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部員補充譚5

 正直待つ理由なんてものはなかった。ただこの部屋からの眺めが想像以上に美しかったのがよくなかった。昭穂(あきほ)はそれを了承した。


 5月の新緑は、パステルカラーみたいな色彩で中庭はまさに高校生の花園のようであった。1階なこともあって草木の顔がよく見える。昭穂は植物に明るくなかった。ただ知っていれば人生はもっと豊かになるだろうなと思う程度に興味はあった。


 木漏れ日が差し込み、最近忘れていた穏やかな気持ちを思い出す。


『昭穂だって恋愛したいだろ』


 先輩の言葉を思い出す。そんな馬鹿馬鹿しいことを大義のように掲げていた彼のように昭穂もまた馬鹿げた目標を掲げている。やはり、あの人と自分は似ていたんだと嬉しくなる。


「ハロウ、昭穂くん」


 その声に驚いて、昭穂は情けない声が漏れる。


「あはは、そんな驚かなくてもいいじゃん。んで話したいことってなに?」

「なんで(けい)が?なにって、なに?」

「とぼけないでよー。お便り書いてくれたの、君なんでしょ」


 昭穂は瞬時に理解した。嵌められた。


 なぜ(るい)の契約内容に時間が指定されていなかったのか。


 あれはいついかなる時でも告白させるようにするためだ。


 考えれば分かることだったのに!と天を仰ぐが彼からその考えが出ることはきっとなかっただろう。


 ならきっとどこかであいつは見ているはずだ。昭穂は涙を探す。その間に適当な話でどうにか場をつなぐ。


「そういや、お前今日は髪まとめてなかったよな」

「うん。さっきまとめた!まさかそれ伝えるためだけに呼び出すなんて中学生ムーブかましてるわけじゃないですよね」

「いや、そんなわけないだろ。ははは」


こんなゴミみたいな会話をさせるな


涙をさがす目線が泳いでるみたいに見えたのだろう、慧は両手で昭穂の頭を掴むと、ぐいっと自分の顔の前に引き寄せる。


「ちゃんと人の目を見る。まだ矯正月間は続いています」


 黙れこのやろう!こっちはいまから強制的に告白をしなければいけないんだ。そんなことに気を遣う余裕なんてないんだ。できれば優しく今後の関係にひびが入らない程度に俺を殺してくれ。てか矯正月間てなに。


 好きでもないのに告白をするとか、そういうことをしていいのかと脳内倫理担当部署の昭穂が顔を出す。しかしここには自分の意思は一切介入していなくって、それでも慧が承諾した場合に、それはあまりにも非人道的じゃないかと思いながらも、慧について彼女は人間の枠組みに一応入るかと再確認しながら齋藤涙への悪態を頭の片隅で呪いのように呟き、何が何だか分からなくなる。混沌を極めた脳内では、興奮、緊張、罪悪感、自責、自己嫌悪なる多種多様な顔ぶれが社交パーティーさながら手を取り合って踊りを踊っている。その運動は熱を生み、先ほどの涙も顔負けなほどの色をなす。昭穂も単純な人間の類いだった。


 この状況はあまりにもよくない。


 でも、あの居場所だけは守らないといけない。


 ここで逃げようものなら、契約は無に帰す。


 そのためなら、慧は分かってくれるかな。


 本当に一瞬だけ意識が飛んだ。瞬きの間に脳のヒューズが飛んだ。


 目の前に慧の顔があった。綺麗な瞳は彼女の相対的に存在する闇を集約したみたいにはっきりとした黒だった。


「落ち着いて。分かるから」


 昭穂は自覚した。

 自分は今、泣いていたんだと。泣きたいわけじゃないのに勝手に流れているのだ。

 極度の緊張した環境に置かれると反射的に涙を流す。昭穂は今までにそれで何度も損をしてきた。だから今も恥ずかしくて仕方なかった。


 鼻先が触れそうなほどの距離で、でもドキドキはしなかった。木漏れ日のような柔らかい温かさが身体を包んだ。


「呼吸をしよう。ヒーヒーフー。ハイ一緒に!」


 こんな場面でもいつもと変わらない。そんな慧に昭穂は笑ってしまった。そこまで鈍感というか、この状況を見ればだいたいの人はなにが起こるのか分かるだろう。でも彼女は分かっていない。


 彼女は昭穂が辛いことだけを分かっていた。まだ半年と少しの付き合いだが、彼女には彼を知るに十分な時間であった。


 慧の満点回答をしたような決まり顔がとても可愛くて面白かった。


「産まねえよ」

「おお。不純異性交遊なし。素晴らしい」


最高だ。やはり慧はすごい。


「落ち着いた?私のおかげで」


 昭穂はいつの間にか笑いの涙に変わった雫を指で拭った。口角が緩まって、先ほどまでの緊張というのが嘘みたいに身体から力が抜ける。


「ああ。お前のおかげで落ち着いた」

「じゃあ、話を聞いてやろう。私にいいたいことはなに?」


 やはり、俺は慧に酷いことはできない。


「俺は勉強で一位をとった。だから、次は、絶対に、お前をここのトップにしてやる」


 いつもなら言えないこと。いつの日か約束した、過去の思い出。掘り返るとあの日の自分たちを思い出して昭穂は面はゆい気持ちになる。


 それでも、慧が笑ったからそこにはしっかりと価値が生まれる。

「当たり前じゃん。約束は忘れてないよ。期待してるんだから運んでってね」

 ぱっと破顔した。


 ああ、これは惚れてしまうかもな。





「これだと契約不履行か」


慧を帰らせ、影で聞いているであろう誰かさんに訴える。


「有坂さんって健気だね」


しょんぼりとした涙が廊下から現れる。肩を叩かれ要らぬ同情と励ましを受ける。こいつにとっては今のは失敗判定らしい。俺は恋愛シュミレーターか。


「本当は駄目だけど、そうね、またもう一度チャンスはあげる。次はいつでもいいから。あ、やるときは私を呼んでね。ちゃんと励ますための準備してるから。初恋上書き用のレモンとか」

「悪いけどもうごめんだ。やっぱり慧にはこういうことはしたくない」

「ちゃんと放送部はいるから、見せてよ。告白してちょっと気恥ずかしい空気の中一緒に歩き出す瞬間てやつを私は見たいの。今後のための代理学習させてよ。シュミレーターになってよー!」


やはりこいつは俺が慧の事を好きだと思っている。


「ちゃんと、慧のこと好きになってから告白する。その時まで待て!」


勢いでついいってしまった。


「いったわね!絶対に遂行しなさい」

「そっちこそ環境を整えてやるんだ、飽きられる前にさっさと姿見に告白するんだな」

「うるさい!てかなんであんたが知ってんのよ」

「分かるに決まってんだろあんなあからさまに態度変えやがって二重人格疑うわ」


見事契約は成立。おかげで紀伊昭穂は有坂慧を好きにならなくてはいけなくなった。


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