由佳とユッコちゃん3
今日も由佳は、帰るや否やユッコちゃんに電話した。
ミスドがあるからとおいで誘われて、今日は由佳がユッコちゃんの家に行くことになった。
では、ダイブ。
「どうだった、尾道は?」
ユッコちゃんがドーナツをかじる。
「よかったよ。尾道ラーメンもおいしかった~。」
由佳が紅茶を一口。
「どんなとこに行ったの?」
「大林宣彦監督の映画のロケ地と水軍城。」
「それだけ?」
「うん。私がいっぱいロケ地回ろうって言ったから。」
「その映画、知ってるの?」
「知らない。でもいいの。」
「何で?」
「真ちゃん、その映画の話をしてくれるとき、とっても楽しそうだから、私がいっぱいロケ地回ろうって言ったの。ロケ地でもいろんなこと教えてくれたよ。ほんと、今日も楽しそうだった。」
「ふ~ん。真ちゃんが楽しかったらあんたも楽しいんだ。どれだけ好きなんだ。」
「え?」
「何でもない。で、何て映画?」
「さびしんぼう。」
「知らないなぁ。」
そろそろいいかなと、ユッコちゃんが核心に迫るべく身を乗り出す。
「で、どうだったの?」
「何が?」
「もう、わかってるくせに。」
「あれのこと?」
「それ以外に何があるのよ。で、どうだったの?」
「うん。」
「うんじゃないよ。どうだったのって聞いてるの。」
「そうなったよ。」
「はっきり言いなさいよ。」
「付き合うことになった。」
「わーやっぱり、おめでとー。私言ったでしょ、絶対今日はあるって、勝負の日になるって。で、あのワンピ着ていったんだよね。」
「うん。」
「何か言ってくれた?」
「きれいだねって。」
「先生、ストレートだね。いいわ、そういうの。」
「ワンピがよ。」
「そうじゃないのわかってるくせに。で、何て告られたの?」
「え~それは。普通のだよ。」
「いーじゃない、教えてよ。あんたの普通は普通じゃないことが多いから。」
「ひどいな。」
「で、何て?」
ユッコちゃんがさらに身を乗り出す。
言ってもいいか。
こうなれたのも半分以上はユッコちゃんのおかげだし。
由佳がしばらく考える。
言葉を選ぶ。
「大好きですって。付き合ってくれませんかって。」
「うっわーこれまたドストレート。でもいいね、そういうのの方が。」
「うん、嬉しかった。涙があふれて・・・嬉しいのに。」
「そこまで言う?」
「ごめん。」
「まぁ、謝らなくてもいいけど。ということは、今日で彼氏いない歴イコール実年齢じゃなくなったんだ。それもめでたいよ。そんでもって県職の彼女になったってね。」
「だから県職は関係ないって。・・・でもね。」
「何?」
「本当は私が先に言ったの。」
「何を?」
「好きですって。」
「え〜!あんたが先に?」
「うん。私から言うなんて思ってもいなかったんだけど、古代史の話から真ちゃんからハガキを貰ったときのことになって、そのときのことを思い出したら真ちゃんへの思いが止まらなくなっちゃって、その後は一気に伝えてしまったの。今の私の気持ち。」
「そう。あんたも変わったね。真ちゃん、嬉しかっただろうな。」
少しエピソードを加えてみよう。
「そうそう、ユッコちゃん、びっくりしたことがあったよ。」
「何?」
「私、古代史が好きっていう流れで真ちゃんに大学が純心だって話したんだけど、その後何かの話になったときに、高校のときに生物を教えてくれた先生って誰って聞かれたの。」
「秋元先生よね。」
「うん。そう言ったら、高校も純心だねって即答された。」
「え~わかるんだ!」
「そう。ほんとびっくりしたよ。私がびっくりしてたら、何で?って言われたよ。県南の生物の先生って、いろいろと接点があるからほとんどわかるって言ってた。」
「へーそんなことがあるの。」
「でね、秋元先生って今年で定年退職だって。」
「そうか。私たちが教えてもらってたときからだいぶお爺ちゃんだったもんね。」
「お爺ちゃんは失礼だけど年配だったね。」
「言ってること同じじゃない。」
「そうかな。でね、生物の実習書ってあったじゃない。実験のときに使ってたあれ。」
