由佳とユッコちゃんとの飲み
4月も半ば。
今日は、何の予定もなく一日中フリーだ。
だからダイブ。
今日は、前の予告通りユッコちゃんと由佳と3人で居酒屋で飲むことになっている。
これで、由佳の病室でした3つの約束を全部果たしたことになる。
店の前で待ち合わせ。
先に由佳が到着。
「真ちゃん、ユッコちゃんにお酒勧めるのほどほどにしてよ。ユッコちゃん、あんまり強くないのについ飲み過ぎてしまうから。」
「そうなのか。でも俺、そういう子好きだな。飲めるのに飲まない子よりずっとかわいいよ。」
由佳が複雑な顔をした。
ほどなくユッコちゃんが来て三人で店に入る。
とりあえず、ビールで乾杯。
実は俺はユッコちゃんのことはほとんど知らない。
ユッコちゃんは俺のことをかなり知っているみたいだから、ユッコちゃんのこと少し聞いてもいいよな。
「ユッコちゃんって仕事は何してるの?」
「私も由佳と同じOL。冷凍食品やアイスをスーパーに卸す会社の事務。でね、会社に大きな冷凍の倉庫があってね、支店長が自分が食べたくなったらよくアイスを取りに行くんだけど、そのたびにみんなにも配ってくれるの。世間に出回る前のハーゲンダッツの試供品を食べられることもあるよ。」
「仕事中に食べていいの?」
「うん、アイスだから食べないと溶けちゃうし。みんな食べながら仕事してる。」
なかなか開けた職場だ。
「由佳ってね、真ちゃんと付き合い始めたころは、デートから帰って来たら、今日はこんなことがあったとか次はどうしようかとか話してくれてたんだけど、安定期に入ってからは全然教えてくれなくなっちゃったのよね。こっちは、どうなってるんだろうてずっと気になってるのに。私から聞くのもヤボだし。」
ユッコちゃんがチラッと由佳を見る。
そうだったっけ?とぼける様子の由佳。
「うまくいってるのは、この間あんたのお見舞いに行ったときにわかったけど、ずっと気をもんでたんだからね。だから、今日は真ちゃんにも今日までのこと、これでもかっていうくらいいろいろ聞いちゃうからね。」
イタズラっぽく笑うユッコちゃん。
「しょっちゅうデートはしてるんでしょ?」
俺に聞いてきた。
「うん。いろいろ行ってるよ。」
「例えば?」
「花火大会とかデイキャンプとかカラオケとか。この前飲みに行ったりもしたな。」
「へー、いろいろ行ってるのね、どれもいいな~。ほんと、恋人って感じ。カラオケにも行ったの。」
「うん。これは完全に由佳に騙されたんだけど。騙されたというか、はめられたというか。」
「騙されただなんて人聞きの悪い言い方しないでよ。サプライズって言ってよ。」
「何がサプライズだよ。当日に車に乗ってから言うんだから。そんな逃げられない状況で。」
「へへへ。」
「へへへじゃねえよ。」
「由佳が歌いそうな歌はだいたいわかるけど、真ちゃんってどんなの歌うの?」
「それなんだよ。滅多にカラオケで歌うことなんてないし、心の準備もないままにいきなり初めてのカラオケボックスに連行されたから、ほんと歌う歌に困ったよ。」
「で、何歌ったの?」
「歌える歌を総動員した。『ありがとう』とか『マリーゴールド』とか『home』とか。で、最後は『もう一つの土曜日』。」
「出たー!定番のプロポーズソング!」
「有名なの?私、あのとき初めて聞いたんだけど。」
意外そうな由佳。
「あんた、知らなかったの?こんな有名な歌。」
「うん。」
「これね、男の人がずっと想っていた好きな女の人に最後にプロポーズをするって歌詞だし、これを歌って気持ちを伝える男の人も結構いるんだよ。」
「それは聞いててそう思ったよ。」
「で、真ちゃんから聞いてどうだった?」
「嬉しかった。」
「うんうん。で、二人きりでしょ。気持ちが上がってるでしょ。その流れで何かした?その後、キスとか。」
「キスはしてないよ!」
由佳が顔を赤くして慌てる。
「キスはってことは何かしたな。何?」
由佳が答えないので、ユッコちゃんが俺の方を向く。
どうしよう。
いいのかな、由佳を見る。
由佳の目が、もう仕方がないよと言っている。
「うん・・・由佳をぎゅとした。」
「ぎゅっと?・・・は?・・・あっ、ははははは。」
ユッコちゃんが、周りの目も気にせず大笑いする。
「ごめんごめん。ぎゅっとね。いいね。あいみょんのマリーゴールドみたいね。」
そんな歌詞あったな。
ユッコちゃん、俺たちのことを子どもっぽく思って呆れていたのかな。
「この前、真ちゃん、由佳の家でおよばれしたんでしょ。何かおもしろいことなかった?何か進展があったとか。」
どこまで言っていいものやら。
ここは由佳に任せよう。
「うん。お父さんと真ちゃんが滅茶苦茶にお酒飲んで、二人とも寝ちゃって。結局、真ちゃん泊ったの。」
「えっ、由佳と?」
「違うよ。真ちゃんは別の部屋。」
「何で?一枚の布団で寝てもよかったのに。」
