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由佳と居候1

6月がこんなに暑いとは。

本当に、異常気象としか言いようがない。

エアコンを効かせて心地よくなったら、ダイブだ。


今年は記録的な猛暑になるようだ。

5月から早くも最高気温が30℃になり始め、6月に入るとブリが付いたようにグングンと気温が上がっていっている。

中旬になると35℃に達した。


そんな折に、大変なことが起こってしまった。

俺の部屋のエアコンが壊れてしまったのである。


今日はだいぶ早く帰ることができた。

仕事から帰宅するやいなや、いつものように窓を全開にした。

当然家を空けているときは締めきっているので、熱がこもってサウナ状態になっているからだ。

しばらく待つ。

あまり体感的には変わらないが、これで少しは室温が下がったはず。

では、と窓を閉めてリモコンでエアコンのスイッチを入れる。

しかし、エアコンはウンともスンとも言わない。

リモコンの電池が切れたかな?と思って表示窓を見ても、ちゃんと液晶には情報が表示されている。

えっ?壊れた?

いったんコンセントを抜いて数分後に挿してみる。

もうこの時の俺は、汗だくでまさに汗だるま状態である。

スイッチを入れる。

やはり何の反応もない。

ガーン!

壊れたんだ。

昨日まで元気に部屋を冷やしてくれていたのに。

よりにもよって、この暑い時期に壊れるなんて。

俺は冬もエアコンで暖房しているが、冬なら壊れても厚着したら何とかなる。

でも、夏は裸になっても暑い。

扇風機で耐えられる時期はとうに過ぎている。


急いで車で家電量販店に向う。

この時期だから注文が殺到しているかも。

1週間で取り付けてくれるだろうか?

最悪、2週間以上掛かることも覚悟しないとな。

などと暗い気持ちで店に到着。

足早にエアコン売り場に向かう。

エアコンを選んでいると、店員が近付いてきた。

何か聞かれる前に、今日買ったら、近くていつに取り付けてもらえるのかを先に尋ねる。

店員がタブレットを操作する。

早くて5日後には付けられると答えてくれた。

思いのほか早くて嬉しくなる。

機種を選んで、クレジットカードで支払いをした。

今回選んだ機種は、フィルターの自動清掃があるのはもちろんだが、そこで出たごみを外に捨ててくれるという至れり尽くせりの機能が備わっているとのことで、即決した。

フィルターの掃除は2年に一度くらいでいいらしい。

どんどん便利になっていくな。

やがては、全く掃除をしなくてもいいのが近いうちに出そうだ。

希望的観測だけど。


さて、問題はこの5日間をどう過ごすかだ。

あの部屋では暮らせないとなると、選択肢は2つ。

安いビジネスホテルに泊るか、キャンプ場でテントで過ごすか。

洗濯はコインランドリーでやればいいし、Yシャツはクリーニングに出せばいい。

キャンプになるなら、風呂は銭湯にでも行けばいいし。



一応、由佳に報告しておこう。

LINEを送る。

「なんと、部屋のエアコンが壊れちまった」

すぐに既読がついてLINE電話が掛かってきた。

「エアコンが壊れたって?」

「うん、今日、帰ったら壊れてた。全然動かない。ショック大だよ。」

「で、どうするの?エアコンなしで過ごせるの?」

「あの部屋では無理。2階だからすごく暑くなってるし。寝られないどころか熱中症になるよ。」

「じゃあどうするの?」

「5日後に新しいのを取り付けてもらえるんで、その間はビジネスホテルに泊まるかキャンプ場でテントを張る。」

「そんなのお金も掛かるし、キャンプ場って遠いから不便でしょ。」

「5日ならどうにでもなるよ。」

「うちに来たらいいのに。」

「えっ!」

さらっと想定外のことを言われて驚く。

「それは、ちょっと。そんなに甘えられないよ。」

「なんで?もう泊ってるじゃない。」

「あれは事故みたいなもんだから仕方がなかったんだよ。悪いけど、気持ちだけで十分にありがたいよ。」

「そう・・・。また電話するね。」

「うん、ちょっと早いけどお休み。」


5分もしないうちに、由佳から電話が。

「お母さんがね、ダメだって。」

「お母さんに聞いたの?黙っておいて欲しかったな。そう言うの当然だよ。5日も他人が泊ったらお母さんだって大変だよ。」

「そうじゃなくて、ビジネスホテルやキャンプ場に泊って仕事に行くなんて、絶対にダメだって。ホテル代だってかなりかかるし、毎日テントに泊まったりしたら体調を崩すかもしれないし。遠慮はいらないからうちに泊まってって言ってる。私もそう思うし、何かあったらって思うと心配だよ。」

