秘密の絆も、また秘密
「はなせよ」
このあいだとは打って変わって威勢のいい少年になっていた。名前を聞こうにも暴れるばかりでこちらの言葉になんて耳も貸さない。その様子を見てか、辻は両腕でがっちりと腕をついホールドし、ついに動かなくなるまで押さえ込んでみせた。筋肉は偉大だ。
「慧ちゃんのいっていたとおりでしたね。でもどうして分かったの?」
「簡単よ!もし土いじりをしていた彼が園芸部なら、学校をほっつき歩いている私や、被害に遭ったかずまくんがすぐに気づいているはず。細かい活動日は知らないけど、植物を育てる部活が週1回以下の頻度であるわけがない。なら、いままで見たことないのに花壇にいる彼は何者なのか。そこで、私たちの動きを観察していたのかもしれないとおもって声をかけたの。
6月は雨も多くて土も軟らかいにもかかわらず、雑草を抜くのに手こずっていたのも気になったわ。軍手をしていたから気がつかなかったけど、もしかしたら手を痛めていたのかもしれない。人を殴るなんて、滅多にない事だからね。ボールもまともに投げられないほどに」
「でたらめな推理ですね、有坂さん」
突き上げるような睨みをきかせ、少年は反発する姿勢を取ってみせる。それが虚勢ではなく積み上げられた憎しみによる悪意から来るものは昭穂の目から見ても明らかだった。
「そう。でたらめ。全く根拠になっていない。でもこうやって君は捕まったわけ。どう、手の痛みは引いた?」
「ええ、もう1人2人は殴れますよ。こんな他人を使って汚いことする奴らとか今すぐにでもボコボコにしたいですね」
辻は半笑いの薄い表情で腕に力を加える。海老反りのように少年は身体を曲げ、弱々しい声が零れる。
「俺、そんな不文律知らないんだけど。おたくらのパーティーを覗いていたらちょうど友だちの顔面を殴ったとおぼしき少年がいたので連行しただけ。昭穂は怪しい人物がいるって情報を俺にくれた。それだけ。なにかしろと彼が言ったわけじゃない。俺が勝手にやっただけだ」
辻は白の人間だった。だから彼自身も放送部というものが、どうあるべきかを理解してくれていた。
「で、どうするんですか。殴り返しますか?それとも退学させますか?」
「こいつたぶんトカゲの尻尾だよ。話し合い中も輪には入れてなくて見張りみたいな事させられていたし。連れて帰る途中も叫んでいたけど誰も助けに来なかったし。以外と薄情な連中なんだな、おたくは」
「黙れニキビ面。俺は高崎さんの考えに共感して、無理を言っていれさせてもらったんだ。だから今は下っ端でも、すぐに彼女の隣に立つんだ」
「うわあ、じゃあ自分の行いで迷惑かけたとか自覚していないんだ」
慧は心底不思議そうに少年の顔をのぞき込む。
「もう君がかずまくんをなぐったから、こっちも1人ぐらいなら手を出しても問題ないんだよね。たぶん高崎さんの狙いはかずまくんがやむを得ず東風派に手を出したところで、自分たちの正当性を示すことだったのに。だからるいちゃんに、ちょっかいかけたりしてたのに。私でも分かるのに君は分かんなかったの?」
涙は怪訝な顔をして昭穂に視線を向ける。涙の件についても実は裏でいろいろと手配していた。そんなことを知ったら彼女は怒るだろうと隠密に。涙から放たれる訴えを受け流し、昭穂は少年の前に立つ。困ったことに慧の言葉を真に受けて少年はいきり立っていた。
「そんなでたらめなんて信じるわけないだろう」
「でも、現に東風派はなにもできていない。本当なら写真ばらまいて、姿見が暴れて終わりだった」
「だったら、どうして高崎さんは俺を褒めてくださったんだよ」
「そんなこと知るわけないだろ。まさか、高尚なお言葉をいただいて尻尾振って走り回っていたのか?その程度で満足して、信じる人の言葉もまともに受け取れないならたかがしれているな、東風派は」
「だまれ黛の陰性分子どもが」
「おお、そっちでは俺たちのことをそう罵っているのか。中村派はおちゃらけ中央分離帯と呼んでくれていたが、ユーモアだと大分劣るな」
こいつ、相当に口が軽いとみた。昭穂はそのまま舌戦に持ち込むことにした。
「明澄ブロウドキャストとかいいながら、中立だとか言いながら、思考停止で空っぽな頭振って先頭歩きやがって。お前等この学校の権威を失わせるために送り込まれた刺客だろ。どれだけ平等を装ってもお前等の根端なんかお見通しだ。とくにそこの醜女!」
「るいちゃん、しこめってなに?」
「最上級の悪口です」
「わあ!じゃあしこめたるしこめはザ・しこめってことか。比較するときは、しこめあー?」
「ふざけてんじゃねえよ!白のための組織の長がこんな奴じゃあ衰退の一途をたどるほかないな。この学校を間違った方向に導いてやがる。まあ、どれもこれもあのバカな男のせいだ」
「さっきから大層なこといっているけど、話の全貌が全く見えないな。短くまとめろ」
正直誰も話の内容は聞いていなかった。よくいるお熱なシンパの1人。言葉も借り物ばかりだ。やはりこういうところで中村派に劣る。
少年を抑えている辻なんかは、相手のあまりの非力さに欠伸を噛み殺しながら左手で塩飴の袋を開封しはじめた。
誰にも相手にされていない。それが少年の逆鱗に触れた。鶏のとさかみたいに、目に見えて分かる逆鱗に触れた。
「お前ら全員、黛みたいに自分から死ぬような生き地獄にいかせてやるよ」
「どういうことだ?」
辻だけが声を上げた。口からこぼれ落ちた飴と少ししゃがれた声は彼の驚きを丁寧に反映させていた。
そうだ、普通はこの反応になるだろう。慧はもちろんだが、一切の動揺を見せない涙も、その事実を知っていたのだろう。春先に言っていたことはあながち嘘でもないらしい。
「やっと言ってくれたな。大馬鹿やろう」
昭穂は笑いが込み上げてくるのを必死に抑え、ニヒルな笑みを浮かべる。
「なにがだ」
「彼の死は、ここでは最高機密だ。学校がもみ消した過去の話。明澄では彼はアメリカの大学に進学したことになっている。あの一件を知るものは、多くはない」
「高崎さんに聞いた。それだけだ」
「そうだ。高崎は知っている。組織内の共通の秘密として上手く活用しているんだろう。だが、よく覚えておけ、あれは他殺だ」
「そう思いたいだけだろう」
「いや、後の会議でそうなった。その事実を派閥関係なしに明らかにすること。それだけは守るべき指針として、学生内だけで打ち立てられた。薄々感じていたが、やはり東風派は反故にしたか」
少年はやっと自分の失態に気がついた。開いた口はそのままに、血走った乾いた瞳は動揺を揺さぶられ、動揺しているのが一目で分かった。
「放送部はそのための集団。白のために戦った男のために戦う組織だ」
頭の中の黛清司郎がまた微笑む。その彼だけが昭穂の目論見を正当化してくれている気がした。




