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由佳と文化祭

文化祭を夏休み明けに行う学校が多いのだが、話の都合上、このシーズンに行われることにする。

では、ダイブ。


もうすぐ俺の勤める学校の文化祭だ。

去年から一般公開で外部の人も入れるようになった。

そうなるまでは、紆余曲折、かなり校内でも揉めたのだが。

それは、何が何でも一般公開したくない勢力があるから。

その理由はただ一つ。

公開して入ってくる外部とのトラブルを恐れている。

というより、今まで何の問題もなかったのだからという理由で、現状を変えたくないという方が正しいだろう。

気持ちもわからないわけではない。

自分たちが定年を迎えるあと数年を、波風立てずに平穏無事に過ごしたいといったところだろう。

でも、世間が、時代が変わっていくのを受け入れないと、学校だけが取り残されていく。

他校もどんどん変わっていくのに。

最後は、職員会議で公開派が多数を占め、校長の決裁も得られて決定した。


ただし、公開するのは日曜日だけ。

文化祭は土日だが、土曜日は外部の人は入れず、校内だけで部や有志の発表が体育館の舞台で行われ、それを全校生徒で見る。

その後は翌日の準備が行われる。


由佳が北校の文化祭に来たいと言ったが、それはやめてくれと止めた。

もしアイツらや谷田と会ったら、大変なことになるから。

由佳は純粋に文化祭の雰囲気を楽しみたかったようで、わからないように眼鏡に帽子にマスクで変装して行くからと言うが、そのほうが目立つ。

何とか説得して、その翌週の日曜日に行われる由佳の母校の文化祭に一緒に行くということで納得してもらった。


生徒会を担当していると他校の生徒会から文化祭の招待の手紙が来るし、こちらも送る。

他校の文化祭の情報収集という名目で、生徒会の役員生徒や顧問教員で手分けして、できるだけたくさんの学校の文化祭に行くことにしている。

生徒たちは招待状を葵の御紋のようにして、一般公開されていない学校の文化祭にも入れれるのがうれしいらしく、何校でも行きたいようだ。

何より、他校の生徒会役員と交流するのが楽しいし刺激になると言っている。

俺たちは1校でお腹いっぱいだ。

今年も純心女子高校の生徒会からから招待状をもらっている。

ここはお堅いので、家族や卒業生などの関係者、招待されたお客以外は入れない。

生徒に今年の希望を聞かれ、会いたい先生がいるからといって、純心女子高校にしてもらった。


文化祭当日。

招待状に、本校には外来者用の駐車場がわずかしかないので、できるだけ公共交通機関で来て欲しいという旨の一文があったので、車で行くわけにはいかない。

車を由佳の家に泊めさせてもらって、歩いていくことにした。

20分ほどで着いたが、当然、由佳は自転車で通学していたらしい。


まずは、受付。

由佳は卒業生なので、身分証明書で卒業年度を確認して名簿と照らし合わせてパス。

俺は招待状を提示してパス。

ただし、校名と名前を聞かれて控えられた。

さすがに堅い。

俺が高校生の頃、友達といろんな女子高を○○のパンツと言って嬉しがっていたのを思い出した。

ここは確か鉄のパンツだった。


受付でもらったパンフレットで校内の案内図を見る。

ここでは俺と由佳の関係を知っている人はいないから、安心、安全だ。

文芸部、美術部、写真部、華道部、書道部、漫画研究同好会、社会問題研究会、1年生の教室展示。

由佳と話しながら近い順に見て回る。

和室で茶道部にお茶を頂いた。

次は?とパンフレットを見る。

ここからなら、渡り廊下を渡って隣の棟に行ったらすぐに生物教室だ。

生物部の展示を見に生物教室に入る。

「いらっしゃいませ。」

生物部の生徒だろう、にこやかに迎えてくれる。

模造紙に書かれた様々な発表を見る。

この学校の生物部は、顧問の先生がすごい先生だから生徒も鍛えられている。

さすが、全国の発表会でもいつも上位に入るだけのことはある。

ハイレベルで高校生の研究とは思えない。


教室の中央には実体顕微鏡がずらりと並んでいる。

発生の順にホルマリンで固定されたイモリの胚を観察できるようになっているのだ。

これは顧問の先生の専門分野で、論文も書かれている。

俺の同僚曰く、あの先生は教員でもあり学者だ、と。

