核心はいずこ
遅れた会議はたったの30分で終わりを告げた。昭穂だけが出席した放送部に対しての処分はなく、高崎も全体の判断に対して異議なしとつげ、さっさとどこかへ行ってしまった。彼女にとってこの騒動はこちらへの嫌がらせに過ぎなかったのかもしれないが、東風派が敵対していることが分かっただけでもこちらの勝ちと言って差し支えないのではないだろうか。
「結局、この騒ぎはなんだったんだろうね」
ことの全貌を軽く話すと、リスカさんは笑いながらそういった。もう少し生徒会に助けを求めていればもしかしたら早々に決着のつく話だったかもしれないが、今考えても仕方ない。
会議の出席者はもれなく、午後の授業を全て欠席することとなった。後始末が大変だということを言い訳に、皆が皆隠れて自由を謳歌していた。
放送室では慧が着替えを終え、昭穂の帰りを待っていた。
「おかえり。無事終わった?」
「ああ、あっけなく終わった」
「まさか誰もけが人が出ていないなんてね。かずまくんは3人ぐらいぶっ飛ばしても問題なかったのに」
実際、昭穂が1人ぶっ飛ばした時点で、手を出してもいい空気が存在していた。だから慧もあの言葉を選んだのだろうが結果は自分1人が手を出しただけで終わった。放送部たるもの言葉で解決するのが一番好ましいが、共通言語が言葉ではなく武力であったので致し方ない。拳で語り合うのも伝える立場であれば悪いものではないだろう。
「でも、ここから大変じゃない?るいちゃんのクラスのこととか」
「全部会長に話は通してある。いじめっ子はいったん登校停止処分だ」
「さっすが仕事が速い」
「それよりパンツを返せ」
何よりも大事なもの。おかげで股がスースーする。
「ああ、あのボクサーパンツですね。特別会議室にありますよ。高崎さんからは面白みがないって不評でした。でも履いたときの安心感はいいですね、あれ」
「具に感想を述べるな」
「ごめんね」
彼女にしては真面目なトーンだった。だから昭穂はそれ以上の批難をやめることにした。階段を駆け上がる音が聞こえる。きっとあの2人だろう。やけに大きな音だが、それだけ速く伝えたい出来事があったのだろう。
「慧ちゃんありがとう」
涙は放送室に飛び込んで来るなり、慧に飛びつくとそのまま二人してくるくると回り始めた。
「怖かったね、どこ行っていたのよ、るいちゃんは」
「かずまが脅されてたから守ってた」
「えらい!」
もう齋藤涙を手懐けているのは彼女の天賦の才とでもいうべきだろう。
「おかげで助かった。ありがとう」
「いえいえ。放送部長たるもの、あれしきのことは朝飯前よ」
「昭穂くんはなにしてたの」
涙は非難の目を向ける準備を始める。まったく酷いものであるが、実際一番仕事をしたとは言えないので、複雑だ。
「裸で泣いてた」
「うそでしょ⁉」
「半分ほんと」
そこはカバーしろよ。
「まあ、一応放送部としての活動も続けられるから、問題はなさそうだね。東風派の嫌がらせがどうなるかは分からないけど。これから打ち上げに行こう」
慧は持ち前の明るさを前面にだして2人の高揚した気持ちを受け止めていた。やはりこれをできるのが彼女の素であり、美点だ。
空はまだ青くて、でも夕方が近づいていることは分かるぐらいに落ち着いていた。一日中走り回っていた昭穂は足が棒になっていたが、それも忘れられるぐらいに清々しい気持ちでもあった。
みんなで部室を後にする。ゆっくりと歩速をおとして、慧が昭穂の隣に並ぶ。
「お疲れさま。たぶん一番走ったのは昭穂くんだと思う。ごめんね、学校まで走らせるなんて酷いことして」
「その自覚はあったんだな。問題ない。こういうのが性に合ってんのかもしれねえ」
「なにそれ、マゾってこと?それはそれでご自由にだけど、さすがに嫌いになった?」
「なんだその今まで嫌われていない前提の言葉は」
「昭穂くんにかぎって私のことを嫌いなわけない」
その自信がどこから来るのか、昭穂は分かっていた。
「そうだな。お疲れ、そしてこれからもよろしく相棒」
「いいねそれ、かっこいい」
長い階段をゆっくりと降りる。鍵をくるくる回しながら慧は鼻歌混じりに一段一段ゆっくりと降りる。鍵っ子だった昭穂にとってそのカチャカチャとした音は懐かしいものであった。いつも1人の帰り道、そのことを思い出すと、今となりに慧がいることが不思議だった。
「ねえ、昭穂くん。柄にもないこといっていい?」
振り返った慧は幼い顔つきをしていた。
「ああ」
「私ね、こんな形でめでたしめでたしなんて嫌だよ。やるなら絶対、私が全部壊す」
改まっていうことがこれか。昭穂は思わず吹き出した。ずいぶんと彼女らしい宣言だ。
「ああ、俺も嫌だ。だから全力でやるぞ」
「私が壊しますから、昭穂くんはそれを支えてね」
念を押すように慧はその言葉を強く昭穂におしつけた。
体操服とパンツはそのままだった。冷たい体操服は抜け殻のような死体のような。先ほどまで人が着ていただろうに、その温度を忘れている。
『有坂慧が昭穂のことを好きなんだろ』
朝の言葉を思い出す。だからこんなことをしてくるのだろうか?
慧の顔が浮かぶ。今までのあれこれを思い返して、そしてまあ、なきにしもあらず、と少し肯定的に考える。
嗅いでみたら本当に分かるのか。
冗談承知の上で好奇心が勝った。
鼻を近づける。
いつもの柔軟剤のいい香りがする。やはり汗の匂いにも勝つみたいだ。
「慧も言ってたな、うちの柔軟剤の香り好きだって」
慧の言っていたことは嘘じゃなかったらしい。
馬鹿馬鹿しい、そう鼻で笑って慧たちの後を追いかけた。




