部員補充譚1
「ぜってえにぶち殺す!」
この年甲斐もなく物騒な言葉を吐いている男がまさか放送部であるとは誰もが思うまい。上気した頬、威圧感のある目つきにウザったらしい前髪、長身の割には薄めな胸板を前傾し、階段を駆け上がる。中央棟の5階、紀伊昭穂は色をなした顔を今一度窓ガラスで確認し、扉の前で学ランの襟を正す。
『明澄ブロウドキャスト』
そのプレートに指で触れ、そして思いっきり扉を押し開ける。
「いますぐ校長のスキャンダルをばらまけこの野郎!」
「おかえりー。今お便り読んでるから静かにして」
「そんなのどうでもいい」
「またトンズラされたの」
放送部としての活動を初めて3ヶ月、彼の仕事は主に定例ミーティングの運営であった。
「そう。おかげで1度もミーティングできていない」
「わあ。遁走してずらかる馬面校長。トンズラする馬面」
「お前も道連れにするぞ」
「ご冗談ですやん」
ソファでお茶を嗜む有坂慧は愉快そうに笑う。この腑抜けたいなせなガールがここの長、放送部部長である。こんなのがトップであるにもかかわらず放送部が健在なのは自分の働きのお陰であると昭穂は自負している。先日なんか、慧は備え付けの電子レンジにアルミホイルで包んだイモをぶち込み、不穏な煙を部室中に立ちこめさせたばかりだ。
「まあ、逃げたくもなるよね。あんな堅苦しい空気の中代表から休み無しに追求されるんだもの」
「おかげで新入部員の話も進められん」
今現在、放送部はこの2人のみで活動している。立ち上げから人数は限定的であったそうで、理由はいろいろあるそうだが1年生の後半に加入した昭穂もそのすべてを知っているわけではない。とりあえず今は訳あって2人まで減っているのである。
「じゃあ、私が一肌脱ごうか」
「ついにか」
「ええ。とっておきの秘策。私の最終手段」
こんな早々に切り札を切るほどの重大な場面でない事は確かであるが昭穂は相手にしない方がいいことを知っている。脊髄反射よりも早い返事が口を吐く。
「ご勝手に」
「では。カメラをご用意」
「でどうすんの」
「私が校長の前で制服を真っ二つにするんでその瞬間を収めてください。いいんです。それで校長は確実にやれます。あの馬面に一泡吹かせてやりましょう」
「で、撮影した俺はどうなるんだ」
「責任もって示談を受け入れてあげます。二毛作バンザイ」
そういう女だ、彼女は。
昭穂が激怒していたのはまさしく欠員の補充に支障を来しているからである。放送部は特殊な立ち位置であるが故にメンバーの補充に各代表の承認と校長の判が必要とされる。これは中立組織であるために必要なのだがいかんせん面倒極まりない。
「相手が相手だからさっさと確定させたいんだよ」
部室の片付けをしながら昭穂は愚痴をこぼす。
「結局誰を追加するの」
「姿見だ」
姿見かずま。2年生の元サッカー部所属。ムードメーカーとしても優秀で周りからの人望も厚い。あと凄い人畜無害そうな人柄もいい。
「あの薔薇漫画の男ヒロインみたいな子?」
「お前自分の性別に感謝しろよ。普通にキモいぞ」
「あの可愛い子追加してどうすんの」
「空気清浄機として手元に置いておきたい」
「それだけ?」
「それだけ」
「わたしはてっきり本丸への隠し球にするんだと思ってた」
慧は変なところで勘が鋭い。
「分かってんなら聞くな。自分でもあくどいことしてる自覚あるんだから」
「顔に似合ってるよ、そんな恥じるな」
「お前ほんとに自分の性別に感謝しろよ」
昭穂の狙いは姿見のその先にいる。
斉藤涙。昭穂たちの学年を代表する人物を1人上げるとすれば彼女だろう。才色兼備のお嬢様。あまりにも不相応な高校にいるため噂では勝手に校長の隠し子とされている不遇な子。我々が窓辺のトンボの死骸に向けるような視線をいつもしている。きっと彼女の目には我々は虫の死骸のように映っているのである。そしてそれはまあ正解に近いと死骸側も思う。
しかしそんな彼女も1人だけ、心許す存在がいる。それが姿見だ。ムードメーカー故にというわけではなく、彼のすべてに彼女はいつもとは異なる輝いた瞳を向けている。
それはそう!恋の眼差し!
