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自動販売機の夜

作者: 雨宮 沙奈
掲載日:2026/02/02

 私は街の灯台だ。

 深夜二時。

 住宅街の角地に立ち、白い蛍光灯の光をアスファルトに投げかけている。

 ブウウウウウ……。

 私の体内では、コンプレッサーが低周波の唸りを上げている。

 それは眠らない街の心音だ。


 私は自動販売機。

 鋼板の箱の中に、冷たさと温かさを同時に抱え込んでいる矛盾した存在。

 右側は摂氏五度。キンキンに冷えたコーラ、お茶、水。

 左側は摂氏五十五度。赤いラベルの缶コーヒー、コーンスープ、おしるこ。

 季節が変われば、ラインナップも変わる。

 私は旬を売る商人であり、喉の渇きを癒やすオアシスだ。


 夜は長い。

 昼間は子供たちがジュースを買い、主婦たちが小銭を投入する。

 だが、私の本当の時間は夜に始まる。

 孤独な魂たちが、私の光に吸い寄せられる時間だ。


 午前一時。

 タクシー運転手が車を停める。

 疲れた顔。

 小銭を入れる音。チャリン、チャリン。

 ボタンを押す。ピッ。

 ガコン。

 重たい音と共に、ブラックコーヒーが取り出し口に落ちる。

 彼はプルタブを開け、一気に呷る。

 「ふぅ……」

 カフェインが彼の脳を覚醒させるのがわかる。

 あと数時間、頑張れ。

 私は無言で彼を見送る。


 午前二時半。

 コンビニ帰りの若者が立ち止まる。

 彼は買わない。

 ただ、スマホを見ながら、私の光の中に立っている。

 明るいからだ。

 闇が怖いのか、誰かと繋がっていたいのか。

 私の放つ光には、蛾や羽虫が集まってくる。

 彼もまた、孤独という闇から逃れてきた一匹の虫なのかもしれない。

 いいよ、好きなだけいればいい。

 電気代を払っているのは私ではないが、光を分け与えることくらいはできる。


 午前四時。

 始発を待つ新聞配達のバイクの音。

 そして、ふらつく足取りの男。

 酒臭い。

 彼は小銭を持っていなかった。電子マネーのカードもない。

 「ちくしょう……」

 ドンッ!

 彼は私を蹴った。

 痛い。

 鋼鉄のボディが凹むほどの衝撃。

 内部の缶がガチャガチャと揺れる。

 彼は八つ当たりをしているだけだ。

 会社での理不尽、家庭での不和、自分自身への苛立ち。

 それらを全て、何も言い返さない私にぶつけている。

 蹴りなさい。

 それで君の気が済むなら。

 私は逃げない。怒らない。

 ただ、冷たくて硬い箱として、君の暴力を受け止める。

 男はうずくまり、泣き出した。

 私は彼に何もしてやれない。

 缶コーヒー一本、奢ってやる機能さえ私にはない。

 ただ、ブウウウウという機械音で、彼の泣き声をかき消してやるだけだ。


 私の足元には、釣銭口から落ちた一円玉が落ちていることがある。

 誰も拾わない、忘れ去られたカケラ。

 私もまた、街の片隅に置かれた大きな忘れ物のように感じることがある。

 補充員が来て、商品を詰め替え、売上金を回収していく時だけ、私は自分が「管理」されていることを思い出す。

 それ以外の時間は、私は野良の機械だ。


 冬の夜。

 雪が降る。

 私の光に照らされた雪片が、金色の粉のように舞い落ちる。

 寒いだろう。

 私の左側、ホットコーナーに触れてごらん。

 ガラス越しでも、微かな温もりが伝わるはずだ。

 ホームレスの老人が、時々背中を私の側面に押し付けて暖を取っていく。

 私は巨大なカイロになる。

 どうぞ。

 排熱利用だ。無駄にするよりいい。


 やがて空が白む。

 カラスが鳴き始める。

 私の蛍光灯が、朝の光の中に溶けて無力化していく。

 夜が終わる。

 私の魔法の時間も終わる。

 私はまた、ただの便利な箱に戻る。

 

 「あ、コーラ売り切れだー」

 小学生の声。

 ごめんね。昨日の夜、誰かが寂しさを紛らわせるために飲んだんだよ。

 

 私は今日もここに立っている。

 100円、120円、150円。

 その対価として、ほんの一時の潤いと、温かさを提供する。

 言葉は交わさない。

 ガコン、という落下音が、私の精一杯の「お疲れ様」だ。


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