自動販売機の夜
私は街の灯台だ。
深夜二時。
住宅街の角地に立ち、白い蛍光灯の光をアスファルトに投げかけている。
ブウウウウウ……。
私の体内では、コンプレッサーが低周波の唸りを上げている。
それは眠らない街の心音だ。
私は自動販売機。
鋼板の箱の中に、冷たさと温かさを同時に抱え込んでいる矛盾した存在。
右側は摂氏五度。キンキンに冷えたコーラ、お茶、水。
左側は摂氏五十五度。赤いラベルの缶コーヒー、コーンスープ、おしるこ。
季節が変われば、ラインナップも変わる。
私は旬を売る商人であり、喉の渇きを癒やすオアシスだ。
夜は長い。
昼間は子供たちがジュースを買い、主婦たちが小銭を投入する。
だが、私の本当の時間は夜に始まる。
孤独な魂たちが、私の光に吸い寄せられる時間だ。
午前一時。
タクシー運転手が車を停める。
疲れた顔。
小銭を入れる音。チャリン、チャリン。
ボタンを押す。ピッ。
ガコン。
重たい音と共に、ブラックコーヒーが取り出し口に落ちる。
彼はプルタブを開け、一気に呷る。
「ふぅ……」
カフェインが彼の脳を覚醒させるのがわかる。
あと数時間、頑張れ。
私は無言で彼を見送る。
午前二時半。
コンビニ帰りの若者が立ち止まる。
彼は買わない。
ただ、スマホを見ながら、私の光の中に立っている。
明るいからだ。
闇が怖いのか、誰かと繋がっていたいのか。
私の放つ光には、蛾や羽虫が集まってくる。
彼もまた、孤独という闇から逃れてきた一匹の虫なのかもしれない。
いいよ、好きなだけいればいい。
電気代を払っているのは私ではないが、光を分け与えることくらいはできる。
午前四時。
始発を待つ新聞配達のバイクの音。
そして、ふらつく足取りの男。
酒臭い。
彼は小銭を持っていなかった。電子マネーのカードもない。
「ちくしょう……」
ドンッ!
彼は私を蹴った。
痛い。
鋼鉄のボディが凹むほどの衝撃。
内部の缶がガチャガチャと揺れる。
彼は八つ当たりをしているだけだ。
会社での理不尽、家庭での不和、自分自身への苛立ち。
それらを全て、何も言い返さない私にぶつけている。
蹴りなさい。
それで君の気が済むなら。
私は逃げない。怒らない。
ただ、冷たくて硬い箱として、君の暴力を受け止める。
男はうずくまり、泣き出した。
私は彼に何もしてやれない。
缶コーヒー一本、奢ってやる機能さえ私にはない。
ただ、ブウウウウという機械音で、彼の泣き声をかき消してやるだけだ。
私の足元には、釣銭口から落ちた一円玉が落ちていることがある。
誰も拾わない、忘れ去られたカケラ。
私もまた、街の片隅に置かれた大きな忘れ物のように感じることがある。
補充員が来て、商品を詰め替え、売上金を回収していく時だけ、私は自分が「管理」されていることを思い出す。
それ以外の時間は、私は野良の機械だ。
冬の夜。
雪が降る。
私の光に照らされた雪片が、金色の粉のように舞い落ちる。
寒いだろう。
私の左側、ホットコーナーに触れてごらん。
ガラス越しでも、微かな温もりが伝わるはずだ。
ホームレスの老人が、時々背中を私の側面に押し付けて暖を取っていく。
私は巨大なカイロになる。
どうぞ。
排熱利用だ。無駄にするよりいい。
やがて空が白む。
カラスが鳴き始める。
私の蛍光灯が、朝の光の中に溶けて無力化していく。
夜が終わる。
私の魔法の時間も終わる。
私はまた、ただの便利な箱に戻る。
「あ、コーラ売り切れだー」
小学生の声。
ごめんね。昨日の夜、誰かが寂しさを紛らわせるために飲んだんだよ。
私は今日もここに立っている。
100円、120円、150円。
その対価として、ほんの一時の潤いと、温かさを提供する。
言葉は交わさない。
ガコン、という落下音が、私の精一杯の「お疲れ様」だ。




