由佳とパソコン劇場
中国地方が梅雨入りしたらしい。
しばらく雨が続くんだろうな。
まあいい、家で過ごすのも。
では、ダイブ。
由佳を映画に誘ってみたのだが、あまり乗り気ではないようだ。
映画を見るのは好きだけど、別に大きなスクリーンで見たいとは思わないとのこと。
というより、リラックスして部屋でテレビなりパソコンなりで見る方がいいらしい。
なら俺の部屋で見ようということになった。
アマゾンプライムビデオやdアニメストアから互いに見たい映画作品を1つ決めておいて、午前に1つ午後に1つ見ようということになった。
昼食は由佳が作ってくれる。
さて、何にしようか。
俺一人が見るのなら途中でおもしろくなくなったらやめたらいいけど、由佳と見るとなるとそうはいかない。
かと言って、そこそこ無難なのを見てもつまらないし。
そんなことばかり考えてもしょうがない。
結局、由佳と見たいものを見るだけだ。
当日。
由佳が昼食の食材が入った大きなエコバッグを持ってやってきた。
初めて見るワンピース。
珍しく膝上の丈。
とっても似合っていて、かわいくてやられてしまった。
おそらく馬鹿な顔で見とれていたんだろうな。
昼ご飯はいつもながらおまかせだが、今日は何を作ってくれるのだろう。
「どっちのを先に見る?」
と由佳。
「どっちでもいいよ。じゃんけんする?」
「そうしようか。」
俺が勝って俺のから見ることになった。
俺が選んだのは「さびしんぼう」。
そう言ったら
「あの尾道の! 私、見たかったの! よかった。見られて。」
もう感動してる。
ローテーブルの上のノートパソコン劇場で映画が始まる。
由佳がぴったりとくっついてくる。
そして、ラストシーン。
俺は、このシーンが好きだ。
おとなになって住職になった主人公の傍に、あのあこがれていた女子高生が妻になって座っていて。
「よかったー。」
由佳の目が潤んでいる。
「真ちゃんがあんなに熱くロケ地で話してくれたの今わかったよ。映画を見たらまた尾道に行きたくなった。もっといっぱいロケ地回りたい。」
「俺もまた行きたいってすごく思った。また行くか?今度はさびしんぼう限定ツアーで。」
「うん、絶対に行こう。それに尾道は・・・。」
「そうだよな。俺たちの始まりの場所だな。」
やはり映画を一本見ると疲れた。
由佳が昼ご飯の用意にとりかかる。
「今日は中華よ。麻婆豆腐と餃子。それと卵スープ。」
うん、どれも好きだ。
予想どうり、いやそれ以上に美味い昼ご飯を食べ終わってコーヒーをすする。
俺はこの時間が好きだ。
前のときみたいに由佳が俺の肩にもたれてくる。
「由佳。」
由佳の体に後ろから手を回して引き寄せる。
なんで体を寄せ合うってこんなに安らぐんだろう。
午後は由佳の見たい作品を見る。
由佳のお勧めは「君の名は。」。
「ずっと見たいと思いながら、見れていないのよね。」
言わずと知れた新海誠監督の大ヒット作。
俺も前々から見たいと思いながら、まだ見られていない作品。
もう10年くらい前の作品かも。
男女の体が入れ替わるという設定では、尾道三部作の「転校生」に通じるものがある。
では、スタート。
冒頭から引き込まれた。
ストーリーにも絵のクオリティーの高さにも。
途中で由佳が隣にいるのに、かっこ悪くも泣いてしまった。
由佳からも嗚咽が何度も聞こえた。
ラストシーンでやっと二人が出会えたとき、またもや涙があふれてしまった。
どうしてもそうなって欲しかったから。
エンドロールが終わっても、俺たちはしばらく余韻に浸っていた。
2時間もない映画だったから、まだ時間は3時半を過ぎたあたり。
「どうする?思ったより早く終わっちゃったな。」
「うん。どうしよう。」
「明日も休みだよな。」
「うん。」
「晩ご飯も一緒に食べない?」
「え?」
「焼肉しない?俺が用意するから。」
「わーいいの?私、焼肉大好き。」
焼肉の用意って言っても野菜を切るだけだ。
由佳とスーパーに買い出しに行く。
肉と俺の好きなホルモンと野菜を。
肉はカルビとロース、ホルモンはセンマイとテッチャンにした。
