昭穂と先輩3
「昭穂は損する人間だな」
中学生の頃、テニス部の黛先輩はいった。
「分かりますか」
「ああ、見てたらすぐ分かる。何をしても怒られない人間とか、勝手に好かれる人間はよくいるがここまで損する体質はあまりいないだろう。全部がかみ合っているな」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
その日は酷暑だった。夏休みの午前練習のあと、みんなで川に行こうとなったが昭穂はそれを断った。というよりもみんなの目が来ないことをのぞんでいたから、そうしたがったに過ぎなかった。
「人相は悪いし、声も怖いし、それでいて真面目。遊び盛りの中学生にはかみ合わせが悪いよ。もっとバカにならないと」
「全部言いますね」
「でも、全部言った方がお前は信じられるタイプだろ」
「そうですね」
どうしてこの人は自分の事をこれほど気にかけるのだろう。今日もこうやって来なくてもいい部活に顔を出して、昭穂の隣にいる。
「好きな食べ物は」
「いなり寿司です」
「好きな女子のタイプは」
「眼力があって言葉を重んじるタイプです」
「嫌いなやつは」
「その時々によります」
先輩は笑った。なんでこんなことをしているのか分からなかった。
「やっぱり面白いんだよな。他のやつに聞いたって適当に返されるか、無視されるかなのに即答してくれるんだもん」
「愉快ですね」
「女子の好みなんかみんな優しいとかばっかり。逆に優しくないやつがタイプなのいるのかって話しだ」
「よく分からないんですけど」
「みんな優しいやつが好き。ならお前もその集合の中に含まれている。お前は人に好かれる素質はあるってことだ」
そんなことを言われても、現実は違う。いじめられているわけではない。ただ、1人でいるだけ。そんな自分が好かれる訳がない。
昭穂は自分がからかわれていると思った。でもそれも心地よいと思えてしまうほど人との関わりを求めていたのも事実だった。
「そもそも、人が寄りつかないんですから」
先輩は中学時代も人気だった。絵に描いたような好青年で、でも完璧ではなくてとっつきやすくて。こんな自分にでも相手をしてくれる。
昭穂は好かれるというのがこういうことだと常々感じていた。でも真似はできなかった。
「お前はさ、軽々しく可愛いとか言わないだろ」
「はい。なんだか相手を軽く扱っている気がするんで」
「俺はよく言うよ。言わないと伝わらないからね。でもお前のその考えも分かる。いつもはつっけんどんなやつから、褒められたときの嬉しさは計り知れない。そしてなにより本心だってのが伝わる。だからそれを直せとは思わない。ただ、忌憚なく物事を言うのもまた原因だと思うんだ。時に空気を読まない発言もある。それも何か考えがあるのか」
「なんでそう裏があると思うんですか」
先輩は顎を触り、考えに耽る。
「知り合いに同じようなやつがいるんだよ」
そう。同じように苦労しているのだろうか。
本心なんて語って損でしかないと思っていた。でもやっぱり、どこかで打ち明けたいと思っている自分の深層の思いを、この人なら受け止めてくれると思った。
「例えば、とても落ち込んでいる子がいて、その子が誰の言葉も受け止められなくなったとき、その時が自分の出番だと思っているんです。10000人に1人であってもその人が自分の言葉でしか立ち上がれないのなら、そこに自分は価値を感じます。かっこつけだと思うかもしれませんけど、みんなから距離を取られる自分は、同じような形の人間を見つけるしか希望がないんです。それでやっと存在意義が見つかります」
「なるほど。だから都合のいい言葉は吐かないと」
「もちろん絶対に言わないわけではないです。でもそうですね。極力言わないようにしてます」
「例外は?」
「嘘が刺さるときです。いつもお世辞とかを言わないやつが言うのなら、本当のことなんだろうと思わせるためです」
「そこまで考えて生きていたら疲れないか?」
「疲れますけど」
先輩は確かそこで大笑いした。この人のツボは分からないと改めて思った。
ひとしきり笑ったあと先輩は立ち上がった。腰を下ろしていた場所に汗のシミができていて、それを見て自分の筋肉量を自慢してきた。
「まあ、人生相談ってのも洒落臭いし、ここら辺で引き上げるか」
「はい。お疲れ様でした」
昭穂も立ち上がってそのまま部室に向かった。もう誰も残っていないことを期待しながら。
「昭穂!」
振り返ると黛は満面の笑みでラケットを昭穂に向けていた。
「お前、明澄にこい」
明澄第三青雲高校。先輩の第1志望。
「ええ、割に合わない努力しないと入れないんですけど」
「それでもこい!」
先輩の声はアブラゼミが飛んでいくほどにハキハキとしていいなあ、と場違いに感心していた。
「昭穂だって恋愛したいだろ」
なにを言っているんだか。昭穂は久しぶりに笑えた。
そんな夏の日をどうしてか思い出している。