「そうは言われても。ご飯や洗濯やほかにもいろいろなことがあるし。生活リズムも違うし。とても嬉しいけど、迷惑はかけられないよ。頼むからこの話はこれで終わりにして。ごめん。お母さんにもありがとうございますって伝えておいて。じゃあ。」

悪いとは思ったが、俺から電話を切った。


その後少しの間をおいて、また由佳から電話が。

「真ちゃん、私たちやがては家族になるんだから、もっとうちに甘えて欲しいな。迷惑だなんて全然思わない。困ったときこそ助け合わないとってお母さんも言ってるよ。寂しいな。私、何の役にも立てないのかな。」

「ごめん、でも。」

「でも何?」

「・・・。」

これ以上断れない。

こんなに言ってもらえるなんて、嬉しくて涙が出そうだ。

「それにね、お父さんがすごく喜んでるの。毎日一緒に飲めるって。もうすっかりその気になってるよ。これで断ったら、由佳はやらん!とか言い出すかもよ。」

最後は笑ってたから、本気じゃないのはわかってるし、お父さんがそんな人じゃないことも十分にわかっている。

ダメ押しをされて心が決まった。

ありがたく由佳の家族に甘えさせてもらうことにした。


そうと決まれば、急いで荷物をまとめなければ。

荷物と言っても仕事で着る半袖カッターシャツとスラックス、帰って着替えるTシャツとハーフパンツ、下着くらい。あとは、ひげそりや通勤カバンやパソコンくらいか。忘れ物があれば仕事の帰りにでもアパートに取りに寄ればいいし、だいたいのものは由佳の家のものを借りられるだろうし。

なんだかんだで、由佳の家に着いたときには、8時を回ってしまった。

インターホンを押すと、由佳とお母さんが迎えてくれた。

何か、婿養子になった気分だ。

お父さんがダイニングで待っていた。

「いらっしゃい、真ちゃん。じゃあ飲もうか。」

何のじゃあかはわからないが、テーブルにはチーズやクラッカー、カルパスなどのつまみとグラスがセッティングされていた。

酒は、ビール、ウイスキー、日本酒が並んでいる。

明日は土曜日。

ゆっくりと飲ませてもらおう。

今日は遅くなってはいけないとばかり思って、何も考える余裕がなくて急いできたが、明日からはお父さんと俺の飲む分やつまみは、俺が用意しようと思う。

由佳のワインとお母さんのビールも忘れないようにしないと。

「お腹はすいてないかい?」

今日は仕事の帰りに外食したのでお腹はすいていない。

「はい。夕ご飯が遅かったので。」

「そうか。酒は好きなように飲むことにしよう。」

お父さんがいつものごとく日本酒を飲み始める。

俺も日本酒をもらう。

今日は仕事でもプライベートでもいろいろなことがあって精神的に疲れたからか、何かよく回る。

コップ一杯でもうふわっとなった。

俺のコップが空いたのを見て、すぐにお父さんがなみなみと注いでくれる。

それまでキッチンでお母さんと晩ご飯の片づけをしていた由佳が俺の隣に座る。

「私も少し飲むね。」

「珍しいな、由佳が家で飲むなんて。」

「うん、今日は特別。私、ワイン取ってくる。」

「自分の酒を持ってるのか?」

「それは・・・前に真ちゃんとお父さんで家のお酒を全部飲んじゃったでしょ。あの後、お母さんと一緒に真ちゃんを寝かせたときに、すごく恥ずかしいことがあったのよ。飲まないと眠れそうになくって、コンビニに買いに行ったの。」

