予兆2
「面白みのないパンツだ。黒のボクサーだなんて」
高崎架純は汚物でも扱うかのように指先でつまみ上げる。特別会議室の中で、慧は高崎と向き合っていた。間には体操服と下着一式が散らばっていた。わざわざ彼女が顔を見せるなんて珍しいと慧はその思惑を探ろうとしたが目の前の相手に集中することにした。
「言われたとおりに紀伊昭穂を隔離しましたよ」
「こんなやり方、あなたの性に合わないわね。それともなに、これに託けて気になる男子のあれやこれやを見てしまおうって根端かしら?」
「そんな品のないお話ししにきたわけじゃないんで。それにやり方は問わないといったのはあなたじゃないですか。自分の手を汚さない手法は流石としか言いようがないですね」
「なにも、裸にさせて校外の倉庫に押し込めるまでしなくても」
高崎はずいぶん愉快といった感じであった。それもそうだろう。これからの作戦を考えれば一番面倒な男がいなくなったわけだから。慧は足下の体操服を見つめる。今昭穂がどのような状態であるか、想像しただけで申し訳ないが、仕方がない。
「これでるいちゃんに手出ししないでくれるんですよね」
「ええ、ちゃんと約束は守るわ。何か危害を加えそうな子がいたら、私のお友達が守ってくれる」
慧は早朝、クレーターに呼び出されていた。東風派の取り巻き、荻野奬成だけがそこにいた。
「有坂だな。今日の会議に、紀伊昭穂を参加させないようにしろ。手段は問わん」
そんな言伝1つのために人を呼び出すのかと驚いたが、まさに高崎がやりそうなことだと慧は感心した。彼女は一切手を汚さない。そしてこんな運動部の屈強な男子をよこしたということは武力行使もいとわないということだろうか。
「もし、それができないというのなら斉藤涙は学校にいられなくなるだろうな」
痛いところを突かれる。涙の荷物についていたインク。あれは学校で看板を製作するに当たって使用されるポスターカラーであった。今のシーズン、そんなものを使うことはないので、きっと悪意ある何者かが涙に嫌がらせをしたのだろう。元から人気があるがゆえに敵対する人物も多くなる。それが今回の件で露見したのだろう。もしかしたらそれも東風派の差し金かもしれない。
慧は頭を抱えたが、まあ昭穂くんならどうにかするかと全てアドリブでこなすことにした。それがこの結果である。
高崎は慧の目を見て、そして次に床に散らばった昭穂の抜け殻に視線を向けた。訝しむように首を傾け、様々な角度からそれを見る。そして上着をつまむ。次は両手でしっかりと掴むと撫でるように確認する。そして鼻を近づける。
「臭い」
「失礼ですね」
「私正直に物言うタイプなの」
「誇れることじゃないですよ。私と同類です。我慢を覚えましょう」
少しいらついたので口答えしてみる。きっと彼女は今上機嫌なので多少の口答えには目を瞑るだろう。
「そうね、我慢しないとね。思わずグーが飛び出すところだったわ。ありがとう」
「いえ。あなたが手を下さない事なんて前々から知っていますから」
慧はそのまま特別会議室を後にした。今日の会議は中央棟2階の生徒会室で行われるらしい。あそこは円卓なので隣に他の派閥の人が座るのが嫌いだ。
私はどうすればいいかな~。廊下を歩きながら考える。
かずまくんはきっと問題なく放送部に残れるだろう。彼はまだなにも犯していないのだから。そうなれば会議までに、なにか大きなアクションがあるはず。
でも、高崎さんはここにいる。
やはりなにも浮かばない。この短時間でなにができる。
慧は会議に出るべく中央棟に向かう。左右の両棟と中央棟は渡り廊下でつながれており、基本的な行き交いは外に出ることなくおこなえる。1階の第3職員室の前にはエントランスがあり、教師の目が届く。そのため慧はあえてそのエントランス前の花壇で待つことにした。ここなら誰にも手出しをされることはない。ここの教師でも、目の前で暴力沙汰が起きれば止めざるを得ない。反対に、目に見えないあれこれには興味も無い。
四角い無骨な校舎の煉瓦壁にもたれかかり生徒会が来るのを待つ。
