由佳と俺の誕生日
今日は、俺の誕生日だ。
現実世界でも妄想世界でも。
誕生日だからといって妻と特別に何かするわけではない。
妻も若いころからそういったお祝い事には無頓着で、我が家では子どもの誕生日くらいしか祝ったことがない。
自分の誕生日も、何か欲しいものはないかと俺が聞いても、別に何も欲しいものはないといつも言っていた。
そんなだから、俺も結婚記念日なんて憶えてもいない。
結婚指輪の内側に刻まれた日なんだろうなといったくらいで。
それもそれで、面倒くさくなくていいんだけど。
では、ダイブ。
2月14日は俺の誕生日。
そして世間ではバレンタインデーと呼ばれるお祭りの日。
だいぶ前から由佳にプレゼントは何がいいかと聞かれていたが、答えに困っていた。
特に欲しいものがないからである。
強いて言えば由佳が欲しいが、そんなことを言ったらその後どうなることやらわからない。
無難なところでネクタイくらいか?
由佳に言ったら、そんなのでいいのかと言われたが、必要かつ十分だ。
ただし由佳に選んで欲しい。
誕生日の3日前の日曜日に一緒に紳士服の専門店へ。
今日の昼ご飯は由佳が作ってくれる。
「なあ、バレンタインデーって職場で義理チョコあげるの?」
「う~ん。うちの会社は女子社員でお金を出し合ってチロルチョコをたくさん買って、かごに入れておくの。ご自由にお取りくださいって。」
「情緒も何もないな。」
「会社に情緒はいらないから。」
「そんなもんかな。」
「真ちゃんは?」
「生徒が結構くれるよ。義理もいいとこチョコだけど。」
「いくつくらいもらうの?」
「去年は20個くらいだったかな。」
「そんなに!」
「うん。それこそアンパンマンのペロペロチョコをそのままくれる子から手作りチョコをラッピングしたのをくれる子までいろいろ。」
「そう。女子高生からチョコをもらってニヤニヤしてたんだ。」
「うん。でも今年はもっとニッコニコになるよ。なんてったって彼女から本命チョコがもらえるんだから。すごいのもらえるんだろうな。愛がいっぱい詰まったのが。楽しみだな。」
「もーハードル上げないでよ。」
紳士服の店に着く。
ネクタイのコーナーに入るなり
「わーいっぱいあるね、きれい。どれもオシャレ。ネクタイを選ぶのなんて初めて。」
由佳が目をキラキラさせている。
たしかにそうだし品数も充実していているが、全体的に値段もお高い。
正直、俺はこんな店でネクタイを買ったことがない。
「どんなのがいい?」
「仕事で締めるから、あんまり派手じゃないのがいいな。」
「こんなのどう?」
「こんなのは?」
次から次へと由佳が手に取る。
ほとんどが色も柄も俺の好みのだ。
さすが俺の彼女、わかってる。
「真ちゃんはどれがいい?」
「今日は由佳に選んで欲しい。」
「そうするけど真ちゃんとしてはどうかな。どれが一番気に入った?」
「そうだな、これかな。」
「うん、ストライプの色あいがとってもきれいね。」
「私としては、真ちゃんに一番似合いそうなのはこれ。」
「おーそれいいね。刺繍がきれい。それにしよう。」
「でも、真ちゃんはこっちがいいんでしょ。・・・なら、どっちも。」
「えっ?」
「ネクタイは何本あってもいいから。」
前にしたことがあるやり取り。
ただし役が入れ替わっている。
そうか、始めから。
きれいにラッピングをしてもらった。
「誕生日に渡すね。これで誕生日に絶対に私に会わないといけなくなったからね。」
俺には当り前のことなのに、恥ずかしそうに念を押す由佳が何ともかわいい。
その後、買い出しをして帰り、俺のアパートで由佳が昼ご飯を作ってくれた。
由佳の得意料理のオムライスとデミグラスハンバーグ。
俺のはオムライスもハンバーグも超特大。
どちらも美味しくて、すぐに完食してしまった。
「コーヒー入れようか。」
由佳が立ち上がる。
「湿気るから冷蔵庫の中に入れてる。」