「あの、趣味の悪い黄緑の?」
「うん、表紙の色は毎年変わるんだって。」
「その実習書がどうかしたの?」
「あれって、岡山の高校の先生が書いてるのよ。」
「えっ、ほんと?市販じゃないの?」
「うん。どのページもどこかの先生が書いてるの。何年かに一回改定があって、それぞれの実習を担当することになった先生で実習書の検討委員会っていうのが作られて、年に何回か集まって、みんなで一つずつ内容を検討するんだって。真ちゃんが言ってた。」
「そうだったんだ。」
「でね、真ちゃん、その委員会で秋元先生に初めて会ったって。写真では何度か見たことがあったけど、動いてしゃべる秋元先生とは初めてご一緒したって。秋元先生は業界で有名だけど、真ちゃんはペーペーだから、秋元先生、真ちゃんのことは覚えてないだろうって言ってたよ。」
「ペーペーはひどいよ。もう4年目でしょ。」
「自分で言ってたの。」
「でもそれって、真ちゃんも何かの実験のページを書いたってこと?」
「うん、アルコール発酵の実験のを書いたって言ってた。」
「わーすごいじゃない。」
「別にそれに詳しいわけじゃないんだけど、岡山の生物の先生の会で中心になってやってる先生が同じ学校にいて、自分も手伝うし、いい勉強になるからやってくれって言われて断れなかったんだって。北高には真ちゃんの他に生物の先生が3人いるんだけど、他の先生もグルコース以外のいろんな糖を使ってのコントロールとかを手伝ってくれたって。この話をもらって、本当にいい勉強になったし、他校の生物の先生の知り合いが増えたって言ってた。」
「グルコース?コントロール?何それ。言ってることがわからないよ。」
「グルコースはブドウ糖。高校でも習ったよ。私もすっかり忘れてたけど。酵母の呼吸気質だよ。コントロールは対象実験。果糖とか乳糖とかいろんな糖を使ってブドウ糖との比較をするの。」
「何、なんで普通にそんな難しいこと言ってんの?呼吸気質って何?あ、もういいわ、話が進まないから。」
「そうかな。普通だと思うけど。私が聞いたら真ちゃんがわかるまで説明してくれるからかな。」
「そう。すっかり生物教師の彼女だね。真ちゃん、それいい勉強になったってか。いいね、前向きだね。ねぇ、それっていつの話?」
「3年前って言ってたかな。」
「それじゃあ、今、真由が使ってるのってそれかも。」
ユッコちゃんには6つ歳が離れた妹がいる。
真由ちゃんは純心女子高の3年生だ。
いきなり都合よく新キャラ登場。
ユッコちゃんが隣の部屋のドアをノックして開けた。
真由ちゃんは宿題をしている。
「真由、今、生物の実習書ある?」
「あるけど、何で?」
「貸してよ。」
「何でよ、急に。・・・何かおもしろいことありそう。」
真由ちゃんがニヤッとする。
真由ちゃんは小さいころから、おもしろそうなことにはすごくカンが鋭い。
「ちゃんと教えてくれないと貸さない。」
真由ちゃんがイタズラっぽく笑う。
「由佳〜真由に言っていい〜?」
ユッコちゃんの部屋で待っていた由佳に、隣の部屋から大きな声が聞こえてきた。
由佳も真由ちゃんの部屋に入る。
「真由ちゃん、久しぶり。」
「うん、由佳ちゃんも久しぶり。」
真由ちゃんは小さいころから、由佳のことを由佳ちゃんと呼んでいる。
小学校のころまでよく3人で遊んでいた。
「由佳ちゃんが絡んでるんだね。で、何で実習書?」
「言ってもいいかな、由佳。悪いことじゃないし。」
「うん・・・。」
「実はね、由佳の彼が高校の生物の先生してて、実習書の実験の一つを書いてるの。」
「ちょ、ちょっと待って。情報を詰め込み過ぎよ。まず、由佳ちゃんに彼がいるんだよね。」
「そう、今日告られたって。」
「今日?何かすごくない。」
「と言ってもね、だいぶ前からデートしてるんだけど。」
「で、その彼が高校の生物の先生ってこと?」
「そういうこと。」
「わーすごいね。で、どこの高校?」
「やっぱそうなるよね。でも彼から誰にも言っちゃダメって言われてるんだって。」