チラッと由佳を見てやった。
言っちゃダメだからねと目で止められる。
「で、真ちゃん、お父さんに由佳のこと何か聞かれたの?真ちゃんから何か言ったの?」
今日のユッコちゃんはやたら鋭い。
今日のと言っても、まだ俺がユッコちゃんに会うのは2度目だけれど。
ひょっとすると、いつもこうなのかもしれない。
だとしたら、なかなか手ごわい。
「別に何も。すぐに酔っぱらっちゃったし。」
これは身内以外の人に言うことじゃないと思って、平然を装って答えたのだが
「へーそう。で、何言ったの?」
これはバレてる、やはり手ごわい。
「いや特別な話はな、由佳。」
「うん、特にはね。って言うより真ちゃん、お父さんにお酒をすごく勧められてひどく酔っちゃって、それどころじゃなかったよ。」
「もうわかってるよ。由佳がウソつくときの癖が出てる。真ちゃんも、正直な人みたいね。だいじょうぶかな、この二人の組み合わせって。で、どうなったの?ねぇ、少し教えてよ。少しだけでいいからー。」
ユッコちゃんはウマい。
断れない雰囲気を自然に作る。
こうなると、断ると場がしらけるから言わざるを得ない。
「で、おじさんに何言ったの?」
「えっと・・・。」
「もう、観念しなさいよ。で、何て?」
ユッコちゃんが身を乗り出す。
もう、しょうがないが、一応、チラッと由佳を見る。
諦めの表情の由佳。
しかたないな。
「・・・由佳と結婚したいって。」
「えっ!ほんとに!!」
ユッコちゃんの目が丸くなる。
すぐに由佳がリアルな表現に訂正する。
「違うよ、私にお嫁さんになって欲しいってお父さんに言ったんだよ。」
「同じよ、それ。もう、真面目に二人してそんなこと言って、私の方が恥ずかしいよ。で、おじさん、何て言ったの?」
「『そうか』って。」
「それだけ?」
「それだけ。」
「おじさん驚かなかった?」
「全然。なんせ、しょっちゅう俺と由佳の孫の顔が見たいって俺にも言うくらいだから。」
「へー、そう。おじさんもずいぶん変わったよね。昔は怖かったのよ。私なんか、こんなだからよく叱られたよ。」
ユッコちゃんもお父さんの変化には同じ認識のようだ。
「でね、お姉ちゃんが言ってたんだけど、お父さんの『そうか』は、『わかった、そうしろ』って意味なんだって。お義兄さんがお父さんに挨拶に行ったときにも『そうか』としか言わなかったらしいよ。」
「へー、よかったじゃない。いきなりOKがもらえて。」
「うん、嬉しいよ。でも、そういう挨拶はきちんとしに行くつもりだけど。」
「もう結婚する気満々だね。そういえば、真ちゃんと由佳って、付き合い始めてどれくらいになるかな?」
「えっとね、7月からだから、9か月くらいかな。」
「そっか、まだ全然1年が経ってないんだね。私としては、もう2,3年になる気がするけど。」
「ほんと、私もそう思うよ。短い間にいろいろなことがありすぎて。」
「でもね、私、由佳が初めて真ちゃんと食事に行って帰ってきたとき、二人はゆくゆくは結婚するなって思ったよ。ビビーンときたの。こういうときの私のカンってだいたい当たるから。だって、あの由佳が、好きになったかもなんて言ったんだから。で、かもはかも南蛮で十分ってツッコんだら、好きになったってはっきり言ったんだよ、この子が。そんなセリフ20年の付き合いで初めて聞いたから。」
「ユッコちゃん、やめてよ。それは裏の話でしょ。」
もう由佳がパニックになって、耳まで赤くなっている。
「それでね。」
ユッコちゃんが止まらない。
「もう、ユッコちゃんやめてよ。」
「それでね、次の空港デートの後、2回目会ってどう思った?って聞いたら、もっと好きになったなんて言っちゃって。ほんと、恋は人を変えるわ。」
由佳はうつむいてしまって何も言えなくなっている。
「いいじゃない、本当のことなんだし。で、真ちゃんも、食事したときに由佳をいいなって思ったの?また会ってくれなんて言うくらいだから。」
それはユッコちゃんもわかってるのに、俺から聞きたいなんて、というか、それを俺に言わせたいなんて、ユッコちゃん、だいぶ酔ってるな。
じゃあ、誰も知らない新事実を。
「うん。初めて駅で会った瞬間に好きになった。」
「あーあ、それ言う?はいはい、ごちそうさま。」
そんなこと初めて聞いたとばかりの由佳。
そう、これは由佳にも言ったことがない。
けど、まぎれもない事実。
でも、次の瞬間に俺じゃ無理だなって諦めたのも事実。
でも、諦めきれずに最後の最後に無謀な勝負をしたのも事実。
そしてその勝負に勝ったから今がある。
「ねえ、式には呼んでよ。」
「もちろん呼ぶけど、まだ早いよ。」
由佳が照れている。
「孫が生まれたら見せてよ。」
「もっと早いよ。・・・ん?誰の孫?ユッコちゃんの?」
「あはははは。」
今日一番の大きな声でユッコちゃんが笑った。




