由佳と鍋2
今回も、この前の続きだ。
では、ダイブ。
由佳が鍋の準備をしている。
前のときから、調理をするときにはエプロンを持ってくるようになった。
エプロン姿の由佳はかわいすぎる。
いつかはこんな由佳を毎日見られるようになるのかな、なんて思ってしまう。
思うのは自由だから。
豚バラ、白菜、ニンジン、長ネギ、シイタケ、エノキ、豆腐、買いすぎたかな。
由佳が土鍋を火にかけたら、キッチンから戻ってきた。
「しばらく掛かるよ。吹きこぼれないようにしないとね。」
「うん。湯気が出だしたら注意だな。」
最近あった話をするが、二人とも鍋が気になってチラチラ見てばかりで、会話がはずまない。
では鍋の様子を観察しながら話そうということになって、キッチンに移動。
由佳と一緒なら、こんなのも面白い。
俺の同僚で、他の仕事の経験がある教員がいるといった話をしていると、鍋がふきそうになったので、蓋を取って火を消す。
そして、リビングへ運ぶ。
うん、美味そうだ。
食べながら、話の続きをしようとすると
「真ちゃん、飲みたいんじゃないの?鍋ってお酒がおいしいのわかるよ。」
「うん。でも由佳は飲めないし。」
「私は車だし、飲むのが好きって言うより飲む雰囲気が好きだから全然いいよ。それに、さっきのカラオケで一人で飲んでたじゃない。飲んで。」
「じゃあ、少しだけ。」
「少しですまないことはわかってるよ。明日は休みでしょ。」
かなわないな、由佳には。
「で、どんな仕事をしてた先生がいるの?」
「警察の機動隊、大正製薬の営業、工場での三交代、農協・・・ほかにもいたけど忘れちゃった。」
「それだけで十分よ。機動隊って、すごいね。」
「うん。警察学校も厳しかったし、配備された機動隊もすごくきつかったらしい。」
「でしょうね。想像もできないけど。」
「一度だけ警察学校の授業を見学させてもらったことがあるけど、敷地内に入るやいなや、遠くにいる生徒までが立ち止まって大声で挨拶してくれるんだ。挨拶って言うより、何か叫んでいるって感じで。3組目くらいで、やっと何を言っているのかわかったよ。お疲れ様ですって言っていたんだ。何を言っているのかわからないと、こっちも返事を返せないしね。それでな、歩くのは3歩までで、それ以上は走るって決まってるんだ。授業中も挙手はまっすぐ上で、当てられたらまず返事。すぐに立ってイスを入れて答える。食事も、配膳してから食べ終わって片付け終わるまでの時間が、各班の間での競争。その結果がその班の担当教官の査定にも影響があるって。その当の教官から直接聞いたんだからこれ本当。」
「何か軍隊教育みたいだな。そんなの知ったら警察学校に入りたくない学生が増えそう。そうでなくても警察官が足りないらしいのに。3歩以上は走るなんて意味のない決まりはやめないとね。現場の警察官って絶対にしていないし。」
「そうだろ。そうでなければいけないっていう必要性がある決まりなら納得できるけど、そうじゃない決まりのための決まりを作って、それに何も考えないで従うことを教え込んで、上に従順に従う警察官を作っているようで怖いものを感じたな。でもそうじゃないと、警察官は続けられないかも。俺の知り合いで、現場に出てすぐに辞めたヤツがいるよ。昼メシは3分で食えとか、いろいろ人として扱われなかったって。・・・ごめん、いやな話ばかりして。」
「ううん。そういうこと知らなかったから、いろいろ考えさせられたよ。」
「でね、元大正製薬の営業は、教頭。」
「教頭先生?」
「そう、新卒で入社したらしいよ。」
「大手よね。」
「うん。でね、営業だと、会社に電話で確認したり許可を取ったりすることがよくあるんだけど、当時って携帯なんてないだろ。だから、自分の営業のエリア内の全部の公衆電話の位置を記録して記憶してたって言ってたよ。」