洗い物を終えたお母さんもテーブルに着いた。

「そうよね、あれは大変だったね、いろんな意味で。でも恥ずかしいだけじゃなかったじゃない。嬉し恥ずかしってああいうのを言うの?じゃあ、私も少しもらおうかしら。私はビールにするわ。」

何も知らないのはお父さんだけで、何のことだ?と言わんばかりの顔をしていたが、すぐにそんなことはどうでもよくなったみたいだ。

俺がお母さんのコップにビールを注ぐ。

由佳がワインを持って戻ってきた。

ワイングラスでなく普通のコップに注いだから結構な量だ。

前におよばれしたときのように、やはりお母さんはビール一杯でかなりハイになってしまった。

「真ちゃんがね、泊るって言ってくれたらお父さん、大喜びでね。今日から婿殿と毎日飲めるぞなんて。」

婿殿?

当り前だが、そんな呼ばれ方、初めてだ。

恥ずかしいけど嬉しい。

俺の代わりに由佳が答える。

「婿殿ってお父さんは何だって早いよ。真ちゃんも何て答えたらいいか困ってるじゃない。」

由佳も何だか嬉しそう。

そんな俺たちにお構いなしにお母さんが続ける。

「でもね、一番喜んでたのは由佳だから。どうしよう、どこまで真ちゃんのお世話していいのかな、Yシャツにアイロン当てたりは当り前よね、なんて、さっきまで一人ではしゃいでいたのよ。ね、由佳。」

