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由佳と出会った記念日

今日で、由佳ごっこは終わりにしようと思っている。

楽しかった。

今でも、本当に由佳がそばにいてくれているように思う。

でも、もう現実に戻らないと。

このまま由佳ごっこを続けたら、妄想と現実の境がなくなってしまいそうだ。

と言うより、妄想の世界が心地よすぎて、現実に戻るのを心も体も拒否してしまいそうで、そうなるのが怖い。

悲しいが、俺はこの現実世界で生きている。

それだけは、まぎれもない事実だから。

最後のダイブだ。


6月末のある日、由佳から電話があった。

「今日は何の日だかわかる?」

「ん~何の日だろう。一年中のどの日も何かの日になってるって聞いたことがあるけど。」

「そうじゃなくて、今日は何があった日でしょう?」

何があった日なんだろう?

乙巳の変?元寇?関ヶ原の戦い?真珠湾攻撃?

「何だろう?わからないな。」

「じゃあ、去年の今日、何があったでしょう?」

「ん~?何があったんだろう?」

世界か日本で大事件か大災害?全く思い当たるものがない。

「もう。じゃあ、去年の今日、私と真ちゃんとの間で何があったでしょう!」

何でだか機嫌が悪くなっている。

こっちは、別に悪いことをした覚えはないのに。

で、俺と由佳の間に何があった日かって?

由佳に誘われて食事をしたのは、たしか7月の始めだ。

その日なら、納得できる。

でもその前になるな。

その前って、由佳との間で何かあったっけ?

「本当にわからない?」

「うん。」

「ほんと、ひどいな。そんなの男の人は覚えていないよってユッコちゃんが言ってたけど、ひょっとしてってわずかの望みを持ってたのに。やっぱり無駄だったか。」

ひどい言われようだが、こんなことを言うからには、確かに何かがあったのだろう。

でも何だろう、わからない。

「じゃあ、教えてあげる。この日は、私と真ちゃんが出会った日です。」

「は?」

「だから、私の家に真ちゃんからのハガキが届いた日。」

「はー?そんなのわかるかよ。由佳の家にだろ。」

わかるわけない、真剣に考えて損をした。

「でね、読んで、真ちゃんにすぐに電話したの。」

「・・・そうか。由佳と初めて話した日か。」

「そういうこと。」

何と、そんな日だったとは。

「よくそんなの覚えてたな。」

「私、日記を付けてるの。何か大きなことや特別なことがあった日だけだけど。たまに読み返すんだけど、6月末ってそういうことがあったなって思って昨日見てみたら、何と一年前の今日だったの。」

「へー。出会って一年か。俺たちよくもったよな、一年も。」

「え?」

「冗談だよ。」

「もう、そういう冗談はやめてよね。縁起でもない。」

「この日って、初デートや付き合い始めた日より大切な日なのかな?」

「私にとってはそう。どの日よりも大切な日。」

「じゃ、お祝いしないとな。」

「してくれるの?」

「うん、したい。俺もこの日を記念日にして大切にするよ。」

「嬉しい。何の日にしようか?」

「俺と由佳のファーストコンタクトの日なんてどう?」

「なんか、未知との遭遇みたい。」

「じゃあ、略してFCデイってのはどう?」

「なんか、Jリーグの日みたい。私たちが出会った記念日でいいじゃない。」

「そうだな、それが一番わかりやすいな。」

次の土曜日に夕食を食べに行く約束をした。

レストランを予約するなんてしなくていいからねと先に釘を刺された。


当日。

由佳と初めて食事したあの店に行く。

店に入ると、奥さんに「去年の今ごろに由佳さんと一緒にいらした方ですよね」と言われて驚いた。

奥さんが由佳に微笑む。

由佳が恥じらいながら小さく頷く。


あのときと同じく、由佳と同じものを注文した。

「一年ぶりね。ここへくるの。」

「うん。でも本当に一年ぶりなのかな?ユッコちゃんもいってたけど、もう2,3年経った気がするよ。」

「ほんと、そうよね。そう言えば、ここで本とアニメの話をしたよね。私がお勧めを尋ねたら、真ちゃん、次にはお勧めの本を持って来るし、お勧めのアニメのリストも考えておきますなんて言ってたよね。成瀬の本は次のときに渡してくれたけど、お勧めのアニメは一年経ってもまだ教えてもらってないなー。」

