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言葉の戦い

「かずまくんってやな奴だったんだね」


 東屋の下、(けい)はテニスラケットを素振りしながら、(るい)の話を聞いていた。


「それからは大分おとなしくなって、今に至ります。だから私が写真を漏洩させたことに失望して、暴れ回るんじゃないかって怖いんです」


「そもそもどうして写真は漏洩したんだ」


「私が入学式にとったものを学校の広報に使うと言われて譲渡してしまったのです。もともと中村と明澄は蜜月関係にありましたから問題ないと思っていました。でも、中に入ってから、非常にまずいことだと分かりました。しかし、公報にも載らないどころか彼の素性に関する話は一切話題に上がることがなかったので、彼には話さないでいました。

 だからもし、私が意図的に外に写真を流出させたと思っていたならば、彼は自暴自棄になりかねません」


「その考えはおかしくないか」

 昭穂(あきほ)はノートに走らせていたペンを止め、顔を上げる。


「それまでの姿見は人から嫌われてはいたが、人を嫌ってはいなかっただろ。ただ見下していただけで」


 2人が裏切られて耐えがたい苦痛を感じる関係性である事は一目瞭然であるが、それでも少し話が飛躍している。


「いえ、かずまはその女性がいなくなったことが母親の失踪を想起させて堪えたと言っていました。それから、人がいなくなることに拒絶感を覚え、嫌われないように生きてきたとも。だから、全てがどうでもよくなったら、なにをするか分かりません」


 |姿見(すがたみ)の家庭事情について昭穂は詳しくは知らない。涙が失踪といっているが、実際にその表現が正しいのかは推測の域を出ないが、きっと離婚でもしているのだろう。

 彼女の言い分に昭穂は疑問を抱いた。彼がそういう人間には見えなかったからだ。ただ、一応の可能性として考えることは必要であろうと一旦はその言葉を受け止めることにした。


「だったら、写真をばらまいた相手を見つけ出して、怪我をさせる可能性もあるのか」


 もし暴力沙汰になったらいよいよカバーできない。今こうやって屋外で活動をしている間も多くの人間が校舎付近をうろついている。目の届くところであれば止めに入ることもできるだろうが、この広い敷地で、この生徒数の中で、現場に駆けつけるというのは至難の業だ。


「まあ、我々は放送部ですから。原則言葉で戦いましょう」


 呑気に慧は素振りを続けている。だが、彼女の言葉は核心を突いている。放送部だからできることもある。


「それじゃあ、聞き込み続けるぞ」


 姿見が殴られた現場を目撃した人たちを探すため放課後の時間にこうやって敷地内を歩き回っているが、なかなか見つからない。慧を先頭に、人を引きつけてみるものの、当たりは引けない。慧は芸能人気取りで差異を配りはじめる始末だ。


「一応だが、お前の好感度向上のための時間じゃないぞ」


「知ってますよ。だから最後にかずまくんの印象について聞いているじゃないですか。すごいですね彼、誰からも悪く言われてませんよ。私なんかありもしないこと言われるのに」


 当然と言えば当然だ。日頃の彼の行いは耳に届いている。同級生は日頃の行いを、1年生は先輩としての彼の姿を見て、尊敬の念を抱くだろう。昭穂たちが根回しする必要もないほどだ。


「最後にあの子いきましょうよ。なんか殴ったこの特徴に似ていますし」


 1階の窓下には、壁に沿って花壇が並んでいる。その花壇の付近で、ちょうど雑草を抜いている男子生徒がいる。確かに姿見のいっていた特徴と重なるところがある。それに、こういうときの慧の直感は当たる。


「ねえ君、少しいいかな」


 突然声をかけられたからか、酷く驚かれてしまう。


「昭穂くんだとやっぱり駄目ですね、私が聞きます。ねえ、姿見かずまくんってわかる?2年生のもとサッカー部なんだけど。その子が今日殴られて大変な目に遭ったんだ。だから目撃者を探してるんだけど知らないかな」


 少年は伏し目がちに首を横に振った。軍手をした手は土の中に埋もれている草の根をほじくっている。相当に固いのか草は抜けず、少年は手の土を払ってこちらを向いた。


「知りません。せ、先輩とかとは仲良くないので」


「おお、1年生か。ごめんね、分からないよね。時間取っちゃってごめんね。代わりにその草引いてあげる」


 慧は勢いのまま土の中に手を伸ばすとそのまま目的の雑草を引っこ抜いた。大分根を広げていたようだが思っていた以上に抵抗がなかったらしく慧は尻餅をつきかけたが、すぐに昭穂が身体を支えた。


「ナイスキャッチ」


「いつものことだ」


 そして慧は昭穂に耳打ちする。


「なるほどな」


 昭穂は慧を引っ張り上げると少年に感謝を述べその場を後にした。


「どうしたの2人とも」


「別に。テニスがしたくなっただけだ」


 昭穂の軽口に慧はすぐポケットからボールを取り出す。


「そうです。私もテニスの練習がしたくなったんです」


 慧はラケットで弾を撃ちながら歩く。もちろん上手くいくわけもなく、すぐにボールは落下し、少年の足下まで転がる。


「やべ、ごめんちょっと投げてくれない?いつかサインボールにして返すから」

ここまで来ればすこしイタいやつでしかない。


 少年はいっときボールを眺め、そしてやっと拾ったと同時に、とんでもない制球力であさっての方向へ投げ返した。


「す、すみません」


 慧はヘラヘラしながらナイスピッチと感謝述べてボールを追いかける。結局ボールは駐車場付近の側溝にまで転がり、見事に泥までついて汚れてしまった。


「彼はサウスポーなんですかね。おかげで汚れちゃいましたよ」

 そんな愚痴をこぼす慧は、笑みを抑えきれずにいた。昭穂もつられて口角が上がった。


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