上がる煙と割れる仮面5
「なあ、慧。どうしてお前は体操服のままなんだ」
部室にて、昭穂はコンビニで買ってきたとりの唐揚げを頬張っていた。慌ただしい日々も終わり、やっと一息といったところで入室してきた慧に、今年一番の落胆を覚える。なぜ彼女はこうも自由なのだ。
「臭いますか?やっぱり自分の匂いは分かるもんですね、猫も1回トイレにおしっこの匂いを残せばそこをトイレって認識するみたいですよ。そう言えばいい匂いしますね」
「唐揚げだ」
「くださいよ、部位はどこですか?」
「むねだ。もも肉よりさっぱりする」
「じゃあいいです。唐揚げにさっぱりを求めるあたりが昭穂くんっぽいですね。せっかくの油物に矛盾を抱えさせて、唐揚げの負担も考えてくださいよ」
「そんなことどうでもいい。それより、俺の言ったこと覚えてないのか」
「仕方ないじゃないですか。昼休みに呼びだしくらって着替える時間がなかったんですから。あ、でも誰も気づいてなかったですよ。昭穂くん見たいに私の胸元じろじろ見る人はそうそういないですからね」
「ネームタグと自分の胸を同一視するな」
慧はこちらをおちょくるようにネームタグを2回、ぽんぽんと叩くと、敬礼のようなポーズを取った。
「紀伊慧です!すこし語呂が悪いですね」
「嫁入りの練習ですか?」
まためんどくさいのが入ってきた。開いた扉から、終業式帰りの小学生みたいな荷物を抱えた涙がふらつきながらスライドインしてくる。
「斉藤、こいつをどうにかしてくれ」
涙は鞄から溢れた荷物をすべてソファーに投げると一息ついてから慧に寄りかかる。彼女の動きはなめらかで、そのまま慧の胸に吸い寄せられていく。
ああなんでさっきから何でもかんでも胸に集約されていくんだ。これでは話の話題や目の行き場どころか、この世のすべてが胸に収束しかねない。そんな漠然とした恐怖を昭穂はほんの一瞬覚える。実にくだらない。
「マイナスイオン~」
涙も結局慧と姿見の前では骨抜きにされてしまっている。これではリスクを取って加入させた意味もよく分からなくなる。
「なんなんだ、その荷物は」
気になることを率直に聞いただけなのに、涙はまたあのきつい目線をこちらに向ける。そんなディスコミュニケーションを取られてしまってこっちだって困ってしまう。
「女子の荷物の中身聞きますか?」
「そんな変なモンはいってないだろ」
「もちろんです。私は斉藤家の令嬢。如何わしいものなど何一つとして持ち歩いておりません」
令嬢。
昭穂はその言葉で思い出す。どうして姿見と涙が仲がいいのか。自分が考えていた仮説を今聞いてみるしかない。
「なあ、斉藤は姿見と昔からの付き合いなのか」
ガラス戸からポットを取り出し、紅茶を入れようとする涙に昭穂は尋ねた。涙と姿見。確かに面倒見のいい姿見に、涙が近づくのは想像できる。彼女にある、昭穂と似た一面は人を遠ざける。しかし、それをも何とも感じない人間がこの世にはいて、そういった人種に、吸い寄せられる。寂しさを埋め合わせるように。
先日行ったゲームのおかげで、なんとなく涙もお金持ちの家の出だというのは分かったが、中村のような大きな組織の娘だとしたら、両親ぐるみの関わりがあったのかもしれない。昭穂は底が知りたかった。知ったところでなにになるかは分からないが、知って損はない情報である事に違いはない。
「3歳から、親ぐるみでの付き合いがあります。細かいことは話せないですが、まあ腐れ縁って感じですかね」
「姿見に面倒見てもらっていたんじゃないか」
「それはありません。というよりも、かずまは…」
そこから涙は口をつぐんだ。
思い出の禁足地に踏み込みたい衝動を抑え、昭穂はこの話を切り上げた。今は涙も姿見のことで心身ともに滅入っているだろう。そのことを思えばこれ以上負荷をかける気にはなれないし、してはいけないと思った。
「まあ、雑談はこれぐらいにして、会議のことを慧から聞かせて欲しい」
「会議って言っても柳さんが勝手に話して終わった面談みたいなものだったよ。高崎さんも来てなかったし」
そんな会議に何の意味があったのかは知らないが一応話題を持ち帰ってはいるらしい。
「えっとね、一週間後に、姿見かずまの処分を決める。あと、中村派も迷惑被ってるんだからそのことも念頭にいれとけよバカ昭穂。だそうです」
最後の文言は確実に慧の言葉なので無視だ。
「となるとそれまでに白、もしくは東風派から姿見の所属について了承を得ないといけないんだな、この鳥頭」
「そうですね。よく分かりましたね、バカなのに」
「そっちこそよくここまで伝事を覚えていたな」
「タイムリミットは短いですが、まあ、彼の人気を考えれば簡単なミッションだとは思います。ただ何かしらこちらがサポートしないと、東風派が暴れると面倒ごとになりかねません。例えばありもしない噂を流されたり、かずまくんが問題を起こしたり。まあその可能性もないに等しいと思います。これが人望ってやつですね、風見鶏さん」
「あとは武力行使に気をつけてってところだな。特に女性陣は。悪意も何もなくても、人は時に脅威を向ける。それだけは忘れないように。そしてバカな行動をして品位を落とさないように。ここの奴らはブランドの低下に関しては口うるさいからな。分かったか自立型拡声器」
「なに言ってんでしょうね、昭穂くん」
嘲笑の笑みを浮かべて涙に同意を求めるが、愛想笑いを返されている。見ているこっちが辛いやつだ。
最後の唐揚げを口に放り込み、昭穂は立ち上がる。きっと姿見はここに来ない。ならいても仕方がない。
「今日は解散だ。ここにいたら何か面倒な事に合うかもしれん。一旦はリスク分散。集まるのは昼休みと放課後の少しの時間だけにしてその時に情報共有をしよう。もし、緊急の招集がある場合は例の信号を使うように」
涙も頷いたことから慧はしっかりと教えているのだろう。姿見には昭穂のほうから教えている。
「では、また明日。よろしくお願いします」
昭穂は忙しそうに荷物をまとめている涙を手伝う。それは何気ない行動だったし、みな彼女を目の前にしたらそうしただろう。しかし、涙はそのありふれた善意に、先ほどまでとは違う睨みをきかせ、そして昭穂を静止させる。
「大丈夫ですので。昭穂さんは自分のことをなされては」
久しぶりに感じたこの拒絶される感覚は少し堪えた。幼少期を思い出して身体が硬くなってしまう。仲良くなった気になっていたが、それを自ら否定し舞うような感情が沸き立ってきては、消失していく感覚。
「すまん。じゃあ、また明日」
昭穂は足早に部室をあとにした。その跡を追って慧が横に並ぶ。
「昭穂くん、それなんですか」
慧に指を指されて初めてその存在に気がついた。
昭穂の左手には緑のインクがついていた。