「やほー慧ちゃん」
リスカがすぐに慧の存在に気づく。
「リスカさん、やほー」
リスカは段ボールに入った資料を出前みたいに片手で運ぶ。極端にまくり上げた長袖は、健康的な二の腕まで曝されていて、慧はつまんでしまいたい衝動をこらえる。
「それなんですか」
「これは中村かずまの資料だよ。彼の個人情報についていっぱい書いてある。例えば、彼の母親は6年前になくなっていて、それでも彼は父親と別居して1人暮らしているとか」
死別か。なんとなく想像はできていたが、一人暮らしとは驚いた。
「正直、私たち勝てますかね」
「んー、楽勝かな」
え、と思わず声が漏れる。
「楽勝ですか?」
「うん。そもそもうちは家庭環境とかを持ち困らないことを第1にしているから、それだけで校内での活動を制限するのはかわいそうってのと、そもそも父親との関係が冷め切っているのが決め手かな。放送部を使って生徒を扇動するメリットが彼自身にない」
そっかー。
であればなにも危惧することはないのでは?慧はいっきに肩の荷が下りた反動でスキップしながら会場に向かった。
生徒会室には、もうすでに出席者がそろっていた。本当は昭穂も出席するはずだったのだがこればかりは仕方ない。時間を稼ぐわけにもいかないのでそのまま席に着く。
「高崎さんは?」
一つ席を空けて座る東風派の1人に尋ねる。名前を知らないその男を慧はとりあえず梅干しと名付けて記号化する。
「体調が優れないそうで別室で待機している。会長にももう少し待ってもらうよう話はつけていますのでここでお待ちください」
先ほどの彼女を思い出す。体調不良どころかここ最近で一番の笑みを浮かべていたようにも見える。まあ、時間はいくらでもある。ここにいる全員が授業に参加しなくていい理由を手に入れることができて喜んでいることだろう。各々が好き勝手に言葉を発し、会議の体裁はもう保たれていない。
「よう、慧ちゃん」
「柳さん。私の呼び方そんなんでしたっけ?」
「まあ、細かいことは気にするな。それより昭穂はどうした?」
「いま倉庫の隅に裸で丸まってます」
「嘘だろ」
柳の絶句はなかなか見られるものではない。いい顔だ。
「ほんとです。いろいろ事情がありまして」
「そうか。まあ、仲良くやれよ。そんなことより、東風派の様子が最近おかしくないか」
最近どころではないが、いつも賑やかにやっている中村派からすればおとなしかった奴らがこそこそ動き始めたのが気になるのだろう。
「そうですね。今回の件も、あちらが動いた事によるものですし」
「それもそうだが、盗品の数が増えているんだ。これまでは大体、8割方が俺等の犯行だったんだが、流石におかしいと思って強めに言い聞かせたわけよ。そしたら犯行数は少ないけれどまずいものがなくなってたんだ」
「なにが消えたんですか」
「園芸用の除草剤、殺鼠剤、それから理科倉庫の塩酸、希硫酸。これはどちらも空き瓶だがな。どうだ、大分まずくないか?」
学校内でそろう危険物。しかし盗む事の利点が見当たらない。手荷物検査が毎日あるわけでもないし、監視カメラもある場所から持って行くのは行ってしまえばリスクを高めている。
慧の疑問をくみ取ったのか柳は説明を加える。
「寮生の仕業だ。寮内は毎日掃除だのゴミ捨てだので寮母さんが出入りしているんだ。そんな場所に外から買ってきた農薬とかがあったら変に思われるだろ。だから学校内で揃えるんだ。塩酸とかは、分かるだろ」
「なるほど」
となれば寮生の仕業。
「流石に殺人とかはしないですよね」
「そこまでは行かなくても。というより攻撃目的じゃない。持たせることが目的だ」
「あ、そうか。それで作った武器を敵に持たせて摘発する」
「ご名答!」
いかにも高崎がやりそうなことである。
て、ことは…
慧は席を立つ。かけだした廊下を迷いなく突き進み、特別会議室まで戻る。そこに高崎架純がいる。
高崎架純がここにいる。
慧は合点いった。
彼女のやり方。自分はなにもしないで、高みの見物。そうだ、その時点でおかしいと気づくべきだった。
もう、全て始まっている。




