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由佳との初デート

今日は出張。

総合教育センターが山奥と言っていいところにあるので、そこまでかなり時間が掛かる。

この時間も有効活用しないと。

今日は由佳との初デートだ。

いや、この前のもデートなのか?

いや、この前の食事はもともと一回きりの予定の本の礼だろ。

じゃあ、デートじゃない。

今日のが初デートだ。

よし、決めるぞ。

ダイブ。


食事した翌日の日曜日。

由佳と電話で話した。

「次に会うのってデートでいいのかな。」

「うん、会うのが目的だからデートよね。前のはお礼が目的の食事だったから。」

お互いに会いたくて会うのもあって、昨日まで敬語だったのが、一変して今日から完全にタメ口になった。

「で、そのデート、食事がいい?どこかへ出掛ける?」

「えっ、どこかへ連れて行ってくれるの?」

「うん、そうしたいなって思ってる。どこへ行くかは考え中。橘さんも考えておいて。」

「うん。方面としては岡山市?」

「そうだね。僕としては街中よりも郊外がいいな。空港とかどうかな?あそこも一応岡山市だし。」

「空港、いいな。もう何年も行ってないよ。」

「今度は僕の車で行こう。高庄の駅まで迎えに行くから。」

「そんなの悪いよ。」

「いや、その方が僕にはいいんだ。岡山駅の周辺なんて危ないから。」

「何で危ないの?」

今勤めている学校の生徒は電車通学が多くて、岡山駅にはうようよしてそうだからとは言えない。

まだ仕事の話はしていないし。

たとえ日曜日といえども、部活などで学校に行く生徒がたくさんいるのも事実。

「いや、関係者がいっぱいいそうで。それよりさっきのでいい?高庄駅で。近所のおばちゃんに見られたら、井戸端会議のネタになって困るとかない?」

おもしろく言ってみる。

「ないよそんなの。ありがとう。じゃあ、お願い。」

「うん。」

「行きたいところ、考えといて。またLINEで教えて。」

「わかった。考えとくね。」


そして、翌週の日曜日。

10時に高庄駅で待ち合わせ。

結局、由佳からは何の提案もなく、デートのプランは空港以外に決まっていない。

困った。

俺がどこかを提案すればいいのだろうが、正直、デートコースでは空港くらいしか持ちネタがない。

俺がよく行くキャンプ場が空港の近くに あるが、キャンプをするならともかく、キャンプ場で過ごすだけでは間が持たない。

それにロマンチックな雰囲気の場所とはいいがたいし。

とりあえず、由佳を迎えに行く。


由佳は駅の駐車スペースで待ってくれていた。

由佳を乗せて走り出す。

「で、空港のほかはどこに行こうか?」

「どこでもいいよ。連れて行ってもらえるんだったら。」

「本当に?」

「うん、本当に。」

「とか言う人に限って、ここはどう?って言ったら、え~って言うんだよな。」

「私は言わないって。本当にどこでもいいよ。」

「本当に?」

「本当に。」

「じゃ、僕の実家でも?」

「え~、それは。」

「やっぱり言った。」

「違うよ。それはまだ早いと言うか。」

「冗談だよ。行きながら考えよう。」

空港線と呼ばれる県道に入る。

信号のほとんどない2車線のいい道なのでついスピードを出してしまいそうになるが、たまに警察が取り締まりをしているので、スピードは控えめにしないと。

「あの空港って田舎の空港だから、あまり飛行機の離着陸がないんだよね。」

「そうなの?」

「でも、お土産物の店が大きいのがいいよ。地元にちなんだ物でいっぱいで、見ててなかなか飽きないよ。」

「よく行くの?」

「いや、2年前くらいに行ったかな。でね、これは年にいくつ売れるんだろうって思うものがあってね。それ、今も売ってるのかどうかが楽しみで。」

「何、それ?」

「岡山の方言がプリントしてあるTシャツ。ぼっけーとか、でーれーとか、おえんとか。自分のために買おうって人、いるのかな?もらっても着られないよ、人前では。」

由佳が吹き出す。

「そんなのあるの?ほんとそうよね、絶対買わないし、もらっても困るよね。家の中だけで着るにしても恥ずかしいよ。」

「今でも売ってたら、よく頑張ったねって言って褒めてあげて買ってあげようかな。」

「本気?」

「で、橘さんにプレゼント。」

「だから、もらっても困るって言ったでしょ。」

「だよね。」

二人でしばらく笑った。


空港に着いたが、やはり日曜日の空港は駐車場がいっぱいで、かなり歩かなくてはいけない遠いところに停めざるを得なかった。