あまりにも露骨。というか気づかない方がおかしいほどに態度がおかしいのである。
「姿見くんをいれて、そして勧誘してもらおうって根端ね。そう上手くいくかしら」
「どちらも白だし、姿見は部活をやめたばかりだ。押せばいける。そして今の様子だと斉藤も姿見の一押しですぐにいけるだろう」
「だからそんな焦ってるのね」
「そうだ」
この日のために敷いた布石を無駄にするわけにはいかないのである。
慧はマイクの電源をオンにする。
「5月28日木曜日、お昼の放送をお届けいたします」
放送部のお仕事その1。お昼の放送。
世間一般的に想像されるそれとクオリティはそこまで差はない。これまでにラジオパーソナリティ形式やお便りコーナーなどもしていたのだが、どれもこれもリスナーの思想が色濃く出てしまうためあえなく無難な形に落ち着いてしまった。
「本日は晴れと言うことで窓からは燦々と太陽光が差し込んであります。これには葉緑体もにっこりですね。晴れを表す言葉は多くありますがその中でも我らが高校の名前にもなっている明澄は雲一つなく澄み渡った空のことを示しています。みなさんの曇天もそうなるといいですね」
なぜか慧はこうやって謎のジャブをいれる。全校生徒に何かしらダメージを与えようと余計な一言を追加する。そこが彼女にとってのオリジナルらしい。
「ふう。終わったよ」
「今日のチキンレースは冴えてなかったな。きっと普通に受け取られてるぞ」
「ええー。私のるいちゃんへのアド〝ヴァ〟イスにそんなケチつけるの」
「ヴァを強調するな。下唇をかむな。そして友だちじゃないやつを気安くちゃん付けして下の名前で呼ぶな」
「否定から入る男っていやですね」
「なれなれしい女も同じぐらい嫌だよ」
「ではサプライズする女はどうですか?」
そう言って彼女は立ち上がり器材室に入っていく。電気が消え、そして異様に明るいなにかが出てくる。
「昭穂くん!学年1位おめでとうございます。これは細やかなお祝いです」
そう、昭穂はついこの間行われた1学期中間テストにおいて見事1位を獲得したのである。
唐突なサプライズに昭穂は内心嬉しかったものの、でもこの女が手放しにお祝いするとは限らないといういつもの行いが生んだ謎の可能性に素直な反応ができないでいた。
「これはなんだ」
「ケーキです。マジパンにローソク立てただけですけど。一応手作りなんでそこら辺のコンビニスイーツには負けない程度の愛もありますよ。きっと。たぶん。それなりに」
ローテーブルに置かれたそれをまじまじと眺めそしてやっと他意のないことを確認する。
「ありがとう。まさか純粋なお祝いがいただけるとは思ってもみなかったよ」
「昭穂くん友だち少ないもんね」
「そうだなこのやろう」
ただ。見た目が異様である。ろうそく。そう、ろうそくが多すぎるのだ。
「これ何本刺してんだ」
「60本です。細めの選ぶのに大変でしたよ」
ろうそくが全部で60本。これがなにを表すのか。
「これは、なんで60本なんだ?」
「私との順位の差です。可視化させてやりましたこのやろう。ずいぶん嬉しそうでしたよね。1位と知ったとき、みんなの前ではクールにしていたくせに、部室に来た途端ガッツポーズで跳ね回ってるんですもん。隣に過半数落ちがいるというのも知らないで。雄叫び上げているときマイクつけてやろうかと思いました」
それは自分が悪いんじゃないかという言葉を押さえれるようになった昭穂は成長を自覚した。
「それはすまん」
「いいんです。それよりよく勝てましたね、るいちゃんに」
そう。それが今回の最重要ポイント。斉藤涙を負かすこと。
「そうしないとあいつを勧誘できないからな」
「まさか啖呵切ったんですか」
「そうだ。負けたら入れって言ってやったんだよ」
「でもそれ口約束ですよね。言質取っただけですよね」
「一応書類も交わしたが、なくてもいいだろう。それにそこが目的じゃない。斉藤を負けさせることが目的だったんだ」
慧は理解できないでいた。それも無理はない。彼女は常に考えていないから。
「じゃあ、一緒に様子を見に行くか」
「その前に、ケーキ一緒に食べましょ。持ち帰られたら私のぶんなくなるんで」




