部員補充譚4
食堂もやだ
廊下もやだ
東屋もやだ
体育館裏もやだ
男子と2人でいるとこを見られるなんてやだと散々に文句を言われ流れ着いたのは特別会議室という名の物置であった。こんな変な部屋に2人で入っていくことの方が見られたときのリスクは高いはずなのに、どうしてもここがいいということだった。昭穂には理解できなかったが、湿った場所に人は寄りつかないと思っているのだろう。
「わざわざお話に来てくださりありがとうございます。本当は私の方からお迎えしようと思っていましたが手間が省けました」
ブレザーのポケットからヘアゴムを取り出し、一本に結わえる。涙が考え事をするときのルーティーンだ。腕を胸の前で組み、偉そうな姿勢は様になっている。
「どうも、学年2位さん」
「今回は、ですけどね。おめでとうございます初めての学年1位。気分はどうですか」
「最高だね。おまけに優秀なメンバーも加入することだし」
「もとからかずまは入部するのが決まってたのね」
「そうだ。でもいい話だろ。お前にとっては願ってもないことだ」
齋藤涙は赤面した。ただそれを隠そうともせず、なんならいつも通りだといわんばかりの強がりは見ているこっちが恥ずかしい。
「それだけで彼をいれたの」
「他にも理由はある。でも今は言えない」
「そんなことで私が入るとでも思うの」
「まあ、約束を破っているんだし、豪華特典を知った今なら入ってくれてもいいんじゃないか」
「いやです。あなたが約束を守っていないので」
約束?あのことしかないだろう。でもこちらは順位でも負けていない。冷や汗がいっきに吹き出して、脳内で契約内容を振り返る。そしてそれがハッタリであると昭穂は断定した。自分がそんなイージーミスをするとは思わない、傲慢な思考を彼は携えていた。
「私に負けたら、告白をするということでしたね」
「ああ、だから勝った」
昭穂の作戦はこうだった。斉藤涙にテストで勝つ。そして断るであろう彼女に姿見から説得してもらう。きっと彼女はその誘いを断れない。そこで言い訳となるのが交わした契約だ。彼女の温情で、仕方なく入部してもらう。あくまで涙が上の立場であると思わせること。強制的に入部させるより、自分が恩情をかけて入ってあげた、とした方が今後を考えると大切なのである。
賭けで負けたから入部するというのは彼女のプライドが許さない。昭穂はそうよんであえて強制力のない契約にした。
「私はなにでとは明記していません。数学、物理、あと英語。この三つであなたは私に負けています。総合では2点差であなたの勝ちですが、私の契約も条件を満たしています」
やってしまったイージーミス。昭穂はあの時、日付の明記がなされていないことに浮かれていた。そもそも涙が相手に有利になるようなミスを複数するとは思わず、1つ見つけては確認を怠っていた。それなのに抜かり無しと顎を上げていた彼は、恥ずかしさと自己嫌悪が大外からその他諸々の感情を追い越して今にも死にたくなっていた。
屁理屈も屁理屈。涙もそれは理解している。だからこそ堂々とした虚勢を張る。
そして涙は悪魔的笑みを浮かべ、自分が仕込んで置いた罠たちを大公開する。
「まさかこんな簡単な手段に引っかかるとは思いませんでした。もう2つ仕込んで置いた種も聞きたいですか。気になりますよね?いいですよ教えてあげます。
1つは勘合符の作成です。契約書にマークを書いたと思いますが、あなたはそれで契約を破棄されることはないと思いましたね。でもこれを書いたのが私であるということを考えると第三者に頼むべきでした。これだと私はいくらでも書き換えができます。一方あなたは同様の筆を持っていないのでそれは無理だったでしょう。
もう1つ、放送部の活動停止についてですが私はいくつかの情報をすでに掴んでいます。あなたたちがなにを目的としているのか、それも知っています。あれは警告文です。あなたを引かせるための最後通牒でもありました。でもあなたはそのまま駆け抜けた。どうなるかは、おわかりですね」
早口でなにを言っているかわからない。披露したくて仕方ないのだろう。
食えないやつだ。しかし、どちらにせよ涙をいれなければ放送部に未来はなかった。なら交渉の卓につけさせただけでも儲けものである。
涙は放送部に入ることを拒んでいるわけではない。俺に告白させることが目的だ。ならまだいける。彼女の脅しは昭穂にはどちらにせよ無力であった。彼の覚悟はそれほど柔ではない。
「ああ、十分に理解した。お前もまた偉そうに言える立場でないということがな。現状両者の契約は機能している。ならお前は総合順位で負けた時点で加入することは確定だ」
「そうね。でもあなたの契約内容には破棄することを禁止する条項は含まれていなかった」
「ああ、ならこの場合、お前が破棄するというのなら俺の告白も無しだ」
そうだ契約とはそういうもの。2人の条件をまとめて1つの契約となる。ならこいつのいかれた恋愛脳に賭ければ、勝ち目は十分にある。昭穂が告白をするためには条件をのむ必要がある。もしこれが拘束力のある契約内容とされた場合、彼女は昭穂は真っ直ぐに涙を見つめる。
自分の目に威圧感があることを自覚している彼は悲しきかなその効力で得をしてきたことも確かにあった。そしてその恩恵に今も縋ろうと頭一個分背の小さい女子をにらみつける。
実際、昭穂の見通し通りこの賭けは十分に機能していた。そこら辺の高校生では機能しない大博打。
齋藤涙は告白が見たかっただけだった。
正直なところ彼女にとっても放送部に入ることは悪い話ではなかった。学校内では集団の個室使用は認められておらず、部活動などにおいても部室には教師が数名置かれ、まとめられる部は極力同室に押し込められる。その中で、校内に少人数で使用できる個室があるというのは都合がいい。
しかもそこには姿見が!
そしてまた彼女は友だちも少なかった。たしかに人気者ではあった。しかしそれは羨望や下心あってのものがほとんどであり対等な存在は少なかった。そのため教室にいても苦痛でしかないのである。
しかし彼女にも体裁というものがある。彼女の頭の中は色恋で満たされ108を軽く凌駕した煩悩の数々が渦巻いている。好きな子がいるから放送部に入りますなんてことは清廉潔白、淑女然たる彼女のブランディングに墨汁をぶちまけるようなものだ。この鎧がなければただの破廉恥ガールになってしまう。涙にとって、それだけは避けなければいけないのである。
だから彼女は考えた。
告白させて、どんなものか観察した後に約束だからと加入してやれば自分の体裁も、目的も果たせる。なんて完璧な作戦だこと。
「まあ、私はいいですけど。でもあなたにとっては困ることでしょう?私もそこまで意地悪ではありません。あなたが告白をし、契約事項を守ると言うのであれば、入部して差し上げます。これで構いませんか」
ここまですまし顔でいいのけてみたものの、彼女は昭穂の敷いたレールの上を走ったに過ぎない。
「わかった。じゃあ、話はこれで決着だな」
「はい、そうですね」
2人はにこやかに握手を交わす。昭穂は安堵のため息をこぼし、そしてこの先のことを憂う。
きっと涙はいつ告白するのかを常に迫ってくるだろう。今後はその対策をする必要がある。余計な仕事が増えたがこれで大きな肩の荷が下りた。
「そうだ、私少し用事がありましたの。すぐに戻るのでここでお待ちください」
涙はそういって教室を出る。
お楽しみはここから。
齋藤涙の最後の罠が作動する。




