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由佳との食事

今日は土曜日。

運動部の顧問になんてなったら大変だが、生物部なんて緩い部活の顧問なので土日は休みだ。

妻は友人のやっているカフェへに行った。

今日は由佳と食事をする日だ。

だれも俺と由佳を邪魔する者はいない。

それじゃ、由佳の待つアナザワールドへダイブ。


由佳と初めて話した日の翌日、帰宅したら由佳からLINEが入っていた。

運転中で気付かなかった。

「こんばんは。お仕事お疲れ様です。お食事の日ですが、曜日としては土日がいいですか?」

当然、その件だわな。

時間的には職場を出てすぐのタイミングでくれたみたいで、40分ほど経っていた。

すぐに返す。

「すみません、お返事が遅くなってしまって。今、帰宅して気付きました。そうですね。土日が仕事が休みですので、どちらかでお願いできればと思います」

すぐに既読がついた。

「すみません、お疲れのところを。次の土か日はどうですか。ご都合が悪ければ、私はいつでもあなたのご都合に合わせますが」

「はい、次の土か日でお願いできればと思います」

「どちらがいいですか」

「土曜日でお願いできますか」

「はい、わかりました。お食事するお店なのですが、ぜひともご一緒していただきたいお店があるんです。私の家から少し離れていて車になるので、もしよろしければ、高庄駅まで電車できてもらえませんか」

「わかりました。食事は昼食ですよね。何時ごろがいいでしょうか」

「今、調べますので少し待ってもらえますか。」

少しして

「11時45分岡山発の11時57分着の高庄着、これって電話の方が早いですね」

LINEで既読が付いた時点で電話を掛けたらよかった。

すぐに由佳から掛かってきた。

「ごめんなさい。長くなりそうならすぐに電話にしたらよかったですね。私、スマホで文字を打つのが遅いので。11時45分の岡山発で11時57分着の高庄着はどうですか。お昼ご飯にちょうどいいころだと思いますけど。」