スタートの顕微鏡から覗いていく。

2細胞期、8細胞期ときて、3つ目の胚は桑実胚。

恥ずかしながら、本物を見るのは初めてだ。

感動していると

「秋元先生、今年はすごくたくさんの人が見に来てくれてますよ!」

生徒が先生に客の入りを報告する声が聞こえた。

顕微鏡から顔を上げる。

秋元先生だ。

文化祭の当日は、先生はみんないろいろと役割分担があるので、なかなか自分の部の展示の方には行けないものだ。

そう思って入ったのに、想定外のことが起こってしまった。

文化祭の視察とは言え、半分は彼女とのデートなのがマズい。

でも、俺のことはわからないだろう。

3年ほど前に3回ほどその他大勢の一人として一緒にいたくらいだから。

話したことがないどころか、近寄ったことさえない。

秋元先生と目が合う。

「ああ、こんにちは、北高の桐島先生。本校の文化祭にいらしたんですか?」

普通に挨拶された。

「えっ!」

俺の代わりに由佳が驚きの声を上げ、慌てて口を押えた。

俺こそ驚いた。

心臓が止まるかと思った。

俺の名前を覚えてもらえていたなんて。

「は、はい。ご無沙汰しております、秋元先生。私、生徒会の顧問をしていまして、そちらの生徒会から招待状をいただきまして。」

「そうですか。律儀にありがとうございます。先生もいろいろとお忙しそうですね。」

秋元先生が優しくねぎらってくれる。

「で、隣のお嬢さんは、うちの卒業生ですよね。」

「えっ!」

またもや由佳が驚いて大きな声を上げる。

「私のこと、わかるんですか?」

「わかりますよ。苗字は忘れましたけど、由佳さんですよね。先生方もみんなそう呼んでましたから。卒業生みんなを覚えているのは無理ですけど、印象深い生徒はずっと覚えていますよ。私の授業をいつもうなずきながら聞いてくてれましたよね。」

そんなことがあったのか。

由佳は完全にフリーズしてしまった。

そのとき生物教室に元気がよさそうな三人組の女子生徒が入ってきた。

秋元先生が俺たちに

「お二人は?・・・すみません、年よりの独り言と」

と言うのと同時に三人の中の一人が

「あ、由佳ちゃん!」

何というタイミング。

「えっ、真由ちゃん。」

由佳が驚く。

その子がズンズンと俺たちに近づいてくる。

「文化祭に来てくれたんだ。ひょっとして、この人?前に聞いた生物の先生の彼?実習書の?」

「真由ちゃん、だめよ。今は。」

「何で。高校がどこかって言わなけりゃいいんでしょ。」

「そうじゃなくて、秋元先生がいらしゃるでしょ。」

「あ。」

この展開には秋元先生も驚いたようだ。

「藤原さんは由佳さんの知り合い?」

「はい。姉の友達です。家が近所なんです。姉もここの卒業生なんです。」

「お姉さんって、藤原・・・?」

「有紀子です。藤原有紀子。」

「あー、藤原由紀子さんか。お姉さんも、はっきり覚えているよ。ユニークな子だったな。実験ではいつも班を仕切っていたよ。生物のテストの点では毎回学年のトップクラスだったんだよ。」

「え~、本当ですか、お姉ちゃんが?」

真由ちゃんには信じられないようだ。

由佳が小声で

「ユッコちゃんの妹の真由ちゃん。」

と俺の耳元でささやく。

なんだか人間関係が複雑になってしまった。

秋元先生が整理するように真由ちゃんに尋ねる。

「藤原さんは有紀子さんの妹で、由佳さんは有紀子さんと近所で同級生。で、由佳さんの彼氏が桐島先生ってことだよね。」

「はい。北高の先生で、・・・あー!これは誰にも言っちゃいけなかったのに。由佳ちゃん、ごめんなさい、どうしよう。」

真由ちゃんが慌てる。

前に由佳がユッコちゃんに答えてしまったときと同じだ。

「いいよ真由ちゃん、秋元先生、真、いや桐島さんのこと知ってらしたから。」

「そうなの・・・あーよかった。またお姉ちゃんとケンカになるところだったよ。」

「藤原さんは、桐島先生が北高ってこと口止めされてたのか。私は桐島先生のことは何年も前から知ってるよ。先生が実習書のページを書いていることも知ってるんだね。」

「はい。由佳ちゃんがうちに来たときに、姉が実習書を見せてくれって言って。由佳ちゃんの彼氏が高校の生物の先生で、その日のデートで由佳ちゃんが告られたって姉から聞きました。で、真ちゃんじゃなくて、えっと、桐島先生が書いたっていうページをみんなで見たんです。アルコール発酵の。」