空港に来たからには、まずは飛行機を見ないと。


ターミナルビルのデッキから眺めると、寂しく一機停まっていた。

乗客が乗り込んでいるのだろうけど、ここからからはわからない。

そんな飛行機を見続けるほど退屈なことはない。

しばらく見ていたが何の変化もなさそうで、由佳に話し掛けようとしたら先に由佳から

「あの、桐島さん。桐島さんって、どんなお仕事されてるの?営業とか製造とか商品開発とかの、何て言うのかな、そう、職種で言うと。」

やはり仕事は気になるよな。

「職種か。僕は会社員じゃないんだ。」

「えっ?」

由佳の顔が曇る。

フリーターとかニートとか思ったかな。

「僕、公務員なんだ。県の。」

「えっ、公務員?」

驚く由佳。

「うん。職種でいうと教員。」

「教員って・・・先生?」

「うん。」

「え~!!!」

由佳の目が真ん丸になって、口も開いたままだ。

だいぶ間が開いて

「本当ですか?」

なぜか敬語になっている。

「本当です。」

つられて俺も。

「ほんとに、本当ですか?」

「本当です。県立高校で生物の教員をしてます。」

さらに驚く由佳。

「えっ、えっ、高校の先生ですか?生物の?本当ですか?」

こうも本当か?と聞かれたのも初めてだが、気持ちはわかる。

立場を入れ替えてみたらよくわかる。

俺にしたら、由佳に警察官だと言われたらおそらく同じ反応をしていたと思う。

由佳にとっては、それくらい想定外にありえない驚愕の事実だったのだろう。

「まぁ、くだらないことばっかり言ってるアホのような男が急に教員だなんて言ったらびっくりするよね。信じられないのわかるよ。じゃあ、これ。」

財布に入れていた身分証明書を取り出す。

「これ、転勤したり校長が替わったりしたらもらえるんだけど、顔写真がついてないから身分証明書としては全く使えないんだよな。でも、いくら言っても信じてくれそうにない目の前の人には役に立ちそうだけど。」

由佳に手渡す。

凝視する由佳。

「岡山北高校?」

「うん。」

「そこの子って、賢いんでしょ。」

「そうだな。毎年何人かは東大や京大に入るよ。何人もじゃないけど。」

「そう。でもすごいね。」

ずっと俺の身分証明書を見ている。

「これで信じてもらえた?」

「うん、って・・・ごめんなさい。私・・・。」

「いいよ。でもあんなに本当かって聞かれたの初めてだよ。合計で12回言われたよ。」

「え、そんなに?・・・ごめんなさい。」

「ウソだよ。そんなに言ってないよ。でね、北校に勤めてるってことは誰にも言わないでくれるかな。」

「うん。でも何で?」

「僕、教員してるってこともあまり言わないことにしてるんだ。」

「何で?いい仕事じゃない。」

「教員してるって言ったら、必ずって言っていいほど、どこの学校に勤めてるのかって聞かれるんだよな。」

「だろうね。気になるよね。」

「やっぱり?でね、前は聞かれるままに答えてたんだけど、人によっては『親戚の子が通ってる』とか言う人がいてね。今度、僕のこと、その子に聞いてみようかななんて言う人がいて。」

「うん、ありそう。」

「で、本当に聞いた人がいて、生徒がその人に聞かれたって言ってきたんだよな。」

「えーそれはないよね。」

「だから、それに懲りて、仕事を聞かれたら、県の公務員です、でも守秘義務があってそれ以上は言えないんですってウソついて言わないことにしたんだ。どうしてもってことで教員だって言うことはあっても、どこの高校に努めてるかってことは、よっぽど信用できる人じゃないと言わないことにしてるんだ。」

「そうなの。でも私、さっきの見て知っちゃったんだけど、いいの?」

「いい。あなたは特別だから。」

「特別?」

「うん。僕にとって、あなたは特別に大切な人になるから。」

「えっ?」

「で、橘さんは、どんな仕事をしているの?」

「あっ、人に聞くんなら、まず私から言わないといけなかったね。これ、ありがとう。」

身分証明書を返してくれた。

「トクヨって会社知ってる?」

「あの、ノートとかの・・・文房具の?今は文具っていうのかな?そういった会社?」

「うん。トクヨの岡山営業所に勤めているの。いわゆるOL。」

「最大手じゃない。すごいな。で、何やってるの?営業所っていうくらいだから営業?」

「OLって言ったでしょ。私は経理。」

経理と聞いてイタズラ心が湧いてくる。

「へー。一年以上経理したら、もう慣れたでしょ。」

「全然、まだまだ」

と言いかけているところを遮る。

「横領とか着服に。」

えっ?という顔になった後、静かな怒りが顔に浮かんできた。

まずい、怒らせた?