「はい、そうですね。じゃ、それに乗ります。」

「駅で待ってますから、私の車で行きましょう。どんな服装か、今、決まってますか?そんな訳ないですよね。」

「いや、水色の半袖の綿シャツにベージュの綿パンで行きます。僕の外出時のスタンダードですので。」

「じゃあ、わかりやすいように・・・私は白いブラウスと青のスカートで行きます。」

つい

「クラリスですね」

と言ってしまった。

「えっ?どういう意味ですか?」

と言われて

「何でもないです。」

まだ会ってもいない人にあまりマニアックなことを言ってはいけない。

「じゃ、土曜日によろしくお願いします。」

と彼女。

「はい。こちらこそ。」


橘由佳さん、どんな人なんだろう。

声からすると若そうだ。

本の礼で会うだけだが、期待してしまう。


当日。

改札口を出る。

あまり人がいないのですぐにわかった。

白いブラウスに青いスカートの俺のクラリス。

彼女も俺がすぐにわかったようだ。

近付いて来る。

遠目にもかわい人だなと思ったが、近くで見るともっとそう思う。

それに高校生かなと思うほど若く見える。

白い肌に肩を超える長い髪。

スタイルも抜群。

まるで俺の、または多くの男の理想の女性が具現化したような人だ。

これはだめだわ、俺じゃ。

「桐島さんですか?」

「はい、そうです。橘さんですよね。」

「はい。すみませんが、車、長く止められないので、すぐに私の車に乗ってもらえますか。」

駅の仕組みがそうなっているらしい。

由佳に促されて早足で車に向かい乗り込んだ。

すぐに車が出る。

「すみません。着いて早々に急がせちゃって。」

「いえ、全然です。今日はお誘いいただいてありがとうございます。」

「こちらこそ・・・でも、私、あのとき、あなたの気持ちやご都合を考えずに強引に誘っちゃったんじゃないかってずっと考えてたんです。」

「どういう意味ですか?」

「桐島さんは乗り気でないのに、私の自己満足な思いで勢いにまかせて誘ってしまったんじゃないかと思って。お仕事で忙しいかもしれないし。」

「そんなことないですよ。僕は誘っていただいて嬉しかったし、今日が来るのが楽しみでたまりませんでしたから。それに、僕は土日の休みは基本フリーですし。」

「ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて嬉しいです。」


「桐島さんは、お休みの日に何かされてることってありますか?」

「そうですね、キャンプによく行きます。去年は23回テント泊しました。」

「えっ、それってキャンプシーズンだけではないですよね。」

「ええ。一年中行きます。真夏も真冬も。24泊できてたら、計算上、一年の土日の半分をテントで寝たことになったんですけど、1泊足りずに終わってしまって残念です。今年はリベンジします。」

「そ、そうですか。でも、真冬って、寒くないんですか?」

「冬用のシュラフがあるんで、あったかいですよ。」

「シュラフって何ですか?」

「寝袋です。マイナス対応のものもありますから。」

「そうですか。」

とは言っているが、信じれられない様子。

でも意外に興味を持ってくれたみたいで、その後も少しキャンプの話をした。


「今日ご一緒していただくお店は、私のうちで何かお祝い事とかがあったときに家族で行ってたお店なんです。小さいお店なんですけど、アットホームですごくおいしくて、子どもの頃からそこへ行くのが楽しみだったんです。」

「そうなんですか。」

と言ってたら車が駐車場に入っていく。

着いたようだ。


店に入る。

確かに個人経営の小さな店だ。

「お久しぶりです。」

由佳がシェフのご主人と接客の奥さんに挨拶する。

「お久しぶりですね由佳さん。ご家族の皆さんはお変わりありませんか?」

優しそうな奥さんが微笑む。

「はい、おかげさまで、みんな変わらず元気です。」

「そうですか、よかった。今日はデートですか。」

奥さんが意外にストレートに尋ねる。

由佳が恥ずかしそうに

「いえ、そうじゃないんです。お礼にお誘いしたんです。」

「そうですか。ごゆっくりしてらしてください。」

俺たちがテーブルに着くとメニューが渡された。

「お好きなものを注文してください。」

と言われたが、どうしたものか。

「お勧めはどれですか?」

「私はこれが好きで、子どもの頃からこればっかりなんです。」

「じゃあ、僕も同じものを。」


料理が来るまで、そして食べながらもいろいろな話をした。

お互いに読書が好きということがわかって、彼女から最近読んだ本でお勧めの本はないかと尋ねられた。

おもしろくて一気読みした「成瀬は天下を取りに行く」を紹介すると

「それ、本屋大賞取りましたよね。ずっと読みたいと思ってるんですけど、今読んでる本がなかなか読み終わらなくて、長編で。」

明らかにその本がつまらなさそうなのがわかる。

「その本、読んでて楽しい?」

「最初は楽しかったけど、今はあんまり・・・。でも、読み終わらないと次の本に移れないから。」

「そうかな。面白くなくなったらやめて、次のおもしろそうなのを探したらいいんじゃないかな。僕はそんなのが多くて、持ってる本の半分ほどが読み終わらずに本棚にあるよ。読書って楽しむためにやってるんだから、そういうのもありじゃない。」