由佳の家ではホルモンは食べないらしく、特にセンマイを珍しそうに見ていた。
「この前のキャンプのときにも言ったけど、ホルモンって特別なものじゃないんだよ。肉以外の食べれる部分が全部ホルモンなんだ。この場合の肉って骨格筋のことな。だから、タンやハラミやレバーもホルモンなんだよ。」
「えー、そうなの。牛タンもハラミもレバーもうちでも普通に食べるよ。」
「タンは舌だろ、ハラミは横隔膜、レバーは肝臓。今はハラミは肉に昇格しているけど、本当は肉じゃなくてホルモンなんだよな。」
「へー、知らなかった。」
「そうそう、ホルモンって何語か知ってる?」
「英語?」
「そんなふうに外国語だと思うよな。でも、この食べるホルモンは日本語、関西弁なんだよな。諸説あるけど。」
「えー、ほんと?」
「うん。生物の時間に習うホルモンはギリシャ語なんだけどな。アドレナリンとかグルカゴンとかチロキシンとか習っただろ。」
「うん。なつかしいな。もう、何をするホルモンか覚えてないけど。」
「それはダメだな。今から恒常性の維持に関しての自立神経系と内分泌系の働きの授業をしようか?」
「もうやめてよ。帰るよ。」
「ウソだよ。でな、食べるホルモンは、関西弁での『ほるもん』からきてるっていう説が有力なんだ。」
「『ほる』って?」
「標準語では捨てるってこと。つまり、肉を取った後に、本来は食べないで捨てるものってこと。主に内蔵や血管だな。子宮もコブクロって言ってホルモンなんだよ。」
「それはやめて。やっぱりホルモンは食べられない。」
由佳が顔をしかめた。
いらないことを言わなければよかった。
いつも後悔先に立たずだ。
気まずいまま、買い物を続けた。
アパートに帰って、俺が焼肉の用意をしながら続きを始める。
「でな、関西弁の『ほる』なんだけどな、大学に入ってまだ間もないころに、写真部の先輩と部室で飲んでて、ゴミ箱がいっぱいになってるのを見て、『桐島君、ゴミ、ほっといてくれるか』って言われたんだ。俺は、岡山生まれの岡山育ちだから、関西弁がわからなかったから、なんでだろうとは思いながらも、言われた通りにほっといたんだよな。そしたら、次の日も部室でその先輩に会ったんだけど、『ゴミ、ほっといてくれるか。いっぱいやろ』って言われて、やっと意味がわかったんだよな。」
「ふーん、私もわからないよ。」
「ほかには『なおす』だな。」
「『なおす』は直すでしょ?」
「それが違うんだな。大学の先生も関西の人がほとんどでな、関西弁で講義するんだよ。で、プリントを配ったりした後で、それはなおして家で読みなさいって言うんだよ。こっちはどこを直すんだって、赤ペンをもって待ってるのに、周りのヤツらはそそくさとしまってるんだよな。」
「ひょっとして、なおすってしまうっていう意味?」
「そうなんだよ。そんなのわからないよな。」
「うん。やっぱりアクセントの違いだけじゃないんだね。」
「そう。あと、『めげる』。」
「うん。何かありそう。気持ちがやられるみたいなのと、機械とかが壊れるっていう意味で使うよね。私は普通は使わないけど。」
「こっちではそうだけど、関西では機械が壊れるほうには使わないんだ。もっぱら、気持ちの方だけ。それにこっちよりよく使われてる。「それ、めげるわー」みたいな感じで。だから壊すっていう意味での『めがす』っていう言葉自体がないんだよね。まあ、こっちでも若い人は機械をめがしたなんて言わないだろうけど、年配の人が使ってるの聞いても意味は分かるよね。」
「へー、そうなの。関西に行くとなったら、関西弁を勉強していかないと通じない言葉があるんだね。そういう意味じゃ、真ちゃんは岡山弁と関西弁のバイリンガルね。この前、琵琶湖に行ったときに通訳してもらったらよかった。」
由佳がおもしろく言う。
「そやな。でも岡山に帰ってもう5年も経ってしもたから、関西弁はしゃべられへんで。」
「上手。中川家みたい。」
由佳が褒めてくれたので、その後もしばらく下手な関西弁で話した。
約束した通り、玉ネギとキャベツとニンジンとピーマンを俺が切る。
窓を全て開け放して焼き肉の始まりだ。
いい季節でよかった。