「いやいや、軽い冗談だから。ごめん。」

「もう慣れてるよ。」

今度は、俺がえっ!となる。

「慣れてるの?」

「違うよ!そんなこと言われるのに慣れてるってこと。」

はー、安心した。

「経理の仕事をしているって言ったら、半分くらいの人が、じゃあ横領とかするの?なんて聞いてくるから。横領なんてしたら絶対にバレるんだから。あんなことする人って、ほんとに馬鹿だよ。」

「そ、そうだよね。本当にごめん。」

「いいよ。もう。」

目が笑ってくれた。

「でも一日中経理の仕事があるわけじゃないから、いろいろなことをやるよ。うちは事務職がいないから、経理兼事務って感じ。電話や来客の対応もするし、郵便物を出しにも行くし、お茶出しもするし、掃除だってやるし。トイレ掃除も交代でやってるのよ。」

「へー、そうなの。」

その後は、学校あるあるや会社あるあるで長い間、二人で盛り上がった。

俺は、一般企業に勤めたことがないので、会社のことはどれも新鮮だった。

由佳も、学校という特殊な職場の特殊な掟に驚いていた。

飛行機なんてどうでもよくなっていて、離着陸があったかどうかさえ知らない。

気が付くと、1時を回っていた。

昼ご飯にしよう。


時間も時間なので、空港のレストランに入った。

「今日は絶対に本を渡さないとね。」

「うん、ありがとう。」

「持って歩いても荷物になるんで車にあるから。もし僕が忘れてたら言ってね。」

「うん、でも私も忘れてたりして。」

「それじゃあいつまでたっても渡せないよ。」

「そうね。」

笑い合う。

もう本なんてどうでもいいかな。


いい雰囲気になったところで、今日、言おうと思っていたことを。

「ねえ、橘さんのこと、由佳さんっても呼んでもいいかな?」

「えっ・・・いいけど・・・。」

口ごもる。

まずいな。

付き合ってもいないのに名前呼びは嫌なんだろうな。

由佳に気まずい思いをさせて悪いことをした。

言わなきゃよかった。

「私ね、小さいころからずっと『さん』とか『ちゃん』とか付けられたことがないの。親兄弟、親戚みんな由佳だし。いとこの中でも私が一番年下だったからかな。友達もみんな由佳。初対面からよ。先生だって由佳よ。高校になっても特に女の先生のほとんどが由佳だったよ。由佳、こっちに来なさいみたいな感じで。」

手招きをするしぐさがかわいい。

「社会人になっても、同期の子もいきなり由佳だし。」

返事に困った訳はそっちだったのか。

よかった。

「へー、みんなに愛されてるんだね。」

「ちゃんを付けてくれるのは、近所のおじさんやおばさんと、職場の先輩くらい。だから、由佳って呼ばれるのが一番呼ばれ慣れてるし、落ち着くって言うか、座りがいいの。だから、由佳がいいな。」

「でもなー、呼び捨てはな。ちょっと抵抗あるな。」

「私がそう呼んでって言ってるんだからいいじゃない。」

「ん~わかった。由佳がそう言うんなら。」

「あっ、今、さっそく由佳って言った。」

「わかった?さすが。」

「何がさすが?で、桐島さんは何て呼ばれてたの?」

「僕はもっぱら真ちゃん。幼稚園から高校までずっと真ちゃん。高三のときなんて、クラスのみんなが仲良くって女子まで真ちゃんだったよ。」

「そう。じゃ、決まりね。私も真ちゃんって呼ぶ。いいよね、真ちゃん。」

「由佳こそさっそくじゃないか。」

「わかった?さすが。」

2度目の由佳が自然に口に出た。

由佳が普通に答えてくれるのが嬉しい。


由佳と真ちゃん。

一気に距離が縮まっていい感じだ。

次は告白だな。


ところで、この後はどうしようか。

まだ昼の2時過ぎで時間はたっぷりあるのに、何も決まっていない。

俺としては、ここで話し続けたいが、由佳の気持ちもあるし、長居されてはレストランにもいい迷惑だろうし。

とりあえず、車に戻ろう。

もう一度、由佳に行きたいところを聞いてみよう。

特にないなら、話しながら走り続けてもいいな。

この近くの高くて景色のいいところで話してもいいし。

でもその前に、アレを見に土産物売り場に行かないと。

ぜひ由佳に実物を見てもらいたい。

まだ売ってるかな。

楽しみだ。

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