「そうか、そうなるんだ。携帯がなかったら。」
由佳が感心している
「真ちゃんは教育学部だから、最初から先生になりたかったのよね。」
「うん。でも、それを決めたのは高3のとき。それまでは紆余曲折があったよ。でもずっと、生き物が好きで。幼稚園児のころから母さんが起きたときにはもう家にいなくって、虫取り網もって山に虫を捕りに行ってたって母さんから聞いたことがある。前に住んでた家の裏山にね。小学生のときは虫博士って言われてたよ。」
「やっぱり小さいころから詳しかったんだね。」
「で、中学でも理科は好きだったけど、特に高校で教科として生物を教わって、面白くって、広く生物学を勉強したいって思ったんだ。進路を決めるときに結構悩んだけど、やっぱり生物にかかわる仕事がしたいって決めた。それなら、教員になって、生徒に生物の面白さを伝えたいと思うようになったんだ。教科の生物もだけど、生き物のいろいろな話をしたいってね。で、大学で生物学を勉強して生物の教員の採用試験を受けたんだ。試験にも受かって、高校の生物の先生になれた。本当に、僕は幸せだと思うよ。」
「よかったね。やりたい仕事に就けて。」
「うん。でも、まだまだ毎日が勉強だけど。というよりずっと勉強だな。でな、どうでもいいことだけど、高校の教員って、物理、化学、生物のそれぞれで募集されて採用されるんだよ。その前年に退職するであろう教員の数に合わせて、次の年の募集人員の数が決められるんだ。」
「へー、そんなのがあるの。」
「で、そういうのがあるから、僕が受けた年の前の年に物理の募集が0ってことがあったんだよ。」
「えっ、それじゃあ、その年に物理の先生になりたい人は試験も受けられなかったってこと?」
「そう。」
「じゃあ、どうなるの?」
「物理の人が生物で受けることはないから、化学で受けるか、来年物理で受けるかしかないね。でも、化学で受けて受かっても、ずっと化学の先生をしないといけないけど。」
「それ、ひどいね。」
「確かにそう。でも行き先のない人は取れないから。」
「うん。それはわかるけど。」
「生物の教員は理科の教員の中で一番多いんだ。だから毎年、募集はある。だから、僕なんかでも採用してもらえたんじゃないかな。」
「もう、なんでそんなこと言うの。真ちゃんだから、受かったのよ。やっぱり、生物が好きで情熱がないと絶対に受からないよ。」
「ありがとう。何もかもまだまだだけど、生物が好きな気持ちは誰にも負けないよ。」
「そうでなくっちゃ。」
二人で食べると、すぐに鍋が空いてしまった。
食材はまだまだあるので、第二弾へ。
鍋を火にかけ、始めから鍋の前で話をする。
「真ちゃん、何か生物の面白い話をして。」
「そうだな。・・・面白いかどうかわからないけど、ペンギンの話をしようか。でもその次は、由佳が経理の面白い話をしてよ。」
「経理の話でおもしろい話なんてないよ。その反対で困ったことばっかりだよ。書類を期限までに出してくれない人が結構いて。それを言いに行くのもかなりのストレスなんだよね。反対に、期限を過ぎて領収書を出す人もいるし。それを処理するのもとっても大変。」
由佳が本当に面倒そうな顔をする。
「で、ペンギンの話って何。おもしろそう。」
「うん。僕が学生のときに植物分類学っていう講義をしてくれた先生がいてね、その先生は神戸大学の先生で、非常勤で教えに来てくれてたんだ。」
「関西じゃあ、そういうのありそうね。」
「でね、その先生、南極越冬隊に行ったことがある先生でね、南極のことをいろいろと話してくれたよ。」
「すごいじゃない、越冬隊って。そんな先生からの話っておもしろいだろうな。」
