言葉は道具にて 1
会議当日
昼休みに開催されるそれに向けて昭穂と慧は教室で準備を進めていた。問われることは姿見の進退と慧の任命責任である(はんこを押したおたくらの責任はどこ行ったんだと言いたいが、分が悪いので腹の奥底にしまうことにした)。
主にこの2点について生徒会、放送部、各派閥の役員が一堂に会し決議を行う。このような不定期の緊急会議においては授業時間の侵犯も許容されている。学内のあれこれを生徒に依存しすぎた結果生まれた歪な制度であるがおかげで真っ当な話し合いを展開することができる。その会議のなかで、道徳的倫理的配慮に欠けた発言は罰則の対象となる。この罰則をバラシと呼び、役員及び派閥関係者の個人情報を公に開示するという、プライバシーのへったくれもない鬼の所業を、生徒会主導で行う。またこの際の情報については闇新聞の方に記載される。
「狙うは高崎さんがヤバめな発言して、一発アウト食らうことなんだけど。きっとあの人平然とした顔で言い返してくるんだろうな」
高崎は昭穂や慧と同様に自宅生である。このバラシは寮生に対してはとてつもない効果を示すが、自宅生となると効果は薄くなる。人の家に乗り込めるほどの権力なんて子どもにあるわけがないのだ。噂ではそのような場合において家宅捜索を行う特別部隊がいるとされているが、そんな犯罪者集団が許されていい訳がない。全くの嘘であろう。
「となると、もう生徒会に助けてもらうしかないですね」
「それもなあ、全部リスカさんがいるからできることで、他のメンバーからはいい顔されてない気もするんだよな」
リスカさんは3年生の副会長だ。放送部創設に尽力してくれた1人で、生徒会で黛さんと同じだったことから何かと気にかけてくれている。ちなみに、リスケカス女からリスカと呼ばれている。本人も公認のニックネームだ。
「そう言ったって仕方ないですよ。実際、かずまくんは印象がいいので問題なく通過できると思います。そもそもここに来る生徒たちは訳あり組も多くいるんですから、家庭のこととかは気にしないでいこうのスタンスをきっと取ってくれます」
慧の言い分はまさしくその通りだ。明澄は姿見や涙のような財閥の子も多くいる。その中で、会社関係のあれこれを学内に持ち込んでしまうと対等な関係が築くことができない。そういったことからも、社会的ステータスを持ち込むのはやめようという言説が広まってはいる。もちろんこんなのは表面上のきれい事であるが、そのきれい事を守らないといけないのが会議というものである。中村の子だという理由で、姿見自身の活動の自由が侵害されたと言い張ればどうにか押し通せるだろう。
授業まであと5分。1限が終われば、次は3時間連続の合同体育である。近隣の校歌にも登場する山を登り、ただ降りるだけという何とも味気ない内容だ。高さはそこまでなく、丘を登るような感覚に近いが、足下が泥濘むなかでの活動となるため足腰が非常に痛くなる。
「嫌だな、雨降らないといいけど」
「こっちは体操服の換えがないからな。いつになったら返してくれるんだ」
「いつか返しますよ。たぶん」
昭穂と慧。教室で2人でいることはそう多くない。そのため昭穂が人とにこやかに会話をしているのが多くの人の目には異常事態に映っていた。そして遠慮のない視線は昭穂の自意識に突き刺さり、緊張と自己嫌悪を新しく生み出した。
隣で椅子を傾け前後に揺れていた慧はいつもの調子でくだらない事を呟いている。注目される側の人間である慧はいつもこのような好奇の目を向けられるのだろうか。
「あ、もう始まるね。それじゃあ今日はとことんよろしく」
彼女が教室を出た後、もう一度振り返って手を振ってくれるのを昭穂は知っている。それにいつも気づかないふりをする。そんな自分に、こりもせず手を振ってくれる事実が昭穂は少し嬉しかった。だから、振り向かないでいる。
「やっとどいてくれた」
気だるげな声が上からふってくる。辻海斗がどっしりと慧のいた席に腰をかける。そして数多の人が自分に向けてきたであろう目線でこちらを見つめ、話し始める。
「隅に置けないね。昭穂くん」
「なにが」
「どうなの、付き合ってるの」
「もう何万回と聞かれたよその質問。慧に迷惑かけるからやめてくれ」
「いいじゃないか。事実はすぐに広まる。隠したって意味ないよ。お似合いだと思うよ俺は」
「だから。俺は慧と付き合ってもないし、好きでもない。ただの部活友だちだ」
「俺が言いたいのはそうじゃない」
なにを言っているんだこいつ。不細工なウインクを浮かべ辻は決め台詞を言うみたいにかっこつける。
「有坂慧が昭穂の事を好きなんだろ」
そこでチャイムが鳴った。
こんな些細なでたらめに、耳が赤くなったのはいつぶりだろうか。昭穂は前を向いた辻の背中を見つめ、その言葉をただ噛みしめていた。