真由ちゃんはさらっと言うが、俺にとってはかなり恥ずかしい情報が入っている。

それも全く言う必要のない情報。

それと、きっと家では姉妹で俺のことを真ちゃんて呼んでいるんだな。

でもこの話は初耳だ。

「そうなの?」

由佳に聞く。

「うん。」

とだけ答える由佳。

何か警戒しているみたいだ。

真由ちゃんがニヤリと笑う。

俺に向かって

「それでね、由佳ちゃんね。」

真由ちゃんが続けて何を言おうとしているのか察して由佳が慌てる。

「真由ちゃん、そのことは言っちゃダメ。」

「何で、こんなおもしろいことを?でね、由佳ちゃんね。」

「真由ちゃん!」

「由佳ちゃんね、その後、実習書を貸してくれって言って、コンビニにコピーを取りに行ったんですよ。嬉しそ~に。どれだけ好きなんだってお姉ちゃんがあきれてた。」

それはユッコちゃんじゃなくて、真由ちゃんのはずだが。

「もう。真由ちゃん。」

由佳が真っ赤になっている。

おれも返事に困る。

嬉しいけど。

しばらくの沈黙。

この気まずい場の雰囲気をどうしたらいいものか。

「いいね、若い人は。」

秋元先生が助けてくれる。

俺に向かって

「じゃ、ごゆっくり楽しんでください、彼女さんと。ははは。」

笑いながら部の生徒の方へ行ってしまった。

真由ちゃんも、やりすぎたかなという表情を浮かべて

「じゃあ、私も他の展示を見に行くから。」

でも、それで終われないのが真由ちゃんだ。

「ゆっくりと楽しんでください、彼氏さんと。ははは。」

笑いながら友達と出て行った。

残された俺たちを周りの生徒たちが見ている。

恥ずかしい。

早々に生物教室を出た。


中庭に出ると、3年生の模擬店のテントが連なっていた。

ラーメン、ホットケーキ、タコ焼き、唐揚げ・・・。

どれも食べてみたいが、昼食は外で食べることにしているので、お腹が張るものはやめておこう。

由佳の希望でケーキセットを買った。

きれいに飾りつけをされて飲食用に開放された教室で食べる。

「どう、母校の文化祭は?」

「卒業して以来よ、中に入ったのは。なつかしいな。」

「高校の頃を思い出す?」

「うん。私のクラスはうどんとおにぎりの店をやったな。楽しかったな。」

何か、遠くを見る目になっている。

「へー、うどんか。聞いたら久しぶりに食べたくなったよ。昼ご飯はセルフでいいからうどん屋に行かない?」

「うん、行こう。私も食べたくなった。」

「由佳はどんな高校生活してたの?」

「う~ん、とにかく部活が中心だったよ。」

「吹奏か。ここ、今も強いよな。うちは音楽系があるから上手いのは当然だけど、それと張り合うもんな。練習も厳しいんだろうな。」

「厳しいのもあるけど、長いんだよね。ほんと、毎日クタクタだったよ。」

「そう。充実してたってことか。」

「うん。充実してた。」

「勉強は?」

「ノーコメント。」

「よーくわかった。」


その後も、展示を見に行く。

最後の展示を見終わって廊下の角を曲がったところで、年配の女性に出くわす。

驚く由佳。

「川上先生!」

今日の由佳は驚いてばかりのような。

「えっ、由佳じゃない、どうして?って、見に来てくれたんだね、文化祭。・・・それにしても、あんた全然変わってないね。高校のときのまんまじゃない。」

「いえ、そんな。私ももう24になりましたから。」

「へー、そんなになるのか。この前卒業したように思うけど。私も歳を取るはずだわ。ははは。」

何とも豪快そうな先生だ。

「一年と三年のときに担任をしてもらった川上先生。」

由佳が紹介してくれる。

俺から挨拶するべきだろう。

同業者だし。

「岡山北高校で生物を担当しています桐島と申します。お世話になっております。」

「まぁ、北高の先生でしたか。今日はうちの文化祭を?」