「わかった。」
冷蔵庫を開ける音、ガスコンロをひねる音、カチャカチャとカップが当たる音。
聞き慣れた生活音なのに、由佳がたてるとなぜか愛おしい。
しばらくしてトレーにカップを乗せて由佳が戻ってきた。
ローテーブルの俺の前にカップの一つを、そしてその隣にもう一つを。
俺の隣に由佳が座る。
腕が、そして肩が触れる。
「真ちゃん・・・。」
由佳が俺の肩にもたれてきた。
心地よい重さ。
優しい温もり。
「由佳。」
由佳の頭に頬をつけた。
二人だけの優しい時間が流れた。
そして当日。
由佳は自分の払いで少しいいところをに行きたかったようだが、俺の希望でファミレスで食事。
「誕生日、おめでとう。」
楽しみにしていたプレゼントをもらった。
明日からこの2本をずっと交互に締めよう。
「今年はどうだった?」
「何が?」
「女子高生からの義理チョコ。」
「ああそのこと。今年は5個だった。」
「へー、やっぱり。彼女持ちがわかったらそうなるか。わかりやすいね。」
「うん。別に俺を狙ってたわけじゃあるまいし。でも、わかりやすいわ。」
「真ちゃん、27歳になったんだね。」
「うん。歳とるのって早いなー。27歳なんてお肌の曲がり角を直角に3回曲がって1週した感じだよ。」
「訳がわからないよ。前に似たようなことを聞いたことがあるけど。」
いつからか、由佳は俺がくだらないことを言ったら「訳がわからない」で流すようになった。
いちいち取り合っていたら面倒だというのがわかったのだろう。
「アラサー真っ盛りだよな。結婚も考える歳かな。」
「まだ早いんじゃない。今は男の人って平均で30歳くらいでしょ。」
「そうだな、もう少し独身を謳歌しないとな。」
「ねえ、真ちゃんの大学のときのことって、お酒ばかり飲んでたってこと以外には聞いたことがないような気がするんだけど。」
「ひどいな。僕だってちゃんと勉強したし卒論も書いたよ。だから卒業できて、教員採用試験にも合格したんだから。」
「そうなの?卒論ってどんなことで書いたの?」
「パンコムギとライコムギの雑種未熟胚の培養。でもこれは、手段であって目的じゃないんだけど。」
「何を言ってるのかわからないよ。結局それが何になるの?」
「今のパンコムギが育たないような寒い地域でも育つ耐寒性のあるパンコムギを作って、栽培域の北限を広げるんだ。」
「ふうん。何か、壮大だね。」
「うん。僕がその最初の代でね、でもその後どうなったかはわからないんだ。就職して忙しくてそれどころじゃなかったから。」
「ちゃんと、学生してたんだね。」
「してたよ。特に卒論には全てを注いだよ。コムギが花を付ける限られた期間の中で、少しでも多くのデータを集めないといけないから。毎日早朝から日が沈みかけて手元が見えなくなるまで実験農場で除雄や交配をして、その後は実ったのを研究室に持って帰って培養してた。いつも寮に帰るのが12時や1時だったよ。それでも、次の日は始発の電車に乗って農場に行ってた。農場が遠くてね、羽曳野市の恵我ノ荘って駅で降りるんだ。近鉄の。でね、夜に寝ようと思って目を閉じたら、風でコムギ畑が波を打つ光景が広がったりしてね。きつかったけど、楽しかった。一日中、自分のやりたいことができるんだから。」
「そうだったんだ。すごいね、がんばってたんだね。ごめん、変なことばかり言って。」
「いいよ。酒ばっかり飲んでたのも事実だから。あのころのこと、久しぶりに思い出したよ。本当にいい思い出だよ。そのときの同じ研究室の仲間が3人いてね、1人は研究職について、残りは教員してる。あいつら、どうしてるかな。」
年賀状のやり取りはしているがそれ以外にはない。でも、会ったらすぐにあのころの俺たちに戻れるはず。同じ苦しみと楽しみを分かち合った仲間だから。卒業して今年の春で5年になるな。会いたいな。声を掛けたら集まってくれるかな。いっちょ、声を掛けてみるか。