「うん。すごくおもしろかったよ。南極の話を毎時間話してくれた。何て言うのかな、ここで生きてる常識が通用しない世界があるって思い知らされたよ。」
「そうなの。どんなふうに?」
「ん~どんな話してくれたかな。そうそう、その先生も飲むのが好きで、仕事が終わったらハンマーを持って氷を割りに基地の外に出て行ってたって。数十万年前にできた氷で飲むウイスキーのロックは格別だったとか。」
「またお酒の話?」
「ほかには、最初に南極に着いて船から出たときは、寒すぎて女性にはわからないところが痛かったとか。」
「え、次は下ネタ?酔ってるでしょ。ペンギンの話は?」
「そろそろしないと俺の評価が下がるよな。」
「もうダダ下がりだよ。先生からいっぱい話を聞かせてもらっといて、あの2つだから。」
すごい酷評。
取り返さないと。
「で、ペンギンなんだけど!」
「もう、落ち着いてよ。わかったから、ゆっくり話してよ。」
「うん。先生が南極で仕事を始めて、最初の休みの日に基地から出て散歩してたんだって。当り前だけど、越冬隊だって勤務のない休日があるからね。で、だいぶ遠くまで歩いてみたら、数羽のペンギンに出くわしたんだって。」
「ちょっと待って。南極って、歩いてたらペンギに出くわすの?てか、ペンギンって出くわすものなの?まあいいわ、それで。」
「そしたらペンギンの方から歩いて近寄って来たんだって。」
「えっ。」
「でね、どれくらいか忘れたけど、ある距離まで近寄ってきたらみんなが横一列になって止まって、先生を観察し始めたらしいよ。」
「それで。」
由佳が笑うのをこらえている。
「でね、先生が一歩ペンギンに近寄ったら、その近づいた分、ペンギンがささっと後ろに下がるんだって。で、先生が一歩下がったら、その分、ペンギンがささっと前に寄ってくるんだって。で、常にその一定の距離を保つんだって。先生、それが楽しくって、近づいたり下がったりして、しばらくペンギンと遊んだんだって。」
「かわいいー。おもしろーい。」
由佳が大笑いする。
俺の評価、少しは上がったかな。
結局、鍋は第二弾が空いたらお腹いっぱいになった。
食材は少し残ったが、明日から何かに使おう。
いいと言ったのに、由佳が洗い物をしてくれた。
「ペンギンつながりで、ペンギンリサーチのあのアニメ見る?」
「うん。今日のカラオケで真ちゃんが歌うの聞いて、見たくてたまらなくなったよ。」
俺はサブスクで契約しているアニメをノートパソコンで見ている。
テレビには繋いでいない。
俺の部屋はフローリングにカーペットを敷いて、その上に座るスタイルにしている。
もともとソファーに座る習慣がないので、ソファーは置いていない。
ローテーブルの上の由佳の前にノートパソコンを置く。
由佳のそばに座る。
柔らかい由佳の腕が俺の腕に当たる。
嬉しくて、由佳の肩に俺の肩をくっつけた。
そんなことをしながら、第一話を見終わった。
見終わった後、するともなく最終話の話をしてしまい、酔ってるのもあってか、恥ずかしいけどウルっと来てしまった。
立ち上がった由佳が
「じゃあ帰るね。美味しかった。また鍋しようね。」
本当に屈託のない笑顔で言ってくれる。
この子に出会えたことは奇跡だな。
「由佳。」
俺も立ち上がる。
「何?」
由佳の前に立つ。
「由佳のことが、本当に大好きだ。」
これしか言えない自分がもどかしい。
「何?急に。」
面食らったような由佳。
でもすぐに、俺の気持ちを察してくれた。
「私も真ちゃんが大好きよ。」
見つめ合う。
由佳が目を閉じる。
唇がふれる。
ファーストキス。
この後は、どうしたらいいんだろう。
「じゃあ、また。」
とだけ明るく言って由佳が部屋を出ていった。
そうだな、また、明日。




