春
いかなる理由にして人は恋をするのであろうか。
有坂慧はそんな大層な悩みを抱え、庭先の夜桜に目をこらしていた。部屋から零れる光だけが、その町での唯一の光源であり、心許なくも明確にその花をうつし出していた。ハンガーに掛かっている制服は、まだお香の匂いが取れなくて、しみったれた感傷はいつまでもそばに佇んでいた。
好きな人ができた。そんなことではない。
いつの時代においても、和歌で、物語で、詩で人々の恋愛は綴られる。そこには共通して存在する、人が生来的に抱えている欲求が何かしらの影響を与えているのだろう。その力を目覚めさせる着火剤なのか、それとも火そのものなのか。どちらにせよ、恋心が人に動機を与えるのは想像に難くない。生きる上での生命線は結局そいつに引かれている。
では彼の行動力もそれのせいなのか?笑ってしまう。とんだ見当違いだ。
でもそう仮定したとき、私はとても素敵な言い訳が手に入る。
慧は曝した素足を抱き寄せる。
失うと喪う。天秤が振れるならどちらがいいかなんて決まっている。
もう誰1人、死ぬのなんてごめんなんだ。
晩春の香は彼女を惑わせた。




