
「はろー、つくよ、きたよ」
「……なんで部屋知ってるの?ていうかよく入室届け通ったね」
まさかエレナが来た
ちなみに、僕の住んでるとこは通信制高校の寮
基本的に外部の人の部屋の入室は届出を受理されなければ無理なのだが
「部屋はかじわら?さんに教えてもらったし、入室届はなんか通してくれた」
梶原さんか……
梶原蒼汰五段、師匠の弟弟子で、ひとことで言うならめっちゃいい人
田舎育ちの僕たちを都会に慣れさせてくれたり、お菓子くれたり
年齢も10こくらいしか違わないし、結構仲良しかも
「それより月宵、大丈夫?」
「な、何が?」
「1週間後、対局あるんだよね?6連敗してて、あと2連敗したら降段点」
「う……」
改めて口にして言われると、なかなか心に来る……
降段点を取ったら、そのあとまた2勝8敗になると降段してしまい、プロへの道は遠ざかってしまう
できれば今季で三段リーグ入りを決めたい僕にとって、1週間後の対局で1勝は最低達成ライン
「何がダメになったか、一緒に調べてみよう」
そういいながらUSBメモリを取り出して、ノートPCに指すエレナ
画面には、ファイルが表示されている
ファイルの名前はすべて日付で統一されていた
「まずは直近の……これ……」
ファイルは、対局データだった
誰のものなんだろう?
「つくよの、直近の対局データと、調子良さそうだったころのデータ、持ってきた」
「どこから手に入れたの?」
どこかから棋譜が漏れたの?
そもそも、プロじゃない奨励会員は棋譜残らないはずなのに
どういう手口を使ったのか気になる
「ふふ、わたしにとって、あのサーバーのセキュリティの突破は容易だったのだ」
「え?え?え?」
「そんなことは火星にでも置いといて、さっそく分析していこう」
え?本当にそういう手口を……?
なんか、15歳で大卒の頭脳ならしててもおかしくない気がする
さ、さすがに冗談だって信じたいけど……
「さっそく、今のつくよの棋譜と、昔の好調時のつくよの棋譜を、このAIに読み込ませてみる」
「このAIって、何?」
なんか見るからに超ハイスペックのノートPCで何かを読み込んでいる
「これは、"読み込みくんDX持ち歩きver"このAIはそれぞれの棋譜の最善手の一致率を示すもの、戦型ごとにも自動で分けてくれる」
「よくわかんないけどすごそうじゃん」
ネーミングセンスはダサいけど……
なんか、すごそう
「ふっふっふ〜、つくよの弱体化具合はどんな感じかな?」
キーボードを叩き始めるエレナ
数分後、結果が出たらしい
「う〜ん……直近の序盤の一致率がかなりひどい、序盤で悪くしてる」
「少しくらいならいいんだけど、つくよはかなり悪くしてるから、だめ」
「昔はちゃんと最先端の指しこなせてたのに、昔と今とじゃ序盤は別人みたい」
「昔はプロでもおかしくない棋譜してるのに、今は……なんかボロボロ」
す、すごい言われよう
確かに最近ずーっと連敗してた身としては、多分言われてることは事実なんだろうけど
ちょっと傷つく……
「ふむふむ、実情は分かった」
およそ10分後、分析を終え、いきなりそんなことを言うエレナ
「今からスクリプトというものをしてもらおうと、思う」
スクリプト……?
どっかで聞いたことがあるような気がする
「スクリプトはね、初手からじゃなく、ランダムな前後互角の局面からスタートする」
「序盤を抜いてやってるから、終盤力と運にかかってる、つくよの今の棋力測るには、もってこい」
まぁ、面倒だけどやってみるかぁ……
ちょっと気になるし
「それじゃ、始めるね」
僕はタッチパネルを渡された
そして、目の前には未知の局面
初期配置じゃなくて、駒の位置がバラバラ
持ち駒もある
これは……終盤に入りかけているとき?
いきなり寄せ……はできなさそう、始まる局面は互角らしいし
「ちなみに、持ち時間5分、切れたら1手10秒、もちろんチェスクロックだよ」
い、言うの遅すぎる!
よく見たら画面の下のほうにタイマーあるし……
最初で2分くらいつかっちゃったし
い、急いで何か指さなきゃ……
初手はとりあえず遅延のために持ち駒を自陣に投入しておく
あとは基本的にノータイムで指して時間差を埋めていくことにする
さっきの手でぱっと見、受けはなんとかなってるし、攻めに転じることにするかぁ
桂馬が中段に進出してるから、そこを起点に歩を打ち込んで……よし、敵陣に打ち込んであった角が効いてる!