由佳が恥ずかしそうに

「お母さん、それは言わない約束でしょ。」

否定はしないから本当みたいだ。

そんな由佳を想像するだけで、かわいくって胸がきゅっとなる。

「真ちゃん、遠慮はいらないから、今日から自分のうちだと思って過ごしてね。気に入ったらいつまでいてくれてもいいから。」

そう言った後、お母さんがチラッと由佳を見る。

由佳もワインでだいぶ顔が赤くなってきている。

「うん、いたいだけいてくれていいからね。なんなら引っ越してきてずっといっしょに暮らしてもいいよ。」

普通にそんなことを言うとは。

由佳もかなり酔っているようだ。

お父さんが、空になった由佳のコップにワインを注ぎながら

「お前も言うようになったな。さすが俺の娘だ。これは真ちゃんがいる間にいい報告が聞けそうだな。あはははは。」

「もうお父さん。そればっかりじゃない。」

いつもと違って嬉しそうな由佳。

ワインをグビッと飲む。

「じゃ、真ちゃんの部屋にお布団を並べて敷いておかなくっちゃ。」

とお母さん。

「お父さんもお母さんも酔ってるよ。」

どの口が言っているのか。

でも、その通りでみんな酔ってる。

もちろん俺も。

日本酒も3杯目になって、やたらテンションが上がっているのが自分でもわかる。

「由佳、別々の布団なら同じ部屋で寝てもいいじゃない。俺たちもう一枚の布団で寝た仲だし。」

つい、冗談半分で言ってしまった。

お父さんとお母さんが一瞬だけ真顔になった。

だがすぐにお父さんが

「そうかそうか、もうそこまでいってるのか。これは本当に孫の顔を見られる日も近いな。」

お母さんも

「そうだったの。じゃあ、お布団は一枚にしておくわ。」

もしもシラフだったら、由佳はパニックになっていただろうし、俺は由佳にひどい目に遭わされていただろうけど、今の由佳は違う。

ワインパワーでスーパー由佳になっている。

まったく慌てた様子もなく、余裕さえただよわせている。

「お父さん、お母さん、一緒に寝てなんかないからね。ちょっとの間、真ちゃんの布団の中にいただけだから。ただの添い寝で、お、ふ、ざ、け。」

そんな声が二人に届くはずもない。

ワインのグラスが空いていたので俺が注ぐ。

「遥のところが女の子だから私は男の子が見たいわ。」

「俺は元気に生まれてきてくれたらどっちでもいいぞ。」

二人で勝手に盛り上がっている。

「私、眠たくなったから先に寝るわ。」

残りのワインを飲み干して、由佳が自分の部屋に帰っていった。

それにしてもいい飲みっぷりだ。

今日は、いろいろなことがあって疲れたのか、俺も眠けに襲われ、先に休ませてもらった。


翌朝、少し早く目が覚めた。

飲み過ぎてはいないので、体調はいい。

歯磨きをしていたら由佳が降りてきた。

顔色が悪い。

「頭が痛いし気持ち悪い。ぐるぐる回ってる感じもする。これって二日酔いってやつ?」

人生初の二日酔いで苦しんでいるようだ。

「今日が土曜日でよかったな。」

「うん、これじゃあ仕事にならないよ。でも次の日が仕事だったら飲んでないよ。」

「ワインを普通のコップで3杯も飲むから。」

「そんなに飲んだの?途中から記憶がないのよね。」

「じゃあ、あの話も覚えてない?」

「あの話って?」

「覚えてないならいい。」

「あっ、それ、前の私のマネしてない?」

「わかった?」

「わかるよ。でも、私はいつも最後には全部教えてあげてたんだから、教えてよね。」

「じゃあ、順番に言うよ。まず、俺に、ここが気に入ったらいつまでもいていいし、引っ越してきて一緒に暮らそうって言ったのは覚えてる?」

最後だけちょっと盛ってしまった。

由佳の目が丸くなる。

「そんなこと言った?」

「普通に言った。」

「信じられない。そうは思ってたけど、そんなこと言う?」

「じゃあ、次は結構ヘビーだな。俺に添い寝して一枚の布団の中にしばらく一緒にいたって言ったのは?」

見る見るうちに由佳の顔が赤くなっていく。

「誰に行ったの?お父さんとお母さん?」

「うん。」

「えー、どうしよう。本当にそんなこと言ったの?」

「あれだけはっきり言っといて、全く覚えていないなんて信じられないよ。」

本当は俺が一緒に寝たと言ったのを、由佳が間違いを正しく訂正したのだが。

「前に真ちゃんが酔って泊った時、あんなにはっきりお父さんに言ったのに、次の日覚えていないなんて信じられなかったけど、ほんとうに酔っぱらったらそうなるんだ。今わかったよ。」

「でな。」

「まだあるの?その先のことになると聞くのが怖いよ。」

「じゃあ、聞かない方がいいよ。」

「でも、それって、私だけが知らないってことでしょ。」

「うん、お父さんとお母さんはしっかり聞いてた。」

「何、それ。もう不安しかないよ。何言ったの?」

「うん、子どもは一人目は男の子がいいって。」

「・・・そう。」

落ち着いて答える由佳が不気味だ。

ちょっとやり過ぎたかな。

「ウソだよ。お父さんとお母さんがそう話してた。沙耶ちゃんが女の子だから、次は男の子の孫が欲しいって。でも、由佳はそこまで聞いてから、眠くなったって出て行ったんだよ。これは本当。」

「そう、ちょっと安心したわ。でも結構いろいろとやらかしたんだね、私。お母さんと顔を合わせるのが恥ずかしいよ。あー、頭痛い。お酒はほどほどにしないと。」

「もう酒はやめるじゃなくて?」

前に由佳に言われたヤツ。

「やめられないよ。楽しいもん。」

「それじゃあまたやらかすな。」

言われた分を言い返してやった。


「由佳の家って、朝食は各自で食べるの?」

「うんっていうか、土日はね。晩ご飯も土日はないよ。お母さんの休みの日だから。」

「そう。朝ご飯ってどうしたらいい?買ってきてもいいけど。」

「簡単にすませてもいいなら、ジャーのご飯と冷蔵庫の中の海苔とか漬物とかふりかけとかを好きに食べて。味噌汁もインスタントのものがあるよ。私はいつもそんな感じ。」

「そうなんだ。俺もそうさせてもらうよ。由佳にはおかゆでも作ろうか?」

「ううん、今は何も食べたくない。」

「薬局が開いたら、二日酔い用の胃薬買ってくるよ。」

「ありがとう。もう少し寝るね。」

「うん。」

辛いだろうが、酒を飲む以上、誰もが通る道だ。

これを乗り越えて人は大きくなる。


で、今日は土曜日。

明日は日曜日だ。

今夜はどうなるんだろう。

神のみぞ知るか。


俺のアパートの部屋に新しいエアコンが付くまであと4日。

果たして、俺は無事にこの期間を過ごしてアパートに帰ることができるのだろうか。

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