「えーいいじゃない。教えてよ。」
「ダメだって。」
「お姉ちゃん、知ってるんでしょ。」
「うん。まぁ。」
由佳が口を滑らせたのだが。
「言っちゃダメって言われてて、自分だけ知ってるなんてずるいよ。私にも教えてよ。」
「そこはわかってよ。由佳が困るから。」
「誰にも言わないから。」
「そういう問題じゃないの。」
「誰にも言わなかったらわからないじゃない。こんなに頼んでるのに。教えてよ!本当に絶対誰にも言わないから!」
「いくら頼まれても言えないことなの。これって信用の問題だから。」
「何でよもう!教えてくれないなら貸さない!!」
真由ちゃんがキレた。
「真由!あんたの実習書だからって調子に乗ってない!!」
ユッコちゃんが怒鳴る。
「何がよ!調子に乗ってるのはお姉ちゃんじゃない!」
歯ぎしりしながらユッコちゃんを睨む真由ちゃん。
悔しさで今にも泣き出しそうだ。
また始まってしまった。
小さいころからそうだ。
いつもは仲がいい姉妹なのに、こうなってしまったら、この二人は互いに引くということができないから、どんどんエスカレートするのがわかっている。
自分のことが原因でケンカして欲しくない。
仕方がないな。
「二人とももうやめて。真由ちゃん、北高だよ。」
「由佳、ダメだよ、そんなに簡単に言っちゃあ。言わないって約束したんでしょ。」
「いいよ、実習書を見せてもらうんだし。真由ちゃん、ただ、これって人に言ったら困ったことになるかも知れないから、絶対に学校とかで誰にも言わないでね。」
真由ちゃんが申し訳なさそうに返事する。
「絶対に言わない。ごめんね、由佳ちゃん。」
「はい、お姉ちゃん。」
真由ちゃんがユッコちゃんに実習書を渡す。
よかった、いつもの二人に戻ってくれて。
「何、これ。毎年表紙の色が変わるって由佳から聞いてたけど、真由の年のは青紫?私のときより趣味悪いわ。ほんと気持ち悪いな、この色。」
ユッコちゃんが顔をしかめる。
実習書を広げて三人で見る。
実習11 アルコール発酵
「わーこれ真ちゃんが書いたんだ。」
ユッコちゃんが感動している。
「由佳ちゃんの彼って真ちゃんって言うんだ。すごいね、その人が書いたんだね。」
真由ちゃんも興奮気味だ。
「そうなんだろうね。」
本当は拍動がマックスになるくらいテンションが高いが、由佳は二人の手前、努めて冷静に振る舞う。
「あ!」
ユッコちゃんが急に何かを思い出したようだ。
「これ、高校のときやったよ、思い出した!何か臭かったのも。先生が、スーパーで買ったドライイーストを使うって箱を見せてくれたんだよね。あれ、お菓子作るときにたまに私も使ってたから、同じのだってびっくりしたもん。」
「私もやったよ、去年。そのときは実習書なんてろくに見ずに実験したような気がするけど、こうして改めて見たら絵がきれいね。」
と真由ちゃん。
「絵じゃなくて図って言うの。」
「どっちも一緒よ。」
ユッコちゃんから子どもに言うように指摘されて、バツがわるそうな真由ちゃん。
「この図、書いてるの?コピー?」
とユッコちゃん。
「コピーを使うのは、著作権の問題があるからダメなんだって。」
「そんなことあるんだ。じゃあ書いたの?」
「トレース。トレーシングペーパー使って。それはいいんだって。」
「ふーん。学校関係って著作権とか厳しそうよね。」
俺の書いたページを愛しそうに由佳が見てくれている。
それだけでも頑張って書いた甲斐がある。
「真由ちゃん、実習書、ちょっと貸してくれない。」
恥ずかしそうに言う由佳に、真由ちゃんが「ふ~ん」という顔で実習書を渡す。
相変わらずわかりやすすぎるな由佳ちゃんは、といった感じで。
どっちが年上の社会人でどっちが年下の高校生かわからない。
由佳が実習書を借りて、近くのコンビニへコピーをとりに行く。
実習書を胸に抱いて。
いそいそと小走りに。
そんな由佳の背中を見ながら
「どれだけ好きなんだ。」
真由ちゃんに呆れられた。
これってユッコちゃんにも言われたヤツだ。
やはり姉妹だな。