「はい。生徒会の顧問をしていまして。いろいろな学校の文化祭を見せてもらっています。」

「そう、偵察に来たんですね。うそうそ、冗談よ。北高のに比べたらうちのなんてね。で、何で北高の先生が由佳と?」

どう説明したらいいんだろう。

と言っても付き合っているということ以外に説明しようがないのだが。

すぐに川上先生が「そうゆうことか」という顔になった。

「やぼなこと聞いちゃったね、由佳。」

返事に困っているが、顔を赤くしているのが答えだ。

今日の由佳は赤くなってばかりいるような。

「じゃ、私、見回りがあるから行くね。今日はいいネタしいれちゃった。」

川上先生が去っていく。

最後のはかなり気になったが、純心高校には秋元先生以外に知り合いはいないからだいじょうぶだろう。

一通り見終わったので、学校を出る。

うちで休んでいったらと由佳に誘われたので、お邪魔することにした。

他校の文化祭だからお客さんなのだが、生徒と同様に文書での報告があるからしっかり見ないといけないし、先生には気を遣うし、確かに疲れた。


来た道を逆に歩いて由佳の家に着いた。

上がるのは前におよばれして以来だ。

お母さんに会うのも久しぶりだ。

今朝は外出されていて会っていない。

「まあまあ、真ちゃん、いらっしゃい。」

変わらない笑顔で迎えてくれる。

「ごぶさたしてます。」

「ほんと、ごぶさたよ。もっと来てくれたらいいのに。でも、先生って休みの日もいろいろと忙しいって聞くから。仕方がないね。」

基本、土日は暇なのだけれど、それは言わない。


初めて由佳の部屋に入る。

前のときはそれどころじゃなかったから。

少し緊張した。

由佳が俺のアパートに初めて来たときとは反対かも。

きれいに片付いている。

適度に女の子らしい部屋だが、コテコテではない。

そこが由佳らしい。

「いつもこんなに片付いてるの?」

「片付いてるかな?いつもこんな感じよ。」

「そうなの。いつもこうならすごいよ。古代史の本、見せて。」

「うん。真ちゃんほどは持ってないけど。そう言えばこの前借りた本はまだ途中だから、もう少し貸してね。」

「うん。いつでもいいからゆっくり読んで。てか、持っててくれたらいいよ。どうせ俺のと由佳のとは一緒になるんだし。」

「・・・そうだね。」

由佳が微笑む。


本棚にある本を上から見ていく。

「あっ。」

思わず声が出てしまった。

由佳のことを言っていられない。

今日の俺も驚いてばかりだ。

『裸足の皇女』が一番上の段の真ん中あたりに収まっていた。

「何?」

「いや、あの本があるなって思って。」

由佳が傍に来る。

「私と真ちゃんを出会わせてくれた本ね。」

「うん。運命の一冊だな。」

「読んだ?」

「うん。読んだよ。すごくよかった。」

「成瀬は?」

「もらったその日に一気に読んだよ。あ、成瀬は借りたんだった。今日返すね、ごめん。」

「いいよ。返してもらっても同じ本を2回読むことはないから。」

「それ聞くの3回目。」

「そうか。数えてるんだ。」

おかしくて笑ってしまった。

由佳は何が面白いんだろうという顔で俺を見ていた。


「お昼はうちで食べない?うどんは乾麺があるから、それゆでて食べようよ。」

「うん、そうしよう。なんか、ここに帰って来たら、もう外に出るのが億劫だよ。外で食べるよりここで食べる方が落ち着くもん。」

「わかるよ、そうだろうね。なんせもう泊ってるんだもんね、この家に。」

「それは言わないでくれよ。」

あの日の苦い思い出がよみがえってくる。

今度は由佳が本当におもしろそうに笑った。

俺は笑えない。

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