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上がる煙と割れる仮面1

 なんでこんなことをするのだろうか。姿見は手元の写真を見て首をひねっていた。そこには中村一輝と並ぶ自分の姿が映っていた。中学の頃の写真だろうか、どちらとも仏頂面で笑えた。


 写真の裏には脅迫とも受け取れる言葉が添えられていた。

「放送部を解体させろ」


 こんな脅しに従うやつなんているのだろうか。姿見はすぐにその写真を細かく破ってポケットにしまった。きっとこれが公になれば自分はあそこを追われるだろう。放送部は中立でなければならない。


 まあそれも構わない。当初の目的である涙の加入も果たせたのだし。

 ただ、惜しい気持ちももちろんある。でも自分の気持ちなんてものが外的要因に及ぼす影響なんてたかがしれている。どうしたって仕方がない。姿見は荷物をまとめ席を立つ。放課後は涙と映画を見に行く予定だ。何でも好きな俳優が出ているがホラー系で見に行くのが怖いらしい。まだ夏には早いが、映画で先取りというのも悪くない。そう鼻歌交じりに教室を出るとクラスの山上が待ち構えていた。


「姿見、本当に申し訳ないんだけど図書当番の代わりやってくれない?今日妹が風邪引いてて」


 彼は弓道部に所属していて、大家族の長男だった。責任感も強いし、これも嘘ではないのだろう。姿見は二つ返事で了承した。


 自分の美徳。得する道を選ぶのが早いこと。どのみち1回断っても食い下がるだろう。なら1回で了承した方が相手からの心象もいい。反対に自分の損になる事はすぐに断る。だから清廉潔白でいられる。

姿見は自分の価値がそこにあることを知っていた。人畜無害で、害をなさないいいやつ。芯は通っていて、それでいて聡明。そんな風にあるべきだと思うし、そう見られている。


 約束の木の下で涙を待つ。いつも彼女は時間ぴったりに来るものだから安心していられる。彼女はいつも肩肘張っていて、それが自分の前に来た途端力が抜けていくのを見るのが何とも嬉しいのだ。きっとぼくは求められている役割を全うすることが生きがいの人間になってしまっているのだろう。


 今日もまた涙は遅れることなくやってきた。そして周りを見回して、人がいないのを確認するとすぐに姿見の手を握った。


「人肌。安心する」


「お疲れ様。非常に申し訳ないんだけど、あと30分予定を遅らせてくれないな」


「どうして!」


「友だちが家族の看病でどうしても図書当番ができないって。だから代わりにやらないといけないんだ。大丈夫、たぶん書架に降ろすだけだと思うから」


 涙は不服そうだった。それも無理ない。でもむくれるだけで許してくれるのだからやっぱり優しい。

そんな彼女が例の写真で、どう変わるのか楽しみだった。


 姿見かずまは壊されるのだろうか?


 これまで積み上げてきたイメージ。ブランディング。姿見は学年で、あるいは学校内でそこそこに人気があるのを自負していた。悪口を言わない、素行も悪くない、不正にも手を出さない。それは初めの方はつれないやつだと距離を取られたが突き通せば個性になった。そしてそれはこの学校では重要度がそこら辺のものとは違う。猜疑心に犯された頭に、空白を与えられる。その価値を姿見は一番理解していた。


 だから、もしその自分がたった写真1枚でどこまで落ちていくのかを見届けたかった。


 ただ、昭穂には申し訳ないと思っていた。彼が勧誘してきたとき、久しぶりに変なやつがいるものだと感心した。そんな面白いやつを、1ヶ月もしないうちに面倒ごとに巻き込むことになって申し訳ないと心の中で謝った。


 30分はあっという間だった。どうせ利用者の少ない図書室は、1年生の後輩とおぼしき人物に任せて涙が待っているカフェに直行した。市街地の脇道を抜け、少し閑静な路地裏のテラス席で優雅にティーカップを回している。


「お待たせ。ごめんね」

「いいよ」

「会計はぼくが持つよ」

「と言うと思って、もう会計は済んでおります」

「流石だねお嬢様。じゃあ映画はチケットは無料で受け取ってくれる?」

準備がいい、段取りがいい、気が利く。そんなゼロから生み出せることがなぜ高評価に繋がるのかはよく分からない。そこまで勇気も、時間もかからないのに。案の定、涙は子犬のような眼差しでぼくを見る。そんな表情に嬉しくなる。


 

 映画を見終わったのは町がオレンジに染められた頃だった。映画はチープなB級を装っているくせに聖書のこととかキリストのこととかを絡めていた。これは神の冒涜ではないかと、その面においてはホラーと言えた。涙は終始驚いていた。彼女はホラーというよりもびっくり要素に弱いようで、驚いて跳ねるたびに背筋を伸ばすふりをして誤魔化していた。そんな強がりもが本当に通用するとでも思っているのだろうか。


「怖かったですね。ラストは演出が気に入りませんでしたが」


 結局愛の力ですべて解決!みたいな終わり方だった。理屈を求める人にとっては物足りないかもしれない。


「そう、ぼくは好きだったよ。涙がキスシーンであたふたしているの見れたし」


 姿見は知っている。涙が自分を好きなことを。そしてその好きである自分が、もうすぐ壊れることを。


 それは姿見にとって、彼女との関係に回答が出るにも近しいことだった。だから今日は少し羽を伸ばそうと思っていた。


「してない!そんな(うぶ)じゃないし!キスぐらい映画でも漫画でもドラマでも見てます!でもそれがなんなんですか。あんなの分泌液の交流ですよ。汚らしい。虫歯、歯周病、その他口内細菌の受け渡しをあんなダイレクトに行って愛が確認できるなんて幻想を抱くのも甚だおかしなことですよ。なんですか、愛ってお互いに汚れることですか?同じ細菌を持つことですか?それなら愛し合うもの2人手をつないで沼でも肥溜めにでも飛び込んでしまえばいいんですよ」

 顔が真っ赤だ。わかりやすい。その素直さをおちょくってしまいたい。


「そう。じゃあしてみる?」


涙の頬を片手で掴む。


「沼に飛び込むんですか?ねえ、かずま?ねえ、」


すこし怯えている。ここまでだなと姿見は手を離す。


「するわけないけどね。こんな綺麗な子を汚すなんて」


 涙は脳の処理が追いつかなかったようで帰り道は無言だった。悪いことをしたと思いながらも、こんな時間はもう2度とこないかもしれないからと自分を許す自分を今日だけは肯定した。


 さようなら姿見かずま。


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