彼女の顔がパッと明るくなった。

「そうよね。うん、「成瀬」を読もう。すごく読みたくなったよ。こんな気持ち久しぶり。」

「それがいいよ。ほんと面白よ。読み始めたら止まらないよ。そうだ、僕は読み終わってるから、次のときに持って来るよ。」

特に何も考えずに言ったから覚えていない。

彼女は一瞬「えっ」という顔をしたが、すぐに「うん」とうなずいた。


彼女もアニメが好きなこともわかった。

そして、俺と同じサブスクを契約していることも。

彼女に好きな作品を聞いてみた。

3つほど上げた後、また彼女が俺にお勧めの作品を聞いてくる。

しばらく考える。

「カリオストロの城」ははずせないな。

俺のクラリスにはぜひ見て欲しい。

思いつくままに言うが、もっといいのがありそうだ。

「次までに本当のお勧めを選んでおくから待って。」

深く考えて言った訳じゃない。

「うん。」

彼女がニコリとうなずいた。

いつの間にかタメ口になっていた。


食事が終わり、彼女の車で駅に向かう。

こんなかわいい子と食事ができただけでも奇跡的なことだ。

しかも楽しく話ができて。

これで満足しないと。

でも。

もう一人の貪欲な俺がささやく。

本当にそれでいいのか。

これっきりになるぞ。

いいわけがない。

ここでいかないと一生後悔することになる。

そうだよな。

ダメもとでも彼女なら勝負する価値は十分にある。


「あの、橘さん。」

「はい?」

「橘さんは、お付き合いしている人とかいないんですか?」

また敬語に戻ってしまった。

せっかく少し近づけたのに。

彼女は少し黙って

「いませんよ。前にあなたに言いましたよね。彼女さんがいたらこんなのはダメだって。だから私もいません。」

確かに、この食事に誘われたときにそんなことを言われた記憶がある。

彼氏はいないんだ。

よかった。

それがはっきりしたならいくだけだ。

「あの、橘さん。嫌だったらはっきり断ってくれていいと言うか、断ってくれた方がいいんですけど・・・」

言葉を選んでしまう。

「何でしょうか?」

「あの、よかったら・・・よかったらでいいんですけど・・・。」

あと一言が告げられない。

「何ですか?」

微笑みながら、彼女が背中を押してくれた。

何やってんだ俺。

「もしよかったら、また会ってもらえませんか。」

勇気を奮い立たせて伝えた。

返事は?

イエスかノーか?

彼女はくすっと笑った。

「桐島さん、今日、何回か次のときはって言いましたよ。」

「えっ、何ですか、それ?」

「だから、次のときには「成瀬」の本を持ってきてくれるとか、次のときまでにお勧めのアニメをリストアップしておいてくれるとか。」

「僕、そんなこと言いましたか?」

「言いましたよ。だから、私、また会ってもらえるのかなって思ってました。」

勝算がほとんどないと思っていただけに、その答えには驚きしかない。

「また会ってもらえるんですか!」

「はい、私もまたあなたとお話がしたいです。」

何たることか。

無謀でも勝負はすることに意義がある。

無意識の厚かましさの勝ちだ。


車が駅に着く。

「今日はありがとうございました。次のことはLINEで。」

俺は彼女の車を降りた。


死語だが、ルンルンで家路についた。

そして、帰宅して今気付いた。

本がカバンの中にある。

え、なんで!

彼女との話が楽しすぎて、食事の目的はおろか本の存在すら頭からふっ飛んでしまっていた。

慌てて電話をした。

このことは直接話さないと。


「はい、橘です。」

「もしもし、桐島です。今日はありがとうございました。」

「いいえ、こちらこそ。」

「あの、僕、とんでもないことをしてしまいました。」

「とんでもないことですか?」

「そうなんです。」

「何のことでしょう?」

少し遠回りしてみようか。

「今日の食事って、何で僕を誘ってくれたんでしょうか?」

「それは、本をいただくお礼に・・・あっ!」

「そうなんです。僕も今気付いたんです。カバンの中を見て。」

「私、本のことすっかり忘れてしまってました。」

「僕もなんです。あなたとのお話が楽しすぎて。大変申し訳ございません。僕が忘れてはいけなかったんです。ご馳走になっておきながら本を渡さないなんて、まるで詐欺ですよね。」

また彼女がクスっと笑う。

「詐欺だなんて。」

「次のときに絶対渡しますから。」

「やっぱり私たち、次のときがあるようになってたんですね。」

俺が悪いのにそんな返事をしてもらえるなんて、彼女は天使だな。

この機会を逃すわけにはいかない。

「次って、来週でもいいですか。」

調子に乗って畳み掛ける。

「はい。」

「土曜と日曜、どちらがいいです?」

「じゃあ、日曜日で。」

「わかりました。具体的なことはLINEで。」

「はい、お電話ありがとうございました。」

「いえ、こちらこそ、すみませんでした。」


来週に会う約束を取り付けることができた。

ああ、日曜日が待ち遠しい。

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