「そうだっけ?」

「そうだよ。覚えてもいないんだ。」

「じゃあ、次までに考えておくよ。」

「まだ考えてないんだったら、次どころかもう永遠にないな。」


「次までにか。」

思い出して、つい、つぶやいてしまった。

「うん。私、その言葉が嬉しくて、次があることを期待しちゃったよ。」

「俺、本当にそんなこと言ったの全然覚えてないんだよな。言ったとしたら、すごく厚かましいよな。まず、また会ってもらえませんかで、OKをもらうのが先だろ。それで、次のときは、だよな。最後の最後にまた会ってもらえませんかなんて、順番が逆だよな。」

「うん。だから、最後の最後に、また会ってもらえませんかって言われて、えっ?て思ったよ。」

「そうだ、思い出した。俺、本当に勇気をふり絞って言ったのに、由佳は返事の前に笑っただろう!」

「それは笑うよ。しこたま悩んで言いあぐねて、出てきた言葉がまた会ってくれませんかだもん。私はとっくにそのつもりだったのに。」

「まあ、結果オーライだな。そうやって今があるんだから。」

「うん。幸せな今が、ね。」


その後は、とりとめなくいろいろな話をした。


「今年はもっと早くから、いっぱい花火大会に行こうな。お祭りにも行きたいな。」

「うん、行きたい。毎週でも全然OK。」


「お父さんやお母さんや、お姉さんや、ユッコちゃんや、美玖ちゃんたちに変わりはない?」

「みんなに結構いろいろ起こってるよ。うちとしては、お父さんもお母さんもまた真ちゃんに来て欲しいみたい。お母さんがしょっちゅう私に真ちゃんを呼べって言うんだよね。真ちゃんが帰ってまだ半月も経ってないのに、あの頃は楽しかったな・・・なんて言うのよ。お父さんも、また婿殿と飲めるのを楽しみにしてる。ほんと、また近いうちにうちに来て。」

「いつでも行きますって伝えて。嬉しいな。そんなに言ってもらえるなんて。」

「私もだけど、お父さんとお母さんに会いに来て欲しいな。」


「ユッコちゃんは、仕事の関係で新しい出会いがあったみたい。現在進行形らしいよ。」

「ほう、もてる子は違うな。」

「外見に高望みするのは完全にやめたって。『男はやっぱり中身だ!真ちゃんみたいに。』って言ってたよ。」

「それって褒められてるの?なんかすごく複雑な気持ちなんだけど。」

「そうかな。私には最高の誉め言葉だよ。」

由佳がそう言ってくれるのならそれでいい。


「で、美玖ちゃんにも彼氏ができたんだって。私からは聞いてないのに、顔を合わせたら、デートで彼とこんなところに行ったとか話してくれる。」

「へー。」


「そうそう、お姉ちゃん、妊娠したって。」

「そう、おめでたいね。沙耶ちゃんに兄弟ができるんだ。」

「大変だろうから、ちょくちょく行って家事をしてあげようと思うの。お父さんもお母さんもそう言って張り切ってる。で・・・お父さん、早くお前の方の孫も見せろって。」

「いや、でもそこは順番ってもんがあるよな。」

「うん。でもお父さん、もうすぐみたいに思ってるみたい。」

「それは困ったな。」

「ほんと、困ってる。」


食事が終わって由佳を家まで送る。

いつもは家の前に車を横付けして由佳を降ろしたら、じゃあと言って去るのだが、今日は駐車場のお父さんの車の横に停めた。

車のラゲッジスペースにシートを被せて隠していた花束を持って由佳の前に立つ。

大きな赤いバラの花束。

驚く由佳。

「由佳、一年間ありがとう。出会ったときと同じで今も由佳のことが大好きです。こんな俺だからこれからもいろいろあるだろうけど、よろしくお願いします。」

頭を下げる。

上げると由佳は涙をポロポロと流して俺を見つめている。

花束を差し出す。

「ありが」

口を押さえる。

「ありがとう。」

受け取ってくれる。

「じゃ。」

車を出す。

柄にもないけど、少し先で止まってブレーキを5回踏んだ。

恥ずかしくなって、その後、強くアクセルを踏んで急発進してしまった。


本当に、この後、いろいろなことがあるだろうな。

由佳のウエディングドレス姿を見るまでは。

いや、その後も。

激しい喧嘩もするだろう。

しなくて済めばその方がいいが、あって当然だ。

本当の気持ちがぶつかり会わないとお互いわかり合えないから。

でも、わかっていることはただ一つ。

何があっても、俺のそばにいるのは由佳だけ。

由佳しかいないから。

そして、由佳が求めてくれるのも俺のところだけ。

そうやって、互いに寄り添いながらこの先も一緒に歩いて行こう。

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