このまま攻めて攻め駒を確保しながら守りを崩していく
そのまま細い攻めを繋げていき、最後は17手詰めを読み切って勝った
「おぉ〜、1局目は勝ち、いちおう、わたしの知り合いの強い人に頼んだんだけど」
「そうなんだ……確かに普通のネットユーザーなら、なんか妙に強いと思ってたけど」
「データ足りないから、2局目も 少し休憩してから、ね」
あれから何局かこなしたけど、かなりスクリプトは疲れる
始まる局面が分からないし
互角で持ち時間が少ないから急いで指さないといけない
まぁ、持ち時間少ないのはお互い様だし、多少の悪手は見逃されることとかもあるけど
それでも、どんな盤面から始まるのか分からず、少ない時間の中でやりくりしての勝負なのでかなりスリリング
どんなに勝勢でも、1手間違えれば負けちゃうかもしれないしね
「お疲れ様、データは取れた」
「そのデータとやらを使って何するの?」
「ふっふっふ……それはお楽しみ、明日からは序盤研究、頑張ろうね」
何をするんだろう……
何かしらの研究に役立たせるのかな?
あ?何かメッセージきてる
陽葵からだ
絶縁中なのに何か用事あるのかな?
『なかなか強かったじゃん ま、月宵だから、弱いわけないけど』
これは……嫌がらせ?
既読だけ付けといて、スルーしておくか
絶縁中だし
「……これがひと通り、今の最新の角換わりの序盤定跡だよ」
僕がまだちゃんと出来てたころ……1ヶ月くらい前と、少し定跡が変わってるらしい
大まかなところは変わってないが、疎かにしているとアドバンテージを取られる
AIで日々研究されているので、変化してる定跡はこの程度でラッキーだったと思うことにする
「そのアドバンテージを活かされて、つくよは研究ハメを受けていた、一方的に」
「簡単に言うと、序盤で少し差を付けられて、中盤でそれを大きく広げられている……この評価値グラフをみてわかる通り、40〜60手で相手のほうにかなり振れてる」
確かに、そこら辺は僕はかなり時間を使ってたけど、相手はほぼノータイムで指していた気がする
序盤で布石を打たれ、中盤で時間と形勢を一気に引き離された
僕は人が苦手になっちゃって、知らない人とは1年くらい感想戦なんてしてないから、この定跡を伝えてくれる人がいなかったのかも
陽葵とは絶縁中だし、他の人とも長らく研究会なんて……やってない
「次は中盤、つくよの棋力なら、定跡とか変化手順とかを身につけて冷静に対応できれば大丈夫なはず」
その後も、エレナにみっちり教え込まれた
あれ……?
この構図、研修会員に奨励会員が教わってるという、かなり不思議な……
まぁいいや
3日後
「これでメジャーな戦型はマスターできたよ」
「つ、疲れた……」
久々に序中盤をちゃんと研究できたので、脳への疲労も来ている
「これで、相手が昔の戦型使ってきたら、やばいね、ぞくぞくする」
「多分エレナと違う意味で僕はゾクゾクするんだけど」
昔の戦型……AI登場前の戦型、一部の棋士や一部の戦型を除いてほぼ履修していないので、ぶつけられたらやばい
昔の矢倉とかすごい苦手
あと一時期の相掛かりムーブなかったら多分、相掛かりとかも未履修のまま
棒銀だって、2ヶ月くらい前に上位AIが使用して大暴れしないと履修しなかったと思うし
「あとは、本番までにこれをもう一度しっかりと頭に叩き込むこと、だね」
「分かった」
「あ、あと、対局終わったあと、わたしに教えてほしい」
将棋を教える……
苦手なんだよなぁ、人に教えるの
盤面の説明とか、言語化はできるんだけど、どうやって強くなれるのかとか、そもそも教えるっていうこと自体何をすればいいのかわからない
そもそも、感性が違うってよく言われるし
指導対局だって、僕はなんか面倒だからって理由で駒落ち定跡を履修してないからそれはもう大変だった
でも、今回ので借り作っちゃったから……
しょうがない、やるしかないかぁ……
「わかった、でも、はちゃめちゃかもしれないよ?」
「ふふ、望むことろ」
「何を教わりたいの?」
「終盤について、何が見えているのかとか、知りたい、人間の意見を聞きたい」
僕の場合、何考えていたかとか覚えてないんだよね
その時、どういう心理で何かしらの理由でその手を指したんだろうけど、理由まではわからない
あとから振り返っておおよその理由は推測できるけど
それもAIの最善手があってこそだし
逆にAIの意見とかは聞けたのかな?
まぁ、能力に人間とAIは大きな乖離があるから
AIの意見じゃ上位存在過ぎて参考にならないのかも




