振り切れば吉日
「昭穂くん、パンツ脱いでください」
やべ、また間違えた。
昭穂は恥ずかしいと軽蔑の2つの感情で顔がおかしな事になっていた。それを見るとこちらも恥ずかしくなる。慧は慌てて訂正する。
「そういう意味じゃなくてですね。高崎さんから、昭穂くんを動けないようにしろって言われているんですよ。それで偽装を施すので手伝ってください。そのためにパンツがいるんです」
なんで男子にパンツをせがんでいるのだろう。まったくおかしな状況である。
「いやだ。恥ずかしい」
「時間ないんですよ。ボクサーだろうが柄パンだろうが構いませんから」
「そういう意味じゃねえよ。なんで女子に脱ぎたてのパンツを渡さなきゃいけねえんだよ。もっとあるだろ他に」
「今できるのそれしか無理なんですよ。よく見てください。私の胸、これ、昭穂くんの体操服です。これとパンツを渡したら、昭穂くんはここの倉庫に裸で置いていかれたことになります。そうすれば流石に確認にも来ないでしょう。時間ないから、脱いで!」
渋々と表現するのはあまりにも不適切。死ぬのではないかと思われるほどに昭穂はズボンに両手をかける。
「目はつむれ!」
先ほどの失態を上塗りするためにも、慧は少しおちょくってみる。そんな余裕はないはずだがそうしなければ恥ずかしさでどうにかなりそうだった。昭穂に二歩大股で近づく。瞳をのぞき込むように顔を近づける。今からキスでもできるんじゃないか、それぐらいの距離までつめる。
「こうすれば、昭穂くんの顔しか見れないから。ほら脱いでよ」
昭穂は目線を逸らす。素直で可愛いなと、意地悪のやりがいを摂取する。このまま押せば本当に脱いでしまいかねないので、仕方なく目を瞑る。
「冗談。早く脱いで」
主導権は私にある。そう思っていたから油断した。
昭穂は慧の瞼に自分の掌を重ねた。
「隙間から見ているかもしれん」
そんなことするわけないのに。でも、その思い込みも彼らしい。いつもの私をよく知っている。
「手、大きいね」
なにかが落ちる軽い音。片手で着替えるなんて器用なものだ。今私が暴れたら、どんなことになるのだろう。狭い倉庫、2人の空間。いけない空気はそこら辺に満ち満ちているのに、どうにもその全てが彼には不相応だった。だから私はその手から伝わる温度だけでもすごくドキッとしてしまった。
だって主導権が彼に移ったのだから。
もちろん、何ごともなく、彼のパンツは手に入った。目に光が戻ると、そこには居心地の悪そうな顔をした昭穂がいた。
「ノーパンですか」
「もういっそ裸の方がいいまである」
「まあまあ。それじゃあ次は昭穂くんが目を瞑って。私これ履くから」
体操ズボンに手をかけると、昭穂がそれを阻止する。
「何で履く必要がある」
「だって。もし女の子のズボンのポケットからから男物の下着が見えたら痴女まっしぐらですよ。これまで築きあげてきたブランディングが水の泡です。だから履きます」
慧はズボンを下ろす。その一秒前に昭穂の瞳は瞼に覆われていた。間一髪、男の矜持は守られたが、男の本心は定かではない。
「開けていいよ」
そう言われたから目を開けた。そこには慧の顔がある。
「ね、見えないでしょ」
昭穂は一瞬意味が分からなかった。毛穴まで見えてしまいそうな距離。見えるものが全て彼女由来だ。そして視線を移そうとすると、慧はいたずらっ子のようにほくそ笑んで手で昭穂の視線を隠す。
「まだ履いてないから。まって」
昭穂は萎縮して膨張する心のパラメーターはもう張りが振り切れていた。可愛いとか、興奮とか、そんな単一的な感情ではない。そしてそこを頭1つ抜け出したのは恥ずかしいという奴だった。
「耳赤いよ」
「男として自然なことだ気にするなバカ」
「どう、似合うかな。男物のパンツ」
「見るわけないだろ、速く全部履け!」
つまんないなー。でもここで目を瞑らない彼じゃなければこれほど楽しくはない。
慧は次こそはちゃんと全てを着用し、昭穂のそばを離れた。
「ありがと!ちゃんと自分のやつの上から履いたから安心してね。こんな無茶、昭穂くんじゃないとできないわ」
「どうも。どうせ俺は都合いい男だよ」
「そういう意味じゃないよ、」
慧はなにか言おうとしたが、そのまま倉庫を飛び出した。おいていかれた昭穂はただ虚空を見つめ、そして自分を褒め称えたのであった。




